サムエル記上 12:1~25
この章にはサムエルの長い告別説教が記されております。この直前には次のように書かれています。「サムエルは民に言った。『さあ、ギルガルに行こう。そこで王国を興そう。』民は全員でギルガルに向かい、そこでサウルを王として主の御前に立てた。それから、和解の献げ物を主の御前にささげ、サウルもイスラエルの人々もすべて、大いに喜び祝った」(11:14‐15)。このように王国を興すためのギルガルでの集会においてサムエルが告別説教を語るのです。つまり大事なことは、イスラエルが士師によって治められる部族連合から王制へと大きく移り変わっていく時代がこの説教の背景となっているということです。
このように時代が大きく動く場面において一人の人物が長く語るというシチュエーションは、既にヨシュア記24章に出てきました。そこではヨシュアが民全員に語っています。このように、長く語られる部分というものは、この歴史物語全体において重要な位置を占めているのです。ヨシュア記から列王記まで(ルツ記は除く)は一つのまとまった歴史物語です。(「申命記的歴史」などと呼ばれます。)そのテーマをひとことで言うならば「悔い改め」です。そして、そのテーマは例えばこの章のように、一人の人物が長く語る部分によく現れているのです。その意味で今日の箇所は特に重要です。
この告別説教において、まずサムエルは自分が指導者として正しく権力を行使してきたかを民に問います。「わたしが、だれかの牛を取り上げたことがあるか。だれかのろばを取り上げたことがあるか。だれかを抑えつけ、だれかを踏みにじったことがあるか。だれかの手から賄賂を取って何かを見逃してやったことがあるか。あるなら、償おう」(3節)。これに対して民は答えます。「あなたは我々を抑えつけたことも、踏みにじったこともありませんでした。だれの手からも何一つ取り上げたりしませんでした。」するとサムエルは言うのです。「今日、あなたたちがわたしの手に何一つ訴えるべきことを見いださなかったことについては、主が証人であり、主が油を注がれた方が証人だ。」民はそのことを認めて答えます。「確かに証人です。」
自らの権力行使について潔白を明らかにするこのやりとりは、いったい何のためになされたのでしょう。ある意味では民から退けられることになるサムエルです。しかし、彼は自らの名誉を守るために民に問うたのではありません。彼は明らかにそこに新しい王サウルが立っていることを意識してこれを語っているのです。「今、主と主が油注がれた方の前で、わたしを訴えなさい」(3節)、「主が証人であり、主が油を注がれた方が証人だ」(5節)と繰り返し新しい王サウルに言及していることからも分かります。つまりサムエルは、自らがどのように権力を用いてきたかを語ることによって、今後の王権のあり方をサウルに示しているのです。
サムエルはあくまでも宗教的な指導者です。サムエルは神から与えられた権威と力によって民を導いてきたのです。その現れは例えば18節以下に見るように、しばしば超自然的な力としても現れていたのです。その意味でサムエルを通して力を行使していたのは神であることは明らかであり、まさに神がイスラエルの王として治めていたのです。
しかし、イスラエルは王国となっていきます。王国には徴兵があり常備軍を伴う国家体制が出来上がっていくのです。王はその軍事力の頂点にも立つことになります。つまり純粋にこの世の力を持つことになるのです。世俗的権力を持つことになるのです。だからこそ、世俗的な権力が統治する時代になった時、その権力がいかなる仕方で用いられるかが決定的に大きな問題となるのです。
ですからサムエルは、民から搾取をしなかったこと、不当に抑圧しなかったこと、収賄によって裁きを曲げなかったことについて、自らの潔白を明らかにするのです。王がそのように力を用いてはならないことを示すためです。
さらにサムエルは、権力の行使の仕方を問われる王だけでなく、王を含めすべての民にこれまでの歴史を語り聞かせます。ここで重要な言葉は「さあ、しっかり立ちなさい」という言葉です。「しっかりと立ちなさい」という言葉は、直訳すると、「自らを据えなさい」という言葉です。自分自身をあるべきところにしっかりと据えなくてはならないのです。
それはどこでしょうか。イスラエルの歴史の中にです。彼らが伝えられてきた物語の中にです。その歴史の物語は「救いの御業のすべて」(7節)と呼ばれています。つまり彼らが伝えられてきたイスラエルの物語は神がなされた救いの歴史の物語なのです。その恵みの歴史の中に自分自身をしっかりと据えることがここで求められているのです。なぜなら、そのことが彼らの生き方を決定することになるからです。
これは今日の私たちにおいても非常に重要なことです。私たちが信じている神は、奴隷の民イスラエルをエジプトから導き出された神なのです。荒れ野において彼らを導き、約束の地に入れられた神なのです。イスラエルの物語は私たちの物語です。いやそこで終わりません。私たちが信じている神は、イエス・キリストを十字架にかけて私たちの罪を贖い、死者の中から復活させて死の扉を打ち破られた神なのです。そして聖霊を地上に注ぎ、教会を誕生させ、世界の隅々にまで福音を伝えさせた神なのです。
そのすべての物語は私たちの物語であり、その神こそ私たちが信じる神なのです。その物語の中に、私たちは自らをしっかりと据えなくてはなりません。私たちが、この世の言葉を聞き、この世の物語の中に身を置くのか、それとも伝えられている神の救いの物語の中に身を置くのかによって、私たちの人生の歩みは決定的に違ってくるからです。また、教会の歩みも決定的に違ってくるのです。
ここでサムエルは特に出エジプトとカナンへの定住、そして民の背信と士師を通しての救いの物語を語り聞かせます。出エジプト記から士師記までの物語です。ここに見ますように、サムエルが語った救いの歴史とは、神の恵みの歴史であると同時に、人間の側から見るならば、罪の悔い改めと神の赦しの歴史です。彼らは「主を忘れた」(9節)のです。しかし、彼らは苦しみの中で「我々は罪を犯しました。…我々はあなたに仕えます」(10節)と告白するのです。そして、そこに神の救いの御業が起こります。
そのように神が赦しの恵みを現に表された救いの物語をサムエルは語り聞かせたのです。この歴史の中に、彼らは自らをしっかり据えなくてはなりませんでした。その時に、いかに生きていくべきかが明らかになるのです。彼らは王を求めました。それは彼らの罪でした。彼らは間違いを犯しました。しかし、重要なことは、ただ後悔することではなく、罪を罪として認めた上で、主に立ち帰り、主に仕えることなのです。
それゆえにサムエルは言います。「だから、あなたたちが主を畏れ、主に仕え、御声に聞き従い、主の御命令に背かず、あなたたちもあなたたちの上に君臨する王も、あなたたちの神、主に従うならそれでよい。しかし、もし主の御声に聞き従わず、主の御命令に背くなら、主の御手は、あなたたちの先祖に降ったようにあなたちにも下る」(14‐15節)。そう言った上で、サムエルは天からのしるしを呼び求めて、それを民の御前に現します。それは乾期である小麦の刈り入れの時期に雷雨を降らせるということでした。
民はこのしるしを見て恐れます。彼らは自らの罪を認めて言います。「確かに、我々はあらゆる重い罪の上に、更に王を求めるという悪を加えました」(19節)。それに対してサムエルは「恐れるな」と言います。それは、罪を認めるイスラエルの民に対する神の赦しの宣言に他なりません。新しい歩みは、この神の赦し、神からの「恐れるな」に基づくのです。
その上でサムエルは言います。「今後は、それることなく主に付き従い、心を尽くして主に仕えなさい」と。その勧めには、神の約束が伴います。「主はその偉大な御名のゆえに、御自分の民を決しておろそかにはなさらない。主はあなたたちを御自分の民と決めておられるからである」。
さて、この歴史物語が書かれたのは、既に王国が滅びてしまった後です。25節に「悪を重ねるなら、主はあなたたちもあなたたちの王も滅ぼし去られるであろう」と語られていますが、そのことが実現した後に書かれたのです。民が自らを守るための最善の体制と見えた王制そのものが滅びてしまうのです。しかし、その時でも、彼らには唯一の道が残されていたのでした。それは悔い改めて神に立ち帰り、神の赦しに基づいて、そこから心を尽くして主に仕えて生きる道なのです。サムエルの告別説教は、その真理を、今日の私たちにも語っているのです。
2025年7月30日水曜日
祈祷会用:サムエル記上 12:1~25
2025年7月27日日曜日
「拠って立つ土台は何ですか」
2025年7月27日 主日礼拝説教
聖書:マタイによる福音書 7:24‐29
イエスの言葉を聞いて行うとは
イエス様は今日の箇所でこう言っておられます。「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている」「わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている」と。「これらの言葉」と言われているのは、直接的にはマタイによる福音書5章から7章までの部分、いわゆる「山上の説教」と呼ばれる部分を指していると考えられます。そうしますと、この言葉は、ある意味では驚くべき言葉であるとも言えます。
例えば、「山上の説教」と言えばすぐに思い出すのは、「だれかがあなたの右の頬を打つなら、左の頬をも向けなさい」(5:39)という言葉でしょう。あるいは、「敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」(5:44)という言葉でしょう。あるいは「思い悩むな」(6:34)。これって簡単なことですか。普通に読むならば、「不可能だ」と思わざるを得ないようなことを、イエス様は次々と語っておられるのです。
