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2026年5月10日日曜日

「モーセの母」

2026年5月10日 主日礼拝説教 

聖書:出エジプト記 2:1‐10

 本日は五月の第二主日、「母の日」ということで、いつもの聖書日課を離れまして、聖書の中に出て来ます一人の母親に注目しながら、御言葉に耳を傾けたいと思います。その母親とはモーセという人物の母です。どうぞ出エジプト記2章をお開きください。

信仰によって
 今から三千数百年前のことです。イスラエルの先祖であるヤコブとその一族がエジプトに移住しまして既に四百年以上経っておりました。その頃既に、イスラエルの民は、エジプト人が無視できないほどに増え広がっておりました。外来の民族の増加に危機感を覚えたエジプトの王は、ついに恐るべき命令を下しました。今日の箇所の直前にはこう記されています。「ファラオは全国民に命じた。『生まれた男の子は、一人残らずナイル川にほうり込め。女の子は皆、生かしておけ』」(1:22)。――モーセという人物が生まれたのは、実にそのような暗黒の時代、悲しみと嘆きに満ちた時代でありました。

 誰でも良き時代に生きたいと思います。親は生まれくる子どもたちの時代が、良い時代であって欲しいと願います。しかし、実際、私たちは自分の産まれてくる時代を選べません。子どもたちの生きる時代についても、私たちの願いの通りにはなりません。それゆえに、私たちはしばしば無力さを覚え、嘆きの言葉を口にします。

 しかし、私たちはここで思い起こさねばなりません。神がモーセという人物を誕生させたのは、イスラエルにとって最も暗い時代だったのです。悲しみと嘆きに満ちた《最悪の時》こそが、モーセという人物を未来に向かって備えるために、神が選ばれた《最善の時》だったのです。

 モーセの誕生の経緯は次のように記されております。「レビの家の出のある男が同じレビ人の娘をめとった。彼女は身ごもり、男の子を産んだが、その子がかわいかったのを見て、三か月の間隠しておいた」(1‐2節)。

 彼らは王の命令に従いませんでした。実は、同じように、王の命令に従わなかった人たちの話が、今日の箇所の前に書かれています。1章には二人のヘブライ人の助産婦が登場します。彼女たちについては次のように書かれています。「助産婦はいずれも神を畏れていたので、エジプト王が命じたとおりにはせず、男の子も生かしておいた」(1:17)。

 彼女たちにとっては、王に従うことよりも、神に従うことの方が重要だったのです。王が望んでいることを行うことよりも、神が望んでいることを行うことの方が重要だったのです。生まれてきた男の子の命を奪うことを神が望んでおられるはずがない。神の御心を行うために、彼らは最善を尽くしました。

 そして、モーセの両親も同じでした。彼らもまたヘブライ人、神を畏れ敬う人々です。生まれてきた男の子をナイル川に放り込むことを、神が望んでおられるはずがない。神の望んでいることを行うために、彼らは最善を尽くしたのです。

 彼らの行為について、後の時代の新約聖書は次のように語っています。「信仰によって、モーセは生まれてから三か月間、両親によって隠されました。その子の美しさを見、王の命令を恐れなかったからです」(ヘブライ11:23)。王の命令に従わなかった。それは信仰による行為でした。彼らはそのために最善を尽くした。「三か月の間隠しておいた」とはそういうことです。

 しかし、人間の行うことが全てなのではありません。人間の行いが全てならば、いずれは行き詰まることになります。彼らにとっては、三ヶ月が限界でした。人間が行うことが全てなら、最終的には諦めるしかありません。しかし、彼らはヘブライ人です。神を畏れ敬う人々です。ならば行き着くところは諦めではありません。神への信頼です。

 モーセを三か月間隠しておいた両親は、ついに隠しきれなくなった時、手放すべき時、神に委ねるべき時が来たことを悟ります。彼らはアスファルトとピッチで防水したパピルスの籠に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置きました。そこにあるのは諦めではありません。神への信頼です。

神の御計画に用いられる
 事態はどのように展開していったでしょうか。赤子の姉が遠くに立って様子を見ていました。すると、折しもそこにファラオの王女が水浴びをしようと川に下りて来たのです。よりによって、命令を下した王の娘がやってきた。しかも、その王女によって、いともたやすく葦の茂みの間に置かれていた籠は見出されてしまいました。

 最悪の展開です。――しかし、神はしばしば最悪の展開をさえ用いて、事を先に進められるのです。王女は仕え女をやって籠を取ってこさせました。開けてみるとそこには赤ん坊がおり、泣いています。彼女はふびんに思って言いました。「これは、きっとヘブライ人の子です」。

 王女に赤ん坊を害する意思がないことを見てとったその子の姉は、すかさず近づいて王女に申し出ます。「この子に乳を飲ませるヘブライ人の乳母を呼んで参りましょうか。」王女はこの申し出を快く受け入れます。娘が連れて来たのは、その赤ん坊の実の母親でした。王女は言います。「この子を連れて行って、わたしに代わって乳を飲ませておやり。手当はわたしが出しますから」。こうして、その子は実の母親の手で育てられることになりました。

 できすぎた話だと思いますか。しかし、考えてみれば、この世の中でこのようなことが全く起こらないかといえば、そんなことはない。似たようなことは起こり得ます。そして、ある人はそれを「幸運」と呼ぶのでしょう。あるいは、「単なる偶然」と呼ぶかもしれません。

 しかし、もしこの母親が、信仰によって三か月赤子を隠した人であるならば、そして信仰によって赤子を手放した人であるならば、本気で神に信頼して委ねた人であるならば、これが単なる幸運や偶然ではないことは分かったはずです。「主なる神のなされたことだ!」と。そして、生ける神の御手が動かされたことを知って、畏れの念に打ち震えたに違いありません。

 そして、そこに神の御業を見る人は、ただ「ああ、よかった」では終わらないのです。モーセを再び抱くことができた時、この母親はそこにある神の御心、神の御計画ということを考えざるを得なかったことでしょう。そして、そこには自分自身に与えられた責任があることをしっかりと受けとめたに違いありません。それは、彼女がモーセをどのように育てたか、ということからも伺い知ることができます。

 王女は彼女に、「**わたしに代わって**乳を飲ませておやり」と言ったのです。明らかに王女はその男の子を自分の子にするつもりでいるのです。この母親は、エジプト王女の子の養育を託されたのです。――しかしモーセの母は、その赤ん坊をエジプト王女の子として育てなかったのです。あくまでも生ける神に仕えるヘブライ人として育てたのです。それは今日の箇所の直後、11節を読むと分かります。モーセは、王女の子としてエジプトの教育を受け、成人したころになってもなお、ヘブライ人たちを「同胞」として見ているのです。彼はあくまでもヘブライ人として、信仰の民として生きているのです!

 そのように、この母親はモーセの養育を神から与えられた務めとして受けとめたのでした。そして、神から与えられた務めを全うした時、再びこの母親は神の御手にその子を委ね、その子を手放します。「その子が大きくなると、王女のもとへ連れて行った。その子はこうして、王女の子となった」(10節)と書かれているとおりです。

 その後、この母はもはや物語の表舞台には出て来ません。それで良いのです。大事なことは、この母親が用いられ、人間の知恵や力によっては決して実現しないようなことが実現したということだからです。

 考えてみてください。エジプトの王女の子として教育を受け、エジプトの宮廷と社会事情に精通した者となることと、ヘブライ人として主を信じる信仰を受け継ぐこと――この二つはどう考えても同時に成り立つはずはないのです。しかし、神はこのことを実現されました。なぜですか。後の展開のためにどうしても必要だったからです。

 神はこのモーセを用いて、イスラエルの民をエジプトから導き出そうとしておられたのです。すなわちこのモーセは、後にエジプトの王と交渉をし、イスラエルの民をエジプトから導き出す人となるのです。そのためにモーセは、エジプトの宮廷の人間である必要があったのです。同時に信仰を受け継いだヘブライ人である必要があったのです。ですから神は、本来あり得ないこのことを実現させたのです。

 そもそも、「エジプトの王女の子であるヘブライ人」などというものは、歴史上に現れるはずがないのです。そのような歴史上に現れるはずのない人物を、神はこの一連の出来事を通して準備されたのです。

 そのことを実現するために神があえて選ばれたのは、――繰り返しますが――イスラエルの民にとって、最も暗い時代でありました。そして、神が用いられたのは、大きな力に翻弄され、悩み苦しみ、大きな不安をかかえた小さな一つの家族でした。神が用いられたのは、大きなことは何一つできない、無力な一人の母親でした。その母が、与えられた務めを信仰によって受けとめた時、その小さな信仰の行為が、神の大きな御計画の中において用いられたのです。

 私たちもまた、この時代にあって、様々な力に翻弄されながら生きています。それゆえに、時として大きな悩みを抱きながら、嘆きながら、悔し涙を流しながら、多くの不安を抱えながら、生きているのでしょう。しかし、そんな私たちと同じような人間が、神の御計画のために用いられた物語を読みます時、私たちのささやかな人生もまた、生ける神の大きな御手の中にあることを思わされるのです。

 そして、神は人の目から見て最悪の時代における最悪の展開をも用いて、御自身の御業を進められるという事実が、究極の形で現されたのは、キリストにおいてであることを私たちは知っています。神はキリストの十字架において私たちの救いを実現されたことを知らされているからです。ならば、あのモーセの母がそうであったように私たちにおいても、いや、福音を告げ知らされている私たちにおいてはなおさらに、大事なことはまことの支配者なる神への畏れと信頼とをもって生きることなのでしょう。

2025年11月16日日曜日

「『わたしは主である』と言われる神」

2025年11月16日 主日礼拝説教 

聖書:出エジプト記 6:2-13

わたしは主である

 神はモーセに言われました。「わたしは主である。」今日の聖書箇所において繰り返されています。それはモーセがどうしても聞かなくてはならない言葉でした。そこには、どうしても聞かなくてはならない事情があったのです。そこでまず、「わたしは主である」とモーセに語られるまでの出来事を簡単に振り返っておきましょう。

 イスラエルはエジプトの国における奴隷の民でした。苦しみ叫ぶイスラエルを救うため、主はモーセを選ばれました。ミディアンの地で羊飼いをしていたモーセに主は言われました。「今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ」(3:10)。

 それは人の目から見るならば、どう考えても不可能でした。だからモーセは断るのです。「わたしは何者でしょう。どうして、ファラオのもとに行き、しかもイスラエルの人々をエジプトから導き出さねばならないのですか」(同11節)。すると帰ってきた答えはこうでした。「わたしは必ずあなたと共にいる」。

 細かい話は割愛しますが、結局モーセは神に押し切られ、神に従うのです。彼はファラオのもとに向かったのでした。モーセはファラオに言います。「イスラエルの神、主がこう言われました。『わたしの民を去らせて、荒れ野でわたしのために祭りを行わせなさい」と」(5:1)。もちろん、そのような要求をファラオが受け入れるはずがありません。案の定、ファラオは要求をはねつけました。

 いや、それだけではありません。次のように書かれています。「ファラオはその日、民を追い使う者と下役の者に命じた。『これからは、今までのように、彼らにれんがを作るためのわらを与えるな。わらは自分たちで集めさせよ。しかも、今まで彼らが作ってきた同じれんがの数量を課し、減らしてはならない。彼らは怠け者なのだ。・・・』」(同6‐8節)

 わらはれんがを作る時のつなぎです。それまでは脱穀した後に残ったわらを与えられていました。これが与えられなくなったら、畑に残っている切り残しを自分で抜いて来るしかありません。これはれんが作りよりもさらに辛い作業となります。モーセが主に従ったために、イスラエルの民は苦境に立たされることになりました。モーセはイスラエルの民から責められることになりました。

 モーセは主に従ったのです。しかし、それは結果的にイスラエルの民を救うことにはなりませんでした。いや、かえって彼らを苦しめることになったのです。それはただ自分が苦しむこと以上に苦しいことだったに違いありません。モーセは苦しみの中から主に訴えます。すると主は言われたのです。「今や、あなたは、わたしがファラオにすることを見るであろう。わたしの強い手によって、ファラオはついに彼らを去らせる。わたしの強い手によって、ついに彼らを国から追い出すようになる」(6:1)。

 「今や」と主は言われます。その「今」とは、事態がますます悪くなっていくように見える「今」です。モーセもイスラエルの民も苦境に立たされている「今」です。しかし、そのような「今」こそ、「あなたは、わたしがファラオにすることを見るであろう」と主は言われるのです。「わたしがすること」すなわち「神がすること」を見るであろう、と。

 そこで主はモーセに言われたのです。「わたしは主である」と。

「主である」とは
 「主」と訳されているのは「ヤハウェ」という言葉です。「わたしはヤハウェである」と神はモーセに言われたのです。アルファベットで言うならばYHWHという子音4文字の単語なので、どう発音するか正確には不明です。学者は恐らく「ヤハウェ」と読んだのだろうと推測します。しかし、大事なのは発音よりも意味です。その意味するところは、既にモーセに知らされているのです。

 3章まで遡ると、こんなことが書かれています。まだファラオのもとに行く前のことです。モーセは主にこう尋ねました。「わたしは、今、イスラエルの人々のところへ参ります。彼らに、『あなたたちの先祖の神が、わたしをここに遣わされたのです』と言えば、彼らは、『その名は一体何か』と問うにちがいありません。彼らに何と答えるべきでしょうか」。すると主はこう答えたのです。「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと」(3:14)。

 これこそまさに「ヤハウェ」という神の名前の意味するところなのです。「わたしはある」。普通の言い方ですと「わたしはいる」となります。しかし、「わたしがいる」と言っても、自分と無関係な神がどこかに「いる」ということならば大した意味はないでしょう。明らかにここで言われているのはそういうことではありません。「わたしがいる」とは、モーセと共にいる、ということです。「ヤハウェ」という神は、「共にいる神」なのです。そのような意味において、今日の箇所においても「わたしは主である。わたしはヤハウェである」とモーセに語っておられるのです。「わたしは共にいる神だ」と。

 いや、「わたしは主である」という言葉は、ただモーセだけが聞けばよいのではありません。イスラエルの民もまた聞かなくてはならないのです。ですから、主はモーセに言われるのです。「それゆえ、イスラエルの人々に言いなさい。わたしは主である」と。主はイスラエルの民にも「わたしはヤハウェである。共にいる神である」と語ろうとしておられたのです。

イスラエルの人々に言いなさい
 6節から8節にかけて、モーセが民に語るために与えられた言葉が記されています。それは「わたしは主である」という言葉に始まり、「わたしは主である」という言葉に終わります。そこには「わたしは主である」という言葉が何を意味するのか、神が「共にいる神」であるとはどういうことかが明瞭に語られているのです。

 「わたしは主である」と言われる主は、さらにこう続けます。「わたしはエジプトの重労働の下からあなたたちを導き出し、奴隷の身分から救い出す。腕を伸ばし、大いなる審判によってあなたたちを贖う」(6節)。そのように神は腕を伸ばされる神なのです。「腕を伸ばす」とは、神がこの地上の現実において力を現すことを意味します。

 神はこの世界の歴史に介入し、この地上において営まれる私たちの生活に介入される神なのです。神は観念の神でもなければ、ただ心の中におられる神ではありません。神は腕を伸ばして、奴隷であったイスラエルをエジプトから解放される神なのです。

 主の言葉はさらにこう続きます。「そして、わたしはあなたたちをわたしの民とし、わたしはあなたたちの神となる」(7節)。このような関係を聖書は「契約」と呼びます。「わたしは主である」と言われる神は、人と契約を結ばれる神なのです。

 「契約」と聞きますと、私たちの感覚からすると、なんとなく心の伴わない、冷たい、法律的な関係に聞こえるかもしれません。しかし、聖書の言わんとしていることに一番近いのは、恐らく結婚関係なのです。なので、聖書には神とイスラエルの民との関係が、しばしば結婚関係に喩えられているのです。

 結婚をすると、お互いはお互いにとって単なる「一人の男性」、単なる「一人の女性」ではなくなります。「あなたはわたしの夫」「わたしはあなたの妻」という関係になるのです。主はそのような関係を求められる神なのです。神を信じて生きるとは、単に「神が存在する」ということを信じることではなくて、「あなたはわたしの神、わたしたちはあなたの民」と言って生きることなのです。それを聖書は「契約」という言葉で表現するのです。

 さらに主はこう言われます。「わたしは、アブラハム、イサク、ヤコブに与えると手を上げて誓った土地にあなたたちを導き入れ、その地をあなたたちの所有として与える」(8節)。「土地を与える」。それは彼らが世代を超えて地上に存続するためです。「あなたはわたしの神です。わたしたちはあなたの民です」と言って生きる人々が、具体的に目に見える形で、この世界のただ中に存続することを主は望んでおられるということです。皆さん、モーセの時代から三千数百年を経た今日もなお、教会が存在し、私たちたちがここに集まって主を礼拝しているとは、そういうことなのです。

 「わたしは主である」。苦しみの中にあったモーセに神はそう語られました。モーセは苦しみの中にあるイスラエルの民にこの主の言葉を伝えました。「わたしは主である」。ファラオが支配しているとしか見えないエジプトの世界のただ中において、彼らは「わたしは主である」という言葉を確かに聞いたのです。

 もっとも、「彼らは厳しい重労働のため意欲を失って、モーセの言うことを聞こうとはしなかった」と書かれています。しかし、彼らはやがて見ることになるのです。神が「わたしは主である」と言ってくださるということは、どういうことであるか。彼らは目の当たりにすることになるのです。それが出エジプト記に記されている出来事です。

 そして、同じ言葉を私たちは今日、耳にしているのです。「わたしは主である」と。もちろん、私たちはエジプトの奴隷であったかつてのイスラエルの民とは置かれている状況は異なります。しかし、私たちが自らの力ではどうすることもできない様々な力の支配のもとに置かれ、しばしば振り回され、翻弄されて生きているという意味では変わらないとも言えます。私たちは実際、この世界のことはおろか、わが身一つどうすることもできない者ではないですか。しかし、そのような現実のただ中で、私たちは「わたしは主である」という言葉を聞くのです。そう言ってくださる方がおられるのです。

 その神こそ、イエス・キリストを通して御自身を現された神です。まさに私たちと共にいてくださる神であることをキリストによって現してくださった神です。だから私たちは今週も、「あなたはわたしの神です。私たちはあなたの民です」と信仰を言い表して生きて行くのです。

2024年8月14日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 40:16~38

 出エジプト記 40:16-38

 前回お話ししましたように、35章から40章までは一つのまとまりになっています。それは25章から31節にかけて詳細に語られている幕屋建設についての神様からの指示にちょうど対応していまして、35章以降には、神がモーセに命じられたことが、具体的に実行に移されたことが記されているのです。今日はその最後の章をお読みしました。

 35章から40章では、主が指示されたことが実行に移されたことが記されていると申しましたが、実際に幕屋そのものを建設するのは本日お読みした40章16節以下において初めて書かれていることです。それまでの大部分は、指示されたとおりに垂れ幕や掟の箱を作るなど、最終的に幕屋を作るための準備であると言ってよいでしょう。

 その準備が完了したことを伝えているのは、前の章の最後の部分、39章32節以下です。まず次のように書かれています。「幕屋、つまり臨在の幕屋の作業はすべて完了した。イスラエルの人々は主がモーセに命じられたとおり、すべてそのとおり行った」(39:32)。そして、イスラエルの民はこれまでの作業をもって準備してきたものをモーセのもとに運んできます。そして、42節でもう一度、次のように語られています。「スラエルの人々は主がモーセに命じられたとおりに、すべての作業を行った」。モーセは、主が命じた通りに行われているかどうかをチェックします。そして、実際に命じられたとおりに行われていたので、モーセは民を祝福します。そして、40章に入るのです。今日お読みしたのは、16節以下ですが、この章の前半部分も見ておきましょう。

 準備が整った時に、主はモーセに言われました。「第一の月の一日に幕屋、つまり臨在の幕屋を建てなさい」。本当は、すべて用意はできているのですから、すぐにでも組み立てることができるのです。しかし、主は第一の月の一日まで待つことを求められたのです。

 第一の月と言えば、やはり思い出されるのはエジプト脱出の出来事です。主はあの時、モーセにこう言われたのです。「この月をあなたたちの正月とし、年の初めの月としなさい」(12:2)。つまり、幕屋建設はあの時からちょうど一年後ということになるのです。これまで読んできましたエジプト脱出後の物語には、実に様々な出来事が記されていたように思いますが、実際には、エジプト脱出からまだ一年しか経っていないのです。

 いずれにせよ、神様の意図においては、幕屋建設がエジプト脱出の出来事と関係づけられていることは明らかです。ちょうど一年前に起こったことは、いったい何を意味するのか。彼らは幕屋建設に当たって、その大事なことを思い起こさなくてはならなかったのです。それはすなわち、第一に、出エジプトという神の恵みがあってこそ、今、こうして幕屋を建てて主を礼拝する民が地上に存在するのだということです。この民が存在すること自体が神の恵みを指し示しているのです。そして第二に、出エジプトの目的は、まさにここにあるのだ、ということです。彼らはただ奴隷状態から解放されるためにエジプトから導き出されたのではないのです。そうではなくて、この幕屋を建てるために、導き出されたのです。すなわち、主を礼拝する民を作るために、主は彼らを救い、エジプトから導き出してくださったのです。

 ちょうど一年後の第一の月に、正月を定めたあの時を思い起こしつつ、主の恵みと主の目的を思い起こしつつ、彼らは幕屋を建設するよう命じられたのです。

 そして、時が来て、ついに組立に入ります。2節から15節までに、幕屋の組み立てと祭司の任職に関する「神の命令」が記されており、今日お読みした16節から33節までに、その命令を実行したことが記されております。実行に関しては「モーセは主が命じられたとおりにすべてを行った」に始まり、「モーセはこうして、その仕事を終えた」で締めくくられます。

 まず幕屋の構造ついて、見ておきたいと思います。言葉だけでは分かりにくいので、プリントに幕屋の構造の図を載せておきました。

 まず、幕屋の外壁に当たる部分と天幕部分を組み立てます。その一方で、掟が記されている2枚の石の板を掟の箱に入れ、贖いの座と呼ばれる蓋をします。掟の箱は聖なるものなので、直接手で触れることはできません。棒を差し入れて運びます。そのようにして、準備された掟の箱を幕屋の奥に設置します。そして、その前に垂れ幕をかけます。垂れ幕によって、その向こう側とこちら側の二つの空間に分けられます。垂れ幕より奥は「至聖所」と呼ばれ、垂れ幕の手前は「聖所」と呼ばれます。

