2019年2月24日日曜日

「忍耐すること、信じること」

ルカによる福音書 8:4‐15

身を置かなかったら分からない話
 今日の福音書朗読はイエス様の語られたたとえ話です。ところで、イエス様は何のためにたとえ話をされたのでしょうか。「イエス様は身近な題材を用いて人々に分かりやすくお話しになられました」と言う人があります。確かに福音書を読みますと、そのようは話がないわけではありません。しかし、今日私たちが聞いたたとえ話はどうでしょう。

 「種を蒔く人が種蒔きに出て行った。蒔いている間に、ある種は道端に落ち、人に踏みつけられ、空の鳥が食べてしまった。ほかの種は石地に落ち、芽は出たが、水気がないので枯れてしまった。ほかの種は茨の中に落ち、茨も一緒に伸びて、押しかぶさってしまった。また、ほかの種は良い土地に落ち、生え出て、百倍の実を結んだ」。そして、イエス様は「聞く耳のある者は聞きなさい」と言って締めくくられます。決して分かりやすい話とは言えないでしょう。だからこそ、弟子たちは「このたとえはどんな意味か」とイエス様に尋ねたのです。分かりやすい話なら尋ねる必要はありません。

 たとえ話の意味を尋ねた弟子たちに、イエス様はこのように答えられました。「あなたがたには神の国の秘密を悟ることが許されているが、他の人々にはたとえを用いて話すのだ。それは、『彼らが見ても見えず、聞いても理解できない』ようになるためである」(10節)。つまり彼らが聞いても理解できないように、いわば話を分かりにくくするために、たとえを用いてるのだと言うのです。なぜ主はそのようなことを言われたのでしょう。

 私たちはここで幾つかの事実を心に留めておかねばなりません。第一に、イエス様は最初から《たとえ話》を用いていたわけではない、ということです。イエス様がガリラヤにおいて宣教を開始された頃の様子は4章に記されています。イエス様は町々の会堂を巡って教えておられました。たとえ話をしていたわけではありません。その一例を4章16節以下に見ることができます。ナザレの会堂で、イエス様はイザヤ書を朗読して、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められました。イエス様の話は容易に理解できたのです。ですからまた、イエスの過激な言葉に対する反発も大きかったのです。そのようにイエス様の宣教活動の初期には、たとえ話はほとんど用いられなかったと思われるのです。

 そして第二に、イエス様の宣教によって人々は次第に二通りに分かれていったということです。一方では、イエス様に従っていく人たちがいました。しかし、もう一方においては、イエス様の言葉を批判的に聞いている人たち、さらにはあからさまに敵対する人たちも起こってきたのです。

 これが、イエス様がたとえを用いて話すようになった背景です。「あなたがたには神の国の秘密を悟ることが許されているが、他の人々にはたとえを用いて話すのだ」――この「あなたがた」とは、イエス様の弟子たちです。イエスの言葉を受け入れて従おうとしている人たちです。もう一方で「他の人々」と主が言われる時、そこには冷ややかに主の言葉を聞いてきた人たち、敵対姿勢を取ってきた人たちがいることが想定されているのです。彼らには、ますます分からなくなるように、「たとえ」を用いて語るのだ、と主は言われるのです。「『彼らが見ても見えず、聞いても理解できない』ようになるためである」と。

 実際、「たとえ話」というものは、そのような性質の話であろうかと思います。イエス様のたとえ話というものは、冷ややかに、批判的に、外から眺めるようにして聞いていたら、さっぱり分からないような話であるに違いありません。外に身を置く限り、「種まきのたとえ話」は、この世の農夫の話でしかないのです。しかし、イエス様に従おうとする者として、この「わたし」に語りかける言葉として、その中に身を置いて聞く時に、いろいろ見えてくることがある――それがたとえ話しというものでしょう。その中に身を置かなかったら分からない。だからイエス様に対する姿勢によって、悟る者と悟らない者に分かれていくのです。イエス様は、それを意図して語っているのです。

 そして、そもそも聖書のメッセージそのものが、そのような性質のものであるように思うのです。自らの身を置かなければ分からない。外から眺めていても分からないのです。「キリスト教ではこういう考え方をするんですね。他の宗教では、これとはまた違った考え方をしますよね」というように、外から眺めるかのように宗教一般の話をしている限り、恐らく聖書が語っていることは分からない。しかし、その人が自分自身に関わる神の言葉として聴き始める時、他ならぬ私に対して語られている神の言葉として聴き始める時、事態は変わってまいります。自分の身を置いて、初めて見えてくることがあるのです。

種は百倍の実を結ぶ
 そこで私たち自身の身を置いて、もう一度イエス様のたとえ話に耳を傾けてみましょう。幸いにも私たちには、主が弟子たちに語られた解き明かしも伝えられていますから。その言葉にも耳を傾けてみましょう。

 話そのものの内容は単純です。イエス様は種が落ちた四種類の土地について語っておられます。蒔いている間に種が道端に落ちたり、石地に落ちたり、茨の中に落ちたりというのは、今日の農業では考えられないかもしれませんが、当時はいくらでもこのようなことが起こりえました。というのも、種蒔きの時には畑の上に適当にばらまくからです。種をばらまいてから少し耕します。すると種が若干土で覆われる。そのような種の蒔き方です。ですから道の上にも落ちることがある。石地や茨の中に落ちることもあるのです。