かつてわたしが学生だったころ、ある人が、「お前はクリスチャンだと言うけれど、右の頬をなぐったら、左の頬を出すのか」と挑んできたことがありました。その時わたしは言いました。「試してみてもいいですよ。」――しかし、私自身は、もしそいつが本当に殴ったら、思い切り殴り返すつもりでいたのです。要するに、当時の私はこのイエス様の言葉が実行可能だとは微塵も思ってはいなかったのです。しかし、それは私だけではなかったと思うのです。皆さんにとってはどうですか。
しかし、そのような言葉について、今日の箇所においてイエス様は、「わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている」と言っておられるのです。イエス様は、はじめから、これが実行可能か不可能かなどということは全く問題にしていないのです。当然、聞くだけに終わらないことを前提として語っておられるのです。
今日の聖書箇所を読みますと、改めて思います。私たちから見ると不可能としか思えないことが、イエス様の目にはまったく不可能と映っていない。それが良く分かります。つまりイエス様の目には、私たちが見るのとは全く違ったものが見えているのです。
例えば、イエス様は言われました。「天の国は近づいた」(4:17)。それはキリストと共に、天の国は来ているのだ、という意味合いです。私たちの目には悲惨なこの世界の現実しか見えないのです。しかし、イエス様の目には、神の国が、神の支配のリアリティがもうこの世界に到来しているのが見えているのです。
また、イエス様は言われました。「こう祈りなさい。『天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。御国が来ますように。御心が行われますように、天におけるように地の上にも』」(6:9‐10)。イエス様の目には、そこにいる弟子たちがもう神の子どもたちに見えているのです。「天の父よ」と呼んで、天に行われていることを地上にも求めることができる神の子どもたちに見えているのです。
さらに言うならば、イエス様は御自分がどこに向かい、何を成し遂げようとしているか分かっているのです。イエス様には、御自分が十字架にかかられ、罪の贖いが成し遂げられるその時が来ることが分かっているのです。いわば、イエス様には、既に罪が贖われた神の子どもたちが見えているのです。もはや天の父との間を隔てるものが何もない、そのような神の子どもたちの姿を見ているのです。
ですから、人から見てどんなに不可能であっても、イエス様から見たら不可能ではないのです。神の子どもたちならば、この世にあって神の子どもたちとして生きることができる。この世にありながら天に属する民として生きることができる。やられたらやり返すのが当たり前のこの世界にあって、敵を愛するということも起こり得る。世界中が思い悩んでいる時であっても、思い悩みから解放されて生きるということが起こり得る。――そうです、イエス様から見るならば、それは全て可能なことなのです。天の父が御自分の子どもたちに望んでいることであるならば、すべては可能なことなのです。
だからイエス様は御自分の言葉によって、神の権威を持った言葉によって、そのような新しい生活へと、神の子どもたちとしての新しい生活へと、弟子たちを、私たちを招かれるのです。それが信仰をもって生きるということなのです。
それゆえに信仰生活には、常に「不可能への挑戦」という側面があるのです。イエス様が見ておられるように神の国の到来を見、イエス様が見ておられるように自分自身を神の子として見、イエス様が見ておられるように教会を神の子どもたちの群れとして見るならば、そのようにイエス様の御言葉を信じるならば、私たちはその信仰に基づいて行動すべきなのでしょう。信仰と行為は切り離し得ないものです。
ヤコブの手紙には「行いの伴わない信仰は死んだもの」(ヤコブ2:26)と書かれています。そのように、イエス様が可能であると見ておられるならば、信仰に基づいて私たちもまた不可能に挑戦するのです。信仰に基づいて、愛し得ない敵を愛することにも挑戦するのです。迫害する者のために祈ることにも挑戦してみるのです。「わたしのこれらの言葉を聞いて行う者」であるとは、そういうことです。
神の御業が現れる時
そして、信仰に基づいて行動する時に、そこにこそ神の御業は現れるのだ、と私たちは聖書から繰り返し教えられているのです。
旧約聖書ヨシュア記6章にこんな話があります。その頃、イスラエルはエリコの町と戦っていました。エリコの町は、堅固な城壁に囲まれていました。そのようなエリコの町を攻略することは、人間の目から見て不可能に見えたに違いありません。しかし、そこで神はイスラエルに、不思議なことを命じられたのです。神はイスラエルの民に、エリコの城壁の周りを一日一回、六日間回るように命じられた。そして、七日目には七周回るようにと命じられたのです。
馬鹿げた話です。しかし、イスラエルの民は、神の言われるとおり、エリコの城壁の周りを一日一回、六日間回り、七日目には七周回りました。なぜですか。神がエリコの町を、既にイスラエルの手に渡しておられると信じたからです。どんなに人間の目に不可能に見えても、神が城壁を打ち崩してくださると信じたからです。だから彼らは信仰に基づいて回り続けたのです。
そして、七日目に神の御業によって城壁は崩れ落ちました。しかし、注目すべきは次の聖書の言葉です。「民はそれぞれ、その場から町に突入し、この町を占領した」(ヨシュア6:21)。たとえ城壁が崩れ落ちたとしても、剣も何も持っていなかったら、突入なんてできないじゃないですか。しかし、彼らはそうでなかった。彼らは重い剣をさげて、重い武具を身につけて回っていたということです。城壁が崩れる時を思い描いて、すぐにでも突入できるように、そのつもりで準備して回っていた。彼らは城壁の周りをまわっていた時、彼らは城壁が崩れることを本気で信じて、いわば不可能に挑戦していたのです。
イエス様が言っている「わたしのこれらの言葉を聞いて行う者」とは、いわばエリコの周りを回ったあの人々のような人のことです。「既に神の国は始まっているのだから、私たちは神の子どもたちなのだから、聞いたことは行うことができると信じます」と言って、不可能の壁の周りをまわるのです。そして、イエス様の御言葉に従い、不可能に挑戦する人は、エリコの城壁のように、不可能の壁が崩れ落ちるようなことを見ることになるのです。
嵐に耐え得る信仰生活とは
そして、そのような信仰生活こそ、嵐に耐え得るものとなるのだと、イエス様は言っておられるのです。それこそが岩の上に建てた家だ、と。
「雨が降り、川があふれ、風が吹いて」という言葉は様々な意味に取れます。それはこの世における様々な試練であるとも言えるし、最終的に誰もが直面しなくてはならない自分自身の「死」の問題であるとも言えるし、終わりの日の裁きであるとも言えるでしょう。洪水や風に象徴されるのは、いずれにせよ、人間の力が及ばない現実です。私たちがこの世に生きる限り、人間の力が及ばない現実は襲って来るのです。そのような力によって、私たちの存在が根底から揺さぶられるような時は来るのです。
もし私たちの信仰生活が、「イエス様の言葉は聞いて知っています」というだけのものならば、そこで嵐に耐えることはできないでしょう。「イエス様の言葉は言葉として良いけれど、現実には不可能だ。聖書の教えは知っているけれど、現実にはそのとおりには行かないよ。」そのように現実には不可能だと言って、エリコの城の周りを回るような小さなことすら実行しようとはしない。そのような信仰生活がいざという時、役に立つのでしょうか。「わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者」とイエス様が表現される信仰生活であるならば、洪水と風によって倒れてしまうことになるのでしょう。
洪水と風によって倒れてしまわないのは、イエス様が見ているように現実を見、イエス様が見ているように自分自身を見、イエス様が見ておられるように教会を見て生きる信仰生活です。神の国が既に到来していること、神の驚くべき大いなる御業の中にあること、私たちはそのような中に生きている神の子どもたちであること。そこに目を向けて、「わたしはイエス様の言葉に従います。神に寄り頼む私たちに不可能はありません」と言いながら生きていく。岩の上に家を建てるとはそういうことです。
「わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった」イエス様はそのような信仰生活を与えようとしておられるのです。しっかり受け取ろうではありませんか。
2025年7月23日水曜日
祈祷会用:サムエル記上 11:1~15
サムエル記上 11:1-15
11章にはアンモン人との戦いにまつわるエピソードが記されております。アンモン人との戦いは、既に士師記11章において、士師エフタに関しての物語として書かれております。イスラエルの東に位置するこの民とイスラエルとの間には絶えず領土争いがあったものと思われます(士師11:13)。
アンモン人のナハシュが攻め上ってきて、ギレアドのヤベシュを包囲しました。ギレアドはヨルダンの東側であり、ガド族の地域です。この時代にアンモンがヨルダンの東の地域への侵略を開始したのは、イスラエル全土に対するペリシテの支配によってイスラエルが弱体化していたためと思われます。
そのような時代に、十二部族の連合体が統一を維持していくのは非常に困難であったに違いありません。既に見てきましたように、サムエルは各地を巡回し、士師としての務めを行っていました。彼が各地を行き巡っていた一つの目的は十二部族の統一を維持することだったのです。
しかし、サムエルも年老いてイスラエル全体を巡回することはもはや不可能となりました。しかも南部を任せた息子たちの汚職が発覚したことは、すでに見てきたとおりです。しかもペリシテの支配はいよいよ大きくなっていった。そのような時代にサムエルの求心力はかなり衰えていたであろうと思われます。
このような時に、問題となるのは地理的な分断です。ヨルダン川の西と東では定住した歴史が違います。ヨルダンの東は、ペリシテの影響を大きく受けることはなかったと思われますが、西側との関係が希薄になることには、別の危険がありました。そして、それが現実となったのです。それがこのアンモンの侵略です。アンモン人にとっては、イスラエルの統一が危うくなっているこの時こそ、失地回復の絶対の好機と思ったことでしょう。