 聖所には、机を入れてその上に付属品を並べます。燭台も運び込み、火を灯します。垂れ幕の前に、香のための祭壇を置き、幕屋の入口に幕をかけて完了します。

 臨在の幕屋のセッティングが完了しましたら、入口の前に、ささげものを焼く祭壇を据え付けます。祭壇と幕屋のあいだには洗盤を置いて水を入れます。そして、幕屋の周りを庭として周囲に幕をめぐらして囲い、庭の入り口にも幕をかけます。

 このように、「至聖所」と呼ばれる最も聖なるところから始まって、外に向かって、すなわち神から人に向かって、組み立て、配置して、整えていくようにと主は命じられたのです。そして、そのように主が命じられたとおりに、設置されていったのでした。

 そして、その後に、幕屋とその中にあるもの、また祭司が聖別されることになります。聖別は油を注ぐことによって行われます。聖別については、実際の行為の描写は端折られています。しかし、当然のことながら、命じられたとおりに行われたのでしょう。聖別に関して、主がどのようなことをするように命じられたかは、今日の箇所の少し前、9節から15節にかけて記されています。

 聖別の油をすべての祭具に注ぎ、さらにはアロンをはじめ、祭司たちにも注ぎます。それだけ油を注いだら、ベタベタになって困るだろうにとも思いますが、大切なのはその意味するところです。油を注いで聖別し、それらを聖なるものとするということは、それらを完全に神のものとすることです。神に属するものとされたなら、それらは他のものと完全に区別されなくてはなりません。それらは神に属するものとしての用途以外には用いることができません。すなわち、それらは礼拝のために聖別されたのですから、それは純粋に礼拝を礼拝とするためにしか用いることはできません。これらはすべて神のために存在していることになるのです。それはすなわち、それらを用いて行われる礼拝という行為そのものが、純粋に神のために行われる営みなのだということをも示しているのです。

 そこで改めて私たちが行っている礼拝について考えさせられます。私たちの礼拝堂は建てられた後に「献堂」されたものです。聖餐卓も、聖壇も、すべて「聖なるもの」であるならば、それは神に属するものです。それら「神のもの」を用いて行われる礼拝は、本当に神のために行われているのでしょうか。

 さて、幕屋の設置に関する一連の描写において、すぐに目につくのは、「主がモーセに命じられたとおりであった」という言葉の繰り返しです。これらの描写が、創世記1章の天地創造の物語に類似していることはすぐに分かります。ちなみに創世記1章の「天地創造の物語」は、旧約聖書の中でも「祭司文書」と呼ばれる部分の一つであって、バビロンに捕囚となった祭司たちが伝えてきたものとされています。それはまた祭司たちによって礼拝で用いられてきた文書でもあるのです。なので同じフレーズの繰り返しが多用されているのです。

 天地創造の物語では、神が命じ、「そのようになった」という言葉が繰り返されています。その繰り返しによって、天地が創造されていくのです。すなわち、神の言葉が具体的な形をとっていくのです。 同じように、幕屋の設置においても、「主がモーセに命じられたとおりであった」というフレーズが繰り返されています。その繰り返しによって、神の言葉が幕屋の設置という具体的な形をとっていくのです。

 祭司たちが伝えてきたこれらの二つのこと、すなわち天地創造と幕屋の設置のこの類似は、いったい何を意味しているのでしょうか。幕屋というのは、この世界の写しなのであるということです。完成へと向かうこの世界の写しなのです。

 例えばこんなことを考えてみてください。詩編には、「息あるものはこぞって主を賛美せよ。ハレルヤ」(詩編150:6)と書かれています。しかし、実際には「息あるもの」はこぞって主を賛美しているわけではありません。すべて息あるものの内でも、特に「人間」が主を賛美してはいないからです。神ならぬものにひれ伏し、神ならぬものに支配されている現実がこの地上にはあるのです。しかし、やがてこの被造物世界が完成し、天地万物、すべての人が主を礼拝する時が来るのです。

 しかし、繰り返しますが、現在においては、実際にはすべての被造物が主を礼拝しているわけではないのです。しかし、その時が訪れることに先だって、天地の写しの中で、先に選ばれたイスラエルの民が礼拝を捧げているのです。そのような礼拝を捧げるために、幕屋を組み立て、設置しているのです。それは何を意味するのか。それは、神の世界が完成した姿、すべて息あるものがこぞって主を賛美している世界の姿の、いわば先取りなのです。現在行われている礼拝とはそのようなものなのです。

 天地創造の時には、「神は言われた。そのようになった」とあります。しかし、現実のこの世界においては、主が語られたことは、自動的に「そのようになった」となるわけではありません。主の御言葉は、主の民の従順によって実現していくのです。それが、幕屋建設の示す大事な一つのことなのです。神の言葉は成る。そのために主は人を用いられる。イスラエルを用い、教会を用いられるのです。

 さて、そのように立てられた臨在の幕屋に主の栄光が満ちたことが34節以下に記されています。これは直接レビ記1:1につながります。至聖所に人は入っていけません。しかし、主はそこから呼び掛けることはできます。そのように、神の言葉を与えられていること自体が恵みのしるしなのです。そして、主は約束通り、共に歩んでくださることを現されました。そして、民はその導きに従って旅を進めたのです。


2024年8月7日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 35:4~29

 出エジプト記 35:4-29

 今日は35章をお読みしました。35章から40章までは一つのまとまりとなっています。次回は最後の40章を読む予定ですが、この一つのまとまりは、25章から31章までと対応しています。

 25章から31章には「幕屋建設についての指示」が書かれていました。その冒頭において、主はモーセに次のように命じていました。「主はモーセに仰せになった。イスラエルの人々に命じて、わたしのもとに献納物を持って来させなさい。あなたたちは、彼らがおのおの進んで心からささげるわたしへの献納物を受け取りなさい。彼らから受け取るべき献納物は以下のとおりである。金、銀、青銅、青、紫、緋色の毛糸、亜麻糸、山羊の毛、
25:5 赤く染めた雄羊の毛皮、じゅごんの皮、アカシヤ材、ともし火のための油、聖別の油と香草の香とに用いる種々の香料、エフォドや胸当てにはめ込むラピス・ラズリやその他の宝石類である。わたしのための聖なる所を彼らに造らせなさい。わたしは彼らの中に住むであろう。わたしが示す作り方に正しく従って、幕屋とそのすべての祭具を作りなさい」(25:1-9)。

 そして、35章から40章までは、その指示が実行されたことが書かれているのですが、今日お読みした4節以下には、先に見た主からモーセに与えられた指示が、一言一句違うことなく、そのまま出てくるのです。つまり、まずモーセが主の御言葉を忠実に実行したということです。そして、本日お読みした20節以下には、彼らが献納物として携えてきたもののリストが記されています。それは、若干順番は異なりますが、すべて主が命じられたリストに対応していることが分かります。つまり、モーセだけでなく、イスラエルの民が伝えられた主の指示どおり、彼らは忠実に実行したことが書かれているのです。

 そのように、今日の箇所は25章以下に記されていた幕屋建設の指示と厳密に対応するように書かれていますので、まずそこにおける大事なポイントを再確認しておきたいと思います。

 第一は、幕屋の建設と祭具の製造が、もともと《神の命令に従ってなされた》ということです。「わたしが示す作り方に正しく従って、幕屋とそのすべての祭具を作りなさい」(25:9)。幕屋は礼拝の場所です。祭具は礼拝に用いるものです。これらの作り方を神様が細かく指示されるということは、とりもなおさず人間が礼拝をどのようにささげるかということは、神の大いなる関心事であるということです。

 既に繰り返し指摘していますように、神がイスラエルの民をエジプトから導き出されたのは、単に苦役から解放するためではありませんでした。神がイスラエルの民を神ならぬファラオの支配から解放したのは、いわばこの25章以下の命令を与えるためであったのです。すなわち、まことの王である主を礼拝する民とするためであった。彼らは主を礼拝する民となるために救われたのです。

 そのように、私たちが主を礼拝するのは、第一には、主が礼拝を求めておられるからであって、私たちの宗教的な欲求を満たすためではないのです。これは「礼拝」というものの性格からして当然のことだとも言うことができます。「礼拝」は神のためにあるはずだからです。

 そして、第二は、この礼拝の場所が、特に「幕屋」(ミシュカーン)と呼ばれていることです。「幕屋」と訳されている言葉は、「住む」(シャーカン)という言葉に由来します。「住まい」ということです。もちろん、神がその中に入るわけではありません。「主はこう言われる。天はわたしの王座、地はわが足台。あなたたちはどこに、わたしのために神殿(直訳は「家」)を建てうるか」(イザヤ66:1)とあるとおりです。しかし、それはまさに神が人と共にあることの「しるし」だったのです。

 そのような、神の住まいが実際に神の命令に従って建てられる。その最初の部分が、今日お読みした箇所なのです。

 しかし、さらに重要なことは、25章~31章の「幕屋建設の指示」と、35章~40章までの「実行」とが、続いて書かれていないということです。その間には何が書かれているかは、これまで見てきたとおりです。金の子牛の事件です。すなわち民の背きと神の赦しの話が間に入っているのです。

 つまり、実際に幕屋の建設が実現したのは、単に彼らが命令に忠実だったからではなくて、その前に神の赦しがあるからなのです。神は共に歩まないと言われたのです。つまり言い換えるならば、民と共には住まないと言われたのです。しかし、モーセの執り成しによって、神は共に歩んでくださると言ってくださった。神は共に住んでくださる。しかも、本当ならば神が一緒にいるならば罪人は滅びるしかないのに、それにもかかわらず人が神と共にいることができるのです。なぜなら、神は自らモーセに対して宣言されたように、「憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち、幾千代にも及ぶ慈しみを守り、罪と背きと過ちを赦す」(34:6)と言われる神だからです。

 つまり幕屋が実際にできあがっていくわけですけれど、その幕屋が現実に存在すること自体が、まさに神の恵みをはっきりと表しているということなのです。

 それは「幕屋」が後の時代に「神殿」になっても変わりません。「神殿」が存在すること自体が既に神の恵みをはっきりと表しているのです。それが分からないと、新約聖書を理解することはできません。

 新約聖書において、まことの「幕屋」また「神殿」は何か。それはキリストなのです。ヨハネによる福音書の1章に書かれていますように、「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」(ヨハネ1:14)のです。この「宿られる」というのは「幕屋に住まわれる」という意味なのです。そして、キリストは神殿に集まる人々にこう言われました。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる」(同2:19)。そして、聖書はこう説明するのです。「イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである」(同21節)。このキリストが地上に来られ、地上に存在したこと自体が、既に驚くべき恵みをこの上ないほどにはっきりと表しているのです。

 さらに、キリストが復活し、昇天した後に、その「神殿」を引き継ぐのは何か。それは教会なのです。教会はキリストの体であり、また聖霊の神殿であると語られています。だから、教会がこの地上に存在すること自体が、既にとてつもない恵みをはっきりと表しているのです。本来滅びるべきものと共に神がいてくださるのです。共にあゆんでくださるのです。その目に見えるしるしである幕屋が、教会して今日もこの地上に存在しているのです。それがどれほど尊いことか、私たちはもっと知る必要があるのでしょう。

 そのように、幕屋を造らせていただけること自体が、とてつもない恵みであることをイスラエルは理解したのでした。その彼らの思いは、「進んで心からささげる献納物」として表に現れることになったのです。

 今日の箇所に繰り返されているのは、「進んで心からささげる」という言葉です。モーセの命令において(5節)、そして、20節以下において、それが実行された時に、繰り返されています(21,22,29)。また、繰り返されているのは、誰から強いられたのでもない、「随意の献げ物」だったことです。これは何を意味するのでしょうか。恵みに対する応答だったということです。恵みが恵みとして分かっている人々の行為だったということです。幕屋の存在が恵みであるということが分かっている。だからそれを造るために、彼らは進んで心からささげたのです。これは恵みがわからないとできないことなのです。

 これはちょうど32章における彼らの行為とは対照的であると言えます。32章では、神の命令によってではなく、神々を造って欲しいという民の求めに従ってアロンが子牛の像を造ったのでした。「さあ、我々に先立って進む神々を造ってください。エジプトの国から我々を導き上った人、あのモーセがどうなってしまったのか分からないからです」(32:1)。そこに見るように、イスラエルの民を動かしていたのは、未来への「不安」であり「恐れ」だったのです。この求めに対して、アロンは言いました。「金の耳輪をはずし、わたしのところに持って来なさい」と。民はどうしたでしょう。ためらうことなく、彼らは全員従って、耳輪をはずして持ってきたのです。どうしてか、恐れがあるからです。恐れが彼らを動かす。恐れる民を、恐れに基づいてアロンが支配しているのです。それはもはや随意の献げ物ではありません。これは宗教的カルトに見ることのできる一般的な形です。恐れる人に対して「献げ物をしなさい」と命じると、人々は従うのです。

 この32章の行為と、その前後に置かれている「幕屋建設」における民の行為と、いかに違うかは一目瞭然でしょう。幕屋建設は神の恵みが先にあるのです。それは神の赦しがあって初めて成り立つのです。それ自体が恵みなのです。その恵みに対する応答として幕屋は造られるのです。教会の建設(建物ではなく)もまた同じです。

 私たちが献げて教会を形作るのです。私たちが献げるのは私たち自身です。しかし、具体的にはそのしるしとして、例えば月定献金などが献げられることになるのでしょう。しかし、それは恵みに対する応答であるべきです。ですから、月次献金の袋は、洗礼を受けていない人は受け取ることができないのです。キリストがしてくださったことを知り、恵みを思って洗礼を受けて、その応答として、自らを献げる生活を形作っていくのです。そのようにして、幕屋であり神殿である教会は形作られていくのです。

2024年7月31日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 34:1~17

 出エジプト記 34:1-17

 先週の箇所を振り返っておきましょう。33章に入って語られた主の御言葉において大事なポイントは三つありました。第一は、「約束の地に向けて出発しなさい」ということ、第二は、「あなたの前に使いを送る」ということ、そして第三は、「しかし私自身は、一緒に行かない」ということでした。

 約束の地には行けそうです。荒れ野での生活は免れるようです。豊かな土地にも入れます。しかも、その旅は順調に進むらしい。使いが先に行くのですから。宗教の目的が幸いの獲得と苦しみからの解放であるならば、それは得られそうです。しかし、彼らはこの主の言葉を悲しんだのです。「民はこの悪い知らせを聞いて嘆き悲しみ」(33:4)と書かれています。どうしてか、主が共に行かれないということは最も不幸なことであると悟ったからです。

 しかし、主が共に行かれるならば、そこでは民の罪が問題となります。罪ある民は主が共におられるならば、滅びざるを得ないのです。そこで仲保者であるモーセの存在と執り成しが大きな意味を持つのです。モーセは神と民との間に立って執り成します。そして、33:17において主は、「モーセの願い」のゆえに、共に行くと言われるのです。民に罪がないからではないのです。

 こうして、仲補者モーセのゆえに、神は民と共に歩んでくださることとなりました。そこで今日の箇所に入って、主はモーセに言われます。「前と同じ石の板を二枚切りなさい。わたしは、あなたが砕いた、前の板に書かれていた言葉を、その板に記そう」(1節)。主がもう一度「掟の板」を与えてくださるのです。それはすなわち、神と共に生きる具体的な生活を与えてくださるということです。そのこと自体が神の恵みに他なりません。

 このことは、シナイ山における出来事にはっきりと表されることになります。モーセはそこで再び「主の名」の啓示を受けることになるのです。「主は雲のうちにあって降り、モーセと共にそこに立ち、主の御名を宣言された。」(5節)。さらに6節で「主、主…」と語られています。これは「ヤハウェ、ヤハウェ」ということです。

 そもそも出エジプトにおいて、「ヤハウェ」の名がモーセに啓示されたということは決定的な意味を持っていました。出エジプト記3章において、主が御自分の名前を問われた時、主はこう言われたのです。「わたしはある。わたしはあるという者だ」(3:14)。それは、単に存在するという意味ではありません。「ヤハウェ」はただ「存在」する神ではなくて、「わたしがいるのだ」と言って共にいる神なのです。

 その神がいかなる御方かが、ここでは次のように啓示されています。「主、主、憐れみ深く恵みに富む神、忍耐強く、慈しみとまことに満ち、幾千代にも及ぶ慈しみを守り、罪と背きと過ちを赦す」(6-7節)。ここではっきり言われているのは、神は「赦しの神」だということです。「共にいる神」は「赦しの神」なのです。逆に言えば「赦しの神」でなければ、「共にいる神」ではあり得ないのです。

 ちなみに、その先にこのように語られています。「しかし罰すべき者を罰せずにはおかず、父祖の罪を、子、孫に三代、四代までも問う者」(7節)。ここでいう「罰すべき者」とは誰でしょうか。単に「罪を犯した者」ではありません。神は赦しと忍耐の神ですから。

 この「父祖の罪を、子、孫に三代、四代までも問う」という言葉を、主は既に語っておられることを思い起こさなくてはなりません。それは20章において十戒を主が与えられた箇所です。主は言われました。「わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である。わたしを否む者には、父祖の罪を子孫に三代、四代までも問うが・・」(20:5)。つまり、主を否む者のことです。主が赦しと忍耐をもって共に歩んでくださろうとしているのに、その主を否むならば、もはや赦しはどこにもありません。言い換えるならば、その赦しと忍耐を軽んじる者であると言い換えることもできます。ですから、後にパウロもこう言っているのです。「だから、神の慈しみと厳しさを考えなさい。倒れた者たちに対しては厳しさがあり、神の慈しみにとどまるかぎり、あなたに対しては慈しみがあるのです。もしとどまらないなら、あなたも切り取られるでしょう」(ローマ11:22)。

 さて、そのようにして「掟の板」が再授与されることになりました。それはまた、神の赦しは「神の掟なき生活」を意味しないということを意味しています。すなわち、「赦し」を取り違えて、「無律法主義」に陥ってはならないのです。

 神は従順を求められます。神と共に歩むとはそういうことです。私が「主」ではないのです。私たちはあくまでも「従」なのです。主が従順を求めるところにおいて、私たちが何を求めているかが露わにされることになります。ただ幸いの獲得と苦しみの除去だけを求める人は、「従順」が求められることを喜びません。しかし、神御自身を求める人は、「従順な自分になりたい」と願い、そうなることを求めるのです。

 さて、24章において私たちは神と民とが契約を結ぶ場面を読みました。しかし、この契約を一方的に破ったのはイスラエルの民でした。ですから、この契約は本来破棄されて然るべきものです。しかし、実際には契約が破棄されず、神はなおも共に歩んでくださることとなりました。主はここで「見よ、わたしは契約を結ぶ」(10節)と言われるのです。原文では特にこの「わたしは」という言葉が強調されています。一方的に破ったのは民の方でした。しかし、神御自身がその罪を覆うようにして一方的に契約を結ばれるのです。ここで特に強調されているのは「神の業」ということです。

 契約は神の業として結ばれます。この特別な絆は神の御業によって成立するのです。私たちがキリスト者であるということもまた同じであることを改めて思わされます。神は赦しの神であり、その神が一方的に共に歩んでくださり、契約を結んでくださる。そのことは十字架において最終的に完全に明らかにされることとなりました。御子を十字架にかけて罪を贖うほどに、神は赦しの神であり、その神が、御子の血によって一方的に契約を結ばれるのです「これはわたしの血によって立てられる新しい契約である」とイエス様が言われるようにです。

 だからこそ、そこでは従順が求められるのです。そして、従順というものは、本来、「信頼」から生まれるものなのです。ですから、これ以降には、とにかく「主に信頼する」ということが求められているのです。しかも、ここで語られていることは、約束の地に入ってからのことであることは重要です。「よく注意して、あなたがこれから入って行く土地の住民と契約を結ばないようにしなさい。それがあなたの間で罠とならないためである。」(12節)。

 荒れ野を火の柱、雲の柱に導かれている時は、「主と共に歩む」ということは目に見える現実であったと言えるでしょう。しかし、「主と共に歩む」というのは、何も荒れ野を旅する時だけでないのです。むしろ、本当に大事なのは、約束の地に「定住」した後なのです。荒れ野での旅をしていない時のことです。

 本当に苦しくて、辛くて、神様なしでは生きていけないと思われる時には、一生懸命に祈るでしょうし、神と共に日々歩むというのは極めてリアルなことなのだと思います。しかし、信仰生活は必ずしもそういう時ばかりではありません。人間の力で営んでいけると思える日常、何の変哲もないごく普通の日常においてこそ、そこで「主と共に」歩んでいるということが大事なのです。

 まず、そこでは、「これから入って行く土地の住民と契約を結ばないように」(12節)ということが求められています。土地の住民と契約を結んだほうが、問題も生じにくいし、困難も回避できるに決まっているのです。共同体の中にいる時はヤハウェの民として生活し、そして土地の住民との関わりにおいては、彼らと同じように生活していれば摩擦も生じないことでしょう。ヤハウェの神を捨てるわけじゃありません。しかし、他の民とも契約を結んで、同じことをして、彼らの要求にも応えて、そうやっている方が楽に決まっているのです。

 しかし、主はそうするなと言われるのです。「主は熱情の神である」と書かれています。これは「ねたみ」とか「嫉妬」を表す言葉です。これは悪い意味ではなくて、夫婦間においては当然のことを指す言葉なのです。例えば、夫が他の女のところに言った時に、「まあ、いいんじゃないでしょうか」と言っていたらやはりおかしいでしょう。ヤハウェは、神の民が完全に「神の」民となることを望まれるのです。完全に御自分のものとすることを望まれる。これは、本当は有り難いことであり、嬉しいことであるはずなのです。「あなたはわたしのものだ」と言ってくださるということですから。それゆえに、私たちもまたその神に信頼して、完全に神のものとして生きることを求める。それこそが、聖書の語っている信仰生活なのです。

2024年7月24日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 33:12~23

 出エジプト記33:12-23

 「あなたはわたしに、『この民を率いて上れ』と言われました」。今日の聖書箇所はこのモーセの言葉から始まりました。確かに神はモーセに「この民を率いて上れ」と言われました。どこに?約束の地にです。「カナンの地」、主がイスラエルに約束された「乳と蜜が流れる土地」にです。