 道端に落ちた種はどうなるか。「人に踏みつけられ」と書かれています。神の言葉が、そのように聞く人によって踏みつけられることがあります。受け入れられることなく拒絶され、卑しめられることがあるのです。踏みつけられた種はどうなるか空の鳥に食べられてしまいます。このことについて、イエス様はこのように説明していました。「道端のものとは、御言葉を聞くが、信じて救われることのないように、後から悪魔が来て、その心から御言葉を奪い去る人たちである」(12節)。

 それは実際、イエス様の宣教において常に起こっていたことでした。集まった大勢の群衆の中にはいつでもファリサイ派の人たちや律法学者たちがいたのです。疑いと敵意とをもって聞いている人たちがいたのです。彼らにも同じ言葉が語られていたのです。しかし、同じ言葉が語られていても、拒絶された神の言葉は実を結ぶことはありませんでした。

 そして第二は「石地」です。石地に落ちた種はどうなるのでしょう。その種は踏みつけられることはありません。しっかりと芽を出します。しかし、やがて枯れてしまうのです。イエス様は次のように説明しています。「石地のものとは、御言葉を聞くと喜んで受け入れるが、根がないので、しばらくは信じても、試練に遭うと身を引いてしまう人たちのことである」(13節)。

 種が芽を出すならば、その芽は人に見えるところにあります。一方、根っこは人の目から隠れたところにあります。喜んで受け入れたその喜びは人の目に見えるところにあります。しかし、本当に大事な部分は見えないところにあるのでしょう。神の言葉がその人の生活に深く根を下ろしているのか。神の言葉がその人の人生に深く根ざしているのか。そのように神の言葉によって生きることを本当に求めているのか、そうでないのか。違いは試練の時に現れてくるのでしょう。「試練に遭うと身を引いてしまう人たちのことである」と主は言われました。「身を引く」というのは、信仰から離れてしまうということです。そのようなことが起こり得る。それが石地に落ちた種の場合です。

 その次に語られているのは「茨の地」です。茨の中に落ちた種はどうなるのでしょう。茨が押しかぶさってくるので伸びることができません。イエス様は次のように説明しています。「そして、茨の中に落ちたのは、御言葉を聞くが、途中で人生の思い煩いや富や快楽に覆いふさがれて、実が熟するまでに至らない人たちである」(14節)。

 「茨」とは、一方において「思い煩い」だと言われています。思い煩いが生じるのは不足や困窮の場合です。もう一方において「茨」とは「富や快楽」だと語られています。富や快楽が問題となるのは満ち足りている時でしょう。困窮していようが、満ち足りていようが、そこには成長を妨げるものがあるのです。

 そこには神の言葉が与えられ、救いが芽を出しているという、とてつもなく大きなことが起こっています。しかし、その大きなことが起こっているという事実を大切にしないで、思い煩いや富や快楽のことばかり考えていれば、成長はストップしてしまいます。それが茨の中に落ちた種に起こることです。

 さて、「あなたはこれらの内のどれですか」と、そう問われているような気がします。しかし、イエス様が言いたいのは恐らくはそういうことではないのです。「聞く耳のある者は聞きなさい」と主は大声で言われたのです。「大声で言われた」とありますが、ここで用いられているのは「呼びかける」という言葉です。イエス様は「呼びかけて言われた」。さらに言うならば、これは「呼びかけ続けていた」という意味合いの表現なのです。

 ある時に一回だけこのたとえ話を話して、そして「聞く耳のある者は聞きなさい」と言われたのではありません。そうではなくて、イエス様は繰り返し呼びかけ続けておられた。つまりここに描かれているのは一つの典型的な場面なのです。イエス様はこのように町々村々で繰り返し呼びかけ続けてこられたということなのです。「聞く耳のある者は聞きなさい」と。主は聞いて欲しいのです。そして、受け入れて欲しいのです。さらにはその蒔かれた種が実を結ぶことを望んでおられるのです。農夫ならば当然です。豊かな実りを期待して蒔くのですから。

 そのように主が御言葉の種を蒔いておられたのは、どのような人々だったのでしょう。「大勢の群衆が集まり、方々の町から人々がそばに来たので」と書かれていました。集まった多くの人々は、これまで豊かな実りなど考えることのできない人たちだったろうと思います。病気の人が大勢いたことでしょう。貧しい人々も大勢いたことでしょう。差別の中で生きてきた人たちも大勢いたことでしょう。心が傷つけられて、ずたずたにされて生きてきた人たちもいたことでしょう。実り豊かな未来の自分を思い描くことなどできなかったに違いありません。「どうせ私なんて」。「どうせ生きていたって・・・」そう思って生きてきた人も大勢いたのでしょう。

 しかし、そのような人たちにイエス様は百倍の実りについて語られたのです。実りは自分の内から出て来るのではないのです。自分の内から出て来るものだけしか考えられなければ、豊かな実りは期待できないかもしれない。しかし、実りは神の御業なのです。そして、その実りをもたらす種は蒔かれているのです。御言葉は語られているのです。

 ならば後はどのように聞くのかということだけなのです。御言葉は蒔かれました。しかし、現実の生活の中には、いろいろなことが起こってきます。そこで主が期待しておられるのは、実を結ぶまで忍耐強くあることです。信仰に留まることです。「良い土地に落ちたのは、立派な善い心で御言葉を聞き、よく守り、忍耐して実を結ぶ人たちである」と主は言われました。どうしたら実を結ぶまで忍耐強くあることができるでしょう。そのためには蒔いている御方と同じ心を持つことです。すなわち、実りを信じることです。期待することです。豊かな実りを主と共に期待しましょう。私たちを通して、神の愛の御業が豊かに現れることを期待しましょう。主は私たちの目を神の御業に向けるためにこそ、「生え出て、百倍の実を結んだ」と語られたのですから。