ヤベシュの住民は、当初、アンモンに隷属する契約を結び、その支配下に入って生き延びようといたします。「我々と契約を結んでください。我々はあなたに仕えます」。これは明らかに伝えられてきた神の掟に反することでした。主は言われたのです、「あなたは彼らおよび彼らの神々と契約を結んではならない」(出エジプト23:32)と。しかし、彼らにとって「生き延びること」は、主の掟を守りイスラエルの一部であり続けることよりも、もっと重要なことだったのです。
しかし、アンモンと契約を結んで生き延びようとする企てはすぐに挫折します。アンモン人が法外な要求を突きつけてきたからです。「お前たちと契約を結ぼう。ただし、お前たち全員の右の目をえぐり出すのが条件だ。それをもって全イスラエルを侮辱しよう」(2節)。右の目をえぐり出されるということは、もはや戦闘能力を失うということを意味しました。そして、それはナハシュが言っているようにイスラエルに対する侮辱をも意味したのです。
唯一残されているように見えた解決の道が閉ざされてしまいました。そのことによって、彼らは決定的に窮地に立たされました。しかし、聖書にしばしば見るように、人間の目には決定的な危機と見えることこそが、しばしば神の導きの手段として用いられるのです。そのようにして人は本来立ち帰るべきところへと導かれるのです。先に見たように、ヤベシュの住民はイスラエルの一部であることを放棄してでも生き延びようとしました。しかし、その道が断たれた今、彼らは自分たちがイスラエルの一部族であることにもう一度希望を置かざるを得なくなりました。彼らは一縷の望みをかけて、こうアンモン人に答えました。「七日間の猶予をください。イスラエルの全土に使者を立てます。救ってくれる者がいなければ、我々はあなたのもとへ出て行きます」。
驚いたことに、アンモン人はこの猶予を与えています。アンモン人は、もはやイスラエルが一つとなってアンモン人に対抗できるようになることなどあり得ないと見ていたのでしょう。それが外から客観的に見たイスラエルの状態であったのです。しかし、すべての道が閉ざされたように見える時、主御自身が誰も想像しないような仕方で救いの扉を開かれるのです。主は何をなさったのでしょう。サウルを指導者として立て、そのもとに夥しい人々を集められたのです。その次第を見ていくことにしましょう。
ヤベシュの人々からイスラエル全土に遣わされた使者の一人がベニアミンの地のギブアに到着します。使者はその地の民に事の次第を伝えました。この知らせはたちまちのうちにギブア全体に広まりました。「民のだれもが声をあげて泣いた」と書かれています。これはヤベシュの人々への同情の涙であったに違いありません。
しかし、かと言って、彼らはヤベシュの人々を助けに行くわけでもありません。彼らは自分たちが行っても勝ち目がないことを知っているのです。年老いたサムエルがイスラエルの民全体を統率してヤベシュを助けに行くことなどもはや考えられません。ギブアの民の涙は、自分たちの無力さを悲しむ涙でもあったのです。
そこにサウルが登場します。かつてろばを捜す人として現れたサウルが、今度は牛を追う人として現れるのです。既に10章においてサウルが王として選ばれ、民が喜び叫んで「王様万歳」と言った次第が書かれていました。それを見る限り、既に即位式はなされているのです。にもかかわらず、サウルが牛を追っているというのは奇妙に見えます。しかし、考えてみれば王国としての体制がすぐに整うはずもありませんから、これも無理からぬことでしょう。
しかし、ここに描かれているサウルの描写は、単にまだ王国としての体制が整っていなかったことを語っているのではないのです。なんと、人々が皆泣いている時に、彼は牛を追いながら「何事か起こったのか」と尋ねているのです!これは単に畑にいたから知らなかったという話ではありません。これはサウルがどういう人物であったかを示しているのです。すなわち、このように彼はいつでも時代の出来事には関心のない人、いわば時代の外にいる人として描かれているのです。
ところが、そのような人物が、時代の中心に置かれることになるのです。どのようにして?生ける神の霊が臨むことによってです。「それを聞くうちに神の霊がサウルに激しく降った」と書かれています。このところは丁寧に読まねばなりません。サウルが怒りに燃えたのは、単にヤベシュの人々に同情したからではないのです。神の霊が彼を内側から動かしたのです。つまりそのような形で、神御自身がサウルを時代の中心に投げ込まれるのです。
そして、サウルは立ち上がり、イスラエル全土に使者を送って人々を召集します。民は集まり、一丸となって出陣しました。その数はイスラエルが三十万、ユダが三万であったと書かれています。その巨大な召集軍が誕生したのは、明らかにサウルが指導力において優れていたからではありません。「民は主への恐れにかられ」と書かれているのです。民はサウルを恐れたのではなく主を恐れたのです。つまり民はまさに神御自身によって召集されているような恐れにかられたのです。圧倒的な主の招きに逆らうことができなかったのです。そして、このように神によって集められた軍隊がアンモン人の陣営に突入し、彼らを打ち破ったのでした。こうしてヤベシュは救われたのです。
このように、サムエルが求心力を失った時代に、なおも民が一つとなって立ち上がり、勝利を得ることができたのは、完全に神の御業なのだということが殊更に強調されていることが分かります。既に見たとおり、まだ王国の体制など整ってはおりません。つまり、サウルが王となり、イスラエルが王国になったから、イスラエル軍は一つとなって勝利を得ることができたというわけではないのです。まだ実質的に王国となる以前の勝利なのです。
確かに王国が制度的に整えられていくことは時代の必然であったと言えるでしょう。しかし、彼らが王国となっても決して忘れてならないことは、整えられた王国の制度がイスラエルを一つにするのではない、ということです。そうではなく、神の霊の働きが神の民を一として生かすのです。それは今日の教会も忘れてはならないことであるに違いありません。確かに教会が制度的に整えられることは重要です。使徒言行録に見るように、聖霊は教会の制度を用いられます。しかし、制度が教会を一つにするのではないのです。あくまでも、それを成し遂げられるのは聖霊の働きなのです。
2025年7月20日日曜日
「天の父に求め続けなさい」
2025年7月20日 主日礼拝説教
聖書:マタイによる福音書 7:7‐12
神の国を求めなさい
「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」(7節)。これが今日、私たちに与えられているイエス様の御言葉です。
イエス様は「求めなさい」と言われました。これは「お願いしなさい」という意味の言葉です。ちょうど子どもが親に願い求めるように、天の父に必要なものを願い求める、ということです。「お祈り」が何であるかを知りたかったら、イエス様が他の箇所で言っておられるように、まずは幼子のようになることです。「最終的には自分だけが頼り」なんて淋しいことを言わないで、いつも天の父のことを思いながら生活し、事々に天の父にお願いすることです。パウロもこう言っています。「どんなことでも、思い煩うのはやめなさい。何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい」(フィリピ4:6)。
そのように、主は「求めなさい」「お願いしなさい」と言われました。そう言われれば、願い求めたいものはたくさんあるようにも思います。しかし、物事には優先順位というものがあります。まず最初に願い求めるべきものがあります。それは何か。実は既に先週お読みしたマタイによる福音書6章に書かれていたのです。主は言われました。「何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる」(6:33)と。
まず求めるべきは神の国と神の義です。何を願い求めても良いのだけれど、私たちはこのことを忘れてはなりません。「神の国と神の義を求めなさい」。「神の国」とは「神のご支配」のことです。「神の義」はこの場合は「神の救い」と言い換えてよいでしょう。
実際、「主の祈り」において、私たちは毎週神の国を求めて祈っているではありませんか。「御国を来たらせたまえ(御国が来ますように)」と。私たちは「御国に入れてください」と祈っているのではありません。「御国が来る」ことを祈り求めているのです。神の支配が来ることです。救いが来ることです。それは言い換えるならば、「御心が天になるごとく地にもなさせたまえ」ということです。神が御支配くださり、神の御心が地上に成ることを祈り求めているのです。
イエス様が言われるように、天には御心が成っているのです。しかし、地上には実現していません。人間が憎みあい、殺し合っているこの世界は、明らかに神の御心が実現している世界ではないし、神の国でもありません。私たちの職場は、私たちの家庭は、どうでしょう。子どもたちの通う学校はどうでしょう。天に神の御心が実現しているように、この地上に実現していますか。いいえ、明らかに御心に反することが行われている現実がそこにあります。
そのような悲惨なこの世界について、それはあなたがたの責任なのだから、あなたがたの手でなんとかしなさいとイエス様は言われないのです。「求めなさい」と主は言われるのです。「御国を来たらせたまえ」と祈り求めたらよいのだ、と。
ならば、私たちは求めるべきなのです。私たちの人生に「御国が来ますように」と祈り求めるべきです。神の国が来て、私たちを罪から解き放ち、私たちの生活を変えてくださるように、神の愛の光が満ち溢れた生活へと変えてくださるように、祈り求めるべきなのです。同じように、私たちの家庭についても「御国が来ますように」と祈り求めるべきなのでしょう。共に神を礼拝し、神を愛し互いに愛し合う家庭となるように、家族が救われることを祈り求めるべきなのでしょう。