 かつてモーセがミディアンの羊飼いであった時、神は燃える柴の間から「モーセよ、モーセよ」と呼ばれました。そして、モーセに言われました。「見よ、イスラエルの人々の叫び声が、今、わたしのもとに届いた。また、エジプト人が彼らを圧迫する有様を見た。今、行きなさい。わたしはあなたをファラオのもとに遣わす。わが民イスラエルの人々をエジプトから連れ出すのだ」(3:9‐10)。そのように、当時エジプトの奴隷であったイスラエルの民をエジプトから脱出させ、彼らを率いて約束の地に導き入れることを求められました。確かに主は「この民を率いて上れ」とモーセに言われたのです。

 しかし、ここでモーセが言っているのは、あの初めの時の話ではありません。この33章の初めに書かれていることです。これまでの話の流れを思い起こしてみましょう。

 イスラエルの民はモーセに率いられてエジプトを脱出し、荒れ野へと導かれました。彼らは荒れ野を旅してシナイ山のふもとに到着します。モーセは彼らを置いてひとりでシナイ山に登り、そこで四十日四十夜を過ごしました。そのときに「十戒」を与えられたという話が20章に出ております。

 しかし、モーセが山に留まっている間に、人々はモーセの兄、アロンにこのように要求したのでした。「さあ、我々に先立って進む神々を造ってください。エジプトの国から我々を導き上った人、あのモーセがどうなってしまったのか分からないからです」(32:1)。そこでアロンは人々の身に着けている金の耳輪を集め、それで金の子牛の鋳造を造ったのでした。

 これは神に対する冒涜と反逆に他なりませんでした。神は背く民を滅ぼすと言われます。しかし、そこでモーセは民のために執り成し、神は民にくだすと告げられた災いを思い直されたのでした。これが前回お読みした箇所です。そして、33章に入りまして、主は言われるのです。

 「さあ、あなたも、あなたがエジプトの国から導き上った民も、ここをたって、わたしがアブラハム、イサク、ヤコブに誓って、『あなたの子孫にそれを与える』と言った土地に上りなさい。わたしは、使いをあなたに先立って遣わし、カナン人、アモリ人、ヘト人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人を追い出す。あなたは乳と蜜の流れる土地に上りなさい。しかし、わたしはあなたの間にあって上ることはしない。途中であなたを滅ぼしてしまうことがないためである。あなたはかたくなな民である」(33:1‐3)。今日の箇所で「あなたはわたしに、『この民を率いて上れ』と言われました」とモーセが言っているのは、このことです。

 神様はここで三つのことを語っておられます。「約束の地に向かって上っていきなさい」。「わたしは使いを先立って遣わす」。「しかし、わたしは一緒には行かない」。約束の地には入れそうです。荒れ野の困難な旅は終わりそうです。そして、とても豊かな土地に入ることができるようです。神様が「あなたは乳と蜜の流れる土地に上りなさい」と言われるのですから。しかも、神様は使いを先立って遣わしてくださる。「使い」とは天使のことです。天使が先立っていくならば、約束の地に入ることはほぼ確実に順調に実現するのでしょう。しかし、そこで主は言われるのです。「わたしは一緒には行かない」。

 目的とすることが幸福の獲得と困難からの解放であるならば、その目的はある意味で実現されるのです。乳と蜜の流れる土地には入れるのですから。荒れ野の旅は終わるのですから。しかし、これを聞いて民は嘆き悲しんだというのです。これを良い知らせとは受け取らなかったのです。「民はこの悪い知らせを聞いて嘆き悲しみ、一人も飾りを身に着けなかった」(33:4)。それは神様が、「わたしはあなたの間にあって上ることはしない」と言われたからです。神が一緒に行ってくださらないことが彼らにとっては悲しみとなったのです。明らかに彼らの内で何かが変わりつつありました。

 もともと彼らは金の子牛を拝んでいた人たちです。これを偶像礼拝と言います。偶像礼拝の問題とは何か。単に神の像を造ることではありません。礼拝の対象には本質的に関心がないということです。そこから何を得られるかということにしか関心がない。礼拝の対象は何だってよいのです。金の子牛でもよいのです。求めているものが得られればよいのです。極論するならば、求めているものが得られれば、神が共にいなくてもよいのです。それがもともとの彼らの姿だったのです。

 しかし今、主が「わたしはあなたの間にあって上ることはしない」と言われた時、彼らは悲しみ嘆いたのです。明らかに何かが変わりつつあった。何が本当に大事なことなのかを彼らは知り始めていたのです。そのような彼らのために、モーセは神に語ります。それが今日お読みした箇所なのです。

 「あなたはわたしに、『この民を率いて上れ』と言われました」。実は、日本語に訳されていないのですが、最初に「御覧ください」という言葉があるのです。そして、これは13節の後半に対応しているのです。「どうか、この国民があなたの民であることも目にお留めください」。ここで同じ言葉が「目にお留めください」と訳されています。あなたはわたしを名指しで選んで、好意を示すと言われました。そのわたしに「率いて上れ」と言われる「この民」とは、「あなたの民」なのですよ、ということを強調しているわけです。「あなたの民」を「どうぞ御覧ください」と。

 そして、わたしに御好意を示してくださるのなら、「どうか今、あなたの道をお示しください」とモーセは神に求めるのです。その「道」とは、神が行かれる「道」です。すなわち、神と共に歩むことのできる「道」のことです。そのような言い方で、要するに「神様、どうぞ一緒に行ってください」と願い求めているのです。

 そこで主は言われます。「わたしが自ら同行し、あなたに安息を与えよう」。その意味合いは明らかに主が自ら「モーセに」同行するということです。モーセとは共にいて「あなたに安息を与えよう」と言われるのです。しかし、モーセにとって大事なのは「わたし」ではないのです。あくまでも「わたしたち」なのです。神が「わたしたち」と共にいてくださることなのです。

 それゆえに、「わたしが自ら同行する」と言われる神に、モーセは言うのです。「もし、あなた御自身が行ってくださらないのなら、わたしたちをここから上らせないでください」(15節)。その意味するところは、「あなた御自身が《わたしたち》と共に行ってくださらないのなら・・」ということです。そして、執拗に「あなたの民」という言葉を繰り返して訴えるのです。「 一体何によって、わたしとあなたの民に御好意を示してくださることが分かるでしょうか。あなたがわたしたちと共に行ってくださることによってではありませんか。そうすれば、わたしとあなたの民は、地上のすべての民と異なる特別なものとなるでしょう」(16節)。

 そして、神は執り成し祈るモーセの言葉を聞き入れられたのでした。主は言われます。「わたしは、あなたのこの願いもかなえよう。わたしはあなたに好意を示し、あなたを名指しで選んだからである」。そのように、神は彼らを「神の民」と見なし、神が彼らと共に歩んでくださることとなりました。

 神の言葉から明らかなように、それはあくまでもモーセの願いを聞き入れたのであって、イスラエルの民が神と共に歩むに値するからではありません。神は一緒に行かないと言われたのです。「途中であなたを滅ぼしてしまうことがないためである。あなたはかたくなな民である」と主は言われたのです。神が共にいるならば、本来なら彼らは滅びるのです。にもかかわらず、彼らが滅びることなく神と共に生き、神の民として歩むことができるとするならば、それは一重に仲保者であるモーセの執り成しのゆえなのです。そして、そこにおいて現された神の赦しと憐れみによるのです。

 ここに見る神とモーセとのやり取りは、神に導かれる民がどのように成立するのか、人が神と共に生きるとはどういうことなのかをはっきりと示していると言えるでしょう。

 人間の手によって造られた金の子牛であるならば、そのような金の子牛によって私たちの在り方が問われることはありません。人間が思い描いた神、人間の心が造り出した神ならば、そのような神によって私たちの在り方が問われることはありません。しかし、それが生けるまことの神であるならば、その御前において私たちの在り方が問われます。私たちが神に背いてきたならば、神が共に歩まれることは、私たちの滅びを意味するのです。

 それゆえに、そこでなお神に立ち帰り神と共に生きようと願うなら、神が自ら同行してくださることを願うなら、それは神の赦しによる以外、あり得ないのです。仲保者モーセの存在とその執り成しとは、そのことを表しているのです。神の赦しなくして、人が神と共に生きる道はないのです。

 その意味において、神と民との間に立って執り成し祈る仲保者モーセの姿は、来るべき完全な仲保者を指し示していると言えるでしょう。十字架において私たちの罪を贖ってくださった神の独り子、今も神の右において執り成していてくださるイエス・キリストです(ローマ8:34)。

 御子キリストが私たちと共にいてくださる。それゆえに御父もまた共にいてくださる。それゆえに新約聖書が次のように語ることもまた、私たちにおいて実現しているのです。「わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。わたしたちがこれらのことを書くのは、わたしたちの喜びが満ちあふれるようになるためです」(1ヨハネ1:3‐4)。

2024年7月17日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 32:1~14

 出エジプト記 32:1-14

 前回は25章をお読みしました。その直前、24章18節には、「モーセは雲の中に入って行き、山に登った。モーセは四十日四十夜山にいた」と書かれていました。そして、山に登ったモーセに、主は幕屋とすべての祭具の作り方、さらにはそれらを作成する技術者の任命に至るまで、細かい指示を与えた次第が、25章以下に記されております。前回はその冒頭部分をお読みしたわけですが、全体としては31章にまで至る、かなりの長さに渡って書かれています。その最後は、次のように締めくくられています。「主はシナイ山でモーセと語り終えられたとき、二枚の掟の板、すなわち、神の指で記された石の板をモーセにお授けになった」(31:18)。

 さて、今日お読みしたのは、その間に山のふもとにおいて起こった出来事です。「モーセが山からなかなか下りて来ないのを見て」と書かれていました。確かに、「四十日四十夜」というのはかなり長い期間です。もしかしたらもう帰って来ないかもしれない。人々がそう思ったとしても不思議ではありません。

 そこで人々はモーセの兄であるアロンのもとに集まって来てこう言いました。「さあ、我々に先立って進む神々を造ってください。エジプトの国から我々を導き上った人、あのモーセがどうなってしまったのか分からないからです」(1節)。この願いに応えて、アロンは若い雄牛の鋳像を造りました。そして、人々はその前に築かれた祭壇に献げ物をささげ、祭りを行ったのです。これが今日の箇所の前半部分です。

 「さあ、我々に先立って進む神々を造ってください」と彼らは言いました。彼らが「先立って進む神々」の製造を求めた理由は何でしょうか。「エジプトの国から我々を導き上った人、あのモーセがどうなってしまったのか分からないからです」。これが彼らが示した理由でした。ここでモーセは「エジプトの国から我々を導き上った人」と表現されています。それは確かに間違いではありません。しかし、モーセは自分自身の力と働きによって、彼らをエジプトから解放したのでも、荒れ野の旅を導いたわけでもないのです。

 それはモーセの力ではなく、神の恵みの御業に他なりませんでした。イスラエルの民は、その神の恵みを見せていただいたはずなのです。そして、彼らを解放し彼らをシナイ山まで導き上ったのが神の恵みによるならば、そこから約束の地へと導かれるのも同じ神の恵みによるのです。そのような神と民との関係は、本来、モーセがいるから成り立つのではありません。モーセがたとえどうなろうと、彼らと神との関係は変わらないはずなのです。

 しかし、イスラエルの人々には、結局、モーセしか見えていませんでした。彼らがモーセという人間にしか目を向けていなかったという事実が、いみじくもここで明らかになったと言うことができます。それは、モーセの姿が目の前から失われることによって、明らかになったのです。モーセは帰って来ませんでした。もしかしたら、二度と帰って来ないかもしれません。彼らは動揺しました。そして、モーセが失われることによって、主に信頼して生きる生活も、神の民としての秩序も崩壊してしまったのです。

 これがいかに私たちにおいても身近な問題であるかは、私たち自身の教会生活を考えれば分かります。もし牧師であれ、尊敬できる信仰者であれ、キリスト教学校の先生であれ、そこに人間しか見えていなければ、同じことが私たちにも起こります。教会の中に「人間の集まり」しか見えていなければ、同じことが私たちにも起こります。人間との関係が揺らぐと、信仰生活そのものが揺らいでしまう。指導者との関係が揺らぐと、共同体の秩序も、共同体における生活も、揺らいでしまうのです。

 結局、目に見える人間と目に見える出来事にしか目を向けない生活は、目に見えるものによって揺さぶられることになるのです。私たちは、目に見える人間やこの世界の出来事を通して働かれる神の御業、神の恵みの御業にこそ目を向けなくてはならないのです。神様が恵みをもってなされたこと、神様が今なさっていること、そして神様が成し遂げようとしておられることにこそ、思いを向けなくてはならないのです。本来、信仰生活とは神の恵みの御業に目を向けてこそ初めて成り立つのです。神への信頼と従順とは、神の恵みへの応答だからです。ただ人間との関係によって成り立つ従順であるならば、その関係が失われた時に、その従順も失われます。それはある意味では至極当然のことなのです。

 モーセを見失ったイスラエルの民は「先立って進む神々」を求めました。不思議だと思いませんか。モーセという指導者を失って、他の別の指導者を求めた、というのならまだ分かります。神の言葉に従って生きるために、モーセに代わる他の人を求めたというのなら話はまだ分かります。しかし、彼らは「先立って進む神々」を求めたのです。

 「先立って進む」と言いましても、「造ってください」と言うのですから、それは所詮人間が造るものでしかないのです。人間が造ったものが、先立って進むわけないじゃないですか。実際、アロンが造ったのは子牛の像なのです。子牛の像は先立って進みません。そんなことは彼らも分かっているのです。造ったならば、結局自分たちが運ぶのです。それは自分たちが望むところに運んでいけるものなのです。

 そのような像によって、人は従順を要求されることはありません。モーセという指導者がいたからこそ成り立っていた従順な生活。それが失われた時、彼らはそこで、従順を要求されない神、自分たちにとって都合の良い神を求めたということです。

 それは彼らの行為にも現れています。彼らは子牛の像の前で「主の祭り」を行いました。そこで彼らは犠牲をささげます。そして「民は座って飲み食いし、立っては戯れた」と書かれております。「戯れた」という言葉が具体的にどのような行為を指すかは不明ですが、それが何であれ、神の恵みへの応答ではなく、神への感謝から生まれた行為ではないことは明らかです。恵みの応答ではない祭りや礼拝は、結局は「戯れ」にしかならなかったのです。このように、モーセが失われた時、信頼と従順の生活も失われたのでした。神の恵みに目を向けていなかったからです。

 さて、山の麓から山の上へと目を移しましょう。今日の朗読箇所の後半部分である7節以下には、山の上における主とモーセのやりとりが記されております。主はモーセに言われました。「直ちに下山せよ。あなたがエジプトの国から導き上った民は堕落し、早くもわたしが命じた道からそれて、若い雄牛の鋳像を造り、それにひれ伏し、いけにえをささげて、『イスラエルよ、これこそあなたをエジプトの国から導き上った神々だ』と叫んでいる」(7‐8節)。

 ここには主とイスラエルの民との断絶が言い表されています。もはや主はイスラエルの民を「わたしの民」とは呼びません。7節には、直訳すると、「あなたがエジプトの国から導き上った《あなたの民》」と書かれているのです。

 神はそのような民に対する裁きを宣告されます。「わたしはこの民を見てきたが、実にかたくなな民である。今は、わたしを引き止めるな。わたしの怒りは彼らに対して燃え上がっている。わたしは彼らを滅ぼし尽くし、あなたを大いなる民とする」(9‐10節)。

 これに対してモーセは主をなだめて、民のために執り成しました。彼はあくまでもイスラエルが神の民であると訴えます。「主よ、どうして御自分の民に向かって怒りを燃やされるのですか。あなたが大いなる御力と強い御手をもってエジプトの国から導き出された民ではありませんか」(11節)。そして、「どうか、燃える怒りをやめ、御自分の民にくだす災いを思い直してください」(12節)と願い求めたのでした。この執り成しと説得のゆえに、「主は御自身の民にくだす、と告げられた災いを思い直された」(14節)。これが後半部分に書かれていることです。

 よくよく考えると、そこには実に奇妙なことが書かれていると思いませんか。私が奇妙だと言いますのは、神様がモーセの説得に屈して思い直したことではありません。それよりも奇妙なことが書かれているのです。主がモーセに対して「直ちに下山せよ」と命じていることです。

 神様は彼らを「滅ぼし尽くす」と言っているのです。そして、モーセだけを残し、彼から新しい民を造ると言っているのです。しかし、もしそのつもりであるなら、どうして「直ちに下山せよ」と命じる必要があるでしょうか。滅ぼされる民のところにモーセを戻しても意味がないでしょう。さらに言うならば、そもそも、どうして民を滅ぼそうとしていることをモーセに告げる必要があるでしょう。

 主はわざわざ御自分の怒りを露わにされ、イスラエルに対する裁きを宣告されるのです。まるで、モーセが執り成すことを期待しているかのようです。モーセがまだ引き留めてもいないのに、「今は、わたしを引き止めるな」と言われる。おかしいではありませんか。まるでモーセが引き留めることを期待しているかのようです。

 そのように、ここに書かれていることは実に奇妙なことなのですが、この箇所について思い巡らしていますと、聖書の他の様々な箇所が思い浮かんでまいります。ここだけじゃない。同じことを、主はイザヤになさいました。エレミヤになさいました。エゼキエルになさいました。アモス、ホセア、ミカ、などなど、要するに預言者と呼ばれる人々に対して、主は同じことをなさったのです。民の罪を明らかにし、民に対する裁きを明らかにし、滅ぼすと宣言した上で、なぜか神は預言者を人々に遣わされるのです。実に、ここに見る主の姿は、聖書全体を貫いているのです。

 神は背いた民を裁いて滅ぼすことを願ってはおられないのです。主が願っておられたのは、人々が主に立ち帰って生きることなのです。背く人々のもとにモーセを遣わし、背く人々のもとに預言者を遣わされたということは、神が彼らを決して見捨ててはおられないことを意味しているのです。神のもとには赦しがあり、救いがあるということなのです。

 そのような神であるからこそ、最終的にはイエス・キリストを遣わされたのです。イエス様は言われました。「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血である」(マタイ26:27‐28)。今もなおそのように私たちに語られているのです。神は私たちを決して見捨ててはおられません。ここに聖餐卓が変わらず置かれていること、今もなお教会において主の御言葉が語られ聖餐が行われていることは、そのしるしなのです。私たちはそのしるしが指し示している神の恵みに立ち帰り、その恵みに目を向けて歩み続けるのです。

2024年7月10日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 25:1~9

 出エジプト記 25:1‐9

 私たちは今日、出エジプト記25章の冒頭部分をお読みしました。この章以降には、幕屋の建設、契約の箱や祭具の製造についての指示が記されております。そして、35章以下には、実際にその指示どおりに、イスラエルの民が幕屋を建設し、祭具を整えた次第が記されております。実に細々としたことが延々と書かれていますので、退屈に思う方もあるかもしれません。これまでの、エジプト脱出のドラマチックな物語とは対照的です。聖書通読を試みる人は、たいてい最初にここでつまずきます。しかし、このような箇所も聖書の一部です。軽んじてはなりません。私たちは、今日、特にこれらの記述に関して三つのことを心に留めたいと思います。

 私たちはまず、幕屋の建設と祭具の製造が、《神の命令に従ってなされた》ということを心に留めなくてはなりません。次のように書かれております。「わたしが示す作り方に正しく従って、幕屋とそのすべての祭具を作りなさい」(9節)。幕屋は礼拝の場所です。祭具は礼拝に用いるものです。礼拝は神の関心事です。いかなる仕方で礼拝されるかに、神は極めて深い関心を持っておられます。モーセを通して実に細々としたことを指示なさったほどに!

