2025年8月31日日曜日

「キリストの家族としての生活」

2025年8月31日 主日礼拝説教 

聖書:マタイ12:43‐50

汚れた霊が出て行くと
 今日の福音書朗読の前半は、イエス様がなさったたとえ話です。こんな話でした。「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出て来たわが家に戻ろう』と言う。戻ってみると、空き家になっており、掃除をして、整えられていた。そこで、出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を一緒に連れて来て、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。この悪い時代の者たちもそのようになろう」(43‐45節)。

 人が家に喩えられていますから、形の上では「たとえ話」です。しかし、汚れた霊が人から出て行ったり、戻ってきたりすること自体は、単純にたとえ話とも言えません。というのも、福音書には、実際にイエス様が「汚れた霊」あるいは「悪霊」を追い出したという話が繰り返し記されているからです。

 度々申し上げていることですが、このような「汚れた霊」や「悪霊」に関する記述を読むにあたって二つの誤った態度があります。一つは、「悪霊」の類に過度に不健全な関心を向けることです。私たちの経験する災いをやたらに「悪魔」や「悪霊」の仕業と考えることは極めて不健全な信仰生活をもたらすことになります。聖書は悪魔や悪霊よりもはるかに多くの言葉をもって神様について語っていることを忘れてはなりません。

 しかし、もう一方で、「悪魔」や「悪霊」を単なる前近代的な迷信として片付けてしまい、関心を全く向けないことも、健全であるとは思えません。なぜならイエス様は実際に「悪霊」について語り、使徒たちもまた語り、そして、教会が長い歴史において語ってきた事実があるからです。そして、その背景には人類がその初めから経験してきた悪の力のリアリティがあるからです。先週もお話ししたことですが、それを「悪霊」と呼ぼうが「汚れた霊」と呼ぼうが、何と呼ぼうが、現にこの世界には人を悪へと誘惑する力、神から引き離そうとする力がリアルに働いているのです。信仰者に対しては、信仰生活を損なわせ、神に背を向けた生活へと誘い、滅ぼそうとする力が働いているのです。

 だからこそ、古くからこの悪霊を「追い出そうとする」営みもまたあるのです。先にも触れたように、福音書にはイエス様が悪霊を追い出した話が繰り返し出てきます。しかし、これはイエス様が始めたのではないのです。それ以前から、悪霊追放の営みや儀式はユダヤ教の世界にはあったのです。そして、さらに言うならば、ファリサイ派に代表される、戒律順守を重んじるユダヤ教そのものが、悪霊追い出しの試みであったとさえ言えるのです。

 実際、イエス様の時代のユダヤ人たちは、特にファリサイ派の人たちは皆、生活の隅々に至るまで律法を適用し遵守して、自分の内からも、また生活からも、神の御心に反する悪いもの、汚れたものを追い出して、宗教的にも道徳的にも清く生きることを願ったのです。それは広い意味における悪霊の追い出しであり、それ自体、極めて真面目な、崇高な営みであったとも言えるのです。

 しかし、イエス様はそのようなユダヤ人社会に身を置いて、そのような人々の間に身を置いて、このたとえ話をされたのです。そして、言われたのです。「この悪い時代の者たちもそのようになろう」と。つまり、このたとえ話のようになるだろう、と言われるのです。汚れたものを追い出して、お掃除したって、あいつらは自分より悪い友達を連れて帰ってくるようになりますよ、と。

 実際、福音書を読んでいますと、イエス様の言われることは本当だと、改めて思わわれます。汚れたものを追い出して、遠ざけて、清くあろうとした人たちの内側には、実は彼らも気付かない内に、汚れた霊の友達が一杯住み着いていたのです。例えば、妬み、憎しみ、敵意、殺意などの形をとって、神に反する力、神から人を引き離す力が住み着いていたのです。そして、結局それらは全て、イエス様に対して正体を表すことになるのです。既にこの章の14節には、「ファリサイ派の人々は出て行き、どのようにしてイエスを殺そうかと相談した」(14節)などとも書かれています。これが清さを求めた人たちのリアルです。汚れた霊がたくさん顔を覗かせているではありませんか。