もちろん、教会にも「御国が来ますように」と願い求めるべきです。教会こそ変わらなくてはなりません。神の支配が現れ、神の御心が実現していくところとならねばならないのでしょう。そして、私たちはこの世界に、「御国が来ますように」と祈り求めるのです。最終的にキリストの再臨と共に、この世界に神の支配が打ち立てられ、神の救いが完成することを祈り求めるのです。
そうです、私たちは神様にお願いすべきなのです。求めるべきなのです。「求めなさい。そうすれば与えられる」と主は言われるのですから。そもそも問題は求めないところにあるのです。この世の様々な問題についても、あれこれと論じているばかりで、あるいは他の人を責めるばかりで、私たち自身が一向に父なる神に真剣に求めようとはしない。それこそが問題なのであって、本当の問題は私たちの無力さにあるのでも、努力の欠如にあるのでもないのです。信じて祈ろうとはしない。求めない。そこにこそ私たちの本当の問題があるのです。
求め続けなさい
そして、さらに言うならば、イエス様が言っておられる「求めなさい」という言葉は、「求め続けなさい」という意味合いの言葉なのです。イエス様は、失望することなく、倦むことなく祈り続けることの大切さを弟子たちに繰り返し教えられました。なぜでしょう。時として神様の御業は全く進んでいないように見えるからです。また、しばしば逆行しているかのように見えるからです。そのことについて、イエス様は人が聞いて納得するように、説明しようとはされませんでした。イエス様は、ただ父を信頼して祈り続けるようにと教えられたのです。
主は言われました。「あなたがたのだれが、パンを欲しがる自分の子供に、石を与えるだろうか。魚を欲しがるのに、蛇を与えるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない」(9‐11節)。そのように、諦めないで祈り続けるために必要なことは、神を「良い物をくださる」善き父として信じることです。
実際、私たちが諦めないで祈り続ける時、その祈り続けるプロセスの中で、既に天の父からの「良い物」を受け取り始めているのです。そのことを私たちはしばしば経験するのです。その最も大きな一つは何でしょう。祈り続ける時に、神に向かい続ける時に、祈っている私たち自身が変えられていくということです。教会が熱心に祈り始める時、その教会自身が変えられていくのです。キルケゴールは言いました。「祈りは神を変えるのではなく、祈る者を変えるのだ」と。まずこの良き物が与えられるのです。
例えば、主は続けて、「探しなさい。そうすれば、見つかる」と言われましたでしょう。そのように祈り続ける中で、私たちは「探す人」になっていくのです。「探す」という言葉は、「尋ね求める」と訳せる言葉です。誰を尋ね求めるのでしょう。――神様御自身です。
かつて預言者エレミヤは言いました。「そのとき、あなたたちがわたしを呼び、来てわたしに祈り求めるなら、わたしは聞く。わたしを尋ね求めるならば見いだし、心を尽くしてわたしを求めるなら、わたしに出会うであろう、と主は言われる」(エレミヤ29:12‐14)。
私たちは当初は「祈ることによって何が起こるのか」ということにしか関心がないかもしれません。しかし、祈り続ける中で、私たちは「何かを」ではなく、心を尽くして「神御自身を」求めるようになるのです。そして、神様と本当の意味で出会うのです。
さらにイエス様は「門をたたきなさい。そうすれば、開かれる」とも言われました。そのように祈り続ける中で、私たちは「門をたたく人」にもなっていくのです。神様と出会い、神様をまことの父として知っていき、その父こそが現実の門を開いてくださる御方であることを知っていく時、人は自らの手で「門をたたく人」になっていくのです。すなわち、そこに具体的な行動が生まれるのです。神が開いてくださることを信じて、できることから始める人となるのです。その人は勇気をもって自分の為しえる具体的な一歩を踏み出す人に変えられるのです。
それは同じ行動を起こすのであっても、自分の力で門をこじあけようとする行動とは明らかに異なります。自分の力で「門をこじ開けよう」とすれば、そこには苛立ちが生じます。焦燥感にかられます。しかし、門をたたく人は、そうではありません。そこには期待と待望あります。それに伴う喜びがあります。門を開けるのは自分ではなく神様であることを知っているからです。だから、門をたたき続けることができる。
そのように祈り続ける中で、私たちは変えられていきます。既に良き物を受け取り始めているのです。そして、やがては天において成っているすべての良きことが地上においても完全に実現することを期待して、喜び待ち望むのです。
そして、私たちは最後に、とても大事な事実に目を向けなくてはなりません。すなわち、「求めなさい」と言われたイエス様は、自ら父に求めて、御心が天になるごとく地にもなることをひたすら求めて、そのために自らを献げて十字架へと向かわれたということです。
「まして、あなたがたの天の父は、求める者に良い物をくださるにちがいない」とイエス様は言われました。これは本当は驚くべき言葉なのです。どうして神が私たちの「天の父」なのですか。どうして「天の父」と呼べるのですか。この地上において、神をないがしろにし、神の御心に逆らって生きてきた私たちが、どうして事も無げに神を「天の父」と呼べるのですか。本来ならば、「良い物をくださるにちがいない」ではなくて、「あなたたちは自らの罪に相応の報いを受けるに違いない」と言われても仕方がないのでしょう。そのような私たちが、安心して神を「天の父」と呼ぶことができるのはなぜですか。それは一重にキリストが私たちの罪を贖ってくださったゆえなのです。
いわば、キリストは御自分の命を献げて、私たちが「天の父よ」と祈れるようにしてくださったのです。「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。」この言葉には、キリストの命の重さがかかっているのです。そのような言葉を、私たちは与えられました。どうしたらよいのでしょう。父に求めるべきなのでしょう。神の国と神の義を求めて生きるべきなのでしょう。御心が天に成るごとく地にも成ることをひたすら求めて生きるべきなのでしょう。キリストが十字架にまでかかってくださったのに、私たちは簡単に諦めてよいのでしょうか。祈ることに倦み疲れていてよいのでしょうか。良いはずがありません。求め続けましょう。探し続けましょう。門をたたき続けましょう。
2025年7月16日水曜日
祈祷会用:サムエル記上 10:1~27
サムエル記上 10:1-27
今日は10章をお読みしました。前半は前の章からの続きです。サウルは政治的な事柄にも宗教的な事柄にも全く無関心な人物として登場します。彼には政治的な野心も崇高な宗教的ビジョンもなく、イスラエルのリーダーとなる自信も経験もありませんでした。しかし、必要なものを全く備えていないこの人物こそ、まさに神が王となるべく選んだ器だったのです。
その神の選びの計画の中で、サウルがサムエルと出会います。サウルからすれば、それは全くの偶然の出来事でした。サウルはいなくなったろばを求めてたまたまサムエルのいる町に着いたのです。しかし、すべては神の計らいの中にあったのでした。サウルは偶然辿り着いた町における祭儀的な食事に自分の席が用意され、自分の食事が取り分けられていたことを知ることになります。
それはまさにしるしでした。神がサウルの人生に用意していることがあることを示すしるしだったのです。彼が求めていたのはいなくなった「ろば」でした。しかし、主がサウルのために備えていたのは、彼が求めていた「ろば」ではなく、まったく別のことでした。それは何か。10章に入って、ついにサウルに対して明らかにされることとなるのです。
町外れまでサウルに伴ったサムエルは、「従者に、我々より先に行くよう命じ、あなたはしばらくここにいてください。神の言葉をあなたにお聞かせします」(9:27)と言いました。従者が先に行くと、サムエルはおもむろにサウルの頭に油を注いで、「主があなたに油を注ぎ、御自分の嗣業の民の指導者とされたのです」(1節)と宣言したのです。そして、それが神によることを確証する三つのしるしについて語ったのでした。
第一は、ラケルの墓の脇で二人の男に出会い、彼らが「あなたが見つけようと出かけて行ったろばは見つかりました」と語る、というものです。第二はベテルに神を拝みに上る三人の男との出会いです。彼らは二個のパンをサウルに渡します。そして、第三は主の霊が激しく降るというものです。
この最初の二つのしるしが実現したことについては、特に述べられてはおりません。9節において「以上のしるしはすべてその日に起こった」という言葉の中に、その実現が示唆されているだけです。詳細に描かれているのは、第三のしるしの実現です。つまり、これこそがこの箇所において最も重要なこととして語られているのです。
第三のしるしが起こる場はギブア・エロヒムです。これは26節にありますように、サウルの家があった場所です。しかし、ここではわざわざ「ペリシテ人の守備隊がいる」と説明されています。ギブアというのは「丘」という意味ですが、その名のとおり、その地は高いところにありました。標高1100Mくらいです。ここにペリシテ人の守備隊がいるという記述から、当時の状況を知ることができます。
ペリシテ人は海の方から渡ってきた民ですから、専制君主たちが治める都市国家は比較的海に近い低地にありました。しかし、この時点においては、既に標高の高い部分にまでペリシテ人の支配が及んでいることが分かります特にペリシテ人の守備隊が置かれているギブアは、政治的にも緊張をはらんだ地であることが分かります。
そこに聖所がありました。古代の世界においては、戦争は常に宗教的な事柄ですから、聖所は軍事的な意味合いをも持っているのです。それが置かれている場所は軍事的な要所なのです。その聖所から預言者の一団が下って来ると予告されました。