(祈り)

2019年2月17日日曜日

「正しそうに見えるが何かがおかしい」

ルカによる福音書6:1‐11

何かがおかしい
 今日の福音書朗読は「安息日」の話でした。ユダヤ人の安息日は土曜日です。厳密には、日没と共に日付が変わりますから、金曜日の日没から土曜日の日没までが安息日です。この安息日を守ることについては、本日の第一朗読で読まれました、モーセの十戒の中の第四戒として記されております。「安息日を心に留め、これを聖別せよ。六日の間働いて、何であれあなたの仕事をし、七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない」(出エジプト20:8‐10)。

 「いかなる仕事もしてはならない。」――信心深い人たちは、それを文字通り守ろうとしました。何が「仕事」に当たるかを明らかにするために議論を繰り返し、39種類の主要な労働が安息日に禁じられるようになりました。そして、さらにはそれぞれの労働について39の禁止事項が作成されるに至ります。全部で1521の禁止事項。驚くべき細かさです。イエス様の時代にはまだそこまで細かくなかったようですが、禁止事項の中には例えば刈り入れをすることや脱穀をすること、また、通常の医療行為なども含まれていました。

 さて、そのような「安息日」にこんなことが起こりました。「ある安息日に、イエスが麦畑を通って行かれると、弟子たちは麦の穂を摘み、手でもんで食べた。ファリサイ派のある人々が、『なぜ、安息日にしてはならないことを、あなたたちはするのか』と言った」(1‐2節)。

 他人の畑のものを勝手に食べたら泥棒です。それは「安息日」に限らず、咎められても仕方ないだろうと私たちは思います。しかし、実はこれは許されている行為だったのです。モーセの律法にこう記されているからです。「隣人の麦畑に入るときは、手で穂を摘んでもよいが、その麦畑で鎌を使ってはならない」(申命記23:25)。これは貧しい人たちへの配慮です。旧約聖書の中には、このような暖かい配慮がしばしば見られます。ですから、ファリサイ派の人たちが咎めたのも、彼らが他人の畑の麦を勝手に食べたからではありません。その行為を「安息日」にしたから問題にしているのです。「なぜ、安息日にしてはならないことを、あなたたちはするのか」と。

 つまり弟子たちの行為は、安息日の禁止条項にひっかかったのです。彼らは穂を摘みました。これは「刈り入れ」という労働に当たります。また、麦の穂はそのままでは食べられません。彼らは穂を揉みほぐして食べた。これは「脱穀」および「食事の準備」に当たります。笑い話ではありません。彼らは大真面目にそう思っているのです。そのような安息日に禁止されている労働をどうしてするのか!と咎めているのです。

 それに対してイエス様は言われました。「ダビデが自分も供の者たちも空腹だったときに何をしたか、読んだことがないのか。神の家に入り、ただ祭司のほかにはだれも食べてはならない供えのパンを取って食べ、供の者たちにも与えたではないか。」ダビデは確かに律法に反することをしたのです。決まりを破ったのです。しかし、神はそのダビデを咎めていないし、処罰もしていないではないか。イエス様はそう仰りたいのでしょう。神様は単にダビデが決まりを破ったということだけに目を留めてはおられなかったのです。

 考えてみてください。イエス様の弟子たちが麦を摘んで手でもんで食べたということは、よほど空腹だったということでしょう。その空腹な人たちが麦を摘んで食べることが安息日律法にひっかかって問題であるならば、彼らが律法違反をしなくていいようにパンを少しでも分けてあげたらよいだけの話ではありませんか。なのに、この信心深い人たちは、彼らの空腹の辛さには全く思い至らない。ただ彼らが決まりを破ったということしか見えていない。

 何かがおかしい。何か変です。しかし、こういうことは、私たちにも身近な話だと思いませんか。人の間違った行為しか見えない。その人の苦しみを思うこともないまま、ただ間違った行為を責めて、咎めて、戒めて。そこから何も善いものが生まれてはこない。そのような私たちの内にもしばしば見られる人間の「何かがおかしい」という部分がより一層見えてくるのが、今日お読みしましたもう一つのエピソードです。別な安息日に起こった出来事です。

心の麻痺した人々
 「また、ほかの安息日に、イエスは会堂に入って教えておられた。そこに一人の人がいて、その右手が萎えていた」(6節)。右手が萎えていたというのは、麻痺していたということです。わざわざ「右手」と書かれているところを見ると、その人の利き腕だったのでしょう。利き腕が麻痺していたら、そうとう不便です。苦しい生活を強いられてきたのでしょう。その人がイエス様によって癒された。手が元通りになった。そのような話です。しかし、今日の聖書箇所の中心は明らかにこの人の癒しそのものではありません。その周りにいた人々とイエス様とのやりとりです。

 周りの人たちに目を向けてみましょう。7節にこう書かれています。「律法学者たちやファリサイ派の人々は、訴える口実を見つけようとして、イエスが安息日に病気をいやされるかどうか、注目していた。」場面は安息日の会堂です。彼らは礼拝のために集まっていたということです。しかし、彼らは神を礼拝する場所で、聖書が朗読されているその場所で、神の言葉を聞いているはずのその場所で、彼らは神のことを思ってはいなかったのです。彼らがそこにいたのは、イエスを訴える口実を見つけるためでした。