 さて、ユダヤ人社会の話をしてきましたが、皆さん、これって私たちもまた多かれ少なかれ、経験してきていることではありませんか。私たちの心を一生懸命に綺麗にし、私たちの生活もまた綺麗にして整えることは良いことのように思えるのです。実際、そのように自分の心をなんとかしようと、自分の生活をなんとかしようと、一生懸命にお掃除しようと頑張ったこと、私たちにもあるのではありませんか。しかし、イエス様に言わせるならば、それだけでは掃除をして整えられた空き家のようなものだというのです。そのままでは、そこに悪いものがさらに満ちることになりかねないのです。

心を空き家にしないため
 そこでこの福音書はさらに46節以下の話を続けるのです。今日の朗読の後半部分です。「イエスがなお群衆に話しておられるとき、その母と兄弟たちが、話したいことがあって外に立っていた。そこで、ある人がイエスに、『御覧なさい。母上と御兄弟たちが、お話ししたいと外に立っておられます』と言った。しかし、イエスはその人にお答えになった。『わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか。』そして、弟子たちの方を指して言われた。『見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である』」(46‐50節)。

 「汚れた霊が戻ってくる」という話とこのエピソードは一見関係なさそうに見えるかもしれません。実際、ルカによる福音書ではそれぞれ別の章に記されています。しかし、マタイは「イエスがなお群衆に話しておられるとき」という言葉をもって、あえて関連づけて書いているのです。そこで私たちは今日、43節から50節までを一つのまとまりとして読んだのです。

 イエス様は言われました。「わたしの母とはだれか。わたしの兄弟とはだれか」。まるで、外に立っているのは母親でも兄弟でも何でもない、と言わんばかりです。しかし、イエス様はこれを母マリアや兄弟たちに向かって言ったのではありません。そうではなくて、彼らが外に立っていることを伝えにきた人に言ったのです。

 さらに言うならば、ただその人に聞かせるためでもありません。「弟子たちの方を指して言われた」と書かれていますでしょう。そこには何人かの律法学者たちとファリサイ派の人たちもいたのです。その彼らの面前で、弟子たちを指して、イエス様はこう言われたのです。「見なさい。ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる。だれでも、わたしの天の父の御心を行う人が、わたしの兄弟、姉妹、また母である」(49‐50節)。

 そのようにイエス様は「ここにいるのはわたしの家族だ」と言われたのです。「わたしにとって外にいる肉親と同じくらい、いやそれ以上に大事なわたしの家族だ。わたしの天の父の御心を共に行っていく家族なのだ」と主は言われたのです。「ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる」と。

 弟子たちは、このイエス様の言葉を忘れることができなかったに違いありません。そして、その意味するところを後に深く悟ったことでしょう。まさにそのために、イエス様が十字架にかかられ、罪を贖ってくださったのだ、ということを知ることになったのです。それはここにいる私たちも同じです。イエス様が私たちの罪を代わりに負って十字架におかかりくださることなくして、私たちはイエス様の兄弟でも神の家族でもあり得ないのです。罪の赦しなくして、「天にまします我らの父よ」という祈りはあり得ないのです。

 私たちにとっても、何よりも重要なのは、イエス様から「あなたたちはわたしの家族だ」と言われているのだという認識です。そして、イエス様の家族として、イエス様と共に、イエス様が示してくださった天の父の御心を行おうとして生きていくことなのです。

 それは心や生活をきれいにしようと努力することよりも、ずっと大事なことなのです。追い出してきれいに整えることよりも、良きものに満たされていることの方が大事なのです。イエス様の兄弟として天の父の御心を行おうとしている限り、心は空き家にはなりません。そこにはキリストが住んでおられるからです。だから汚れた霊が出て行くならば、友達を連れて戻ってきて、より悪いものが住み着く余地はないのです

身近な人間関係においても
 さて、本日の第二朗読(コロサイの信徒への手紙3:18~4:1)においては、私たちにとって最も身近な人間関係である「家庭」の事柄が取り上げられていました。「家庭訓」と呼ばれます。ユダヤ人の間においては古くからしばしば論じられてきた事柄です。ここでは夫婦の関係、親子の関係、そして奴隷と主人との関係が取り上げられています。もっとも奴隷と主人の関係は、当時においては家族の事柄だったのですが、現代の私たちにとってはむしろ社会生活における労使関係として適用できるかも知れません。いずれにせよ身近な人間関係において私たちがいかに生きるべきか、具体的な勧めを与えている聖書箇所です。

 しかし、ここに書かれていることは、単に身近な人間関係から悪いものを追い出して、より良いものにするための知恵ではありません。実は、ここで大事なのは、本日の第2朗読の直前に書かれていることなのです。「キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。そして、何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい」(16‐17節)。