 この礼拝に関する記述が出エジプト記の最後の大きな部分を占めていることは注目に値します。出エジプト記と言いますと、エジプトに下された災いや葦の海の奇跡などが思い起こされますが、それよりも大きな部分が礼拝に関する記述のために割かれているのです。ここに出エジプト記の重点があることは明らかです。イスラエルの民は確かに苦役から解放されました。しかし、神がイスラエルの民をエジプトから導き出されたのは、単に苦役から解放するためではないのです。神はイスラエルの民に十戒を与えました。しかし、出エジプトの目的は、ただ律法に従順な民を生み出すことではないのです。神がイスラエルの民を神ならぬファラオの支配から解放したのは、この25章以下の命令を与えるためでした。すなわち、まことの王である主を礼拝する民とするためであったのです。彼らは主を礼拝する民となるために救われたのです。

 主を礼拝する民とされた彼らに、主は幕屋と祭具の作り方を指示されました。彼らは、自分たちの宗教的欲求を満足させるために、自分たちの好みに従って幕屋や祭具を作ることは許されませんでした。あくまでも神の命令に従って作ることを求められたのです。既に申しましたように、礼拝に関しては、神の求めが先にあるからです。ですから、神の求めることが実現されなくてはならないのです。言い換えるなら、礼拝においては、人間の欲求の充足や人間の願望の実現が第一のことではないということです。

 しかし、そんな当たり前のことが、しばしば忘れられてしまうことも事実です。自分の願いや欲求が礼拝において満たされるかどうかが、一番大事なことのように思ってしまいます。「どんな礼拝を《わたしは》望んでいるか」ということしか考えられなくなってしまいます。

 実は、イスラエルの民も同じでありました。典型的な失態が、この後に出てきます。イスラエルの民が、雄牛の鋳造を作って拝んでしまうのです(出エジプト記32章)。彼らが雄牛を作ったのは、神が命じられたからではありません。その像は自分たちのために造ったものです。彼らは雄牛の前に祭壇を築いて熱狂しました。彼らはこれを「主の祭り」(32:5)と呼びました。しかし、いかにその名称が「主の祭り」とされ、熱心に行われたとしましても、それは異教の祭り以外の何ものでもありませんでした。そして、このような過ちがイスラエルの歴史において繰り返されてきたのです。

 このような礼拝に関する指示が、あえて聖書の中に延々と記されている理由がそこにあります。もちろん、ここに記されていることが、今日そのまま行われるわけではありません。しかし、礼拝に関しては、まず神の求めが先にあるのだ、ということを私たちが思い起こすためには、このような箇所をじっくりと読む必要があるのです。

 次に、私たちは、この礼拝の場所、「聖なる所」が、特に「幕屋」と呼ばれていることを心に留めたいと思います。「幕屋」と訳されている言葉は、「住む」という言葉に由来します。「住まい」という日本語が一番ぴったりくるかもしれません。

 神は「住まい」を求められました。しかも、イスラエルの民の手によって造られる住まいを求められたのです。主はその作り方まで指示されました。しかし、その作り方に従って造り上げられるものは、決して巨大な神殿の類ではありませんでした。まさに「幕屋」という訳語が示しているように、移動可能な組立式のテントのようなものです。よりによって、どうして主はそのような住まいを求められたのでしょうか。

 そもそも、神が住まいを必要とされること自体が奇妙です。預言者イザヤの書には次のように記されております。「主はこう言われる。天はわたしの王座、地はわが足台。あなたたちはどこに、わたしのために神殿(直訳は「家」)を建てうるか」(イザヤ66:1)。これが本当ではありませんか。本来、人が神の住まわれる家など、建て得ようはずがありません。しかし、それにもかかわらず、イスラエルの民に、主の方から、移動式の住居を造ることを求められたのです。そして、言われたのです、「わたしは彼らの中に住むであろう」と。

 主が住まいを求められたのは、明らかに御自分のためではありません。神は人の手で造った住まいなど必要ではないのです。それを必要としていたのは神ではなく、むしろ人間の方です。イスラエルの民は、やがてシナイから旅立って、約束の地へと向かいます。彼らは荒れ野の旅を続けます。彼らは荒れ果てた大地の上で生きていかなくてはなりません。餓えががあります。渇きがあります。争いがあります。他者の罪と自らの罪のゆえに苦しみます。まことに大地の上で営まれる生活は苦悩に満ちています。しかし、主はその同じ大地の上に建てられた幕屋に住まうと言われたのです。いわば、主は天幕住まいの生活につきあってくださるのです。地上における生活に、主が徹底的に関わってくださることを、地上の幕屋を造らせることによって、イスラエルにお示しになられたのです。

 これがイスラエルの民が私たちに伝えてくれた、主なる神の姿です。そして、私たちはさらにイエス・キリストにおいて、同じ主なる神の姿に出会います。私たちは、キリストにおいて、地上を歩まれる神に出会います。キリストにおいて、苦悩に満ちた地上の生を共有される神に出会います。いや、罪の裁きとしての死さえも共有してくださる神に出会うのです。主は大地の上に生きる私たちに、徹底的に関わってくださる御方です。

 さらに、私たちは教会において、同じ主なる神の姿に出会います。地上における信仰者の共同体は、まことに破れの多い幕屋です。荒れ野の幕屋よりも、よほどこちらの方が見窄らしいに違いありません。しかし、この地上に存在する教会に、信仰者の交わりの中に、主は住んでくださると言われるのです。「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか」(1コリント3:16)。イスラエルと共に荒れ野を旅された主は、私たちのただ中にもお住まいくださるのです。そこには限りない主の謙りがあります。そして、限りない主の慈しみがあります。そのことのゆえに、この幕屋が「聖なる所」となり、地上に生きる私たちの礼拝の場ともなり得るのです。

 最後に私たちは、主が「わたしのもとに献納物を持って来させなさい」と命じておられることを心に留めたいと思います。それは幕屋や祭具を造るためです。幕屋や祭具は、人々が進んで心からささげる献納物によって造られるのです。

 当然のことながら、「進んで心からささげる」という行為は、神への感謝から生まれるものです。神への感謝は、神の救いの恵みへの応答です。既に見ましたように、神の住まいは神の命令に従って造られます。しかし、その材料は感謝によって備えられねばなりません。神の家は、感謝と従順とが一つとなるところに建て上げられるのです。

 救いの応答として自発的にささげられるべきものは、「金、銀、青銅云々」と3節以下に記されております。それぞれ貴重な品々です。実際に、人々がささげる様子を記した箇所を読んでみますと、例えば次のように記されています。「心動かされ、進んで心からする者は皆、臨在の幕屋の仕事とすべての作業、および祭服などに用いるために、主への献納物を携えて来た。進んで心からする者は皆、男も女も次々と襟留め、耳輪、指輪、首飾り、およびすべての金の飾りを携えて来て、みな金の献納物として主にささげた」(35:21‐22)。不必要なものや余り物を持ってきたのではありません。まさに自発的にささげるということは、為しえる最高のものをささげることでもあったのです。

 しかし、考えてみますならば、人にとって最高のものであれ、いかにこの世において貴いものであれ、それ自体が神の栄光に相応しいものなどあり得ません。そもそも、天地の造り主であり、真の所有者であられる御方が、その住まいのために、どうして人から材料を提供されねばならないのでしょう。イスラエルの民が提供し得るものよりも、はるかに良き材料を自ら用意することがおできになるのに!しかし、主はあえて民が進んで心からささげる献納物をお用いになられたのです。主が献げ物を受け取ってくださること自体が、主の恵みでありました。その住まいの建設に用いてくださること自体が、主の豊かな恵みであったのです。

 「あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、イエス・キリストを通して献げなさい」(1ペトロ2:5)。後にペトロがこのように書いています。この言葉によるならば、神の家を造り上げる材料は私たち自身です。神の救いの恵みに感謝して、進んで心から献げる私たち自身です。もとより、神の家を造り上げるならば、神御自身がもっと良い材料を用意することはできるでしょう。にもかかわらず、主は私たちを神の家を造り上げる石として用いてくださるのです。私たちが、地上における神のすまいの一部とされているということは、なんという光栄に満ちたことでしょうか。


2024年7月3日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 24:1~18

 出エジプト記 24:1-18

 二回にわたって十戒の内容について学びました。続く20章22節以下は23章の終わりまで一つのまとまりをなしていて、この部分は「契約の書」と呼ばれます。今日お読みした24章において、モーセが「契約の書を取り、民に読んで聞かせた」(24:7)と語られているのは、この部分であると言われます。この「契約の書」については、各自読んでおいてください。今日はその部分を飛ばして、24章に入ります。

 1節と2節には後で戻ってくるとして、契約の締結の場面である3節から8節までを先に見ておきたいと思います。

 「モーセは戻って」、主のすべての言葉とすべての法を民に読み聞かせました。この「すべての言葉」は、20章に記されていた十戒、そして、「すべての法」は20章22節以下の「契約の書」を指すものと考えられています。これを読み聞かせられたとき、「民は皆、声を一つにして答え、『わたしたちは、主が語られた言葉をすべて行います』と言った」(3節)と書かれています。

 この民の応答の仕方、そして応答の言葉は極めて大きな意味を持っています。すでにこれは19章8節に出て来ています。「民は皆、一斉に答えて、『わたしたちは主が語られたことをすべて、行います』と言った」。なぜ、これが重要かと言うと、ここにおいて民が一つとなるとはどういうことかが明らかに示されているからです。

 神が契約を与えられ、民は契約を与えられた者として生きる。そこで民は一つになるのです。このことをさらに明らかにしているのが続くモーセの行為です。「モーセは主の言葉をすべて書き記し、朝早く起きて、山のふもとに祭壇を築き、十二の石の柱をイスラエルの十二部族のために建てた」(4節)。ここに「イスラエルの十二部族」という言葉がこの物語においてはじめて出てきます。これから、この十二部族ということが大きな意味を持ってきます。もともとイスラエルは「部族」の集まりでした。その十二の部族がどのようにして一つの「民(アム)」となるのか。それは「契約」によってなのだということが、続く行為においてはっきり示されているのです。

 その契約についてここで強調されているのは「血が振りかけられた」ということです。「彼はイスラエルの人々の若者を遣わし、焼き尽くす献げ物をささげさせ、更に和解の献げ物として主に雄牛をささげさせた。モーセは血の半分を取って鉢に入れて、残りの半分を祭壇に振りかけると、契約の書を取り、民に読んで聞かせた。彼らが、『わたしたちは主が語られたことをすべて行い、守ります』と言うと、モーセは血を取り、民に振りかけて言った。『見よ、これは主がこれらの言葉に基づいてあなたたちと結ばれた契約の血である』」(5-8節)。

 「焼き尽くす献げ物」は全部を焼き尽くす捧げ方です。「和解の献げ物」の場合は、脂肪を捧げて、残りは共に食べるのです。だから後で「食べ、また飲んだ」という表現が出てくるのです。しかし、ここで重要なのは、捧げる行為そのものではありません。契約を結ぶ際に、犠牲が屠られたということです。そこで血が流されたということが大きな意味を持つことになるのです。

 その意味するところは何なのか。それは後に明確に語られることになります。その第一の意味は、後にレビ記において明らかにされます。それは「罪の贖い」です。

 イスラエルの民は「契約」を与えられます。そして、宝の民、祭司の民とされるのです。祭司の民が必要なのは、この世界が神に背いているからだ、と以前申し上げました。しかし、イスラエルの民はもともとこの世の一部であったのです。エジプトにおいて、エジプトの神々を拝み、神に背いて生きてきたのです。それがそのまま神の民となれるはずがない。神との特別な関係に入れるはずがない。それは明らかです。そこには既に罪による断絶があるのです。だからまず、罪が贖われ、清められねばならないのです。本来ならば神に裁かれて死ぬべきものが、代わりに動物が死ぬことによって、生かされるのです。それが契約の前提となっているのです。そのことを通して初めてイスラエルは神の民とされることができるのです。

 それは新しい契約においてはより明確に語られています。私たちが今、新しい契約の民とされ、教会とされていることは当たり前のことではありません。私たちはこの罪の世界の一部だったのです。それが今、神の民として集められ、神を礼拝しているのは、イエス・キリストの血によって罪が贖われたからです。その罪の贖いなくして神との「契約」はあり得ないのです。

 その第二の意味は、この契約において結ばれる神との関係は、まさに「命」によって表現されるものだということです。第一の意味として語られたことと関係しますが、レビ記には次のように語られています。「生き物の命は血の中にあるからである。わたしが血をあなたたちに与えたのは、祭壇の上であなたたちの命の贖いの儀式をするためである。血はその中の命によって贖いをするのである」(レビ記17:11)。

 「命」である血の半分が祭壇に、すなわち神の側にかけられました。もう半分が民の側に振りかけられます。血に染まって真っ赤になりながら、そこにははっきりと神と人との間に、そして真っ赤に染まったお互いの間に、命の関係が結ばれたことが目に見える形で見てとれたことでしょう。すなわち、それがいかに重い関係であり、重く太い絆であるかということです。

 その事実はまた、新しい契約においてはより明確になります。動物犠牲が指し示していたのはやがて流される神の子の血に他ならないからです。私たちと神とは、神の子の流された血、神の子の命によって結ばれているのです。そのようなとてつもなく尊い命の絆によって結ばれているということを、「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である」という主の御言葉により、聖餐の度に私たちは確認しているのです。

 このことにおいて、キリスト教信仰というものが、単なる人間の宗教心と同一ではないことがはっきりと示されていると言えます。人間の宗教心と一緒なら、キリストの血が流されなくてもよいのです。聖餐によって繰り返し想起する必要もないのです。私たちはそのような人間の内にあるものではなく、とてつもなく重く太い絆を神との間に、また互いの間に与えられているのです。新しい契約として与えられているのです。

 神が恵みによって与えてくださった契約を重んじること、またその契約に誠実であること。それが「わたしたちは、主が語られた言葉をすべて行います」という言葉によって表現されています。それは単に規定を守るという「お約束」ではありません。そこに言い表されているのは恵みによって契約を与えてくださった神への「従順」なのです。従順であるとは神の言葉を重んじ、神の言葉に聞き従うことです。教会において、聖餐が単独で行われることはありません。そこでは必ず聖書が朗読され、説教によって解き明かされるのです。それは聞き従うということと聖餐とは切り離されてはならないからです。

 最初に見たように、この「わたしたちは、主が語られた言葉をすべて行います」という言葉を、「民は皆(直訳すれば「すべての民は」)」言ったのです。十二部族がそこで一つになったのです。契約の重さを認識し、その契約に誠実に生きるところにおいて、一つになったのです。民が一つになるとはそういうことです。それは教会が一つになるということも同じです。この契約の重さということを、イエス様が流してくださった血による契約の重さを本当に重んじてこそ、一つになれるのです。その重さを認識した上で、神に聞き従うつもりで、神の言葉に共に耳を傾けることなくして一つにはなれないのです。互いによく話し合って理解し合うことは大事かもしれませんが、それよりも大事なことは、「血による契約」ということを重んじることなのです。

 さて、ここで1節に戻ります。モーセは既に次のように命じられていました。「あなたは、アロン、ナダブ、アビフ、およびイスラエルの七十人の長老と一緒に主のもとに登りなさい。あなたたちは遠く離れて、ひれ伏さねばならない。しかし、モーセだけは主に近づくことができる。その他の者は近づいてはならない。民は彼と共に登ることはできない」(1-2節)

 既に見て来たような契約締結の儀式を経て、既に命じられていたように、モーセたちは山に登っていきます。そして、そこには聖書の他の箇所には見られないような光景が描かれているのです。「神はイスラエルの民の代表者たちに向かって手を伸ばされなかったので、彼らは神を見て、食べ、また飲んだ」(11節)。本来神を見たならば打たれて死ななくてはならないはずの彼らが生きているのです。それは「契約」が何であるかを象徴するような出来事でした。まさに神との親しい交わりが代表らによって経験されたのです。それはまだ代表だけでしたが、ふもとの民もまた、その出来事によって表されている神との関係にあずかっているのです。

 しかし、今日の箇所は「血による契約」の締結について語られていながら、既にその関係に黒雲が影を落としているのを見ることになります。

 ここでは、主のもとに登った人々のリストとして「アロン、ナダブ、アビフ、およびイスラエルの七十人の長老」という言葉が繰り返されています。この「ナダブとアビフ」というのは、アロンの長男と次男です。しかし、実際に祭司の家系の祖となるのは彼らではなく、三男と四男のエルアザルとイタマルです。それはなぜか。ナダブとアビフは神の言葉に従わず、打たれて死んでしまうからです。それゆえに、ナダブとアビフの名前が、あの時の幸いを経験した人々のリストに残されているのは、その意味では悲しい記憶でもあるのです。

 さらに12節以下には、モーセが神の山に登っていくときに、長老たちにこう言ったことが記されています。「わたしたちがあなたたちのもとに帰って来るまで、ここにとどまっていなさい。見よ、アロンとフルとがあなたたちと共にいる。何か訴えのある者は、彼らのところに行きなさい。」(14節)。

 モーセはこの後長く不在となります。しかし、それは彼らが指導者であるモーセに聞き従うのか、それとも神に聞き従うのかを問われることになる不在でもあったのです。そして、実際はどうであったか。この不在の期間を託されたアロンは、民の求めに応えて金の子牛を作ることになるのです。

 契約を重んじなかった人々、契約によって与えられた幸いな関係を軽んじ、失っていく人々の姿。それはイスラエルの歴史を通じて見ていくことになります。なぜ「旧約」と「新約」があるのか。それは、イスラエルが契約を破ったからです。旧約聖書は、まさに破られた契約について語っているのです。しかし、神はそれをもって神の民の終わりとはされませんでした。この世界の救いを終わりにはされませんでした。神は新しい契約を与えてくださいました。このように与えられた新しい契約の中に私たちは生かされているのです。私たちが、御子の血によって与えられたこの契約を重んじて生きるとは、具体的にいかなることを意味するのでしょうか。

2024年6月26日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 20:12-21

 出エジプト記 20:12‐21

 先週に引き続き十戒を学びます。今週は後半です。先週も申し上げましたように、十戒には先行する神の救いの恵みがあります。十戒に記されているのは、神の恵みへの応答としての生活です。神の恵みへの応答は、神を愛し、隣人を愛することです。前半部分には、神を愛することについて記されておりました。後半部分には、隣人を愛することについて記されています。

 主は言われました。「あなたの父母を敬え」(12節)。この戒めの言葉を十戒の前半部分に数える人もいます。父母は家族という生活共同体において、神によって立てられた、神を代表する存在と見ることができます。そうしますと、父母との関係は、即神との関係を意味することになりますから、むしろこの戒めは人との関係よりも、神との関係を表していることになるわけです。このような見方は十分な根拠がありますし、前半後半五戒づつとなって形としても整います。

 もう一方で、第五戒を後半に入れる見方もあります。現実的には父母との関係もまた、その後に出てくるような殺人や姦淫や盗みなどが入り込みうる人間同士の関係に他ならないからです。そのように、この戒めを後半部分に入れますと、ここで父母について語っていること自体、大きな意味を持っているように思われます。いかなる人にとっても、父母は一般化できないある特定の個人です。しかも、それはある期間生活を共有する、もっとも身近な個人です。そうしますと、隣人との関係について語る時、主はまず目に見える具体的な特定の個人について語っていることになります。

 博愛主義者になることよりも、身近な個人を愛することは、より大きな困難を伴います。世界の平和について語る人が、家族と平和であるとは限りません。主はまず父母を指し示して言われます。「父母を敬いなさい」と。

 「敬う」と訳されているのは「重んじる」という意味の言葉です。親が重んじられるべき理由は特に記されてはおりません。これは、父母が重んじられるべき根拠が父母自身にあるのではないことを意味します。根拠は主の命令にあるのです。主がそうお望みであるゆえに、子は父母を重んじるのです。この場合、父母という隣人を愛することは、神が与えられた関係を重んじることに他なりません。

 ちなみに、これはしばしば「年老いた両親への尊敬と配慮」についての戒めであると理解されてきました。確かに、親と子との関係は、互いの人生の途上にて変化します。子が親に依存する期間があり、親が子に依存する期間があります。親が扶養し、養育し、教育する期間が永遠に続くわけではありません。しかし、そのような関係の変化にかかわらず、子は父母を重んじなくてはならないのです。理由は一つ、それは神がそう望んでおられるからです。

 これは親もまた心に留めるべき神の言葉です。敬われるべき根拠を自分の内に求め、子に対して一生懸命に自分自身を指し示している親は気の毒です。親が子に指し示すべきであるのは、自分ではなく神なのです。神を指し示さないということは、父母が重んぜられるべき根拠を、親自らが放棄することになるのです。

 次に短い言葉で表現された四つの戒めが続きます。「殺してはならない。姦淫してはならない。盗んではならない。隣人に関して偽証してはならない」(13‐16節)。ここには隣人の命、結婚、所有、名誉を重んじるべきことが語られております。隣人を愛するとは、神が隣人に与えておられるものを重んじることでもあるということです。

 主は「殺してはならない」(13節)と言われました。しかし、私たちはこの戒めの言葉がある限定のもとにあることをも見落としてはなりません。ここには法的手続きを経た死刑は含まれておりません。また、さらに困惑させられますのは、ここに戦争行為が含まれていないということです。実際、同じ旧約聖書の中には、神が死刑を命じられる場面や神が戦争を命じられる場面が出てきます。これは簡単に論じることができない、深く大きな問題です。しかし、考える上で大事なポイントはいくつかあります。

 古代イスラエルにおいては、本来、死刑や戦争は、神の命令に基づいて《のみ》行われるものとされています。言い換えるならば、権力者の個人的な利益のために死刑が行われてはならないし、単純に国益のために戦争が行われてはならないということです。そのような力の行使は厳しく戒められているのです。まさに十戒の「殺してはならない」という言葉は、そのような人間の利益追求や怨念による殺人を禁止しているのです。

 そして、私たちが非常に抵抗を覚えるような極端な形ですが、神が死刑を命じられたり戦争行為を命じられたりする記述は、そのように命を与え、あるいは奪う権利は、あくまでも《神のみ》が保持しているという主張に他なりません。実際には、このことを認めないゆえに、極めて恐るべき悲惨なことがこの世界で起こってきたし、今も起こっているのです。隣人を愛することとは、まず命に関する最終的な権威をお持ちである神が隣人に与えたその命を重んじることです。

 次に主は「姦淫してはならない」(14節)と言われました。なぜなら姦淫は、結婚を破壊し、家庭を破壊するからです。姦淫が禁じられているのは、単に自分の結婚が壊れるからではありません。他者の結婚を壊すからです。結婚の破壊は、姦淫が表沙汰になった時に始まるのではありません。裏切りが生じた時点で既に始まります。聖書がその初めから語っているとおり、結婚および性の交わりは、人からのものではなく、神からのものです。それは神が祝福して与えてくださった賜物です。私たちはそのことに畏れを抱かなくてはなりません。隣人を愛するとは、神が隣人に与えられた賜物と神が隣人に与えた関係を、畏れをもって最高度に重んじることです。

 主はまた「盗んではならない」(15節)と言われました。この戒めは、もともと、人を盗むこと、すなわち誘拐することを禁じた戒めであったであろうと考える人もいます。誘拐するのは労働力にするためです。その場合、その人から自由を奪うことになります。しかし、教会は伝統的にこれを「盗み」の行為一般を禁じたものと理解してきました。その場合、奪い取られるのは自由だけでなく、所有一般ということになります。自由にせよ、所有物にせよ、真の所有者は神御自身です。その神が各々に御心に従って分かち与えられるのです。隣人を愛するとは、神が分かち与えられた隣人の所有を、真の所有者への畏れをもって、重んじることに他なりません。

 主はさらに「隣人に関して偽証してはならない」(16節)と言われました。ここで語られているのは、もともとは法廷における証言のことです。法廷における証言は、時として隣人の生死に関わります。ですから正しい証言がなされることは重要です。しかし、偽りの証言が関わるのは単に刑罰だけではありません。根本的には隣人の名誉に関わります。偽りによって名誉が奪われるのです。そして、そのような場面は、実は法廷以外にいくらでも見出されます。無責任な小さなうわさ話という《虚偽の証言》によってさえ、人の名誉は回復不可能なほどに損なわれ、人が死に追いやられることさえあるのです。隣人を愛するとは、隣人の名誉を重んじこれを守ることでもあるのです。

 以上、第五戒から第九戒までを通して言えることは、「隣人」をただその人として見るのではなく、その背後に命を与え、すべてを与えて生かしておられる神を見るということが大事だということです。神への畏れをもって隣人を重んじ、大切にする。そのことを神は私たちと隣人との関係において求めておられるのです。

 そして、最後に第十戒について考えましょう。主は言われました。「隣人の家を欲してはならない。隣人の妻、男女の奴隷、牛、ろばなど隣人のものを一切欲してはならない」(17節)。第十戒は、このように、思考と欲望について語っている点で、他とは異なると言えるでしょう。もっとも、この「欲する」という言葉は、実際に奪い取る行為をも含むものです。しかし、確かにここには人間の心の内に始まることについても語られているのです。