 先ほど触れましたように、安息日の禁止事項には医療行為も含まれていました。命が危ない時には安息日であっても、手当をすることが許されていた。しかし、生命に危険がない場合の通常の医療行為は禁じられていました。手が萎えていること自体は命の危険に晒されているわけではありません。しかし、彼らは分かっているのです。イエスはその人の苦しみを見るならば癒すに違いない、と。そうすれば律法違反で訴えることができる。それが、礼拝の場所で、しかも手が萎えて苦しんできた人を目の前にしていながら、聖書に精通していた人たちが考えていたことでした。

 何かがおかしい。何かが変です。イエス様は癒されるべき手の萎えた人を前にしていましたが、イエス様からすれば健常者である周りの人々の方がよほど麻痺した人たちに見えたに違いありません。ただ麻痺しているのが右手でないだけです。心が麻痺した人たち。右手が麻痺しているこの人の方がよほど状態は良かったとも言えます。少なくとも、この人は礼拝するために会堂にいたのであって、手は麻痺していても心は神様に向いていたのですから。

 心の麻痺の方が人間にとってよほど深刻です。ファリサイ派の人たちと律法学者たちにもう一度目を向けてみましょう。彼らの目の前で右手の萎えた人が癒されました。明らかに神の憐れみの業として、その人の右手が癒されたのです。彼らは神の恵みを目にしているのです。その人の喜びも目にしているのでしょう。きっと涙を流して喜んでいたに違いない。しかし、その喜びを目の当たりにしても、彼らは一緒に喜べないのです。何と書かれていますか。「ところが、彼らは怒り狂って、イエスを何とかしようと話し合った」(11節)。神の恵みに触れて喜んでいる人と、一緒に喜ぶことができない麻痺した心。それは右手が麻痺しているよりも深刻です。

安息日の中に
 もちろんイエス様はそのような彼らの心をご存じでした。「イエスは彼らの考えを見抜いて」(8節)に書かれていましたでしょう。イエス様はご存じでした。それゆえに、イエス様はあえてこの人を真ん中に立たせて、癒されたのです。それは「安息日」が何であるかを明らかにするためでした。そして、彼らを「安息日」の中に正しく据え直すためでした。そして、その話が聖書に書かれて今読まれているということは、ここにいる私たちにもそのことが必要だということなのでしょう。私たちもまた、本当の意味で「安息日」の中に繰り返し置かれなくてはならないのです。

 イエス様は言われました。「あなたたちに尋ねたい。安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、滅ぼすことか」(9節)。イエス様は問いかけます。改めて考えさせるためです。「安息日」とはそもそもいかなる日であるのか。神が望んでおられるのはいかなることなのか。そうです、神が安息日を定められたのは、単に何かを禁ずるためではなかったはずなのです。

 今日は第一朗読で出エジプト記が読まれましたが、安息日の規定は申命記の中にも書かれています。申命記には安息日を守るべき理由について、このように記されているのです。「あなたはかつてエジプトの国で奴隷であったが、あなたの神、主が力ある御手と御腕を伸ばしてあなたを導き出されたことを思い起こさねばならない。そのために、あなたの神、主は安息日を守るよう命じられたのである」(申命記5:15)。つまり安息日とは本来、神様の恵みと憐れみを思い起こす日だったのです。

 その直前にはこう書かれています。「七日目は、あなたの神、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない。あなたも、息子も、娘も、男女の奴隷も、牛、ろばなどすべての家畜も、あなたの町の門の中に寄留する人々も同様である。そうすれば、あなたの男女の奴隷もあなたと同じように休むことができる」(申命記5:14)。皆を休ませるのです。牛やろばまで休ませるのです。それは最終的には、男女の奴隷を休ませるためです。自分が神の憐れみを受けたことを思い起こして、この場合、男女の奴隷に至るまで、すべての隣人を休ませるのです。

 そのように、安息日とは神の恵みと憐れみを思い起こす日であり、さらには、神の恵みと憐れみを思い起こしたなら、今度は恵みと憐れみに与った者として恵みと憐れみを他の人に向ける日であったはずなのです。神の恵みを分かち合い、一緒に喜ぶ日――イエス様もあのファリサイ派の人たちも、そのような安息日のただ中にいたはずなのです。その事実を彼らに示すため、イエス様は右手の萎えた人を真ん中に立たせました。そして、その人を癒されたのです。ファリサイ派の人たちが、「安息日」の中に正しく据え直されるためでした。そのようにして麻痺した心もまた癒されるためでした。

 結果的に見るならば、残念ながら、あのファリサイ派の人たちが本当の意味で「安息日」の中に身を置くことはありませんでした。「ところが、彼らは怒り狂って、イエスを何とかしようと話し合った」。明らかに「安息日」の外に身を置いている彼らの姿がそこにあります。しかし、先にも申しましたように、このことが書かれ、今ここで読まれているのは、ここにいる私たちのためなのです。私たちはもはや、禁止事項で一杯になったままであるあの「安息日」に身を置くことはありません。私たちが礼拝のために集められているのは主の日である「週の初めの日」(24:1)だからです。これは私たちの罪のために十字架におかかりくださったイエス様が復活された日です。まさに神の恵みと憐れみがこれ以上ない仕方で現された日、主の日に集められているのです。