 そのように、ここに書かれている勧めの大前提となっているのは共に御言葉を聞き、心に宿し、共に神を礼拝し、感謝して生きる生活なのです。つまりは生活のあらゆる領域においてイエス様を思い、天の父を思い、聖霊に満たされて生きる生活です。きれいに整えられた空き家ではなく、良きものに満たされ、良き御方によって治められている生活です。

 だからこそ、そこには妻については「主を信じる者にふさわしく」と書かれ、子供については「それは主に喜ばれることです」と書かれているのです。奴隷については、「何をするにも、人に対してではなく、主に対するように、心から行いなさい」と語られ、主人については「知ってのとおり、あなたがたにも主人が天におられるのです」と語られているのです。明らかに、そこでまず大事になってくるのは、主との関係です。主が家の外ではなく、家の中に、しかも中心にいてくださることなのです。

2025年8月27日水曜日

祈祷会用:サムエル記上 15:1~35

 サムエル記上 15:1-35

 13章において、サウルがサムエルの到着まで待つことができず、自ら犠牲を捧げてしまったという話を読みました。もちろん、サウルにはサウルの言い分がありました。兵士たちが次々に去って行こうとしている時に、兵士たちの志気を保つのにはそれ以外の方法はない。一刻の猶予もない。それは極めて現実的な判断だったとも言えます。しかし、本当は、そのような危機においてこそ、彼はイスラエルの信仰の物語の中に身を置くのか否かを問われていたのです。

 サムエルはサウルに言いました。「あなたは愚かなことをした。あなたの神、主がお与えになった戒めを守っていれば、主はあなたの王権をイスラエルの上にいつまでも確かなものとしてくださっただろうに」(13:13)。――しかし、主はすぐにサウルを王位から退けるようなことはなさいませんでした。むしろ、続く戦いにおいて、全くの少数であったにもかかわらず、サウルに大勝利を与えられたのです。すなわち、これが確かに主の戦いであることを明らかにしてくださったのです。いわばかつてのギデオンの物語を目の当たりに見せてくださったということです。それはサウルにとっては悔い改めの機会であり、信仰に立ち帰るようにとの呼びかけでもあったと言えるでしょう。

 しかし、この章を読みますと、なんとサウルがサムエルから「主はあなたをイスラエルの王位から退けられたのだ」(26節)と宣告されているのです。いったい何があったのでしょうか。いったいサウルの何が問題だったのでしょうか。

 事の発端は、サムエルを通してサウルに与えられた命令でした。「行け。アマレクを討ち、アマレクに属するものは一切、滅ぼし尽くせ。男も女も、子どもも乳飲み子も、牛も羊も、らくだもろばも打ち殺せ。容赦してはならない」(3節)。

 このように神が戦争を命じられ、しかも「滅ぼし尽くせ」と命じられる箇所が旧約聖書にしばしば出てまいります。多くの人が抵抗を覚えるような言葉です。聖書の時代背景は今日私たちが生きる世界とは全く違いますので、これを簡単に説明したり理解したりすることはやはり難しいと言えます。しかし、このような箇所を読むにあたって、少なくとも心に留めておかなくてはならない幾つかのことがあります。まずそれらの諸点に触れておくことにしましょう。

 第一に、この命令は、あくまでも《アマレクに対する裁き》として位置づけられていることは見落としてはなりません。後に18節に「罪を犯したアマレク」と書かれているとおりです。あくまでも罪に対する裁きとして語られているのです。この場合、イスラエルは、神の裁きのための道具に過ぎないのであって、滅びをもたらす主体は神御自身なのです。

 ですから逆に、イスラエルが罪を犯した場合には、その時にはイスラエルが他の国の手に渡されるということが起こります。それは既に士師記においても繰り返されていることであり、最終的にはイスラエルの国家が滅亡する次第をこの歴史物語は語っているのです。私たちは、このような記述から、神はこの世の罪を現実にお裁きになるのだ、という厳粛な事実を、まず受け止めるべきなのです。

 第二に、イスラエルに神が戦争を「命じて」おられるということは重要です。それは、とりもなおさず、神が命じないような戦争はしてはならない、ということを意味しているからです。本当は自国の国益のためであるのに、あるいは復讐のためであるのに、あるいは戦争によって儲けようとする一部の人間の利益のためなのに、そのような戦争を神の名を騙って開始してはならないということです。