当時の預言者団の特徴は、楽を奏でながら神の霊に満たされて語るところにあります。「預言する状態になっている」と訳されている言葉は、そのような神の霊に支配された状態を意味しています。しかし、既に申しましたように、これは軍事的政治的な意味をも持っているのです。ある人はこれを反ペリシテのデモ行進と見ています。実際、それは十分に考えられることです。
ここで重要なことは、主の霊がサウルに降り、「彼らと共に預言する状態に」なったことが殊更に書かれている点です。既に見てきましたように、彼はそのような緊迫したギブアにいながら、時の指導者サムエルを知らなかったという、まことに時代状況に無頓着な人物でした。そのサウルがどうして王として立ち上がり、戦いの指導者となっていくのか。聖書は、それはただ主の霊が降ったからだ、と説明するのです。そのことを聖書は「別人のようになる」(6節)あるいは「神はサウルの心を新たにされた」(9節)と表現しているのです。
人間の熱意と計画とが時代を動かすことは、社会においても教会においても確かにあるのでしょう。しかし、それが全てではありません。人間の熱意や計画とは全く関係なく事が進められることがあるのです。純粋に神の介入によって事が動いていく。予想もしなかった方向に事が進んでいく。そのようなことがあるのです。「サウルもまた預言者の仲間か」ということわざは、そのような思いも寄らない神の介入を表現したものです。しかし実は、これはここで初めて出てくることではなく、既に士師記において繰り返されてきたイスラエルの伝統的なものの見方なのです。
サムエルはサウルに「これらのしるしがあなたに降ったら、しようと思うことは何でもしなさい」(7節)と告げました。しかし、それはあくまでも「神があなたと共におられる」という理由によることでした。だから大事なことは「神があなたと共におられる」ように「あなたも神と共にいる」ということなのです。すべてが神によって始められたことを認めて、神に信頼し、神と共にあることなのです。
それは場合によっては「待つ」ということをも意味します。しかし、「待て」という命令に服することは、「何かをせよ」ということ以上に難しいものです。これがサウルにとってこれが最初の試練となり失敗となります。13章に至ってそのことが明らかになります。ちなみに8節は括弧で囲んでおいたほうがいい言葉です。時間的な流れから言えば、これは本来は13章にあるはずの文なのです。しかし、前後の脈絡を破ってここにあえて挿入されているのは、「何でもしなさい」という言葉と共に、そこに伴う危険が暗示されているのでしょう。それは時として主に信頼して「待つ」ということでもある、主への従順が前提とされているのです。
17節以下には、8章においてなされた王を与えよとの要求に、サムエルが応えて王を立てる過程が描かれています。初めに、王の擁立が本来の神の御心ではないことが、再び明らかにされています。その上で、全部族の中からくじで王となる人物が選び出されることになります。
くじはしばしば神意を尋ねる方法として聖書に出てきます。このくじ引きの結果、サウルが選ばれます。印象的なのは22節と23節の記述です。「『見よ、彼は荷物の間に隠れている。』人々は走って行き、そこから彼を連れてきた」。ここにおいても、生来のサウルが王として決して相応しい勇者ではなかったことが強調されています。彼が勇者でありえるとするならば、それは神の霊によるのです(11章)。また、彼に従った人々も、「神に心を動かされた勇士たち」であったことが書かれております。神が彼のためにこれらの人々を備えられたのでした。
しかし、これらの勇士たちの存在は、歴史的に見るならばやがて職業軍人層を形成していくことになります。サウルがどのようにこの職業軍人層を形成していったかについては、14章に記されています。「サウルの一生を通して、ペリシテ人との激戦が続いた。サウルは勇敢な男、戦士を見れば、皆召し抱えた」(14:52)。これは王国形成に伴う当然の成り行きでありました。しかし、人間の作った体制によって国家の安定を図ること自体は、大きな問題をも孕んでいたのです。
2025年7月13日日曜日
「神を仰いで今日を生きる」
2025年7月13日 主日礼拝説教
聖書:マタイによる福音書 6:25‐34
思い悩むな
「思い悩むな」。そうイエス様は言われます。「自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな」と主は言われるのです。
今はとりあえず食べ物があるし、飲み物もある。しかし、食べればなくなります。無くなったら食べるものを得なくてはなりません。明日、あるいはその先に、何を食べたらいいのだろう。はたして生きていけるのだろうか。そのような心配が起こります。
今はとりあえず裸ではありません。しかし、着飾らなくてはならない場面になれば、今着ているものでは間に合わなくなります。他の着物を得なくてはなりません。いったい何を着たらよいのかという心配が起こります。
そのように「思い悩み」というものは、未来に関わっています。だからイエス様は特に「明日のことまで思い悩むな」と言われたのです。それはイエス様の目の前にいた人たちだけでなく、時代的にも文化的にも異なる、ここにいる私たちにしても同じです。思い悩みの種類は違うかもしれません。必ずしも食べるものや着るもののことで思い悩んでいるわけではないかもしれない。しかし、明日のこと、未来のことについて思い悩んでいる姿は、あの時、あの場所にいた人々と変わりません。
しかし、そのような私たちに「思い悩むな」と語ってくださる方おられます。私たちが信じているイエス様は、「明日のことまで思い悩むな」と言ってくださる方なのです。本気でこういうことを言ってくださる方がいるというのは嬉しいことです。
もっとも言葉だけなら、似たようなことを言う人は私たちの周りにもいるかもしれません。「先のことばかり心配しなさんな。なるようにしかならないんだから」と。それはそれでありがたいことではありますが、イエス様が「思い悩むな」と言われるのは、それとは意味合いが全く違うのです。
イエス様はこう言われたのです。「空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めることもしない」(26節)。なるほど、種を蒔いたり、倉に収めたりというのは、未来を想定しての作業です。鳥は基本的にそういうことはしない。未来を考えて生きるというよりも、今を一生懸命に生きていると言えるでしょう。ですから、「鳥を見なさい。今を一生懸命に生きているじゃないか。君も今を力一杯生きたらいいんだ。先のことばかり心配しなさんな」という教訓話もあり得ます。イエス様でなくても、このくらいのことを言う人はいくらでもいるでしょう。
しかし、イエス様が言おうとしている大事なことは、実は、その先にあるのです。「だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか」。――そのように、イエス様は、本当は鳥について話したいわけではないのです。そうではなくて、天の父について話しておられるのです。「思い悩むな」と言って、本当は鳥を指し示しているのではなくて、私たちに天の父を指し示してくださるのです。
皆さん、聖書を読むとよく分かるのですが、イエス様は、神の存在について議論していることは一度もないのです。そうではなくて、神の子として生きる姿を見せてくださっているのです。神の子として、天の父と共に生き、天の父に信頼し、天の父に感謝して生きている姿を、見せてくださっているのです。そのような神の子が、私たちに「天の父」を指し示して、そして言われるのです。「思い悩むな」と。
あなたがたの天の父
いや、イエス様はただ「天の父」について語ってくださっただけでなく、「あなたがたの天の父は」と言ってくださったのです。「あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる」と。また後の方ではこうも言っています。「あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである」(32節)と。
「あなたがたの天の父は」ってどういうことですか。それは「あなたがたは神の子どもたちだ」と言っているのと同じではありませんか。イエス様は天の父との交わりを見せてくださいました。そのように、信仰に生きる生活を見せてくださいました。そして、天の父と共に生きる生活へと、弟子たちを招いてくださったのです。そして、主はここにいる私たちをも招いてくださっているのです。
だから、礼拝では毎週、「主の祈り」を祈るのです。今日も後ほどみんなで祈ります。その最初は、「天にまします我らの父よ」という呼びかけなのです。信仰をもって生きるとはそういうことなのです。イエス様と同じように、神を「天にまします我らの父よ」と呼びながら生きるのです。すなわち、天の父の子どもたちとして生きるのです。
いや、イエス様はそのような祈りを与えてくださっただけではありません。「あなたがたの天の父は」と言ってくださっただけではありません。今日はマタイによる福音書の6章をお読みしましたが、この先をずっと読んでいきますと、やがてイエス様が十字架におかかりになる場面に行き着くのです。
イエス様が十字架にかかられたのは、天の父と私たちとの隔てが完全に取り除かれて、私たちが真に神の子どもたちとして生きられるようになるためでした。すなわち、神に背いて生きてきた私たちのすべての罪を自ら背負って、十字架にかかって、私たちの罪の負い目を完全に取り去ってくださったのです。私たちは罪を赦された者として、ためらうことなく、「天にまします我らの父よ」と祈ることができるのです。
そのように、イエス様が私たちの罪が赦されるために、私たちの救いのために、十字架への道を歩まれたのは、天の父が私たちをどのように見ているかを知っておられたからです。「あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか」と。私たちは、ある程度長く生きていれば、自分が全く価値のないもののように思えたり、自分なんて存在しない方がよいように思えたりするという経験は、一度ならずともするものなのでしょう。