 これは神の恵みを分かち合い、一緒に喜ぶ日です。神の恵みと憐れみを思い起こしたなら、今度は恵みと憐れみに与った者として、恵みと憐れみを他の人に向けるようにと、この日は与えられているのです。――そのような本当の意味における「安息日」の中に、主が私たちを繰り返し正しく据え直してくださいます。そのようにして、麻痺した手ならぬ、麻痺した心もまた主が癒してくださいます。今、私たちがここに身を置いているとは、そういうことなのです。

(祈り)

2019年2月10日日曜日

「新しいぶどう酒は新しい革袋に」

ルカによる福音書5:33‐39

あなたの弟子たちは!
 今日の聖書箇所に、「人々はイエスに言った。『ヨハネの弟子たちは度々断食し、祈りをし、ファリサイ派の弟子たちも同じようにしています。しかし、あなたの弟子たちは飲んだり食べたりしています』」(33節)。

 ユダヤ人社会において重んじられていた敬虔な行いを代表するものが三つありました。「施し」と「祈り」と「断食」です。ここで言及されているのはそのうちの二つです。しかし、それにしても人を比較してこういうことを言う「人々」って、いったいどういう人たちなのでしょう。

 実は、今日の箇所は前の話の続きなのです。日本語に訳されていませんが、続きを示唆する言葉があるのです。そうしますと、この人々(彼ら)というのは前に出て来た「ファリサイ派の人々やその派の律法学者たち」ということになります。つまり彼らの言葉によれば、度々断食し、祈りをしている人たちです。

 実際、ファリサイ派の人たちが重んじていたのは月曜日と木曜日に行う週二回の断食でした。それは律法に定められていたことではありませんが、神の御前に「善い行い」として意識的に行っていたことでした。そして、それは彼らの誇りでもあったのだろうと思います。後にイエス様のたとえ話に出て来るファリサイ派の人が、祈りの中でこう言っていますから。「神様、わたしはほかの人たちのように、奪い取る者、不正な者、姦通を犯す者でなく、また、この徴税人のような者でもないことを感謝します。わたしは週に二度断食し、全収入の十分の一を献げています」(18:11‐12)。

 しかし、今日の聖書箇所に見るように、何かを意識的に行っていて、しかもそのことを誇りに思っている人は、往々にして同じように行っていない人に対して批判的になりやすいものです。自分たちが大事に思っていることをあからさまに軽視するような行動を取られると、確かに腹も立ってくるので、ついつい言いたくなるのでしょう。「ヨハネの弟子たちは度々断食し、祈りをし、ファリサイ派の弟子たちも同じようにしています。しかし、あなたの弟子たちは飲んだり食べたりしています。」

 そのように批判的な目を他者に向けているとどうなるのでしょう。そのような人たちが増えるとどうなるのでしょう。批判的な空気がコミュニティに満ちてくるとどうなるかは容易に想像できます。今度は自分が批判されることを恐れるようになるのでしょう。人の目を気にするようになる。彼らの場合、断食するにしても、周りの人々から見て、自分がきちんと断食しているように見えるかどうかが重要になるのです。それこそ誰が見ても「断食している」と分かるようにしなくてはなりません。

 そう言えばイエス様が「断食」についてこんなことを語られたことがありました。「断食するときには、あなたがたは偽善者のように沈んだ顔つきをしてはならない。偽善者は、断食しているのを人に見てもらおうと、顔を見苦しくする。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている」(マタイ6:16)。このようなイエス様の言葉から察するに、実際、一生懸命に暗い顔をして、いかにも「私は罪を悔いて断食してます」という顔して、自分の敬虔さをアピールしている人は少なくなかったものと思われます。

 表向きには信心深い人々の集団、敬虔なコミュニティ、そして、そのような人たちが中心となっている敬虔な社会であったに違いありません。しかし、実際にはお互いがお互いを監視して、お互いがお互いを批判し合っていて、だから批判されないように一生懸命に表向きを取り繕っている。なんとも不自由な命のない交わりがそこに形作られることになると思いませんか。しかし、一般的に言って宗教の世界というものはそのようなものになりやすいのです。

祝宴は始まっている
 「ヨハネの弟子たちは度々断食し、祈りをし、ファリサイ派の弟子たちも同じようにしています。しかし、あなたの弟子たちは飲んだり食べたりしています。」そのように言う人々に対して、イエス様は言われました。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客に断食させることがあなたがたにできようか」(34節)。これがイエス様の答えでした。

 「花婿が一緒にいる」とはどういうことでしょう。当時の婚礼においては花婿が到着すると祝宴が始まります(マタイ25:1以下)。「花婿が一緒にいる」とは、もう花婿が到着して、婚礼の祝宴が既に始まっているということです。明らかに、その花婿とはイエス様御自身のことです。キリストという花婿がこの世界に到来している。だから、もう既にこの世界に祝宴が始まっているのだ。そのようなイメージをもってイエス様は語っておられるのです。

 ではその既に始まっている婚礼の祝宴とは何でしょう。イエス様は何をおっしゃりたかったのでしょう。そこで、私たちはこれが語られた場面を思い起こさなくてはなりません。この話はその前に書かれていることの続きですと申しました。その前に書かれているのは、レビという徴税人が弟子になったという話です。