 私たちはここで、既に見てきました殺人や姦淫や盗みについても、問題は既に行為として現れる前に心の中に始まっていることを考えさせられます。使徒ヨハネはその手紙の中に「兄弟を憎む者は皆、人殺しです」(1ヨハネ3・15)と記しています。憎しみは既に心の中に始まっている殺人です。主イエスも次のように語られました。「あなたがたも聞いているとおり、『姦淫するな』と命じられている。しかし、わたしは言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである」(マタイ5・27‐28)。そのように言われた時、確かに主は第七戒の本質を語られたと言うことができるでしょう。

 十戒に先立って「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」と語られておりました。この第十戒を読みますと、改めてこの十戒が先行する神の恵みに基づいていることの重大さを思わされます。これは神の恵みにあずかった神の民に与えられた戒めなのです。隣人の家を欲するのは、自分の与えられている恵みの大きさが分からないからです。

 私たちに必要なのは、隣人のものを自分のものにすることではなくて、既に与えられている神の恵みを知り、それを喜び祝うことなのです。本当に欲しなくてはならないのは、神の恵みを知ることであり、そして神の恵みの支配が心の深き所にまで至ることなのです。その意味においても、やはり十戒において求められている生活は、神を愛することについても、隣人を愛することについても、《神の恵みに対する感謝の応答》に他ならないのです。

2024年6月19日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 20:1~11

 出エジプト記20:1‐11

 前回は主がシナイ山に降られたところまでをお読みしました。今日は20章に入ります。そこには契約の中心となる十戒が記されています。この十戒を今週と来週の二回に分けて学びたいと思います。ちなみに、その後22節から23章の終わりまでの部分は「契約の書」と呼ばれます。この「契約の書」については各自で読んでいただくとして、この後は、「契約の書」に言及している契約締結の実際の場面を伝えている24章をお読みする予定です。

 さて、十戒の内容に入ります前に、私たちはまず、その前文とも言える部分に目を留めたいと思います。次のように書かれております。「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である」(2節)。十の戒めはこれに続きます。

 主は戒めを先に与えて、「これを守ったら私はあなたを救い出す。これらを守ったらあなたの神となる」と言われたのではありません。主の救いが戒めの前にあるのです。主の恵みが戒めに先行しているのです。結論から言いますならば、十戒に示されているのは、先行する神の恵みに対する感謝の応答としての生活なのです。

 では、人はいかなる仕方において、神の恵みに応えて生きるのでしょうか。ある時、一人の律法学者が主イエスに尋ねました。「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか」。主イエスは次のように答えられました。「イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない」(マルコ12:29‐31)。

 神の恵みに対する相応しい応答は、神を愛することです。そして隣人を愛することです。そして、この二つの掟は、明らかに十戒の前半と後半に対応しています。今日お読みしました十戒の前半には、心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして神を愛することについて書かれております。後半には、自分を愛するように隣人を愛することについて書かれております。つまり、十戒には、神の愛に応えて、どのように神を愛したらよいのか、隣人を愛したらよいのかが、記されているのです。

 では、どのように神を愛したら良いのでしょうか。本日の聖書箇所から明らかなように、それは単に情緒的なことではありません。十戒の前半部分が示しているように、それは一言で表現するならば、「神を正しく礼拝すること」です。

 主は言われました。「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」(3節)。「わたしをおいてほかに」とは「わたしと並べて」という意味です。神を神として正しく礼拝するということは、神ならぬ何ものをも神格化し絶対化して神と並べないことを意味します。

 この世の中においては、そのような神格化・絶対化が、あらゆる対象において起こります。天体や自然が神格化されます。人間が神格化されることもあります。人間の作った体制が、国家が、権力が、富が、イデオロギーが、崇高な理想が、ある場合には芸術が、神格化され絶対化されることもあります。人間はそれらに依り頼み、それらは人間を支配するようになります。

 しかし、神は私たちを他の何もの手にも渡そうとはされません。「あなたには、わたしをおいてほかに神があってはならない」という命令は、「わたしは主、あなたの神」という神の激しい主張に基づきます。神は御自分の民との関係をいいかげんにはなさいません。神は「わたしはあなたの神である」と言われるのです。そして、そう語りかけられる者を完全に御自分のものとされるのです。他の何者の手にも渡そうとはされないのです。それゆえ、私たちが神を愛するとは、ただ神の御手にのみ自分自身を引き渡すことに他なりません。それこそが、まことの神礼拝です。そこにおいて、私たちは、自分自身を含め、神ならぬ一切を相対化するのです。

 そして、第二に主は言われました。「あなたはいかなる像も造ってはならない」(4節)。この像とは、5節に書かれているように、ひれ伏したり、仕えたりする対象となる像のことです。礼拝に用いる像のことです。それらを造るなと主は言われるのです。

 古代オリエントにおいて、神の像は神の居場所を意味しました。像のあるところに神はおられると考えられたのです。神の像の製造、それは神を限定する行為に他なりませんでした。いわば人間の意思のもとに神を置く行為、神を人間の手に所有する行為に他ならなかったのです。

 神を所有したい、神を自分の思い通りにしたいという欲求は、古くから人間の心の内に横たわる、根元的な欲求であると言えるでしょう。逆に言えば、そのように所有できない、自分の思い通りにならない存在を、人は神として認めたくないのです。ある人が聖書を読んでこう言いました。「こんなの私の考えている神さまと違う!」そうです、聖書の神は、どう考えても私たちの思考の内に手の内に収めることはできません。人間の思い通りに表現された神の像の前にひれ伏す時、人はもはや神の前にはいないのです。神ならぬものに対してひれ伏しているのです。

 信仰とは、私たちが《神を自分のものにすること》ではありません。私たちが神のものとなるのです。聖書には、私たちを完全に自分のものとすることを欲せられる神の意志が、非常に激しい言葉で表現されています。「わたしは主、あなたの神。わたしは熱情の神である」(5節)。「熱情の神」は、通常「ねたむ神」と訳されます。この御方は、御自分の民を他の何者の手にも渡そうとはされないのです。完全に御自分のものとしなくてはおさまらない御方なのです。

 さらに第三に、主は言われます。「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない」(7節)。「みだりに唱える」とは、主の名の呪術的な使用です。神々の名を呪術に用いるという例は、古代社会にはいくらでも見出されます。なぜ、呪術を行うのでしょう。それは超自然的な力を思い通りに使用するためです。これもまた人間の根元的な欲求です。主なる神は、主の名をそのような仕方で用いてはならないと命じられたのです。それは言い換えるならば、主の力を自分のために思い通りに用いようとしてはならないということです。

 主は、そのような形においても、人に所有されることを拒まれます。主が人を御自分のものとされるのです。さらに言うならば、主が求めておられるのは、「わたし」「あなた」という言葉に見られるように、向かい合った人格的な関係です。愛が成り立つのは人格的な関係です。これこそが神を神として礼拝することに他なりません。私たちが神を「あなた」としてではなく、自分の思い通りになる「それ」として捉えることを、主は良しとされないのです。

 そこに第四の安息日の掟が続きます。「安息日を心に留め、これを聖別せよ」(8節)。安息日というのは、週の第七日目です。特定の日です。このように、第四の掟は「時間」に関わっています。時間に関わっているということは、直接私たちの具体的な生活に関わっているということです。

 既に見てきました三つの戒めは、神を正しく礼拝することにおいて、私たちは自分自身を神の手に、神《のみ》の御手にゆだねるべきことを語っておりました。繰り返しますが、神が私たちのものとなるのではなく、私たちが神のものとして生きるのです。そして、そのように生きるということは抽象的なことではありません。単に「わたしの心はあなたのものです」というような情緒的なことでもありません。これは具体的に私たちが生きる「時間」というものに関わっているのです。

 主は、「これを聖別せよ」と言われました。聖別せよとは神のものとするということです。七日間のうちの一日を神のものとするのです。これが神のものとして生きるということと直接的に結びついております。それは少し考えれば誰にでも分かることです。七日の一日をも神のものとせず、七日のすべての時を人間の思いと都合にまかせて用いておいて、「私は神を愛しています。私は神のものです」とはたして言えるでしょうか。言えないだろうと思うのです。神を愛し、神を礼拝して生きるということは、私たちが生きる時間にも関わる、非常に具体的なことなのです。

 しかし、ここで私たちは、最初に見ましたように、これらの戒めが先行する神の恵みに基づいているということを忘れてはなりません。「安息日」という言葉は「止まる」という言葉に由来します。これは「動きなさい」という命令ではなくて「止まりなさい」という命令であり、「働きなさい」という命令ではなく、「休みなさい」という命令なのです。私たちが止まることができるのは、神が先に動いていてくださるからです。私たちが休むことができるなら、それは神が先に働いていてくださるからです。

 そこで、聖書は、さらに私たちの目を神の創造の業に向けさせます。「六日の間に主は天と地と海とそこにあるすべてのものを造り、七日目に休まれたから、主は安息日を祝福して聖別されたのである」(11節)。この天地の創造に関して、私たちは何もしていないのです。私たちが何もしなくても、この天地は成立したのです。この天地は私たちがいなくても成り立っていたのです。この天地は私たちが支えているのではありません。だから、私たちは休んでも大丈夫なのです。安心して時を神のものとして良いのです。

 キリスト者は、第七日の土曜日を安息日として聖別することに代えて、第一日であり第八日である日曜日を主の日として守ってきました。それは私たちの救いに関わる決定的なことが、既にあの週の最初の日、復活の日になされていると信じるからです。だから、私たちはさらに安心して、この主の日を神のものとするのです。こうして、私たちは安心して主に身をゆだね、主のものとして生き、主を愛し、主を礼拝して生きるのです。

2024年6月12日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 19:10~25

 出エジプト記19:10~25

 先週から19章に入りました。ここから舞台はシナイの荒れ野となります。「イスラエルの人々は、エジプトの国を出て三月目のその日に、シナイの荒れ野に到着した」(1節)。彼らがシナイの荒れ野を出発するのは、民数記10章です。「「第二年の第二の月の二十日のことであった。雲は掟の幕屋を離れて昇り、イスラエルの人々はシナイの荒れ野を旅立った。雲はパランの荒れ野にとどまった」(民10:11)。ここまでの間が、期間にすると約11か月です。この期間の話に聖書は大きな紙面を割いていることが分かります。それは重要だからに他なりません。その期間の中心的な出来事は、「主なる神との契約が結ばれた」ということです。契約締結の出来事そのものは出エジプト記24章に記されています。

 神との「契約」とは、神と人との間に特別な関係が与えられることです。単に創造主と被造物との関係ではなく、神と契約において結ばれた民、すなわち神の民となるのです。そのような契約を与えるために主がシナイ山に降られたというのが、今日お読みした箇所です。

 主がシナイ山に降られる前に、主はモーセに次のようなことを命じておられます。「民のところに行き、今日と明日、彼らを聖別し、衣服を洗わせ、三日目のために準備させなさい。三日目に、民全員の見ている前で、主はシナイ山に降られるからである。民のために周囲に境を設けて、命じなさい。『山に登らぬよう、また、その境界に触れぬよう注意せよ。山に触れる者は必ず死刑に処せられる。その人に手を触れずに、石で打ち殺すか、矢で射殺さねばならない。獣であれ、人であれ、生かしておいてはならない。角笛が長く吹き鳴らされるとき、ある人々は山に登ることができる』」(10-13節)。ここで命じられているのは「準備すること」です。契約を結ぶ前に、どうしてもしなくてはならない準備があるのです。

 まず、衣服を洗うことです。水の乏しい荒れ野を旅する彼らにとって、当然のことながら、衣服を洗うということは日常の事ではありません。それは彼らが清められる必要があることを象徴的に表す特別な行為でした。彼らはまだ十戒を与えられていませんから、エジプトで行ってきた偶像礼拝が神に背く行為であることを知りません。律法を与えられていませんから、何が神の目に罪とされるかも知りません。しかし、神との契約、そして与えられる神の民としての未来は、今までの日常の延長ではないのだということ、衣服を洗うように彼ら自身とその生活が清められなくてはならないということは、はっきり自覚しなくてはなりませんでした。それは必要な準備だったのです。

 そして、主が命じられたもう一つのことは、人々が山に登らないように境を設けよ、ということでした。当然のことながら、「山に登らぬよう」と主が言われるのは、山に登ろうとする人たちが一定数いるであろうことを想定して語っているのです。主が降られたときに、安易に近づこうとする人たちがいるということです。後で21節では「民が主を見ようとして越境し・・・」と書かれています。そのように、降られた主を「見よう」とする人々がいるということです。だから、「境を設けよ」と主は言われるのです。

 この命令を理解するためには、彼らがどのような人々であったかと思い起こす必要があります。彼らは三ヶ月前までエジプトの中で生活していた奴隷だったのです。エジプトの偶像礼拝の世界にいたのです。そこでエジプト人と同じように偶像に仕えていたのです(エゼキエル20:5-8)。偶像の神は人間の側からいくらでも近づくことができる神なのです。彼らはそのような世界にいたのです。

 その彼らが「主(ヤハウェ)」と名乗る目に見えない神が、モーセとアロンを通して語られ、また、彼らを通して驚くべき様々な出来事を引き起こすことを目の当たりししたのです。しかし、そこでも引き起こされた災いは彼らに降ることはありませんでした。むしろ彼らにとっては、今まで鞭を振るっていたエジプト人を叩いてくれる神、鞭打たれてきた彼らにとっては、主は味方となってくれる神に他ならなかったのです。

 そして、彼らはエジプトを脱出し、昼は雲の柱、夜は火の柱をもって導かれたのでした。そこにおいても、主は彼らにとっては近づくことのできる存在であり、むしろ離れずについて行くべき存在だったのです。そこには本当に意味で主への畏れはなかったことは、彼らがすぐに不平を言い出したことからも分かります。水のないレフィディムにおいては、「『果たして、主は我々の間におられるのかどうか』と言って、モーセと争い、主を試した」(17:7)ということまで書かれているのです。しかし、それでも彼らが食べ物がないと不平を言えば、主によってマナが与えられ、水がないと言って不平を言えば、岩から水が出て彼らは飲むことができたのです。そのような彼らにとって、主は味方となり、必要を満たしてくれる神に他ならなかったのです。

 そのような彼らが、「三日目に、民全員の見ている前で、主はシナイ山に降られる」という言葉を聞いたらどうでしょう。ある人々は、そのように特別に主が近くの山に降られるという出来事を、楽しみに待ち遠しく思う者もいたに違いありません。また、主が降られたら、我々もその山に登って行ってみよう、と考えた人々がいても不思議ではありません。その「主」とやらをこの目で見てみようではないか、と。つまり、彼らにとって、主は本質的にはエジプトの偶像となんら変わらなかったのです。当然のことながら、そのままで本当の意味で「主」と出会うことはできないし、契約を結ぶこともできないでしょう。そのままで神の民となることはできない。だから、三日目に向けて準備をさせたのです。ここで彼らの意識が変えられなくてはならないからです。

 そのように、山の周囲に境を設けるのは、主が聖なる御方で、罪ある人間が近づくことのできない御方であることを、目に見える形で示すためでした。そして、実際、罪人が主に近づくことは死を意味したのです。しかし、興味深いのは、彼らが越境した場合、彼らは主に撃たれることになるとは書かれていないことです。主は、そのように民に告げよとモーセに言われなかったのです。そうではなく、越境に関する死刑制度を作ることを求められたのです。すなわち、境界に触れ、山に触れた者は、石打ちにされるか、矢で射殺されるか、いずれかの方法で処刑されることとしたのです。

 神に撃たれるという言葉を、畏れをもって聞くことのできない人は、実際に誰かが神に撃たれて死ぬのを見るまで、あるいは自分が撃たれるまで、その意味することは分からないでしょう。しかし、神の手で罰せられるという言葉で言われても分からない人であっても、人の手で罰せられるということなら分かります。誰かが撃たれて死ぬ前でも分かります。その意味では、死刑に処すことを命じられたのは、神の憐れみであったとも言えます。もちろん、誰も死刑にならないことを願ってのことでしょう。

 そのような二日を経て、三日目に主が降られました。「三日目の朝になると、雷鳴と稲妻と厚い雲が山に臨み、角笛の音が鋭く鳴り響いたので、宿営にいた民は皆、震えた」(16節)。雷鳴と稲妻は、もとより古代の人々にとっては大きな恐怖の対象でした。厚い雲が山に臨んで山が見えなくなり、どこからともなく鋭い角笛の音が突然なり響いたことも、彼らの内に恐怖を引き起こしたに違いありません。皆、恐怖で震えたのです。そして、火と煙の中に主は降られたのでした。

 エジプト脱出の時や、荒れ野での旅の時とは異なります。主はあえて恐怖を引き起こすような仕方で山に降られたのでした。それは彼らにとって、どうしても必要なことだったのだと思います。先にも触れましたように、彼らにとってこれまで主は近づくことのできる神だったからです。そのような彼らは、主は本来近づくことができない神であり、近づくことは死を意味する聖なる御方であることを感覚的にも知る必要があったのです。契約とは、そのように本来近づくことのできない神が契約の仲保者(この場合はモーセ)と通して特別な関係を与え、神の民としてくださることに他ならないからです。それゆえに、そこで保たれなくてはならないのは、主への畏れなのです。

 主はシナイ山の頂に降られ、モーセを山の頂に呼び寄せられました。モーセは主のもとに登っていきます。主はモーセに言われました。「あなたは下って行き、民が主を見ようとして越境し、多くの者が命を失うことのないように警告しなさい。また主に近づく祭司たちも身を清め、主が彼らを撃たれることがないようにしなさい」(21-22節)。これはある意味で変な話です。既にモーセが主から命じられて境を設け、越境したら死刑に処せられることも伝えて警告しているのです。ですからモーセは答えました。「民がシナイ山に登ることはできません。山に境を設けて、それを聖別せよとあなたがわたしたちに警告されたからです」(23節)。

 もう既に警告しています、とモーセは言っているのです。それでもなお、越境して自らの身に死を招くとしたらそれは自己責任である、ということでもあります。しかし、主はあえてモーセを下らせるのです。主にとっては、「多くの者が命を失うことのないように」ということが重要だからです。主は罪人の死を望まれない。だから何度でも警告するのです。この主の姿は、後にはイスラエルの民に繰り返し預言者を送るという形で歴史の中に見ることができます。それは主の憐れみに他なりません。

 そのように憐れみに満ちた神であり、罪人が近づくことのできない聖なる神。その御方との契約を与えられ、神の民とされ、しかも新約においては「大胆に恵みの座に近づこうではありませんか」(ヘブライ4:16)と語られている。そのことの意味を深く思い巡らしたいと思います。

2024年6月5日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 19:1~9

 出エジプト記 19:1-9


 19章に入りますと、「シナイの荒れ野に到着した」と書かれています。出エジプト記においてこれ以降のことはすべて「シナイの荒れ野」の出来事として書かれています。いや、それだけでなく、レビ記全体、民数記の初めの部分までが、シナイの荒れ野を背景として書かれているのです。「第二年の第二の月の二十日のことであった。雲は掟の幕屋を離れて昇り、イスラエルの人々はシナイの荒れ野を旅立った。雲はパランの荒れ野にとどまった」(民10:11)。ここまでのすべては、シナイの荒れ野での出来事です。この約11ヶ月のこととして描かれているのです。

 このように、この11ヶ月のことに大きな紙面が割かれているのは、とりもなおさず、これが重要だからです。その11ヶ月の間に起こった決定的に重要な出来事は、「神との契約が結ばれた」ということです。今日の聖書箇所において「わたしの契約を守るならば」(5節)と語られている、この「契約」のことです。契約締結の出来事そのものは出エジプト記24章に記されています。

 これは聖書全体にとっても中心的な出来事と言えます。私たちが持っている聖書の「新約」と「旧約」とは、新しい契約、古い契約という意味ですから。そこで語られている「契約」とは、「神が特別な関係を結んでくださる」ということに他なりません。

 この世界全体は神によって創造されました。ゆえに、既に「創造者」と「被造物」という関係は初めからあると言えます。それは人間に限らず、全ての被造物に共通して言えることです。しかし、「契約」というのは、そのような「創造」における関係ではありません。神が特別な目的のために「神の民」としてくださるということです。そのような特別な関係を結んでくださることです。

 「旧約」すなわち「古い契約」において、イスラエルは神の特別な関係を与えられて「神の民」となりました。これに対して、私たちには「新約」すなわち「新しい契約」が与えられ、「新しい契約」によって、新しい神の民、教会とされているのです。それゆえに、私たちがクリスチャンとされているとはどういうことか。教会とされているとはどういうことかを本当の意味で知るためには、この古い契約に遡って、「契約」とは何であるかを学ばなくてはならないのです。その意味で、これからの部分は私たちにとっても極めて重要な意味を持っているのです。

 「契約」についてまず心に留めなくてはならないのは、それが一方的な神の恵みによって与えられたということです。そこで今日、まず注目したいのは3節から6節の部分です。

 イスラエルはシナイの荒れ野に天幕を張り、そこで山に向かって宿営しました。その山とはシナイ山です。しかし、そこでは「モーセが神のもとに登って行くと」と書かれています。実際には山に登って行ったのです。どうして山に登ることが「神のもとに登って行く」ことになるのでしょうか。

 実は、シナイ山は聖書の他の箇所では「ホレブの山」と呼ばれております。特に後の「申命記」において、その呼び方が繰り返し出てきます。実は、「ホレブの山」が出てくるのは、ここが始めてではありません。3章に出て来ているのです。それゆえに2節ではただ「山(The Mountain)」と書かれているのです。

 思い起こしてください。あの日モーセは「神の山ホレブ」(3:1)に来たのです。そして、そこでモーセは火に燃えているのに燃え尽きない柴を見たのです。そして、その柴の間から声がした。モーセは主に出会ったのでした。そこで主は言われました。「ここに近づいてはならない。足から履物を脱ぎなさい。あなたの立っている場所は聖なる土地だから」(3:5)。つまり、あの時モーセは「神の山ホレブ」で主と出会い、そこからエジプトへと派遣され、イスラエルの人々をエジプトから導き出し、再び「神の山ホレブ」に戻ってきたという、そのような話の流れになっているのです。それゆえに、その山に登るということは、神のもとに登って行くことに他ならないのです。

 それゆえにまた、そこで主は、「あなたたちは見た/わたしがエジプト人にしたこと/また、あなたたちを鷲の翼に乗せて/わたしのもとに連れて来たことを」と語っているのです。つまり、モーセを派遣してエジプトを脱出させることは、まさにイスラエルの民を「鷲の翼に乗せてわたしのもとに連れて来る」ということだったのです。