 そして第三は、前に述べたことと関連するのですが、戦争に関する伝統的な理解は、「主の戦い」であるということです。ですから戦利品を私物化してはならないのです。それが「滅ぼし尽くせ」の意味するところです(cf.ヨシュア6:17)。職業軍人層を持つ周辺諸国においては、当然のことながら兵士の手柄は報償の対象となります。兵士はそのために戦うと言っても過言ではありません。しかし、イスラエルの兵士たちは、敵から何かを奪い取って自分たちのものとする、という目的で戦ってはならないのです。

 さて、サウルはこのような意味を持つ主の命令に従ったでしょうか。従いませんでした。「…しかしサウルと兵士は、アガグ、および羊と牛の最上のもの、初子ではない肥えた動物、小羊、その他何でも上等なものは《惜しんで滅ぼし尽くさず》、つまらない、値打ちのないものだけを滅ぼし尽くした」(9節)。

 これが先と同じく600名で奇跡的に勝っていたら違っていたのかもしれません。しかし、サウルが召集した時、兵士の数は21万人を数えるほどになっていたのです(4節)。その軍隊をもって得た勝利でも「主の戦い」であると思えるか。いいえ、サウルにとって、これは「主の戦い」ではありませんでした。サウルはカルメルに自らのために戦勝碑を建てたのです。(同じアマレクとの戦いを記す出エジプト17章と比較してみてください)。

 心の内にあるものは外に現れてきてしまうものです。大勝利を得ていながら、その心はいかに主から遠くあったことか。それは続くサムエルとのやりとりの中で明らかにされていきます。

 サムエルがサウルのもとに行くと、サウルは言いました。「わたしは主の御命令を果たしました」。しかし、そこには牛や羊の声が響いています。サウルは次のように言い訳をします。「兵士がアマレク人のもとから引いて来たのです。彼らはあなたの神、主への供え物にしようと、羊と牛の最上のものを取って置いたのです」(15節)。そのように、いかにも敬虔そうな言い訳をもって言い繕います。しかし、そこにある偽りをサムエルは見逃しませんでした。彼は言います。「何故あなたは、主の御声に聞き従わず、《戦利品を獲ようと飛びかかり》、主の目に悪とされることを行ったのか」(19節)。

 しかし、私たちはサウルが単純に個人的な欲望から戦利品を求めている貪欲な人間であったと考えてはなりません。彼は王なのです。そして、新体制の王として賢く行動しようとしているのです。

 イスラエルにとって深刻な敵はアマレクではありません。ペリシテなのです。まだまだ戦いは続きます。彼は新しく生まれた軍隊を維持していかなくてはなりません。今や21万人にもなった軍隊の志気を保つためには、周辺諸国がしているように、兵士たちに報償を与える必要も生じてきます。報償を求める声が兵士たちからも上がっていたのでしょう。そのような時に、アガグを殺し、すべてを滅ぼしつくすのは、あまりにももったいない。しかも、兵士に不満が満ちて統率が不可能になれば、自分の身に危険が及びます。そこで、彼は最終的に現実路線を選んだのです。

 しかし、問題はそのような極めて人間的な知恵を、「主への供え物」という言葉をもって正当化しようとしたことです。サムエルは、あくまでも「主の供え物」と主張するサウルに言いました。「見よ、聞き従うことはいけにえにまさり、耳を傾けることは雄羊の脂肪にまさる」(22節)と。これは後々の預言者によって繰り返し語られるテーマです。人はいつでも「供えもの」に代表される宗教的な美徳を、自分の罪の隠れ蓑にしようとするものです。

 サムエルの言葉の前に、サウルはついに罪を認めます。「わたしは、主の御命令とあなたの言葉に背いて罪を犯しました。兵士を恐れ、彼らの声に聞き従ってしまいました」。そして、サムエルに赦しを請います。「どうぞ今、わたしの罪を赦し、わたしと一緒に帰ってください。わたしは、主を礼拝します」(25節)。

 しかし、彼は本当に自分の不従順を認め、主の赦しを求めているのでしょうか。いいえ、そうではないのです。彼が本当に求めているのは、自分の立場が守られることなのです。

 サムエルは依然として宗教的な権威を持つ指導者です。サムエルは民衆から尊敬されているのです。サムエルとの決裂が民衆の知れるところとなれば、彼の王位が危ぶまれることになります。サウルはついに本音をもらします。「わたしは罪を犯しました。しかし、民の長老の手前、イスラエルの手前、どうかわたしを立てて、わたしと一緒に帰ってください。そうすれば、あなたの神、主を礼拝します」(30節)。