 イエス様に招かれたのがよほど嬉しかったのでしょう。レビは、自分の家でイエス様のために盛大な宴会を催しました。「そこには徴税人やほかの人々が大勢いて、一緒に席に着いていた」(29節)と書かれています。それを見たファリサイ派の人たちがこう言いました。「なぜ、あなたたちは、徴税人や罪人などと一緒に飲んだり食べたりするのか」と。するとイエス様はこう言われたのです。「医者を必要とするのは、健康な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招いて悔い改めさせるためである」(31‐32節)。

 イエス様は罪人を招いて一緒に食事をされました。そんなことをしたら、世の敬虔な人たちから批判されることは重々承知の上でそうされました。なぜでしょう。既に神の祝宴が始まっているからです。既に始まっている祝宴が何であるかを最も良く現しているのが、罪人を招いての食事でした。イエス様の到来と共に始まっているのは、この世に来られたメシアが罪人を招かれる祝宴です。招かれ集められるのは、裁かれて滅ぼされるためではありません。そうではなくて、神に立ち帰って、罪を赦されて救われるためです。神に立ち帰ることを「悔い改め」と言います。「罪人を招いて悔い改めさせる」とはそういうことです。神に立ち帰らせるためにイエス様が招いてくださる祝宴です。

 それはどんなに大きな罪の重荷を背負っている人であっても神様のところに帰ることができる祝宴です。その祝宴がなんであるかは、15章に語られている「放蕩息子のたとえ」において明らかです。どれほど神様に背き続けて遠く離れてしまった人であっても神様のところに帰ることができる祝宴です。自分で自分をもてあまして、もう嫌気がさしているような人であっても、神に受け入れてもらえる祝宴です。そこには赦しがあります。救いがあります。完全な救いの中に迎え入れてもらえる。そんな祝宴が始まっているのです。イエス様の到来と共に始まっているのです。

 皆さん、私たちもまた、そのような祝宴に招かれたのです。イエス様の到来によって始まった祝宴に招かれたのです。今、私たちがこうして集められているのは、その目に見えるしるしです。祝宴であるならば、まずそこに相応しいのは、招いてくださった方と喜びを共にすることでしょう。招かれた他の人々と一緒に、神様の恵みを喜ぶことでしょう。神様に赦されていること、愛されていること、罪を赦していただいて神様のもとに帰れたことを一緒に喜ぶことでしょう。教会とはそういうところです。教会において一番大事なことは、神様の恵みを一緒に喜ぶことなのです。祝宴なのですから。そこには、敬虔さのアピールでしかないような形式的な断食など入る余地はありません。主は言われるのです。「花婿が一緒にいるのに、婚礼の客に断食させることがあなたがたにできようか」。

その招きは十字架のキリストによって
 しかし、そこには一言加えられています。主はこう続けられたのです。「しかし、花婿が奪い取られる時が来る。その時には、彼らは断食することになる」(35節)。「花婿が奪い取られる時が来る」という主の言葉は、直接的にはキリストが捕らえられ、十字架にかけられて殺されてしまうことを指していることは明らかです。

 イエス様は罪人を招かれました。神の祝宴へと招かれました。しかし、イエス様は分かっておられたのです。そのように罪人を招く自分自身は、十字架にかかって死ななくてはならないことを。すなわち、罪の赦しが豊かに与えられる祝宴が行われるためには、自分自身が罪の贖いの犠牲として屠られなくてはならないことを知っておられたのです。

 私たちは神の恵みを共に喜びます。そのような喜びへと招かれました。しかし、私たちは決して忘れてはなりません。そのような救いの喜びへと招いてくださった御方は、私たちの罪の贖いとして十字架にかかられた御方であるということ。ですから、教会では古くからキリストの御受難を覚えるレントの期間に断食が行われてきたのです。また初期の教会は火曜日と金曜日に断食を行っていたのです。

 そのような意味における断食はやはり大事です。私たちは文字通り食を断つという断食をするかもしれませんし、しないかも知れません。しかし、それでもなお、時にはキリストの十字架を仰ぎつつ何かを断つということは大事なことなのでしょう。あるいは断食によって身を苦しめるのでなくても、時としてキリストの十字架を思いつつ苦しみを耐え忍ぶこと、重荷をあえて背負って行くことは大事なことなのでしょう。それもまた信仰生活の一部なのです。

 そのような祝宴の喜びにせよ断食にせよ、キリストと共に到来して私たちに与えられているのは、いわば「新しいぶどう酒」です。「宗教」という名の古いぶどう酒ではなく、沸々と発酵し命が泡立っている新しいぶどう酒です。キリストが到来して私たちに与えてくださったのは、「新しい宗教」なのではなく、新しい命であり新しい命による新しい生活です。

 イエス様は言われました。「新しいぶどう酒は、新しい革袋に入れねばならない」(38節)と。そのような「新しいぶどう酒」を入れるために、教会は常に「新しい革袋」でなくてはならないのでしょう。あのファリサイ派の人たちに見られたような、古い革袋になってしまってはなりません。新しいぶどう酒を入れたら破れてしまうような、そんな革袋になってしまってはならないのです。常にしなやかで、柔軟で、祝宴の喜びがどのような形で溢れてきても大丈夫、また同時に、喜びだけでなく真の断食もその中にしっかりと納めている、そのような「新しい革袋」であること。それは頌栄教会にとって、具体的にどのような教会となっていくことなのでしょうか。私たち一人ひとりがどのような信仰者となっていくことなのでしょうか。

(祈り)