 「鷲の翼に乗せて」で表現されているのは、一言で言えば「神の一方的な恵み」です。彼らは自分の力でエジプトを脱出したのではありません。それはあたかも鷲の翼に乗せられて飛び立つような出来事だったのです。だから「わたしがエジプト人にしたこと」と書かれているのです。それは既に見てきたとおりです。実際、エジプトから脱出するために本質的なことは、イスラエルの民は何一つしていないのです。彼らが蛙を出したわけでも、雹を降らせたわけでもない。いやモーセでさえ、ある意味では重要なことは何一つしていないとも言えます。まさに「鷲の翼に乗せて」です。

 そのように「鷲の翼に乗せて連れて来られて」、契約を与えられることになるのです。すなわち、契約の前提は神の一方的な恵みなのです。イスラエルの民が神と特別な関係に入れられるのは、ただ神の一方的な恵みによるのです。

 5節には「今、もしわたしの声に聞き従い、わたしの契約を守るならば」という言葉が出て来ます。しかし、間違ってはなりません。彼らが声に聞き従ったから、そのような従順な民だから、契約を与えられたのではないのです。彼らが聞き従うも何も、まだエジプトの奴隷であったとき、しかも、偶像礼拝のただ中にあってエジプト人と同じようなことをしていたときに、一方的な神の恵みによって解放されたのです。聞き従うから契約を与えられたのではなく、恵みによって契約を与えられたからこそ、そこで初めて、それを「守る」という課題について語られ得るのです。

 それは「新しい契約」においてはもっとはっきりしています。神が独り子をお送りくださって、罪と死から解放するためにイエス・キリストを十字架にかけ、そして復活させられた。そして、聖霊が降された。そうやって教会が誕生した。そこで人間は何もしていません。ただ神がなさったことです。それを根拠に、イエス様の流された血を根拠に、新しい契約が与えられたのです。神との特別な関係が与えられました。だからイエス様は最後の晩餐において、「この杯は、わたしの血によって立てられる新しい契約である」と言われたのです。私たちの努力や従順によって立てられるのではない。あくまでもイエス様の血によって立てられる契約なのです。

 そのように契約とは神の一方的な恵みによって与えられるものなのです。そして、第2に心に留めるべきことは、契約には目的があるということです。

 出エジプトの出来事は、単に苦しんでいるイスラエルを解放するためではありませんでした。救いは救い自体が目的ではないのです。彼らは、シナイ山に連れて来られるために救われたのです。なぜ神のもとに連れて来られたのか。神はなぜ契約を結ぼうとされたのか。神にはしようとしていることがあるからです。神には目的があるからです。

 その目的とは何か。「あなたたちはすべての民の間にあって、わたしの宝となる」と書かれています。神は彼らを御自分の宝にしようとしていたのです。契約とはそういうことです。それは神の宝になることに他なりません。

 神の宝となるとはどういうことか。「自分たちは神にとって特別な存在なのだ。他の民とは異なるのだ」と言って誇るためでしょうか。そうではありません。6節にはこう書かれています。「あなたたちは、わたしにとって祭司の王国、聖なる国民となる」と。ここで「祭司の王国」という言葉が重要です。祭司とは神と人との間に立って執り成し、神と人とが交わりを持つことができるようにする存在です。イスラエルとは、まさに他の民が神と結びつくことができるように、交わりが持てるようになるために、その役割を持つのです。

 そのような「祭司の王国」が必要なのは、実際には、この世界が神に背いているからに他なりません。「世界はすべてわたしのものである」と主は言われます。しかし、現実には世界はそう動いていないのです。これは神との交わりを失っている世界です。イスラエルももともとはそのような世界に属するものでした。しかし、神は彼らをエジプトから救い出し、まず彼らを特別な関係に入れました。神との交わりに入れました。それはやがては神のものである世界全体が神との交わりに入れられるためなのです。そのために仕えるのが、先に選ばれ契約を与えられたイスラエルなのです。彼らが特別な存在として世にあってこそ、この世に仕えることができるのです。

 彼らは一方的な恵みによって契約を与えられるのです。神との特別な関係を与えられるのです。神の民とされるのです。ならば、そこで大事なことは、神の民として生活することです。神との特別な関係を与えられたものとして生きることです。それはすなわち、他の民とは違ったように生活することです。そうあってこそ、祭司の王国としての務めが果たせるのです。そのように神の民として生活することこそ、「契約を守る」ということなのです。であるから、どのように生活したら良いかが語られるのです。その中心は何か。この後にすぐ出てくるのは、幕屋の作り方です。つまり礼拝なのです。神の民として生活することの一番の特徴は何かと言えば、神を礼拝していることなのです。

 新しい契約の民の目的も同じです。この世界に仕えるために存在し、この世界が神のものとなるために仕えるのです。それが新しい契約の民、教会です。そのために必要なことは、まずは礼拝する民となることなのです。だから教会が第一に大事にしているのは礼拝なのです。

 契約には目的があります。神は御自分の世界を御自分のものとするために、まず先に御自分の民を選ばれ、契約を与えられました。それがイスラエルの民であり、それが教会なのですキリスト者がキリスト者として生活してこそ、この世に仕えることができるのであって、この世と同じことをすることによって、この世に仕えるのではありません。塩が塩味を失ったらいったい何の役に立つか、とイエス様も言われました。もはや何の役にも立たず投げ捨てられて踏みつけられるだけである、と。信仰者は信仰者としてのアイデンティティ、塩味を失ってはならないのです。


2024年5月29日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 18:1~27

 出エジプト記 18章1節~27節

 今日の箇所には、「モーセのしゅうとで、ミディアンの祭司であるエトロ」(1節)という人物が出てきます。出エジプト記4章以来、久しぶりの登場ですので、まずこの人物について振り返っておきたいと思います。

 なぜヘブライ人であるモーセのしゅうとがミディアン人の祭司なのか。そのいきさつは出エジプト記2章に出ています。モーセは、もともと人を殺してミディアン地方に逃れてきた逃亡者でした。その彼が、ある井戸の近くで、乱暴な羊飼いたちの手からミディアン人の娘たちを救います。このことをきっかけに、彼女たちの父であるエトロ(またの名をレウエル)という祭司と出会ったのでした。

 モーセはミディアンに留まる決心をし、エトロの娘のひとりツィポラをめとりました。彼らの間に生まれた長男は、ゲルショムと名付けられました。ゲールとは寄留者という意味です。モーセが、「わたしは異国にいる寄留者(ゲール)だ」と言ったからである、と説明されています。もう一人の子供は今日の箇所によればエリエゼルという名前でした。「神は我が助け」という意味です。

 ミディアンの地に、モーセは約40年間、羊飼いとして暮らしていました。しかし、ある日、燃える柴の中から語りかける声を聞くことになります。主との出会いでした。「主」と訳されているのは「ヤハウェ」という言葉です。その意味は「わたしはある」という意味で、神はまさに共にいる神としてご自身を現されたのです。そこで召命を受けたモーセは主から受けた使命を果たすため、エジプトに帰って行くことになりました。

 そのときモーセは、しゅうとのエトロのもとに帰って、「エジプトにいる親族のもとへ帰らせてください。まだ元気でいるかどうか見届けたいのです」(4:18)と言いました。主との出会いのことはまだ伝えてはいませんでした。エトロは「無事で行きなさい」と言って送り出します。モーセはツィポラと息子たちを連れてエジプトへ向かいます。それがエトロとの別れとなりました。その後、ツィポラと息子たちだけはエトロのもとに帰したものと思われます。

 そのエトロが出エジプトの出来事を伝え聞きました。彼はさっそく、ツィポラと子供たちを連れてやってきます。それが今日お読みした話です。次のように書かれていました。「モーセのしゅうとで、ミディアンの祭司であるエトロは、神がモーセとその民イスラエルのためになされたすべてのこと、すなわち、主がイスラエルをエジプトから導き出されたことを聞いた」(1節)。

 この「すなわち、主が」という言葉は特に注目に値します。彼はモーセが出会った神、後にイスラエルを通してご自分を現わされ、最終的にイエス・キリストを通してこの世にご自身を啓示される唯一の生ける神「主(ヤハウェ)」のことを伝え聞いたのです。

 そのエトロが神の山に宿営しているモーセのところに来たのです。神の山と言ってもシナイ山ではありません。どこであるのかは不明です。話の流れからすればレフィディムということになります。ともかく、やってきたエトロと安否を尋ね合い、天幕に入って、モーセは「証し」を始めました。いわば家族伝道です。

 モーセは何を語ったのでしょうか。しゅうとが伝え聞いていたこと、すなわち「主」が何をしてくださったかということを話したのです。「モーセはしゅうとに、主がイスラエルのためファラオとエジプトに対してなされたすべてのこと、すなわち、彼らは途中であらゆる困難に遭遇したが、主が彼らを救い出されたことを語り聞かせると」(8節)とある通りです。つまり、モーセはどれほど自分が苦労したかという話をしたのではないのです。自分が労苦してイスラエルの民を導き出したという話をしたのでもありません。「主がなさったこと」を語ったのです。これが「証し」というものです。

 モーセが主のなさったことを伝えたら、エトロはどうしたでしょうか。「エトロは、主がイスラエルをエジプト人の手から救い出し、彼らに恵みを与えられたことを喜んで」(9節)と書かれています。モーセたちが無事であったことを喜んだのではありません。主が恵みを与えられたことを一緒に喜んでくれたのです。そして、こう言ったのでした。

 「主をたたえよ/主はあなたたちをエジプト人の手から/ファラオの手から救い出された。主はエジプト人のもとから民を救い出された。今、わたしは知った/彼らがイスラエルに向かって/高慢にふるまったときにも/主はすべての神々にまさって偉大であったことを」(10-11節)。

 こうして異教の祭司エトロは主を知るようになりました。そして、一緒に礼拝し、「共に神の御前で食事をした」と書かれています。エトロにとって、それは名のない神ではなく、イスラエルにおいてご自身を現わされた主なる神に他なりませんでした。

 続いて書かれているのは、そのエトロがモーセに助言したという話です。エトロはモーセのやり方が「良くない」と言いました。これはいわば「入信間もない人の声」のようなものです。外から来て間もない人の方が、大切なことがよく見えているということは確かにあるものです。しかし、普通に考えるならば、エジプトから大群衆を導きだして、ここまでやってきた人に助言や諫言をすることは、そう簡単なことではありません。それは単に彼がモーセの「しゅうと」だからできたということではないでしょう。なぜそれができたのか。それはモーセが語ったことと関係するのです。

 先にも触れたように、モーセは自分がいかに大きなことをして、苦労してここまでやってきたかを語りませんでした。主がなさったことを語ったのです。そこにおいては、モーセはそこではあくまでも一人の人間モーセ、弱さを持ち、間違いも犯し得るモーセなのです。いかなる仕方においても神格化されることはありません。エトロは、そのようなモーセであるからこそ、語ることができたのです。

 また、モーセもそのような認識であるから、いわば入信間もない人の助言に耳を傾けられたとも言えます。事もなげに書かれていますが、これは共同体において、あるいは指導者にとって、しばしばとても難しいことなのでしょう。特にその歴史が長くなればなるほど、難しいこととなります。「ここまでどれだけ苦労してきたと思っているのだ。何にも分からないくせに」というようなことが自然に起こり得るからです。しかし、共同体にとってはそれこそが大きな問題となるのです。

 エトロが言ったのは、仕事を分担しなさいということでした(22節)。しかし、それは単にモーセの重荷を軽減するということではありませんでした。モーセが本当の意味で「任に堪える」(23節)ようになるためです。それは持ちこたえるということだけではなく、本当になすべきことを行えるということです。

 なすべきこととは何か。エトロはこう言いました。「あなたが民に代わって神の前に立って事件について神に述べ、彼らに掟と指示を示して、彼らの歩むべき道となすべき事を教えなさい」(19、20節)。ここで「民に代わって」とありますが、これは「民のために」と訳しても良い言葉でして、むしろそちらの方がよいかもしれません。民のために神の前に立つこと、それはすなわち祈ることです。

 人々の前に立つことよりも、まず神の前に立つことだとエトロは言ったのです。それは異教世界ではあっても、「祭司」をしてきた者だからこそ口にした言葉だったのでしょう。そして、その上で人々には「掟と指示」を示すのです。それは神の言葉です。その「任に堪える」ようになるために、エトロの助言は極めて大きな意味を持つものだったのです。


2024年5月22日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 17:1~16

出エジプト記 17:1‐16

 イスラエルの民は、マナを与えられるという恵みを味わったシンの荒れ野を出発しました。「主の命令により」と書かれています。彼らは雲の柱、火の柱に導かれながら旅を進め、レフィディムに宿営することとなりました。そして、聖書は「そこには民の飲み水がなかった」と伝えます。

 前にも触れましたが、これは水が尽きてしまったということを意味しません。水の蓄えなくして旅をすることはあり得ないからです。期待していたところで水の補給ができなかったということです。尽きてしまったわけではありませんが、水は次第に少なくなってまいります。水を節約しなくてはなりません。喉の渇きは民の間に不平を生じさせました。聖書には、民がモーセと争い、「我々に飲み水を与えよ」(2節)と言ったことが記されています。民の不平はモーセとの間に争いを生じさせました。

 しかし、興味深いのは、モーセがただ「なぜ、わたしと争うのか」と言うだけでなく、「なぜ、主を試すのか」と言っていることです。モーセに「水を与えよ」と要求することが、どうして「主を試す」ことになるのでしょうか。

 それは7節の説明から理解することができます。「彼は、その場所をマサ(試し)とメリバ(争い)と名付けた。イスラエルの人々が、『果たして、主は我々の間におられるのかどうか』と言って、モーセと争い、主を試したからである」(7節)。つまり、彼らはただ水を要求したのではないのです。そもそも水がないと分かっている場所で、モーセという人間にただ「水を与えよ」と要求しても意味がありません。そうではなくて、「主が本当に我々の間におられるなら、水出せ」と言って要求したということなのです。

 恐らく、彼らはマラの苦い水(15:23)のことを覚えているのです。飲める水がなかった場所で、主が苦い水を甘い水に変えてくださった、あの奇跡です。また、その後のシンの荒れ野においても、主が食べ物のない場所でマナを与えてくださったことを思ったことでしょう。主が共におられるならば、水だって出せるはずだろう、と彼らは言ったのです。

 思い起こしてください、苦い水しかないマラにいた時、本当はその先のエリムにおいて主は十二の泉を備えていてくださったのです。彼らはただ主に信頼していればよかったのです。マナを与えてくださったときも、主が望んでいたのは、彼らが主を信頼して生きるようになることでした。

 しかし、いくら神の奇跡を経験しても、その神様に信頼して生きるようになるとは限らないようです。むしろ、奇跡を起こせる神様を試して、自分の望みをかなえるために使おうとすることも起こってきます。まさに、イスラエルがそうだったのです。そのような信頼の欠如は、繰り返し「不平を言う」という形で現れてまいります。彼らは言うのです。「なぜ、我々をエジプトから導き上ったのか。わたしも子供たちも、家畜までも渇きで殺すためなのか」。そうではないでしょう。主は約束の地に導くと言われたのです。ならば、主の御言葉に信頼していればよいはずなのです。

 そのように、この箇所に見るのは主を試す彼らの不信仰です。しかし、この箇所にはそのような民の不信仰以上に、そのような彼らに対する神の恵みの大きさが語られているのです。主はモーセに言われました。「イスラエルの長老数名を伴い、民の前を進め。また、ナイル川を打った杖を持って行くがよい。見よ、わたしはホレブの岩の上であなたの前に立つ。あなたはその岩を打て。そこから水が出て、民は飲むことができる」(5,6節)。

 「岩を打て」と主は言われます。何で打つのか。「ナイル川を打った杖」で打つのです。ナイル川をその杖で打ったのはエジプトにいた時でした。ナイル川が血に変わりました。それはエジプトに対する一連の神の裁きのはじまりでした。そして、そのクライマックスは、「主はエジプトの国ですべての初子を撃たれた」(12:29)という出来事です。神の裁きが初子を撃った時の、その「撃つ」という言葉は、岩を「打つ」のと同じ単語です。

 本来ならば、エジプトと共に撃たれていても不思議ではなかったイスラエルの民でした。かし、恵みによって裁きは過ぎ越し彼らは救われたのです。そのイスラエルが、なおも神を信じないならば、今度こそイスラエルが撃たれてしかるべきなのでしょう。しかし、主はイスラエルを撃てと言われたのではなくて、「岩を打て」と言われたのです。そして、水が出て民は飲むことができる、と。ここでもう一度、神の赦しの恵みが現わされたのです。

 代わりに岩が打たれて民は赦され、むしろ打たれるはずだった者が命の水にあずかった。――そこで何を思いますか。キリストではありませんか。だから、パウロはそう言っているのです(1コリント10:4)。もちろん実際には岩が着いてきたのではなく、神の赦しの恵みがずっと伴っていたのです。その事実を象徴的に表す打たれた岩、それはまさにキリストの予表であったと言えるのでしょう。

 そして、この章に書かれているもう一つのエピソードはアマレクとの戦いです。

 アマレクというのは、シナイ半島を移動する遊牧民の一つです。時として他の民族を襲って略奪することもしながら、水源や食料を確保し、存続していた人々です。他に聖書に出て来るミディアン人も同じです。「アマレクがレフィディムに来てイスラエルと戦った」という書きかたからすると、岩をモーセが打った時に開かれた水源を奪いに来たということが示唆されているのかもしれません。

 アマレクの襲来というこの事態に際して、イスラエルの民は自らの存亡をかけて戦わざるを得ませんでした。モーセはヨシュアに命じます。「男子を選び出し、アマレクとの戦いに出陣させるがよい」(9節)。そうは言うものの、イスラエルの民は、もともと戦闘の訓練など受けたことのない人たちです。つい二月ほど前まで奴隷だったのですから。武器も十分にそろっていたとは思えません。しかし、この聖書箇所を見るかぎり、彼らはヨシュアの召集に応じたと思われます。彼らはアマレクと戦うために立ち上がったのです。

 17章前半の彼らの姿とずいぶん違います。不信仰でブツブツ言っていた彼らでしたが、もはや不平など言っている場合ではなくなりました。アマレクが襲来してきた時に、不平を言ってモーセを石で打ち殺しても何ら解決にならないことは明らかです。いわば、彼らは強いられて、戦いのために立ち上がらざるを得なかったとも言えます。もはや他人の責任にして不平を言っている場合ではなくなる時が来る。自ら苦難に立ち向かわざるを得なくなる時が来る。それは神の恵みが現れるプロセスとして必要なことなのかもしれません。

 しかし、もう一方において、たいへん奇妙なことに、この物語は実際に戦っている人々に注目して語ってはいないのです。注目されているのは、戦場ではなく、遠く離れた丘の頂きです。そこにはモーセ、そしてアロンとフルがいるのです。そして、こう書かれています。「モーセが手を上げている間、イスラエルは優勢になり、手を下ろすと、アマレクが優勢になった」(11節)。

 ここに聖書の語る重大な教えがあります。事の成り行きは現場のみによって決定するのではない、ということです。まったく無関係に見える別の場所におけることが、事態を左右するのです。そのような例は他にもたくさん出てきます。後の時代、エリコに勝利したイスラエルの民が、アイという小さな町に敗北したのは、アカンという一人の人物の罪が原因であったと聖書は語ります(ヨシュア記7章)。ソロモンの後の時代に王国が分裂したのは、単に政治的な理由ではなく、主に対するソロモンの背信のゆえであったと聖書は語ります(列王上11章)。ヒゼキヤの時代に、アッシリアに包囲されたエルサレムが救われたのは、ヒゼキヤが神殿に上って祈ったからだと聖書は語ります(列王下19章)。もちろん、もっとも際だっているのは、イエスの十字架です。聖書は、私たちの罪の赦し、永遠の運命が、あのゴルゴタの上での出来事で決まったと言っているのです。

 なぜ、丘の上のモーセと戦場で戦っているイスラエルの民とが結びつくのでしょうか。それは、イスラエルの兵士とモーセだけがいるのではないからです。彼らの間には、現実に生きて働き給う神がおられるからです。神がおられる限り、戦いのゆくえは、ただイスラエルとアマレクの力関係だけでは決まらないのです。

 「モーセが手を上げている間、イスラエルは優勢になり、手を下ろすと、アマレクが優勢になった」。古来より、ユダヤ教の伝統においても、キリスト教の伝統においても、手を高々と上げるモーセの姿の中に、人々は祈る人の姿を見てきました。この場面は祈りの何たるかを鮮やかに示していると言えます。

 モーセとヨシュアとは、場所は遠く離れていても、共に戦いの中にいるのです。祈る者は現場において戦う者と共に、戦いに参与しているのです。だから、どんなに手が重くなろうとも、モーセの手は上げられ続けなくてはなりませんでした。そのために、アロンとフルがモーセを助けたのです。モーセは石の上に座り、アロンとフルはモーセの両側に立って、彼の手を支えます。丘の上で必死になって手を上げ続ける人、それを必死になって支える人たち。人の目には、おおよそ彼らの行為は滑稽以外の何ものでもありません。戦場の戦いとはまったく無関係に見えるのでしょう。祈りはしばしばそのようなものとして人の目に映ります。祈って何になるか、と。しかし、そうではないのです。丘の上の彼らも、戦場のヨシュアも、共に生ける主のもとにいるのです。

 それゆえ、戦いが終わった時、モーセはヨシュアの功績を称えたり、戦勝碑を建てたりしませんでした。そうではなく、祭壇を築いて、それを「主はわが旗」と名付けたのです。その旗は、いわば「勝利の旗」に他なりません。主こそ勝利の旗。祈りの丘と現場の戦場とが一つとなって勝利が得られた時、そこにおける本当の勝利者が誰であるかは、誰の目にも明らかであったに違いないのです。それは生ける神なる主御自身に他なりませんでした。

2024年5月15日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 16:9~36

 出エジプト記16:9-36

 イスラエルの民は十二の泉があるエリムから、再び荒れ野に向けて旅立つように導かれました。彼らは荒れ野に入るとすぐにモーセとアロンに向かって不平を言い始めます。彼らの言いぐさはこうでした。「我々はエジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった。あのときは肉のたくさん入った鍋の前に座り、パンを腹いっぱい食べられたのに。あなたたちは我々をこの荒れ野に連れ出し、この全会衆を飢え死にさせようとしている」(3節)。