 こうして、彼は真の悔い改めの機会を失いました。結局サウルにとって、イスラエルの神は、あくまでも「あなたの神、主」でしかありませんでした。


2025年8月24日日曜日

「蛇のように賢く、鳩のように素直に」

2025年8月24日 主日礼拝説教 

聖書: マタイによる福音書 10:16‐25

希望を放棄しないこと
 「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」。――先ほどお読みしましたマタイによる福音書10章22節の言葉です。実は、この福音書の24章にもそっくり同じ形でこの言葉が出て来ます。語順も全く同じままマルコによる福音書にも出て来ます。恐らく初期の教会において、このままの形で記憶され、皆がしばしば口にしていたイエス様の御言葉だったのです。そして、この言葉が繰り返し口にされたのは、現実に苦しみがあったからです。

 私たちも知っているとおり、信仰は必ずしも苦しみの免除を約束するものではありません。キリストを信じたら苦難に遭うことはありません、などと聖書は約束していません。迫害の時代であるならば、それは自明のことでした。信仰を言い表しているゆえに、かえって苦難に遭うということが現実にあったからです。

 それは今日の聖書箇所において、イエス様も言っているとおりです。地方法院に引き渡され、会堂で鞭打たれることも起こる。すなわち宗教的な権力によって苦しめられることも起こります。あるいは総督や王の前に引き出されるということも起こってくる。ローマ帝国の国家権力によって苦しめられることも起こってきます。

 しかし、恐らく一番大きな苦しみは、家族から苦しめられることだったのでしょう。「兄弟は兄弟を、父は子を死に追いやり、子は親に反抗して殺すだろう」(21節)とさえ主は言われます。国家権力による迫害よりも、愛する者から理解されないこと、憎まれるようになることほど、辛いことはありません。そのような中で、彼らは互いにこう言って励まし合っていたに違いありません。「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」。そうイエス様は言っておられたではないか、と。

 「最後まで」と言われているということは、すなわち「最後がある」ということです。終わりがある。永遠じゃない。迫害は永遠ではありません。迫害に限らず、いかなる苦しみも永遠ではありません。それは限られた期間です。必ず最後がある。トンネルに必ず出口があるように、夜明けは必ず訪れるように、必ず「最後」があるのです。だから「耐え忍ぶ」のです。

 「耐え忍ぶ」とはどういうことでしょうか。苦しくても我慢することでしょうか。いいえ、そういう意味ではありません。これはもともと「留まる」という言葉から来ているのです。「耐え忍ぶ」とは「留まる」ということです。どこに留まるのでしょう。信仰に留まるのです。聖書が語っている「忍耐」とはそういうことです。信仰に留まることです。

 実はこれと同じ言葉が詩編に何度も何度も出て来るのです。詩編はもともとヘブライ語で書かれているのですが、七十人訳というギリシア語訳聖書があります。そのギリシア語訳の詩編にこの言葉が何度も出て来るのです。興味深いことに、ほとんどの場合、「待ち望む」という意味で用いられているのです。主を待ち望むということです。例えば、「主を待ち望め、雄々しくあれ、心を強くせよ。主を待ち望め」(詩編27:14)というように。この「待ち望む」と新約聖書の「耐え忍ぶ」は同じ言葉なのです。

 そのように、「耐え忍ぶ」「忍耐する」とは「待ち望む」ことなのです。主を待ち望むことです。どこまでも待ち望むことです。希望を放棄しないことです。信仰に留まって、希望に生きる、どこまでも希望に生きることです。「忍耐する」とはそういうことです。

 教会はその初めから、そのような意味で「忍耐すること」を大事にしてきたのです。教会は苦難が永遠でないことを常に心に留めてきたのです。終わりは神の御手の内にあることを知っていた。神は必ず夜明けをもたらすことができることを知っていたのです。だから互いに励まし合い、共に信仰に留まったのです。互いにこう言い交わしながら。「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」と。

蛇のように賢く、鳩のように素直に
 そして、この「最後まで」と語られているこの期間を私たちが生きる上で、イエス様はとても大事なことを今日の箇所で語っておられるのです。それは今日の説教題にもなっています。「蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい」。