2019年2月3日日曜日

「わたしたちは生ける神の神殿です」

ハガイ書 2:1‐9
神殿の再建
 今日の第一朗読ではハガイ書が読まれました。紀元前六世紀にごく短い期間活動したハガイという預言者を通して語られた主の言葉です。御言葉が与えられた日付がそれぞれ明記されています。今日読まれた主の言葉については、「ダレイオス王の第二年、七月二十一日に、主の言葉が、預言者ハガイを通して臨んだ」と書かれています。ペルシアの王ダレイオスの治世の第二年と言いますと、今日の暦では紀元前520年に当たります。それはエルサレムにおいて神殿の再建工事が再開した年でした。

 神殿の「再建工事」と言いましたのは、神殿が破壊されてしまったからです。遡ること約70年前、神殿が建っていたエルサレムはバビロニア軍に包囲されていました。軍事力においては圧倒的な差があります。約二年間持ちこたえましたが、ついに都は陥落しました。城壁は破壊され、神殿は焼き払われてしまいました。そして、主だった人々は皆、バビロンへと捕らえ移されることとなりました。「バビロン捕囚」と呼ばれる出来事です。

 それから約50年の月日が流れました。バビロニアに代わってペルシア帝国が支配する時代となりました。支配者となったペルシアの王キュロスは、帝国内の被占領民族に対して極めて寛容な政策を採りました。それぞれの民族が独自の文化と宗教を保持することを許容したのです。捕囚となっていたイスラエルの民に対しても、エルサレムに帰還し神殿を再建することを許可しました。「キュロスの勅令」などと呼ばれます。詳しくは旧約聖書のエズラ記に記されています。こうして捕囚の時代は終わりを告げました。

 とはいえ既に50年も経っているわけですから、エルサレムから捕らえ移された人よりも、バビロンで生まれた人々の方が圧倒的に多いのです。異国の地においても、それなりに成功を収め、財産や地位を築いてきた人々も少なくありませんでした。当然のことながら、皆が皆エルサレムに帰りたがったわけではありません。そのような中で、あえて全く生活基盤のないエルサレムに帰還しようとした人たちは、よほど意識の高い人たちです。神殿の再建、さらにはエルサレムの再建の理想に燃えた人たちだったのでしょう。

 しかし、現実は極めて厳しいものでした。彼らが目の当たりにしたのは、荒れ果てた土地であり、廃墟となった都でした。それでもなお、彼らは神殿の再建に取りかかろうとしました。しかし、そこに周辺民族からの妨害が起こりました。経済的な困窮もありました。結局、神殿の再建計画は頓挫してしまいました。こうして18年の月日が流れていきました。その間もエルサレムに帰還する人は増えていきました。ユダの総督ゼルバベルに率いられて、より多くの人々がエルサレムに帰ってきました。しかし、荒れ果てた神殿は放置されたままでした。皆自分の生活を守るので精一杯だったのです。

 しかし、ダレイオス王の第2年の6月1日に預言者ハガイが口を開き、そのような帰還民たちに主の言葉を語り始めたのです。ハガイ書1章にこう記されています。「今、お前たちは、この神殿を廃墟のままにしておきながら、自分たちは板ではった家に住んでいてよいのか。今、万軍の主はこう言われる。お前たちは自分の歩む道に心を留めよ」(1:4‐5)。

 その後、11節までを一気に読んでみてください。まったく説明が不要なほどにハガイのメッセージは明瞭です。優先順位が間違っているということです。神様を後回しにして自分の生活を一生懸命に守っているつもりでいるけれど、それは本当の意味で守っていることにならないのだ、ということです。今、立ち止まって、本気で自分が歩んできた道を省み、人間の目に賢いと見えることが実はいかに愚かなことであるかを悟り、これから歩むべき道をしっかりと心に留めることが、どうしても必要だということです。

 ハガイの預言の言葉によって、彼らは目を覚ましました。そうだ!何のために帰ってきたのか。神殿を再建するためだったのではないか。神殿のある都を再建するためだったのではないか。かつて先祖たちがしていたように、この都で礼拝を捧げるためだったのではないか。彼らは神殿再建へと再び立ち上がりました。ダレイオス王の第2年のことでした。

ここにお前たちと結んだ契約がある
 しかし、神殿を再建するために立ち上がったものの、実際には資金も資材も限られていました。彼らにできることはたかが知れています。規模から言っても、たいしたものは建ちはしないでしょう。その現実が重くのしかかってきます。しかも帰還民の中の高齢者たちはかつてソロモンが建てた壮大な神殿を知っているのです。その装飾品の華やかさ、捧げられていた犠牲の多さ、仕えていた祭司たちの多さ、まさに周辺諸国の来訪者が目をみはったその規模の大きさを知っているのです。どうしても比較して、言いたくもなるでしょう。「みすぼらしいなあ。小さいなあ。」若い人たちだって、自分が実際に見ていなくても分かっているのです。見栄えのしないものしか建ちはしない、と。

 自分たちが必死になって努力して成し遂げようとしていることが、現実には他の人からたいしたものとは見なされないとしたら、しかも自分自身もまた(苦労ばかりは大きいけれど、成し遂げられることはたいしたことないなあ)と思わざるを得ないとしたら、どうでしょう。気持ちが削がれるではありませんか。やる気が失せてくるでしょう。