しかし、私たちが自分をどのように見ようとも、私たちの目にどれほど無価値に映ろうとも、天の父は私たちを価値ある存在として見ていてくださるのです。天の父の子どもたちですから。「あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか」私たちは既に天地を創造された神、王の王なる御方の子どもたちです。だから主は言われるのです。「思い悩むな」と。
信仰の薄い者たちよ
そして、もう一つ、今日の聖書箇所には、主が語られた、とても嬉しい言葉があります。それは「信仰の薄い者たちよ」(30節)という言葉です。皆さん、意外だと思われますか。しかし、実はこれは私たちにとって、とても喜ばしい言葉なのです。
皆さん、この世に生きる限り、思い悩みの種はいくらでもあるのです。未来のことについて、心配し始めたら切りがない。家庭の問題、仕事の問題、様々な人間関係、病気のこと、などなど。心配を解決するためには、満たされなくてはならない必要が山ほどあるのでしょう。その一つ一つの必要を満たして行って、問題の一つ一つを取り除いていかなくては思い悩みは解決しないのです。
しかし、実際には、そのように、一つ一つ必要を満たし、一つ一つ問題を取り除いていかなくては思い悩みから解放されないとするならば、もはや絶望的としか言いようがないではありませんか。だいたい、一つ思い悩みを始末したと思っても、また別なところから思い悩みが雑草が生えてくるのですから。
しかし、皆さん、イエス様はそういう個々の事柄が問題なのではない、と言われるのです。「何を食べようか」「何を飲もうか」「何を着ようか」という個々のことを解決していけばよいのではない、と言われるのです。それは異邦人、すなわち信仰のない人たちがすることだ、と。イエス様に言わせれば、これは信仰の問題なのです。だから「ああ、信仰の薄い者たちよ」と主は言われるのです。
ならば希望があるではありませんか。「信仰の薄い者たち」と書かれていますが、原文では「信仰が小さい」と書かれているのです。今の信仰が小さいならば、信仰が成長して大きくなることを求めたら良いだけの話です。必要なものは山ほどあるように見えるかもしれない。しかし、思い悩まないで生きるために、本当に必要なのは、それだけなのです。信仰が成長して大きくなることを求めることです。
しかも、大きい信仰って、どれくらい大きければよいのだと思いますか。イエス様はこの福音書の後のほうで、こんなことを言っておられます。「はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない」(17:20)。そのように、「からし種一粒ほど」で良いのだとイエス様は言われるのです。
イエス様の言われる、「信仰の薄い者たちよ」という言葉を大いに喜びましょう。私たちにはなお希望があると言って喜びましょう。「わたしは信仰が薄いからダメなんだ」なんて言って落ち込む必要はありません。そもそもダメな人間などいないのです。成長の途中にある人間がいるだけの話です。信仰が小さいならば、大きい信仰を求めたらよい。からし種くらいで良いってイエス様は言われるのですから。からし種はとても小さいものです。でも、それで良いって言われるのですから、今日から求め始めたらよいのです。
2025年7月9日水曜日
祈祷会用:サムエル記上 9:1~27
サムエル記上 9:1-27
8章は、イスラエルが王制へと移っていくことに関して、極めて否定的に描いておりました。ところが、実際に王が選ばれていく9章以下においては、王制への移行がむしろ肯定的に描かれていることに驚かされます。
これはしばしば、もとの史料の違いによって説明されてきました。確かに、そのようなこともあろうかと思います。しかし、たとえ互いに異なる伝承からの二つの物語であるにせよ、今、私たちが手にしている聖書において、あえてそれらがそのまま並記されていることは重要です。聖書はあくまでも事柄の二面性を二面性のままに残しているのです。これは聖書的なリアリズムであると言えるでしょう。物事には確かに肯定的に評価できる側面と否定的に見なくてはならない側面とがある。その両方にしっかりと目を向けておかなくてはならないということなのでしょう。
さて、この章にはサウルという男が登場してきます。ベニヤミン族の出身です。父はキシュという勇敢な男でした。その息子であるサウルについては、次のように描かれています。「彼(キシュ)には名をサウルという息子があった。美しい若者で、彼の美しさに及ぶ者はイスラエルにはだれもいなかった。民のだれよりも肩から上の分だけ背が高かった。」この男が後にイスラエル初代の王となる人物です。古代世界においては、美しさや背の高さは、それ自体が大きな賞賛の対象となります。なるほど見てくれだけは王に相応しい。しかし、そのような描写に続く一つのエピソードは、王となるべき人間に必要と考えられる素養を彼は何一つ持ち合わせていなかったことを示しているのです。
こんな話です。あるとき、サウルの父キシュのろばが数頭いなくなりました。(ろばは当時においては貴重品です。キシュの家が裕福な家であったことが伺われます。)そこでキシュはサウルに若い者を一人連れて捜しにいくことを命じます。サウルが住んでいたのはギブアという町でした(10:26)。彼はろばを探し回ってエフライムの山地を越えてツフの地にまで至ります。数十キロ離れているツフまで山地を越えて三日間も探し回っていたというのは、確かにちょっと誇張が過ぎるきらいはあります。しかし、彼がツフまでやってきたということは物語の展開においては重要な意味を持つのです。ツフの地にはサムエルが住んでいる町、ラマがあるからです。
さて、ツフの地でのサウルの振る舞いから、彼がそこに住むサムエルを全く知らないということが明らかになります。むしろ召使いの若者の方が良く知っているのです。「ちょうどこの町に神の人がおられます。尊敬されている人で、その方のおっしゃることは、何でもそのとおりになります。その方を訪ねてみましょう。恐らくわたしたちの進むべき道について、何か告げてくださるでしょう」(6節)。そう提案しているのは若者の方です。実際、サウルはサムエルに会っても分からないのです。「城門の中でサウルはサムエルに近づいて、彼に言った。『お尋ねしますが、先見者の家はどこでしょうか』」(18節)などと実にとぼけたことを本人に聞いているのです。
これはまことに驚くべきことと言わざるを得ません。というのも、7章においてサムエルはベニヤミンの地を中心とした士師として活動したことが記されているからです。そして、イスラエルの長老たちは、ペリシテ人たちの脅威がいよいよ大きくなるにおいて、ラマのサムエルのところに集まり王を要求しているのです。そのようなイスラエルの歴史を画する出来事が起こっているというのに、サウルはサムエルという存在も知らないし、イスラエルが王国になろうがなるまいが、彼は全く無関心だったのです。
いや、彼は政治的な事柄に無関心であっただけではありません。宗教的な事柄についても全く関心を持っていないことが分かります。サムエルは、ここで「神の人」と呼ばれていますでしょう。シロの聖所が崩壊した後、ラマには当時の中心的な聖所の一つが置かれていたのです。しかし、サウルは、神の人としてもサムエルを知りませんでしたし、今日の箇所に見るように、そこに行われている祭儀についてもまったく無知であったのです。
このように、サウルは政治的にも宗教的にも、家のろばのことほどには関心を持っていない者として登場してくるのです。恐らく裕福な家の息子であったサウルにとって、ペリシテ人の圧迫は生活を脅かすほどの切実なものではなかったのかもしれません。いずれにせよ、彼にとっては、イスラエルが王国になるかどうかはどうでも良いことでした。彼には、政治的な野心もなければ、宗教的な崇高なビジョンもなければ、イスラエルのリーダーとなる自信もなければ、戦いの経験もなかったのです。どう見ても王となる資質はまったくありません。しかし、これが神の選ばれた人だったのです。確かにそうなのです。
ある意味で、これは聖書に繰り返し現れるテーマであると言えるでしょう。人間の目からみて弱い者、小さい者、相応しからぬ者、どう考えても必要なものがそろっていないと見える者を、主はあえて選ばれるのです。そして、主はあえてそのような人を用いられ、主の御業を現されるのです。
その後の展開は、まさにサウルがあずかり知らぬところで、主が先回りしておられることを伝えています。主が先回りしてすべてを備えておられるのです。サウルは従者の若者の提言によって神の人に会うことにしました。しかし、手土産がありません。ところが、若者がたまたま四分の一シェケルの銀を持っていたのです。そうです。《たまたま》持ち合わせていた。そして、町に通じる坂で娘たちに問うと、ちょうどタイミング良く、サムエルがラマに来ていけにえが捧げられる日でありました。しかも、今行けば間に合うと言います。これも《たまたま》そうだっただけの話です。既に食事が始まってしまっていたら、そこには招かれた者しか入れませんから、会うこともできないでしょう。そして、なんと!彼らが町に入って行こうとした時に、最初に出会った人物が、他ならぬサムエルだったのです。
すべて人間の目から見るならば偶然です。少なくともサウルはそう思ったことでしょう。しかし、そうではなかったことが、15節以下において明らかにされることになるのです。サウルが来る前日、主はサムエルにこう言っておられたというのです。「明日の今頃、わたしは一人の男をベニヤミンの地からあなたのもとに遣わす。あなたは彼に油を注ぎ、わたしの民イスラエルの指導者とせよ。この男がわたしの民をペリシテ人の手から救う。民の叫び声はわたしに届いたので、わたしは民を顧みる」。
やがてサウル自身が、すべては偶然ではないこと知ることになります。彼に備えられているものがあることを順次知らされていくのです。まず、サウルは、最初に出会って尋ねた人こそ、他ならぬ神の人であることを知らされます。しかも、招かれているはずのない聖所の食事に、自分の場所が用意されていることを知らされるのです。サウルは自分のために取り分けられていた最も良い食事にあずかります。