 イエス様は弟子たちに言われました。「わたしはあなたがたを遣わす」(16節)。今日の箇所は先週お読みした聖書箇所の続きです。ですから、この言葉が実際に語られた時点では、まだ彼らは近隣の町々村々に遣わされるに過ぎません。しかし、やがて彼らは、そして彼らから始まる教会は、この広い世界に遣わされることになるのです。今日の箇所は、そのことを見越して語られているのです。

 先週も申し上げましたとおり、私たちはこの世に遣わされているのです。キリスト者として生きるということは、主によってこの世に遣わされた者として生きるということなのです。私たちがどのような状態にあろうと、どこに身を置こうと、そこが私たちの遣わされた場なのです。主が目的をもって置いてくださっているのです。それは本当はとても幸いなことなのです。私たちはいかなる時にも無意味な存在ではあり得ないからです。遣わされているとはそういうことです。

 しかし、主はこうも言われました。「わたしはあなたがたを遣わす。それは、狼の群れに羊を送り込むようなものだ」と。主は最初から分かっておられたのです。弟子たちが遣わされた者として生きる時には、忍耐が必要となる時が来る、と。「最後まで耐え忍ぶ者は救われる」と互いに励まし合うことも必要になる。なぜなら、この世界は狼がいる世界だからです。

 それは、迫害の時代の教会にとっては、具体的には迫害者を意味したことでしょう。実際、弟子たちは迫害者の群れの中に遣わされることになったのです。しかし、本当に恐ろしいのは、迫害する人間そのものではありません。そこに働いている力です。神から引き離そうとする力です。信仰生活を損なわせ、神に背を向けた生活へと誘い、滅ぼそうとする力です。

 それを悪魔、サタンと呼び、また悪霊と呼ぶこともできるでしょう。神から引き離すサタンの力は、必ずしも迫害という形をとって現れるとは限りません。迫害はある意味ではとても分かりやすいのです。しかし、実際には、迫害のない時代の私たちが経験しているように、もっともっと巧妙な形で、もっともっと複雑な仕方で、時として全く気付かないうちに、神から引き離す力は働いているものなのです。だからこそ、主は言われたのです。「だから、蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい」(16節)。

 「蛇のように賢く」という言葉の元になっているのは、恐らく創世記の物語です。エバが蛇に誘惑されて禁断の木の実を食べてしまったという話です。その蛇が聖書に登場する際に、こう書かれているのです。「主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった」(創世記3:1)。

 確かに創世記に出て来る蛇の誘惑は実に巧妙です。確かに賢い。ずる賢い。しかし、悪魔の誘惑とはそういうものではありませんか。先にも述べたように、しばしば全く気付かないうちに、神から引き離そうとする力は働いているのです。そのように、悪魔が賢いとするならば、私たちもまた、賢くあらねばならないのです。主は言われます。「蛇のように賢くなりなさい」。

 実際、もしこれが迫害の時代ならば、集会を一つ行うにしても賢さが必要だったと思います。キリスト者としてこの世で生活し、キリストを証しして生きるにしても、そこには賢さが必要だったと思います。いや、それだけではありません。迫害されれば迫害者と闘いたくなる誘惑もあったことでしょう。しかし、人間相手の戦いにしないで、悪魔と戦うためには、賢さが必要だったと思います。実際に彼らが世に遣わされた時、イエス様から言われたこの言葉の意味は、身に染みてよくわかったに違いありません。

 先にも述べましたように、今日においては、ある意味では、迫害の時代以上に、巧妙な形でサタンの力は働いているとも言えます。ならば、なおさら賢さが必要とされるのでしょう。目先のことに振り回されて、目に見えることに翻弄されて、やすやすと信仰生活が壊されるようなことがあってはならないのです。そこに働いている力は何なのか、本当の敵は誰なのか。絶対に奪われてはならないもの、失ってはならないものは何なのか。しっかりと見極めなくてはなりません。主は言われます。「蛇のように賢くなりなさい」。

 そして、主はまたこうも言われました。「鳩のように素直になりなさい」と。「素直に」というのは「混じり気のない」とか「純真な」という意味合いの言葉です。それはただひたすら神に依り頼む、素朴な信仰を意味するのでしょう。主は具体的に、こう言われたのです。「引き渡されたときは、何をどう言おうかと心配してはならない。そのときには、言うべきことは教えられる。実は、話すのはあなたがたではなく、あなたがたの中で語ってくださる、父の霊である」(19‐20節)。