 彼らは人間に向かって不平を言っているつもりなのでしょう。しかし、モーセは言います。「あなたたちは我々に向かってではなく、実は、主に向かって不平を述べているのだ」(8節)。そして、前回の箇所には「主が聞かれた」という言葉が繰り返されていました。主は不平の言葉をしっかりと聞いておられたのでした。そうです。主が聞かれるのは、祈りの言葉だけではありません。私たちの口にする不平も聞いておられるのです。

 さて、イスラエルの民の不平を聞かれた主は、彼らに対してどのようになさったのでしょうか。モーセがアロンに、「あなたはイスラエルの人々の共同体全体に向かって、主があなたたちの不平を聞かれたから、主の前に集まれと命じなさい」(9節)と指示を出します。アロンはそのとおりイスラエルの人々に伝えます。これは恐るべき言葉だったに違いありません。集められて滅ぼされても不思議ではありませんから。しかも、彼らが荒れ野の方を見ると「見よ、主の栄光が雲の中に現れた」(10節)と書かれています。「主の栄光」とは、言い換えるならば主の臨在です。主が確かにそこにおられることを示されたのです。罪が明らかにされた上で主がリアルに臨まれることほど恐ろしいことはありません。

 しかし、そこで彼らはモーセを通して驚くべき言葉を聞くのです。「あなたたちは夕暮れには肉を食べ、朝にはパンを食べて満腹する。あなたたちはこうして、わたしがあなたたちの神、主であることを知るようになる」(12節)。なんと主は、「エジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった」と言っている人々を、なおも恵みをもって生かそうとしておられるのです。

 モーセが民に告げたことは現実となりました。主の言葉のとおり、夕方になると、うずらが飛んで来て、宿営を覆います。朝には宿営の周りに露が降り、その露が蒸発すると、うろこのような薄い食物が、大地の霜のように地表を覆いました。彼らはそれをマナと名付けます。それはまさに天からのパンでありました。彼らは荒れ野の旅路において、この天からのパンによって生かされ、養われることになるのです。

 主がこのようにしてくださったのは、明らかに、彼らが受けるにふさわしいからではありません。既に見てきたように、彼らは決して、正しい人々、敬虔な人々、信心深い人々ではなかったのです。そして、不平を繰り返している彼らの現在のありさまも、かつてエジプトにいた時と少しも変わってはいなかったのです。

 主は「主の前に集まれ」と言われる。本来ならばむしろ集められて滅ぼされるのがふさわしいことなのでしょう。しかし、主はそうなさらない。それはただ神の一方的な恵みによるものでした。そのような彼らがなおも天からのパンを受けるということは、彼らに相応しい正当な報いではなく、恵みであり、恵み以外の何ものでもなかったのです。

 不平を言う民になおも与えられる天からのパン。この場面と、私たち自身の信仰生活、特に主の日に集められて行われる「聖餐」とが重なってまいります。考えて見れば、私たちが今こうしているのもまた、主の一方的な恵みであるに違いありません。どんなに良きものを与えられて喜びに満たされたとしても、次の瞬間には感謝を忘れ、不平不満を述べているような私たちです。本来ならば、とうの昔に見捨てられていても不思議ではない私たちなのでしょう。とうの昔に滅ぼされていても不思議ではないような私たちが、それでもなお全てを備えられて生かされているのです。私たちが日々生かされているのは、本当は天からのマナを与えられる以上の奇跡に他ならないのでしょう。

 しかも、私たちはただ生かされているだけではなく、は今もなお命の御言葉が与えられ、キリストの体もキリストの血も、変わることなく与えられているのです。そのようにして、私たちは天からの命に生かされて続けているのです。それは私たちに相応しいことだからではありません。相応しくない私たちに、それでもなお主は恵みを表してくださっているのです。

 この驚くべき主の恵みを、私たちは決して軽んじてはなりません。不平を言うイスラエルの民に、それでもなお天からのパンを与えられる主が、いったい何を望んでおられたのか、何を求めておられたのか――私たちはそのことをしっかりと聞かなくてはならないのです。

 12節において主はこう言っておられます。「あなたたちは夕暮れには肉を食べ、朝にはパンを食べて満腹する。あなたたちはこうして、わたしがあなたたちの神、主であることを知るようになる」と。主が恵みを示される目的ははっきりと述べられています。マナを降らせるのは、単に彼らを満腹にするためではありません。「こうして、わたしがあなたたちの神、主であることを知るようになる」と。主は、御自分が彼らの神であることを知ってほしいのです。そのために、あえて恵みを示されるのです。さらに言うならば、彼らがまことに主を知る者として生きるようになること、彼らが恵み深い主との命の交わりに生き、主を愛し、主を畏れ、主に心から信頼し、主に従って生きるようになることを主は望んでおられたのです。

 そのことは主が与えられ具体的な指示にもあらわれています。「見よ、わたしはあなたたちのために、天からのパンを降らせる」(4節)と言われただけではありません。さらにこう言われたのです。「民は出て行って、毎日必要な分だけ集める。わたしは、彼らがわたしの指示どおりにするかどうかを試す」(4節)と。

 「試す」と主が言われるのは、もちろん民が「指示どおりにする」ことを望んでのことです。主は彼らが毎日、必要な分だけ集めることを望まれた。つまり翌日の分まで集めないということです。これは何を意味するのか。一日、一日、明日のことを思い煩うのではなくて、今日この日を主に信頼して生きるということです。そのような民となることを主は望まれたのです。

 16節には主の指示が具体的に次のように伝えられています。「あなたたちはそれぞれ必要な分、つまり一人当たり一オメルを集めよ。それぞれ自分の天幕にいる家族の数に応じて取るがよい。」――必要な分だけ集めるのであって、余計に集めて備蓄してはならないということです。「だれもそれを、翌朝までは残しておいてはならない」(19節)とはそういうことです。そのように、彼らは一日一日、主を信頼して生きることを学ばなくてはならなかったのです。

 さらに重要なことは、安息日に関することです。六日目になると彼らは二倍の量を集めました。具体的に書かれていませんが、これもまた主の指示によるものだったのでしょう。モーセは次のように告げています。「これは、主が仰せられたことである。明日は休息の日、主の聖なる安息日である。焼くものは焼き、煮るものは煮て、余った分は明日の朝まで蓄えておきなさい」(23節)

 六日目は翌日まで残してよいのです。ただし翌日は何も捕れません。その日は、主に信頼して休まなくてはならないのです。そうです、本当の意味で休むことは、主への信頼なくしてはできないことなのです。実際、七日目に休まなかった人たちのことが出ています。「七日目になって、民のうちの何人かが集めに出て行ったが、何も見つからなかった」(27節)。愚かなことでしょう。しかし、このようなことを実際には私たちもまた繰り返しているのだろうと思います。主は彼らに言われました。「あなたたちは、いつまでわたしの戒めと教えを拒み続けて、守らないのか。よくわきまえなさい、主があなたたちに安息日を与えたことを。そのために、六日目には、主はあなたたちに二日分のパンを与えている。七日目にはそれぞれ自分の所にとどまり、その場所から出てはならない」(28-29節)。

 このように、主がパンを与えられるのは、ただ彼らを満腹にするためではなく、「わたしがあなたたちの神、主であることを知るようになる」ことを求めてのことであり、彼らが主に信頼し、従順な民として生きるようになるためだったのです。

 さらに、主は次のように命じられます。「その中(集めたマナの中)から正味一オメルを量り、代々にわたって蓄えよ。わたしがあなたたちをエジプトの国から導き出したとき、荒れ野で食べさせたパンを彼らが見ることができるためである」(32節)

 荒れ野での生活の記憶として伝えるためにマナを保存するのです。具体的にモーセは次のように指示を出しました。「壺を用意し、その中に正味一オメルのマナを入れ、それを主の御前に置き、代々にわたって蓄えておきなさい」(33節)。それは明らかに、彼らが荒れ野の旅を終える時が来ることを前提としています。マナが与えられる時がいつかは終わるのです。それは約束の地に入った時です。

 そのように考えると、どうして荒れ野での生活を記憶し伝えることが大事なのか、また、そもそも約束の地に入る前にどうして荒れ野の旅をする必要があったのか、その理由も見えてまいります。

 やがて彼らは約束の地に入ります。それは乳と蜜の流れる地、肥沃な土地なのです。彼らは半遊牧民として羊を飼って生きてきましたが、約束の地に入った後は農業を始めることになるのです。農業の世界は備蓄の世界です。収穫した穀物は備蓄できるのです。そのような世界に身を置いた時にも、それでもなお主が日々、恵みによって生かしていてくださることを覚えていなくてはならないのです。主に一日一日信頼して生きることを覚えていなくてはならないのです。そのような民であってこそ、主の民だからです。

 ならば、それは約束の地に入る前に学んでおかなくてはなりません。豊かになって、たくさんの備蓄が出来て、もはや主に信頼しなくても生きていけるようになって、「わたしは主を知らない」と言わないために、それは必要なことなのです。それは私たちにとっても同じこと。私たちがしばしば荒れ野を通されるのは何のためであるのかをよく考えねばなりません。私たちにも必要だからなのです。「わたしがあなたたちの神、主であることを知るようになる」ことを主が求めておられるからです。


2024年5月1日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 15:22~16:8

 出エジプト記 15:22-16:8

 前回は「海の歌」として知られている部分をお読みしました。それは「神の偉大な御業をうたった歌」でした。それは具体的には神が敵を滅ぼされたこととして歌われています。その「敵」とは単にイスラエルの敵という意味ではありません。既にみてきたように、問題は神への敵対にあるのです。私たちが読んできたのは、かたくなに敵対し続ける者の話だったのです。そのように敵対する者を神が「わらのように焼き尽くす」(15:7)と言われるのです。エジプトと言えば、当時において他に並ぶもののない超大国なのですが、それでも「わらのように焼き尽くす」のです。神は「息をふきかけるだけ」で超大国の軍隊を滅ぼせる神なのです。

 その歌がどうして喜びの歌となり得るのか。彼らは神に敵対する者ではなく、「神のもの」とされた民の中にいるからです。その民の中にいるゆえに「主はわたしの神」と言うことができる。その幸いをこそ歌っているのがこの歌なのです。彼らが単に神の奇跡によって危機的状態を脱して、そのことを喜んでいる歌ではないのです。

 そのような賛美の歌が記されている直後に、今日お読みしたエピソードが出て来るのです。神のものとされている幸いを歌った直後に、その舌の根のかわかぬうちに、「民はモーセに向かって不平を言った」と書かれているのです。

 「モーセはイスラエルを、葦の海から旅立たせた」(15:22)と書かれていました。彼らは奇跡の余韻に酔いしれていることは許されませんでした。彼らが熱狂して賛美を捧げているその場所に神は彼らを留まらせませんでした。彼らは旅立たねばならない。どこに向かって?「シュルの荒れ野」です。

 私たちも教会で讃美を喜び歌います。しかし、そこに留まるわけではなく、現実の「荒れ野」の中に旅立たせられます。そこに送り出されるならば、それまで歌っていた賛美の内容を実際にそこで生きることができるかが問われるのでしょう。

 彼らは荒れ野において「贖われた民」として生きることが求められるのです。「この方こそわたしの神」として実際に生きることが重要なのです。しかし、どういうことが起こってくるか。荒れ野においては、「賛美は賛美。信仰は信仰。生活は生活」と分離することが起こってくる。「信仰は告白するけれど、現実はそうはいきませんよ」言い始めるようなことが起こってくる。ここにお読みしているのは、そのような私たちにも身近な現実を考えさせられる場面です。

 そこには「彼らはシュルの荒れ野に向かって、荒れ野を三日の間進んだが、水を得なかった」と書かれていました。これは水が尽きてしまったということを意味しているのではありません。水の蓄えなくして旅をすることはあり得ないからです。そうではなくて、期待していたところで水の補給ができなかったということなのです。無くなったわけではないが、水が少なくなってきている。すると「無くなったらどうしよう」と考え始めるのです。

 しかも、そこに期待はずれが起こります。マラというところに着いたら水があったのです。彼らは大喜びしたに違いありません。しかし、「そこの水は苦くて飲むことができなかった」というのです。そこで、ますます未来に向かって恐れがやってきます。民はモーセに対して言うのです。「何を飲んだらよいのか」と。何を飲んだらよいのか。蓄えている水を飲んだらよいのです。しかし、まだ水があるにもかかわらず、彼らはあたかも水が尽きてしまったかのように生きているのです。終わりであるかのように生きているのです。

 彼らはそこで思い起こすべきなのでしょう。前には海、後ろにはエジプト軍。絶対に「終わり」としか見えなかった時に、そこに道が開かれたこと、そして、神の約束があるかぎり決して「終わり」にはならなかったこと。そして、そのような神を「わたしの神」として賛美したこと。しかし、彼らが口にした賛美を、その信仰を、実際には生きていないのです。

 そのように民はモーセに不平を言いました。モーセはどうしたでしょう。モーセは祈った。すると主は一本の木を示され、そこで奇跡を起こされたのです。その木を水に投げ込むと、もはや苦くて飲めない水ではなくなっていました。

 民は恐らく狂喜したことでしょう。少なくなっていく水をふんだんに補給することができたのですから。しかし、その後を見ますと、次のように書かれています。「彼らがエリムに着くと、そこには十二の泉があり、七十本のなつめやしが茂っていた。その泉のほとりに彼らは宿営した」。実は、神は彼らの行く先には、なつめやしが青々と茂るオアシスを既に用意しておられたのです。だから、「一本の木」の奇跡は、本当は必要なかったとも言えます。神に信頼して、神の備えを信じて旅をしていればよかったのです。彼らが賛美した信仰を、そのまま生きていればよかっただけの話なのです。

 そして、16章に入ります。「イスラエルの人々の共同体全体はエリムを出発し、エリムとシナイとの間にあるシンの荒れ野に向かった」(16:1)と書かれていました。彼らはエリムのオアシスに留まることは許されませんでした。雲の柱が移動したら、そこから再び荒れ野に歩み出さなくてはなりません。

 たしかに神は豊かに与えてくださいました。しかし、彼らは神が与えてくださったものに頼るのではなく、与えてくださった神に信頼して生きていくのです。神に信頼して、オアシスを後にして荒れ野に旅立つのです。

 さて、15章にも出てきましたが、16章に入って殊更に繰り返されているのは「不平」という言葉です。彼らの不平の言葉は3節に記されています。彼らはモーセとアロンに言うのです。「我々はエジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった。あのときは肉のたくさん入った鍋の前に座り、パンを腹いっぱい食べられたのに。あなたたちは我々をこの荒れ野に連れ出し、この全会衆を飢え死にさせようとしている」(16:3)。

 この言葉は、既に見てきたストーリーを踏まえた上で読まなくてはなりません。そうしますとき、これは驚くべき言葉であることが分かります。

 第一に、ここで不平を述べている人々は、出エジプトの出来事において神の救いの御業を経験した人々なのです。もともと彼らはエジプト人に仕える奴隷でした。彼らは苦しみの中から神に叫びました。「その間イスラエルの人々は労働のゆえにうめき、叫んだ。労働のゆえに助けを求める彼らの叫び声は神に届いた」(2:23)と書かれているとおりです。彼らが解放されたのは、神がこの叫びに耳を傾けられ、恵みによって行動を起こされたからでした。わずか一月ほど前に、彼らはその恵みを経験した人々なのです。

 第二に、ここで不平を述べている人々は、葦の海の奇跡において神の恵みを経験した人々なのです。先にも述べたように、背後からエジプト軍が追い迫ってきた時、彼らの前に広がっていた葦の海は、彼らの終わりを意味していたはずでした。しかし、神はその海の中に道を開かれたのです。終わりを突き抜けてなお先へと進み行く道を、絶望を突き抜けて先へと進み行く道を、神は彼らの前に開かれたのです。彼らは神の恵みによって開かれたその道を、確かに自分の足をもって歩いたはずでした。

 第三に、ここで不平を述べている人々は、かつて自らの口をもって、神の恵みを高らかに讃美した人々なのです。「主に向かってわたしは歌おう。主は大いなる威光を現し、馬と乗り手を海に投げ込まれた。主はわたしの力、わたしの歌、主はわたしの救いとなってくださった。この方こそわたしの神。わたしは彼をたたえる。わたしの父の神、わたしは彼をあがめる」(15:1‐2)。これが彼らの歌だったのです。

 第四に、ここで不平を述べている人々は、神によって泉のほとりに導かれ、この直前まで、泉のほとりに宿営していた人々なのです。神は雲の柱、火の柱によって、神は彼らを泉のほとりにまで導いて来てくださいました。そのように彼らはこの直前まで、ただ神の恵みによってその豊かさを経験していたはずでした。

 不平を述べているのは、そのような人々です。彼らは神を賛美していたその同じ口をもって不平を述べているのです。「我々はエジプトの国で、主の手にかかって、死んだ方がましだった」と言っているのです。「あなたたちは我々をこの荒れ野に連れ出し、この全会衆を飢え死にさせようとしている」と。

 何という恩知らず。何という恥知らず。しかし、今日に至るまでの教会の歩みを思い、また私たち自身の生活を思います時に、ここに見るのと同じような姿を私たちは繰り返し見出すのではないかと思います。もしかしたら同じことが今日もまた起こるかも知れません。この祈祷会において、主の救いの御業をほめたたえ、主の泉のほとりに時を過ごしている私たちが、今日の午後に不平を言っているかもしれないのです。

 そのように、今日読みました箇所には、私たちにたいへん身近な「不平」という言葉が繰り返されている。そのような箇所です。しかし、繰り返されているのは「不平」という言葉だけではありません。同じように繰り返されている言葉があります。それは「主が聞かれた」という言葉です。これは恐るべき言葉です。彼らはモーセとアロンに対して不平を言っているのです。私たちが不平を言う時、私たちの視界には人間の姿しか入っていないかもしれません。しかし、モーセはこう言うのです。「あなたたちは我々に向かってではなく、実は、主に向かって不平を述べているのだ」(8節)と。

 主はかつてイスラエルの民が助けを求める声を確かに聞かれました。イスラエルがエジプトを脱出することができたのは、確かに主が叫び求める祈りの声を聞いてくださったからでした。しかし同じ主は、民が不平を述べる声をも聞かれるのです。私たちは祈る時、主が聞く耳を持っておられることを前提にしています。ならば、私たちが不平を言っているときにも、主が同じように聞く耳を持っておられることを前提としていなくてはならないはずです。

2024年4月24日水曜日

祈祷会用」出エジプト記 15:1~21

出エジプト記 15:1-21

 イスラエルがエジプトを脱出すると、エジプト軍が追って来ました。そして海辺で宿営している彼らについに追いつきます。前は海、後ろはエジプト軍という危機の中で、モーセはイスラエルの民に言いました。「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい」(14:13)

 「あなたたちのために行われる主の救い」――それは単に、追い迫るエジプトの軍隊を主が打ち破ってくださるということではありませんでした。彼らはその前に、海の中に開かれる道を見たのです。彼らはイスラエルの民の《終わり》でしかなかったそのところに、《終わり》を突き抜けて進み行く新しい道が開かれるのを目の当たりにしたのです。

 しかし、神によって道が開かれるということは、そこを歩いて通らなくてはならないということをも意味します。道を開かれるのは主ですが、歩いていくのは彼らが自らしなくてはならないことです。誰も代わって歩いてはくれません。信仰とはそういうものです。信じるのは自分であり、信じて歩み出すのも自分なのです。他の人が代わりになれません。

 海に開かれた道を歩いて行くのは恐ろしいことであったに違いない。「水は彼らの右と左に壁のようになった」(22節)と書かれているのですから。その中を渡りきることができる保証はどこにもありません。彼らは何の確かさも持ち合わせていません。ただ信じるしかないのです。約束の地へと導くと約束された主の真実と、彼らを救われた神の恵みを信じるしかない。そのように、彼らは信仰によって歩くことを求められたのです。

 モーセは「静かにしていなさい」と言いました。つぶやいてはならない。疑ってはならない。絶望してはならない。希望のない者のように、嘆き悲しんではならないのです。私たちには口を閉ざし、静まるべきときがあるのです。そして、ただ主の真実と恵みに寄り頼んで、主が開いてくださった道を進んで行くのです。

今日の箇所は、そのように主が開いてくださった道を歩いて行ったイスラエルがうたった歌です。これは「海の歌」として語り伝えられた古い歌の一つです。

 ちなみに、21節は「ミリアムの歌」と呼ばれ、旧約聖書の中に出てくる歌の中でも最古のものの一つと言われています。1節から18節の「海の歌」は、このミリアムの歌をもとにして、これが拡大されて造られてきた歌であると考えられます。このような歌は唱われながら伝えられていきます。そうしている内に、歴史の中でふくらんでくるのです。ですから、後の時代の話まで入ってきています。エジプト脱出の話だけではないのです。たとえば17節以下をご覧ください。「嗣業の山」とはシオンの山であり、エルサレムの話がここにうたわれています。そのエルサレムが「あなたの住まい」と呼ばれるようになるのはダビデの時代です。そのように歌い継がれる中で拡大されてきたことがわかります。

 そのように、イスラエルの人たちはこの歌を歌い継ぎながら、拡大してきたのです。それは何を意味するのでしょうか。彼らは、出エジプトをもたらした神は、その後々までもずっと変わらないと信じていたということです。出エジプトの出来事というのは、あの時だけの話ではないのです。その御業を現された神は後の時代の人々の神でもあるのです。賛美を歌い継ぐとはそういうことなのです。

 これを読んでいる私たちも、出エジプトの出来事を、あの時だけの話だと思って読んではならないのです。いや、新約の時代に生きる私たちならば、さらにこの歌を拡大することもできるでしょう。私たちならば、この神はまた、イエスを復活させた神なのだ、という言葉を加えることができるからです。私たちをも罪と死の中から復活させてくださり、新しい命に生かしてくださった神だと歌うことができるのです。

 そのようなことを思いつつ、この歌をじっくり味わいたいと思います。このような歌は、私たちの歌として、解釈するよりも喜びをもって味わうことが大事です。そのために、大事なポイントを三つだけ挙げておきたいと思います。

その第一は、この歌にうたわれているのは、「この方こそ、わたしの神」と呼ぶことのできる喜びであるということです。単に「救われてよかった。危機を脱することができてよかった」と喜んでいるのではないのです。そうではなくて、彼らは「主を讃美して」いるのです。神に向かって歌っているのです。神の力強い御業を歌っているのです。そして、その御方が「わたしの神」であることを喜んでいるのです。「この方こそわたしの神」と。