これら一連の出来事は、一つのことを明確に指示している象徴的な出来事であったと言えます。すなわち、彼の人生にもまた、彼の想像もしていなかったことが神の御手によって備えられていることを示しているのです。そして、次の日、彼はサムエルによって油を注がれ、主がイスラエルの民の指導者として彼を立てたことを知らされることになります。彼が求めていたのはいなくなった「ろば」でした。しかし、主がサウルのために備えていたのは、彼が求めていた「ろば」ではなく、まったく別のことだったのです。
「人生は課題(Aufgabe)である前に神の賜物(Gabe)である」とはある神学者の言葉です。人生とは人間が建て上げていくものではなく、それ以前に、神によって備えられている賜物なのです。それが神によって賜物として備えられ与えられているゆえに、そこでまた人生が課題ともなるのです。神が与えられるものをどう受け止め、どのように生きるのかが課題となるのです。サウルは生来のものをもって王とされるのではありません。王としての人生は神からの賜物でした。しかし、同時に、そこで王としてどのように生きるかが課題となるのです。与えられた恵みにどう応答して生きるかが問われるのです。
2025年7月6日日曜日
「善き行いは、恵みを知るところから」
2025年7月6日 主日礼拝説教
聖書:コリントの信徒への手紙二 8:1-7
他の人々に触発されて
今日の第二朗読ではコリントの信徒への手紙(二)の8章が読まれました。この8章と9章には、実は「募金」の話が書かれているのです。それは、貧しいエルサレムの教会を助け支えるための募金でした。今日の聖書箇所でも、「聖なる者たちを助けるための慈善の業と奉仕」(4節)と表現されています。
パウロの内には、貧しいエルサレムの信徒たちを助けたいという熱烈な思いがありました。しかし、貧しい教会を助けるだけでなく、実はこの募金にはもう一つの大きな意味があったのです。それは、この募金を通して、主にユダヤ人から成るエルサレムの教会と主に異邦人から成る各地の教会を結びつけることでした。異なる背景を持つ教会が一つとなるために、この募金には大きな意味があるとパウロは感じていたのです。
しかし、現実には、その募金の業は順調には進まなかったようです。それゆえに、この8章と9章には募金の話が書かれているのです。それが今日の箇所の背景です。さて、募金の業が停滞してしまった時に、パウロはどうしたのでしょう。今日の箇所をご覧ください。彼はまず、他の諸教会の話を持ち出したのです。マケドニア州の諸教会、すなわちフィリピの教会ややテサロニケの教会の話を始めるのです。
「兄弟たち、マケドニア州の諸教会に与えられた神の恵みについて知らせましょう。彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです。わたしは証ししますが、彼らは力に応じて、また力以上に、自分から進んで、聖なる者たちを助けるための慈善の業と奉仕に参加させてほしいと、しきりにわたしたちに願い出たのでした」(1‐4節)。
「神の恵みについて知らせましょう」と言っていますが内容は募金の話です。実は4節で「慈善の業」と訳されているのも同じ「恵み」という言葉です。6節においても、同じ「恵み」という言葉が、「慈善の業」と訳されています。なぜ「恵み」という言葉を用いているのかについては後で触れますが、それはともかく、極度の貧しさの中にあったマケドニアの諸教会においてさえ、募金が始まった話をパウロはコリントの教会に聞かせるのです。マケドニアの諸教会が、強いられてではなく、自分から進んで「参加させて欲しい」としきりに願い出たという話を、コリントの教会に聞かせているのです。
実は、9章を読むと分かるのですが、パウロは逆のこともしているのです。マケドニアの諸教会にコリントの教会の話をしているのです。こう書かれています。「わたしはあなたがたの熱意を知っているので、アカイア州では去年から準備ができていると言って、マケドニア州の人々にあなたがたのことを誇りました。あなたがたの熱意は多くの人々を奮い立たせたのです」(9:2)。
さて、このような話を読んでどう思いますか。「募金」と書かれていますけれど、これは教会の中での話しですから、意識としては当然神に献げる「献金」なのです。そのような「献金」を勧めるに当たって、他の人たちが熱心に献げていることについて語るというのは、どうなんでしょう。一面において、とても人間臭い小細工に見えなくもありません。
しかし、パウロはそのような人間臭い話を堂々とするのです。つまり、そのような面を否定しないのです。実際、募金にせよ献金にせよ、横を見ながら献げるという一面はあるのでしょう。もちろん、それでは純粋な献金にならない。そのようなものは偽善だ不純な行為だと正論を吐くことはできるかもしれない。しかし、パウロはそうは言わないのです。大まじめに他の人の話を持ち出すのです。
さて、ここでは募金の話ですが、このことは人間の行うあらゆる「善き行い」についても言えるのだと思います。そこには他の人に影響されたり、あるいは他の人の姿に触発されたり、「わたしもあの人のようになりたい」と思って行うという面は必ずあるのでしょう。人間の行為である限り、人間の間の相互作用は必ずあるのです。パウロもそれが分かっている。だから否定しないのです。
しかし、人間の「善き行い」には、そのような側面があるからこそ、大事なポイントをきっちりと押さえておく必要があるとも言えるのです。ただ人間のことだけを考えていてはならない。人の方だけを向いていてはならない。パウロはよく分かっているのです。だからこそ大事なポイントは外さない。それが良く表れているのが、今日の朗読箇所のすぐ後に出てくる8章9節です。そこでパウロは、いきなりキリストについて語るのです。今日の箇所を理解する上で大事なので、そこも見ておきましょう。
キリストの恵みを知るゆえに
パウロは言います。「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています。すなわち、主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです」(9節)。
「主は豊かであったのに」とはどういうことでしょうか。イエス様が生まれたところは馬小屋でした。主が育った家庭は決して豊かではありませんでした。主が弟子たちとともに宣教の働きをしていたときでさえ、「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子には枕するところがない」と言っていました。この世的に見るかぎり、主が豊かであったことは一度もありませんでした。それでもなお、聖書は「主は豊かであった」と語るのです。
なぜでしょう。聖書はキリストの生涯を馬小屋から始まったものと見てはいないからです。その前があるのです。主は父なる神と共におられた御子なる神なのです。御子なる神があえて天の栄光を捨てて貧しくなり、この世に来られたのです。ですから、「貧しくなった」というのは、単にこの世において貧しい生活をされたという意味ではないのです。神が人間になられたということです。人間となられてこの世に来られるということです。それは、神にとって究極の貧しさを意味するのです。
そして、「主が貧しくなられた」とは、単に人間としての様々な制約のもとに置かれるということだけではありませんでした。人間となることの貧しさは、人間が罪ある存在だということに関わっているのです。
聖書は人間の罪を一万タラントンの借金に喩えて語ります(マタイ18:23以下)。それは莫大な返済不能な借金です。そのように、私たちは皆、償いきれないものを負っているのだ、というのです。償いきれない罪の数々を神に対しても、また人に対しても負っているのです。人間であるとはそういうことなのです。
キリストはこの世に来られ、そのような人間の一人になられました。キリストは罪のない方ですから唯一負債のない人間であったと言えるでしょう。しかし、そのキリストが私たちすべての人間の罪を代わりに負ってくださったのです。キリストは私たちの負債を代わりに負って死なれたのです。キリストが負債者になってくださった。そこまで貧しくなってくださった。それは私たちのためでした。だから「あなたがたのために貧しくなられた」と語られているのです。
それは私たちが罪を赦され、救われるためでした。罪を赦された者として神の子供たちとして生き、神の国を受け継ぐ者とされるためだったのです。単に借金が帳消しになっただけではありません。それは私たちの考え得る究極の豊かさをいただいたということです。パウロが言うとおりです。「主は豊かであったのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、主の貧しさによって、あなたがたが豊かになるためだったのです」。
これが「主イエス・キリストの恵み」です。「あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っています」とパウロは言います。そうです、コリントの人たちはこの恵みを知っていたはずです。ここにいる私たちもまた知っているはずです。それがここに語られているすべての大前提なのです。
そのように私たちが豊かな者とされた。それはその豊かさがこの世において表されるためなのです。豊かさが他の人に向かってあふれ流れていくのです。それが聖書の語る「善き業」なのです。募金もそうです。献金もそうです。奉仕の業もそうです。キリストによって豊かにされたゆえに、その豊かさが他の人々に溢れ流れていくのです。パウロが紹介していたマケドニアの諸教会の募金活動の源もそこにあったのです。それは神の恵みから生まれたものなのです。
だから今日の箇所においてパウロは、「マケドニア州の諸教会に与えられた神の恵みについて知らせましょう」と語り出していたのです。そして、先ほど申しましたとおり、「慈善の業」を意味するものとして「恵み」という言葉を用いるのです。あえてパウロは「恵み」と表現しているのです。それは恵みから生まれたものであり、その恵みに応えて募金できること自体が「恵み」だからです。