 ですから、主は再び彼らに語られたのです。それが今日お読みしましたハガイの言葉なのです。「お前たち、残った者のうち、誰が、昔の栄光のときのこの神殿を見たか。今、お前たちが見ている様は何か。目に映るのは無に等しいものではないか」(3節)。主は彼らの心の内にあるものをご存じです。「目に映るのは無に等しいものではないか」と、そう思っているのでしょう?主はそう言っておられるのです。神様は分かっておられる。分かった上で、あえて主は彼らに語られるのです。「今こそ、ゼルバベルよ、勇気を出せと主は言われる。大祭司ヨツァダクの子ヨシュアよ、勇気を出せ。国の民は皆、勇気を出せ、と主は言われる。働け、わたしはお前たちと共にいると万軍の主は言われる」(4節)。

 「勇気を出せ」「働け」という言葉が、どうして意味を持つのか。それはひとえに「わたしはお前たちと共にいる」という約束によるのです。苦労ばかりが多いその再建事業のただ中に、神様が共にいてくださるのです。そもそも、神殿を再建しているのでしょう。ならば、一番大事なことは、神様が共にいてくださるということなのでしょう。

 しかし、神殿の再建において、主が「わたしはお前たちと共にいる」と言ってくださるということは何を意味するのか。そのことを彼らは理解しなくてはならかったし、ここにいる私たちもよく考える必要があろうかと思います。主は「わたしはお前たちと共にいる」と言われた後、こう続けるのです。「ここに、お前たちがエジプトを出たとき、わたしがお前たちと結んだ契約がある。わたしの霊はお前たちの中にとどまっている。恐れてはならない」(5節)。

 「エジプトを出たとき」と語られていますが、正確には「エジプトから救い出されたとき」ということです。もともと彼らはエジプトにおける奴隷の民だったわけですから。そのような彼らが救い出されて、神と共に生きる民とされたのです。それが「わたしがお前たちと結んだ契約」ということです。

 しかし、私たちが旧約聖書に見るように、イスラエルの歴史は神に対する背きの歴史だったのです。神は預言者たちを遣わして、立ち帰るようにと呼びかけ続けました。しかし、イスラエルの民は立ち帰らなかった。最終的にエルサレムが破壊され、神殿が焼き払われるに至りました。御自分が礼拝されていた神殿が破壊されて焼き払われることを神は良しとされたのです。それが背き続けてきたイスラエルの民に対する神の答えだったのです。

 その神様が神殿再建をお許しくださり、しかも「わたしはお前たちと共にいる」と言われるのです。「ここに、お前たちがエジプトを出たとき、わたしがお前たちと結んだ契約がある」。本当ならばあるはずがないのです。イスラエルが一方的に破ったのですから。しかし、それはまだ主の手元にありました。そして、主は言われるのです。「わたしの霊はお前たちの中にとどまっている。恐れてはならない」。そこにあるのは神の限りない赦しと憐れみです。神殿を建てさせていただくのは神の憐れみなのです。どんなにみすぼらしく見えようが、再建された神殿は、神の赦しと憐れみの目に見えるしるしに他ならないのです。

生ける神の神殿
 それから約550年の月日が流れました。エルサレムには大きな立派な神殿が威容を誇っていました。ヘロデ大王が何十年もかけて大拡張工事を行ってきた神殿でした。人々は神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していました。本日の福音書が伝えているのはそのような場面です。そこでイエス様はこう言われました。「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る」(ルカ21:6)。つまり全部崩れてしまうことになると言われたのです。石が二つ積み重なっていることもないほどに、と。そして、実際そのとおりになるのです。紀元70年、ユダヤ戦争において、ローマ軍の手によって神殿は破壊されてしまうのです。

 礼拝の場所が破壊されることを、神自らが良しとされる。かつてバビロニア軍によって神殿が破壊された時と同じように、その出来事はある意味では、神の答えであったと言えます。神に背いたユダヤの民に対する答え。いや、さらに言うならば、神に背いたこの世界全体に対する神の答えだったのです。イエス様にはその答えが見えていたのです。

 しかし、それが最終的な答えでないことも知っておられたのでしょう。なぜならイエス様は、破壊されてしまうエルサレムの神殿ではない、まことの神殿を建てるために来られた御方ですから。イエス・キリストを隅の親石として建て上げられる新しい神殿。石や木で造られたのではない、人間で造られた神殿です。すなわちキリストの教会です。今日の第2朗読でパウロはこのように言っていましたでしょう。「わたしたちは生ける神の神殿なのです」(2コリント6:16)と。ペトロもこう言っています。「あなたがた自身も生きた石として用いられ、霊的な家に造り上げられるようにしなさい。そして聖なる祭司となって神に喜ばれる霊的ないけにえを、イエス・キリストを通して献げなさい」(1ペトロ2:5)。私たちはその神殿をキリストと共に建てているのです。

 しかし、人間で造られた神殿ということで、私たちがその材料であるとするならば、やはりあのハガイの時代の人々と同じ思いになるかもしれません。「みすぼらしいなあ。見栄えしないなあ。労苦ばかり多くて、たいしたものはできないなあ」と。しかし、主は今日の私たちにも語っていてくださるのです。「勇気を出しなさい。働きなさい。わたしはお前たちと共にいる。ここにキリストの血によってわたしがお前たちと結んだ契約がある。わたしの霊はお前たちの中にとどまっている」と。人の目にどのように映ろうとも、これはキリストを通して現された、神の限りない赦しと憐れみの目に見えるしるしなのです。そして、神の赦しと憐れみがここにあるならば、神の救いもまたここにあるのです。私たちはそのような生ける神の神殿です。

(祈り)

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