 これが歌として伝えられているということは、先にも言ったように、後の時代の人も拡大しながら同じように賛美して歌ってきたということです。実際に葦の海を渡った人が「この方こそわたしの神」と言って喜んで歌っているのではないのです。これを実際には経験していない人たちもまた、「この方こそわたしの神」と言って喜びの声を上げるのです。それが賛美をうたうということなのです。だから「主はわたしの歌」という言葉も出て来るのです。

 単に自分の個人的体験から「この方こそわたしの神」と讃美する信仰と、神の民の歴史を共有して「この方こそわたしの神」と賛美する信仰の違いをしっかりと見なくてはなりません。私たちの喜びは単に、「苦しい時、神様が助けてくださった」という喜びではないはずです。イスラエルをエジプトから導き出した神、あの方が「わたしの神なのだ」という喜びをもって神をほめたたえる。イエスを死者の中から復活させた神、あの神こそ「わたしの神なのだ」という喜びをもって神をほめたたえる。賛美とはそのようにささげるものなのです。

そして、第2に注目したいのは、この歌が主への畏れをもって歌われているということです。単に救われたことを喜ぶのではなく、この方こそ「わたしの神」であると歌うことは、神を真に畏れることへもつながるのです。単に起こった出来事を喜んでいるだけであるならば、神を畏れる人にはなりません。

 ここでは何が歌われているでしょうか。それは「敵が滅ぼされた」ということです。「敵」とは単にイスラエルの敵という意味ではありません。既にみてきたように、問題は神への敵対にあるのです。私たちが読んできたのは、かたくなに敵対し続ける者の話だったのです。そのように敵対する者を「わらのように焼き尽くす」(7節)神について歌われているのです。これは驚くべき言葉です。エジプトと言えば、当時において他に並ぶもののない超大国なのです。エジプトというのは、いわば人間の力の極まった姿なのです。しかし、それは「わら」に過ぎないと歌われているのです。神は「息をふきかけるだけ」で超大国の軍隊を滅ぼせる神なのです。

 もちろん、そのような神であるのは、あの出エジプトの時だけではありません。その認識こそが、神への畏れをもたらします。敵対する者に対する神の裁きを歌うときこそ、また、神に敵対するのではない、神の民とされていることがどれほど幸いなことかということも分かるのでしょう。その幸いを歌うこともできるのでしょう。

それはまた、第3の点にかかわってきます。この歌を歌う者は、「贖われた民」の中に身を置いて歌っているということです。

 13節では「贖われた民」と語られています。16節では「買い取られた民」と歌われています。これらは言葉は違いますが、意味合いは同じです。奴隷が買い取られて自由にされるという社会的な習慣を背景にして歌われているのです。イスラエルが神の民とされたのはそういうことであると。

 誰かが奴隷を買い取った上で、その奴隷を自由の身にするとしたら、それは全くその人の好意によるのであり、一方的な恵みとしか言いようがないでしょう。もしそんなことが実際に起こったならば、「なぜそんなことをしてくださるのですか」と問うしかない。そのような出来事であるに違いありません。イスラエルがエジプトから解放されたとは、まさにそのような出来事だったのです。

 力強い神、超大国さえ息をもって滅ぼすことができる神は、同じくイスラエルをも滅ぼすことができたはずですし、滅ぼされても不思議ではない民でした。しかし、神はそうなさらなかったのです。イスラエルをエジプトから導き出して、一方的な恵みによって御自分のものとされたのです。なぜそんなことをしてくださるのですか、と言わざるを得ないような出来事でした。だから「贖われた民」「買い取られた民」という自己認識をもって歌われているのです。それは彼らが今あるを得ているのは、まさに神御自身の一方的な恵みであることを示しているのです。

 神の敵ではなくて、そのような神のものとされた民の中にいる。その民の中にいるゆえに「主はわたしの神」と言える。その幸いを歌っているのがこの歌なのです。単に危機を脱してよかったという歌ではないのです。

 私たちが讃美をする時に、何を考えて讃美をしているのでしょうか。神の一方的な憐れみによって贖われた民の中にいること、イエス様が十字架で血を流してくださって御自分のものとされた教会の中にいること、そこにおいて「主こそわたしの神」と言えること、そのことを喜びながら主をたたえること。私たちの賛美はそのようなものとなっているでしょうか。


2024年4月17日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 14:1~31

 出エジプト記 14:1-31

 「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい」(13節)。

 そのとおり、彼らは主の救いを見ることになりました。その神の救いの業は、イスラエルの歴史を通じて語り継がれることとなりました。そして、大事なことは、彼らがそのような主の御業を見たのは、最初にして最大の危機に置かれ、望みが絶たれた時だったということです。

 モーセに率いられてエジプトから脱出した「イスラエルの人々は、意気揚々と出て行った」(8節)と書かれていました。ところが、彼らが出て行った後、エジプト王とその家臣は彼らを去らせたことを後悔し、「ああ、我々は何ということをしたのだろう。イスラエル人を労役から解放して去らせてしまったとは」(5節)言い出します。そして、ファラオは自ら軍勢を率いてイスラエルの後を追ったのでした。そして、ついにピ・ハヒロトの傍らで宿営していた彼らに追いつきます。

 イスラエルの民が宿営していたのは海辺でした。もはや逃げることはできません。前は海、後ろは追い迫るエジプト軍。イスラエルの民は絶体絶命の窮地に陥ります。彼らは恐怖におののきました。しかし、そこでモーセは民に言ったのです、「恐れてはならない」と。そして言いました。「今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい」と。

 「見なさい」と言われていますけれど、実は、彼らは既に神のなさることをたくさん見てきているのです。神様が解放してくださらなければ、奴隷であるイスラエルの民がエジプトを脱出することなど、できるはずがなかったのですから。それは明らかに神がしてくださったことなのです。しかし、神様がどんなに大きなことをしてくださっても、人は見ているようで見ていないものです。人間の行っていることしか見ていないのです。先にも触れたように、彼らは「意気揚々と出て行った」と書かれているのです。それまで奴隷であった者たちが、解放された喜びをもって家族ごとに荷物をまとめてエジプトを脱出しようとしている。――そう、そんな自分たちの姿、お互いの姿、そのような人間の業しか見ていなかったのだろうと思います。

 しかし、彼らは今や、人間の力ではどうすることもできないところに追い詰められたのです。当然彼らは恐れざるを得ない。しかし、そこで彼らは「恐れてはならない」という言葉を聞いたのです。「あなたたちは見なさい」と。そうです、そこでこそ見なくてはならないことがあるのです。そこでこそ神の御業に目を向けなくてはならないのです。

 しかし、神の救いを見る前に必要なことがあります。モーセは言いました。「落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい」。まず落ち着かなくてはならない。しかし、「落ち着く」とはどういうことでしょう。実は、「落ち着いて」と訳されている言葉は、もともと「立ちなさい」という言葉なのです。あるいは「自ら立つ」「自らを立たせる」という意味です。モーセは「立ちなさい、そして見なさい」と言っているのです。今いるところにしっかり立つこと。それが「落ち着く」ということの内容です。今いるところは彼らにとっては葦の海の海辺です。そこにしっかり立たねばならないのです。

 モーセが「落ち着きなさい。立ちなさい」と言われたのは、今いるところに自ら立っていなかったからです。その直前に彼らが何と言っているか聞いてみましょう。彼らはモーセに言いました。「我々を連れ出したのは、エジプトに墓がないからですか。荒れ野で死なせるためですか。一体、何をするためにエジプトから導き出したのですか。我々はエジプトで、『ほうっておいてください。自分たちはエジプト人に仕えます。荒れ野で死ぬよりエジプト人に仕える方がましです』と言ったではありませんか」(11‐12節)。

 「我々を連れ出したのは」とは、「《あなたが》我々を連れ出したのは」という意味です。「一体、何をするために」とありますが、「一体、《あなたは》何をするために」と言っているのです。つまり彼らはモーセが導き出したと言っているのです。これはモーセがしたことだと言っているのです。

 モーセという人間によって連れ出されたから今のこの危機的状況にいるのだ。モーセという人間がしたことのゆえに、今、絶体絶命の海辺にいるのだ。そう思っている限り、今いる場所にしっかり立つことなどできません。「『ほうっておいてください。自分たちはエジプト人に仕えます。荒れ野で死ぬよりエジプト人に仕える方がましです』と言ったではありませんか」と彼らは言っているのです。誰かのせいで仕方なく来てしまった。誰かのせいで仕方なくて今ここにいる。そう思っている限り、今いるところにしっかり立つことなどできません。

 しかし、彼らを連れ出したのはモーセではないのです。主なる神なのです。そもそも、海辺にいるのは主が命じられたからでした。主はモーセに言われたのです。「イスラエルの人々に、引き返してミグドルと海との間のピ・ハヒロトの手前で宿営するよう命じなさい。バアル・ツェフォンの前に、それに面して、海辺に宿営するのだ」(2節)。そして、彼らは確かに主の命令を聞き、その上で従ったはずなのです。「彼らは言われたとおりにした」(4節)と書かれているとおりです。

 ならば、今ここにおいても、彼らはモーセにではなく、彼らに命じ、彼らを導いてきた主に思いを向けなくてはならないのです。主なる神が導き出してくださって、主が今いるところに置かれたのです。そして、主がそこに置かれたのならば、そこには目的があるのです。荒れ野で死なせるためではないのです。

 彼らは言いました。「ほうっておいてください。自分たちはエジプト人に仕えます」と言ってたではありませんか、と。そのように、彼らは確かにエジプト人に仕えていたのです。しかし、その彼らを主が導き出されました。それは、エジプト人に仕えていた者たちが、主に仕える者となるためなのです。彼らが導き出されたのは、荒れ野で死なせるためなどではありません。エジプト人に仕え、エジプトの神々に仕えていた者たちが、主に仕える神の民となるためなのです。主に仕える神の民として、この世界に主の御業を告げ知らせる尊い目的に仕えるようになるためなのです。

 主が導かれて今のところにおり、主が目的をもって置いていてくださる。その事実を受け止めてこそ、今のところにしっかりと立てるのです。そうして、初めて人はそこで主の御業を見ることができるのです。今いるところにしっかり立とうとしない人は主の御業を見ることができません。人間のことしか見ようとせず、人間のせいでこうなったとしか考えられず、人間のことに不平や不満を言い続けている限り、主の救いの御業を見ることはできません。モーセは言うのです。「落ち着いて、しっかり立って、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい」と。

 そして、モーセは言いました。「主があなたたちのために戦われる。あなたたちは静かにしていなさい」(14節)。しかし、彼らが見たのは、ただ単に、追い迫るエジプトの軍隊を主が戦って打ち破ってくださるということではありませんでした。もちろん、結果的に彼らは主が戦われる姿を見ることになります。今日お読みしたとおりです。しかし、まず彼らが見ることになったのは、彼らの行く手を阻んでいた海の中に道が開かれるという主の御業だったのです。いわば《終わり》でしかなかったそのところに、《終わり》を突き抜けて進み行く新しい道が神によって開かれるのを、彼らは目の当たりにすることとなったのです!

 主は道を開いてくださいます。それは彼らが全く思っても見なかった方向に開かれた道でした。主はそのように、私たちが思いも及ばない方向に道を開かれるのです。しかし、神によって道が開かれるということは、そこを歩いて通らなくてはならないということを意味します。主はモーセにこう言っておられます。「なぜ、わたしに向かって叫ぶのか。イスラエルの人々に命じて出発させなさい」(15節)。

 救いを叫び求める時は終わりました。イスラエルの民は出発しなくてはなりません。イスラエルの民は進んでいかなくてはならないのです。道を開かれるのは主です。しかし、実際にその足で歩いていくのは主の民です。誰も代わって歩いてはくれません。

 海に開かれた道を見た時、それは望みのなかったところに望みが開かれたのですから、そこには喜びもあったことでしょう。しかし、海に開かれた道を歩いて行くことはまた、この上なく恐ろしいことであるに違いありません。「水は彼らの右と左に壁のようになった」(22節)と書かれていますから。

 彼らが渡りきるまで道が開かれている保障はどこにもありません。そもそも、その中を渡りきることができる保証はどこにもありません。後からはエジプト軍が追い迫っているのですから。海の中を行く彼らは何の確かさも持ち合わせていませんでした。ただ信じるしかありません。約束の地へと導かれる主の真実と、彼らを救い出された神の恵みを信じるしかなかったのです。そのように、彼らは信仰によって歩くことを求められたのです。

 主が戦われます。主が救いの業を現されます。主が道を開かれます。そうです、主は新しい道を開いてくださいます。しかし、そこで私たちがなすべきことがあります。どこまでも主に信頼して歩くことです。私たちが主に信頼し、主に導かれて歩んでいるならば、主に仕える民であり、約束の地へと向かう主の民であるならば、いかなるものも私たちにとって《終わり》ではあり得ません。そうです、最終的に神は、キリストの復活によって、《死》さえも、私たちにとって終わりではないことを示してくださったのです。

 モーセは「静かにしていなさい」と言いました。私たちはつぶやいてはなりません。疑ってはなりません。絶望してはなりません。希望のない者のように、嘆き悲しんではなりません。私たちは口を閉ざし、静まるべきです。そして、ただ主の真実と恵みに寄り頼んで、主が開いてくださった道を進んで行くのです。「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい」。これは私たちにも語りかけられている言葉です。


2024年4月3日水曜日

祈祷会用:出エジプト記 13:1~22

 出エジプト記 13:1-22

 前回は過越祭の規定について書かれている箇所をお読みしました。13章に入りまして、さらに除酵祭の規定について読んでいくことになります。13章の冒頭には「初子の奉献」について書かれていますが、これが11節以下と関係していますので、後に扱うことにします。まず3節以下の除酵祭の規定に目を向けましょう。

 この規定も、約束の地に入って後にも行われることを前提として語られています。「主が、あなたに与えると先祖に誓われた乳と蜜の流れる土地、カナン人、ヘト人、アモリ人、ヒビ人、エブス人の土地にあなたを導き入れられるとき、あなたはこの月にこの儀式を行わねばならない」(5節)。この月というのは4節に語られている「アビブの月」のことで、今の3~4月頃に当たります。その月に「七日の間、酵母を入れないパンを食べねばならない。七日目には主のための祭りをする」ということが命じられているのです。

 これは明らかに共同体を形作り、さらには共同体が存続していくためのものだということは8節以下からよく分かります。「あなたはこの日、自分の子供に告げなければならない。『これは、わたしがエジプトから出たとき、主がわたしのために行われたことのゆえである』と。あなたは、この言葉を自分の腕と額に付けて記憶のしるしとし、主の教えを口ずさまねばならない。主が力強い御手をもって、あなたをエジプトから導き出されたからである。あなたはこの掟を毎年定められたときに守らねばならない」(8-10節)。

 「主が力強い御手をもって、あなたたちをそこから導き出されたからである」という言葉が3節と9節に置かれています。ちょうど除酵祭の規定は、この二つによって囲まれるようにして書かれているのです。つまり除酵祭の規定は、このことを伝えるために定められているということです。

 なぜ「酵母を入れないパン」なのかは、前の章に書かれていたとおり、「発酵させる時間がないから」というのが脱出時の直接的な理由でした。「彼らはエジプトから持ち出した練り粉で、酵母を入れないパン菓子を焼いた。練り粉には酵母が入っていなかった。彼らがエジプトから追放されたとき、ぐずぐずしていることはできなかったし、道中の食糧を用意するいとまもなかったからである」(12:39)。

 前回お話ししたように、「ぐずぐずしていることはできなかったし、道中の食糧を用意するいとまもなかった」という言葉は、すなわちこれが人間による綿密な計画によって実現したのではないことを示しています。もし人間が「脱出計画」を立てるならば、そして、脱出できることを前提にしているならば、道中の食事のことまで考えて相当に周到な準備をするに違いないからです。つまり、これは人間がまさに信じられないようなことを、想定できないようなことを、神の圧倒的な力によって、一方的に与えられたことを示しているのです。

 これを13章では「主が力強い御手をもって、あなたたちをそこから導き出されたからである」と表現しているのです。そして、この認識がカナンの地に入ってから後においては、極めて重要になるのです。なぜなら彼らは土地を得て、農業を営むことになるからです。そうすると「豊作」に関心が向くことになります。言い換えるならば、「繁栄」に関心が向くことになるのです。そうしますと宗教もまた、繁栄を獲得するための手段へと変化していく可能性が出てきます。

 実際、彼らが入って行くことになるカナンの地には、既にそのような土着のバアル礼拝が存在しているのです。それは彼らが共同体として保持すべき信仰、すなわち「本来ならば滅びていたはずなのに、一方的な神の御業によって救われたのだ。その神の恵みに応えて生きていくのだ」という信仰の在り方とはまったく異なるのです。だからこそ、そのように変質しないためにも、「主が力強い御手をもって、あなたたちをそこから導き出されたからである」を思い起こすことが必要になるのです。

4.初子の奉献
 それは、この章の冒頭に書かれていた「初子の奉献」の命令とも関係しています。「すべての初子を聖別してわたしにささげよ。イスラエルの人々の間で初めに胎を開くものはすべて、人であれ家畜であれ、わたしのものである」(1-2節)。

 「聖別して神にささげる」とは、具体的には犠牲として屠って献げることを意味します。 そこで重要なのは「人であれ家畜であれ」と書かれていることです。家畜の中には、牛や羊だけでなく、ろばなども含まれているからです。家畜の中で、羊や牛ならば、初子をそのまま屠って献げることになります。しかし、例えば「ろば」などの場合はどうでしょうか。ろばは古代から祭儀には用いられていませんでした。そのような動物の場合は、羊をそのろばの代わりにするのです。「ただし、ろばの初子の場合はすべて、小羊をもって贖わねばならない」(13節)とはそういうことです。

 しかし、もっと重要なのは「人であれ」と言われていることです。人間の場合はどうなるのでしょう。次のように書かれています。「あなたの初子のうち、男の子の場合はすべて、贖わねばならない」(13節)。そのように、人間の初子の場合も、基本的にろばと同じです。「贖わねばならない」とありますが、具体的にどのような動物を代わりにするかは書かれていません。しかし、ろばと並べて書かれているので、同じく「小羊をもって」と考えてよいでしょう。

 ここでろばと同じように「贖わねばならない」と書かれているということは、人間の初子も、あのエジプトの裁きの時と同じように、本来ならば殺されなくてはならないということを意味します。しかし、本来ならば殺されなくてはならなかったはずの初子が、特別に神のものとされ、小羊によって贖われて、生きることを赦されるのです。それが「初子の奉献」の儀式が意味するところなのです。

 そして、それを子供に見せることに大きな意味があります。「これにはどういう意味があるのですか」と問わせるのです。特に重要なのは、「初子」である子供に見せることでしょう。本来なら死んでいるはずの「初子」である子供に見せることです。そこで、あの時主は「エジプトの国中の初子を、人の初子から家畜の初子まで、ことごとく撃たれた」のだと伝えるのです。そして、本来同じように死ぬはずだったイスラエル人の初子が裁きを過ぎ越されて死ななかったことを伝えるのです。

 ただ一方的な恵みによって救われたことは、記憶され、語り継がれなくてはなりません。「主が力強い御手をもって、あなたたちをそこから導き出されたからである」が最後にまた繰り返されているのはそういうことです。カナンの地に入ってからこそ、これが決定的に重要な意味を持つことになるのでしょう。繁栄のために神を利用するのではなく、神の恵みに応えて生きるようになるために、そのことがどうしても必要になるのです。

 さて、エジプトを出発したイスラエルの民が、約束の地、カナンの地に至る最も近道は、地中海に沿ったペリシテ街道を行くルートでありました。しかし、神は彼らをそこへは導かれず、「葦の海へと通じる荒れ野の道に迂回させられた」(18節)と書かれています。エジプトを出た民について最初に書かれているのは、彼らが遠回りをしたということです。

 なぜ遠回りをしたのか。そこには神の配慮があったことが教えられています。地中海沿岸を進み、そこに住む人々と戦わなくてはならなくなったら、彼らは後悔してエジプトに帰ろうとするかもしれない。神はそう考えて、荒れ野へと彼らを導かれたのです。私たちは後に、神の判断が間違ってはいなかったことを知らされます。民には確かにその弱さがありました。戦いに遭遇する以前に、荒れ野の旅路の厳しさの中で、既に彼らは不平を言い始めるのです。

 神はしばしば人間の弱さに対する配慮から、遠回りの道へと導かれます。もちろん、その神の意図は、人の目には隠されているのであって、それゆえに、それは人間にとってしばしば不愉快なことでしかないのでしょう。しかし、神の配慮は後になって明らかになってくるものなのです。

 さらに、私たちはあえて「葦の海に通じる荒れ野の道」と書かれていることをも見落としてはなりません。これは続く14章に直接関係するからです。葦の海で何が起こりますか。そこでイスラエルの民は、《前は海、後ろは追い迫るエジプト軍》という絶体絶命の危機に陥ることになるのです。しかし、神の奇跡により海が分かれ、彼らは海の中にできた道を進んでいくことになります。これが後々まで語り継がれることになる「葦の海での奇跡」です。イスラエルの民はそこで、彼らの救いが完全に神の恵みによることを経験するのです。

 このように、ただ人間の弱さへの配慮ということだけではなく、積極的な意味において、神は特別な目的のゆえに、民を遠回りの道へと導かれます。彼らには、約束の地に入る前に経験しなくてはならないことがあったのであり、彼らが経験すべき神の恵みは、遠回りを通して初めて得られるものであったのです。彼らが進むべき道は、近道ではなく、「葦の海に通じる荒れ野の道」でなくてはならなかったのです。

 私たちはさらに「モーセはヨセフの骨を携えていた」(19節)と書かれていることにも注目しなくてはなりません。これはヨセフの言葉に基づくものです。「『わたしは間もなく死にます。しかし、神は必ずあなたたちを顧みてくださり、この国からアブラハム、イサク、ヤコブに誓われた土地に導き上ってくださいます。』それから、ヨセフはイスラエルの息子たちにこう言って誓わせた。『神は、必ずあなたたちを顧みてくださいます。そのときには、わたしの骨をここから携えて上ってください』」(創世記50:24‐25)。

 つまり、単にヨセフとの約束を守るという意味だけではないのです。「神は必ずあなたたちを顧みてくださり、この国からアブラハム、イサク、ヤコブに誓われた土地に導き上ってくださいます」という神の約束を携えて上ったということなのです。遠回りであっても、ただ神の約束に信頼して従っていく。それが、たとえ遠回りであっても、火の柱、雲の柱に従っていくということだったのです。


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