実際この箇所を改めて読むと、とても不思議な書き方がされていますでしょう。「兄弟たち、マケドニア州の諸教会に与えられた神の恵みについて知らせましょう。彼らは苦しみによる激しい試練を受けていたのに、その満ち満ちた喜びと極度の貧しさがあふれ出て、人に惜しまず施す豊かさとなったということです」(1節)。現実は極度の貧しさの中にいるのです。しかし、そこから人に惜しまず施す豊かさが、まさに驚くべき豊かさがあふれ出てくるのです。このようなことが実際に起こっていたのです。それはなぜか。それはキリストの恵みから出ているからです。惜しまず施す豊かさ自体が、神からくる「恵み」だからです。
それは、私たちの献げ物にしても、いかなる奉仕についても言えることです。確かに私たちには、横を見て献げ、横を見て奉仕するという面があるかもしれません。他の人に触発されてということは、いくらでもあるのでしょう。しかし、それはそれでよいのです。 しかし、それだけであってはならない。だからこそキリストの恵みからは目をそらしてはならないのです。その一点だけは外してはならないのです。
主が私たちのために何をしてくださったのか。私たちは何者とされているのか。そのことさえ私たちが忘れていない限り「キリストの恵み」を忘れていない限り、私たちの内から溢れ出してくる豊かさは必ずあるのです。私たちがどのような者であっても、私たちの内からあふれ流れる豊かさによって、周りを生かす豊かな者として生きることができる。そのことを信じて、ここからまた世に遣わされていきましょう。
2025年7月2日水曜日
祈祷会用:サムエル記上 8:1~22
聖書 サムエル記上 8:1‐22
7章の終わりには「サムエルは生涯、イスラエルのために裁きを行った」(7:15)と書かれていました。前にも申しましたように、「裁きを行う」とは士師としてイスラエルを治めるということです。この後、イスラエルは王政に移っていくことになりますので、サムエルは士師記から続いている「士師」の系列としては最後の士師と言うことができます。
サムエルの活動については、「毎年、ベテル、ギルガル、ミツパを巡り歩き、それらの地でイスラエルのために裁きを行い、ラマに戻った。そこには彼の家があった。彼はそこでもイスラエルのために裁きを行い、主のために祭壇を築いた」(16‐17節)と書かれています。地図を見ると分かりますように、主にベニヤミンの町々を中心に活動していたようです。
彼があちらこちらを巡り歩いていること、またその活動の中心であるラマに祭壇を築いたことから分かりますように、士師としてのサムエルはあくまでも宗教的な指導者なのであって、人々を権力をもって支配する存在ではありません。むしろ重要なことは、7章に見たように常に人々を主に立ち帰らせることだったのです。
そのような働きを続けてきたサムエルも年老いてきました。南の方まで行き巡ることは難しい。そこで、彼は南のベエル・シェバにおける働きをヨエルとアビヤという二人の息子たちに託しました。しかし、彼らはどうしたでしょう。「しかし、この息子たちは父の道を歩まず、不正な利益を求め、賄賂を取って裁きを曲げた」(3節)と書かれているのです。
私たちは既に、祭司エリの家がどうなったかを見てきました。家庭における信仰の継承がいかに困難を伴う大きな問題であるかを思わされます。また、同時に神の民における「世襲」の問題性が明らかにされていると言ってよいでしょう。この世襲の問題は直接的に、その後に続く王制への移行の問題と関係しています。
さて、イスラエルの長老たちは協議の上、サムエルに申し入れました。「今こそ、ほかのすべての国々のように、我々のために裁きを行う王を立ててください」(5節)。この要求の背景には、増大するペリシテ人の脅威があったものと思われます。
イスラエルにはこれまで、いわゆる職業軍人層というものが存在しませんでした。兵士は戦いのために召集されるのであって、常に戦闘に備えている軍隊ではないのです。一方、ペリシテ人の各都市国家は領主の専制的支配のもとに組織された強力な軍事体制を持っていました。いわゆる職業軍人がいるのです。その軍事力の差は歴然としていました。そのような脅威に脅かされているイスラエルが王を求めたこと、体制を新しくし王国となることを求めたことは、ある意味で当然の成り行きであったとも言えます。
しかし、この要求は「サムエルの目には悪と映った」(6節)と書かれているのです。聖書はまず、王制への移行を否定的な側面から見ているのです。ならばその問題性を聖書はどこに見ているのかをよく考えなくてはなりません。今日は、聖書が指摘している三つの点に注目したいと思います。それらはそのまま私たちに関係していることが明らかとなるでしょう。
第一に、まず注目すべきはこれが7章の直後に書かれていることです。時間的には隔たっています。しかし、内容的には7章を前提として書かれているのです。7章に書かれていたこと、それはイスラエルの勝利でした。思い出してください。その勝利は何によってもたらされましたか。それは軍事力によってではなかったのです。そうではなく、彼らが悔い改め、偶像を捨て、心を尽くして主に立ち帰ることにおいてでした。
イスラエルを守ろうとした時に、サムエルが民に要求したのは軍隊を組織することではなかったのです。サムエルには分かっていたのです。まず神との関係を正しくすることこそが、民を守る真の道なのであるということを。実は、それは士師記から繰り返されてきたテーマなのです。主が自ら戦われるのです。大事なことは、その主と共にあるかどうかなのです。ですから、王を持ち、王が組織する軍隊によって自らを守ろうとすること、すなわち王制への移行は、その真理を否定することに他ならなかったのです。
第二に、注目すべきは、彼らの言葉です。彼らは言いました。「今こそ、ほかのすべての国々のように!」彼らがしようとしていることは何でしょう。それはイスラエル自身のアイデンティティの否定に他なりませんでした。自らが存続するためには、自分のアイデンティティを捨て、周辺諸国のようにならねばならないと彼らは言っているのです。
その誘惑は、実はこの時に始まったことではありませんでした。カナンに定着した時から直面し続けてきた誘惑だったのです。そして、今日、キリスト者が常にさらされている誘惑でもあります。自分を守るためにはこの世の人のようにならなくてはならない。この世の方法、この世の知恵、この世のやり方に倣わなくてはならない、と。
イスラエルはもともとエジプトを脱出した時に、「あなたたちは、わたしにとって、祭司の王国、聖なる国民となる」(出エジプト19:6)と語られたのです。その王国の王とは神御自身に他なりません。神の民は、主なる神を王として生きることにおいて、世界のただ中に祭司として立つのです。しかし、王制の要求は、その神が王として君臨することの拒否に他なりませんでした。主はサムエルに言われるのです。「民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上にわたしが王として君臨することを退けているのだ」(7節)。
第三に、注目すべきはサムエルが告げた「王の権能」です。11節以下に書かれています。その内容は、息子と娘の徴用、土地の没収、産物の徴収、奴隷の徴用、羊の徴収です。ここで問題となることの一つはイスラエルの最小単位であります家(「父の家」としてしばしば言及される)の解体の危機です。すなわち、息子や娘、土地など、もともと家に属する者が、国家権力によって、そこから引き離されることになると言われているのです。
これが些細なことではなく、本質的な問題であることは、出エジプトの出来事を考えれば分かります。イスラエルにとって出エジプトの出来事の大きな意味は、彼らが礼拝する共同体となることにありました。しかも、老人から子供まで、すべての者がファラオの支配から解放されて礼拝することができることが重要だったのです。
モーセはファラオに言いました。「若い者も年寄りも一緒に参ります。息子も娘も羊も牛も参ります。主の祭りは我々全員のものです」(出エジプト10:9)。この戦いは、一つには、礼拝する家族を回復するための戦いでもあったのです。そして、事実、戦いの最後における過ぎ越しのためには、「今月の十日、人はそれぞれ父の家ごとに、すなわち家族ごとに小羊を一匹用意しなければならない」(同12:3)と命じられ、家の柱と鴨居とに血が塗られたのです。彼らは家ごと解放されたのです。
しかし、礼拝する「家族」が王制への移行によって危機にさらされることになるのです。それはいわばエジプトへの逆行なのです。それは次の言葉によっても示されています。主は言われました。「こうして、あなたたちは王の奴隷となる」(17節)と。ここで私たちが思い起こしますのは、彼らがかつて、ファラオの奴隷であったという事実です。その時、神はイスラエルの民の叫びに耳を傾けられたのでした。しかし、彼らが王制のもとで再び叫びを上げる時、「主はその日、あなたたちに答えてくださらない」と言われているのです。
たいへん厳しい言葉です。しかし、この厳しさは正当性を持っています。なぜなら、今まで見てきたことにおいて明らかなように、彼らの要求の根本的な問題は、神が出エジプトにおいて与えてくださった恵みの放棄であるからです。自らの身を守るために、恵みを放棄し、もはや恵みの中に留まって生きようとはしないということなのです。
王政への移行は人間の目には賢い選択と見えたことでしょう。しかし、人間の目に賢く見えること、しかし、それが本当に神の目に賢いこととは限りません。王国は最終的に滅びることとなるのです。私たちもまた、人間の目にどれほど賢く映ることであっても、もし私たちがキリスト者とされたアイデンティティを否定し、キリストの十字架によって与えられた恵みを自ら投げ捨てるようなことであるならば、やがてその愚かさが明らかにされる時が来ることを知らなくてはなりません。最も大事なことは恵みに留まることなのです。