サムエル記下 20:23-21:22
ダビデ王家の王位継承に関する物語は先週お読みした箇所から、直接的には列王記上1章に続きます。その間の21章から24章まで、ダビデ王に関するその他の伝承が収録されております。
「ダビデの世に、三年続いて飢饉が襲った」のが、正確にいつであったのかは定かではありません。全イスラエルにおけるダビデの治世において比較的初期の頃ではなかったかと思われます。いずれにせよ、飢饉というのは、外敵の襲来同様に、王国の存在を根底から脅かします。ダビデは、ついにこの飢饉が主の処罰であることに思い至り、主に託宣を求めました。すると主はこう言われたのです。「ギブオン人を殺害し、血を流したサウルとその家に責任がある」。この結果、サウルの子孫が処刑され、雨が与えられたというのが、この物語です。
この物語の意味するところを正しく理解するためには、三つのことを特に踏まえておかなくてはなりません。第一に、ギブオン人がイスラエルにおいては被差別少数民族であったこと。第二に、罪は当為者の死によって、あるいは人々の忘却によって、消えてしまうことはないこと、第三に、ダビデの治世において常にベニヤミン族との関係が問題となっていたこと、です。
ギブオン人については今日の箇所において次のように説明されています。「ギブオン人はアモリ人の生き残りで、イスラエルの人々に属する者ではないが、イスラエルの人々は彼らと誓約を交わしていた」(2節)。この誓約とは何か。ヨシュア記9章に詳しく記されておりますので、その箇所を振り返ってみましょう。
その昔、ヨシュアの率いるイスラエルの民がエリコとアイを占領した時、ギブオン人たちは自分たちも滅ぼされるのではないかと恐怖に陥り、策略を用いて生き残りを計りました。彼らは遠い国からの使節団を装い、ヨシュアと協定を結ぶことに成功するのです。実際には彼らが近くの住民であることを知っても後の祭りです。主の御前において誓約してしまったからです。
彼らはイスラエルと共存することとなりました。しかし、力関係がありますから、実際的にはイスラエルによって支配されることになります。その箇所の最後には、こう書かれています。「ヨシュアは、その日、彼らを共同体および主の祭壇のため、主の選ばれた所で柴刈りまた水くみとした。それは今日まで続いている」(ヨシュア9:27)。つまり、後々の時代に至るまで、ギブオン人は二級市民であり続けたということです。
その彼らがサウルの時代に絶滅の危機にさらされたことを神の託宣は明らかにしたのでした。「ところがサウルは、イスラエルとユダの人々への熱情の余り、ギブオン人を討とうとしたことがあった」(2節)と聖書は説明しています。
サウルはイスラエルの初代の王でした。しかし、その後にダビデがまず《ユダの王》となり、それから全イスラエルの王となったことを考えますと、後の南北分裂、すなわちユダ族と北の諸部族との分裂の要素が、既にサウルの時代から存在していたことがわかります。サウルはそのような諸部族をまとめねばなりませんでした。
そこでサウルはイスラエルの民族意識、イスラエルの純粋性に訴えたのです。そこで民族純化政策の具体的な展開として、イスラエルの中にある被差別少数民族であるギブオン人を滅ぼそうとしたのでした。それはこの世的に見るならば極めて鋭い政治的な洞察に基づく行動であったと言えるでしょう。実際、王国はサウルを中心として確かに固く一つにまとまっていったのです。
しかし、人間の目に正しい政治的判断が必ずしも神の前に正しいとは限りません。神はこのことに関してはイスラエルの民の側につかれませんでした。神は被差別少数民族の方を心に留められるのです。そしてまた、神はイスラエルがその御前でなした誓約が破られたことを問題とされるのです。
しかも神はその罪を当為者であるサウルが死んだ後にも、なおその罪を問題にされるのです。この頃には既に、二級市民であるギブオン人の悲劇など、イスラエルの人々の記憶からも意識からも失われていたに違いありません。サウルの子孫もまた、かつてサウルが行ったそのことを、大して気にも留めていなかったでしょうし、覚えてもいなかったことでしょう。たとえ覚えていたとしても、それは彼らには関係のないことと考えていたに違いありません。ちょうど今日の戦後の世代の多くが、戦時中に侵した日本の罪は自分たちと無関係であると考えているのと同じです。しかし、人が忘れても神が覚えておられます。神が覚えておられる限り、罪は消えてはいないのです。
ダビデはギブオン人に尋ねます。「どのように償えば主の嗣業を祝福してもらえるだろうか」。そこでギブオン人は、「わたしたちを滅ぼし尽くし、わたしたちがイスラエルの領土のどこにも定着できないように滅亡を謀った男、あの男の子孫の中から七人をわたしたちに渡してください」と要求します。これは民数記35章30節以下に記されている、血の復讐に関する規定です。律法においては、血を流した罪は血をもって償われねばならぬことが定められているのです。
ギブオン人の要求は、極めて残忍なものと今日の私たちの目に映るかもしれません。しかし、考えて見れば、代表7人のみの処刑は、驚くべき寛大な要求であるとも言えます。ギブオン人は民族滅亡の危機にさらされたのであり、実際、この人たちは殺された多くの人々の親族であり子孫であるのですから。
ダビデは、彼らの要求に従いサウルの子孫を引き渡します。これがダビデにとって、どれほど厳しい決断であったかは、ダビデとベニヤミン族との関係を考えれば分かります。ダビデが王位を得る前後の物語を思い起こしてください。サムエル記の記述は、ダビデがサウルを自らの手にかけることを決して欲しなかったことを強調しています。既にお話ししてきたとおり、それはとりもなおさず、そうではなくてダビデがサウルから王位を奪ったと考える人が多かったということです。
あのベニヤミン人シムイの呪いの言葉も、その事実を示しています。ダビデにとって、ベニヤミン族との関係は、常に大きな問題でした。ダビデがアブサロムの反乱の後、王位に復帰する時、ベニヤミン人シムイを処刑しなかったのも、明らかにベニヤミン族との関係を考えてのことです。
そのような状況の中にあって、政治的な判断としては明らかに愚かに見えることをダビデはしたのです。すなわちダビデはあえてサウルの子孫を処刑するために引き渡したのです。当然、ダビデはやはりサウルから王位を奪い、前王家を絶滅しようとした者である、との悪評が残ることになるでしょう。
しかし、ダビデはギブオン人の要求を、二級市民の要求として軽んじることなく、自分にとって不利な展開を覚悟の上で、その要求に従ったのでした。これが神によることを信じたからです。これが主に託宣を求めた結果だったからです。主の御心を求め、主の御言葉を求めるとはそういうことなのです。それがこの世的にはどれほど愚かに見えたとしても、主の御心に従うということなのです。
とはいえ、まことに罪のもたらす結果は悲惨です。聖書は、処刑されたアルモニとメフィボシェト(ヨナタンの子メフィボシェトとは別人)の母リツパが、さらされた死体が空の鳥と野の獣の餌食になることを一生懸命に防いでいる様子を記しています。まことに切ない光景です。私たちは、この現実を読んで「神は残酷だ」と考える前に、人間の罪というものが、一人の人に留まらず、その子孫にまで悲劇をもたらすという事実について良く考えねばなりません。それはまた、キリストが私たちのために呪いとなってくださったという福音の使信(ガラテヤ3:13)の重大さを知る契機となることでしょう。
15節以下に書かれているダビデの家臣に関する記述は、23章8節以下に続きますので、22:23~26とあわせて、そこで取り上げたいと思います。