 たとえ地方法院に引き渡されるようなことになったとしても、そこで父の霊が語ろうとしていることがあるのです。総督の前に引き出されるようなことになったとしても、そこで父なる神がしようとしていることがあるのです。そのように、人間の目には最悪の事態が訪れたように見えたとしても、それでもなおそこで神がなさろうとしていることがあるのです。神の計画は進んでいるのです。人はただ鳩のように素直に、純真に、素朴に信頼したらよいのです。

 そのように主は「蛇のように賢く、鳩のように素直になりなさい」と言われます。私たちはこの御言葉をしっかりと携えて、この世に遣わされていきたいと思います。そして、希望を手放すことなく、主を待ち望み、終わりの日に向かって、共に信仰の歩みを続けてまいりましょう。

2025年8月20日水曜日

祈祷会用:サムエル記上 14:24~52

サムエル記上 14:24‐52

 サウルが王となり2年が経た時、ついにペリシテ人との全面戦争に突入という事態となりました。サウルの軍はギルガルに、ペリシテ軍はミクマスに集結しました。軍事力から言えば明らかにペリシテ人の方が優勢でした。サウルの兵士たちは恐れ、サウルのもとを去り始めました。ついに三千人いた兵士たちは六百人にまで減少しました。

 そこでサウルはどうしたかと言うと、願掛けをしたのです。「この日、イスラエルの兵士は飢えに苦しんでいた。サウルが、『日の落ちる前、わたしが敵に報復する前に、食べ物を口にする者は呪われよ』と言って、兵に誓わせていたので、だれも食べ物を口にすることができなかった」(24節)と書かれているとおりです。つまり勝利を得るために、兵士たちに日没までの断食を命じたのです。

 ここに見るとおり、サウルは全くの世俗的な人間というわけではありません。サウルはサウルなりの信心深さを持っていたと言えるでしょう。しかし、人間の信心深さというのは、必ずしも聖書の語る「信仰」と同じではありません。「信仰」とは、信じて仰ぐと書きます。単なる「信じる心」ではありません。神に向かうことです。神御自身に関心が無く、ただ「信じる心によって何が得られるか」ということにしか関心がなければ、それは信仰とはなりません。そうです、人は信心深くあっても、神御自身に関心が無く、「神が何を求めておられるか」ということに全く無関心であるということがあり得るのです。

 そして、神の御心を問わない信心深さは、しばしば神の御心の実現を妨げるものとなってしまうのです。ここに見るサウルの姿は、そのような人間から出た信心深さや熱心さの問題性を浮き彫りにしていると言ってよいでしょう。

 先週お読みしたとおり、サウルの子ヨナタンとその従卒が敵陣に入って打撃を与えたことにより、ペリシテ軍は大混乱に陥りました。その混乱に乗じて進軍したイスラエルの民の前に、ペリシテ軍はついに敗走するに至ります。イスラエルは追撃を開始しました。この出来事について「こうして主はこの日、イスラエルを救われた」(23節)と書かれております。聖書はサウルの軍が強かったから勝ったとは言いません。あくまでも神が与えられた勝利だったのだと語るのです。神がペリシテ人をイスラエルの手に渡されたのです。

 しかし、ここで問題が生じました。兵士たちは追撃することが困難になったのです。それはサウルが兵士たちに断食をさせたためでした。皮肉なことに勝利の願掛けになされた断食が、勝利を妨げる結果となったのです。

 この断食の誓いを聞いていなかったヨナタンは蜂の巣の蜜を口にして元気になりました。そして、父親の愚かな願掛けを知ってこう言います。「わたしの父はこの地に煩いをもたらされた。見るがいい。この蜜をほんの少し味わっただけでわたしの目は輝いている。今日兵士が、敵から取った戦利品を自由に食べていたなら、ペリシテ軍の損害は更に大きかっただろうに」(29‐30節)。まさにヨナタンの言う通りでした。

 そして、サウルが課した誓いの問題は、ただ追撃を妨げるに留まらなかったのです。それは兵士たちが罪を犯すきっかけとなってしまったのです。彼らの誓いは「日が落ちる前」までのことです。日が落ちたとたん、兵士たちは一変して戦利品に飛びかかり、羊、牛、子牛を捕らえて地面で屠り、血を含んだまま食べ始めました。これは明らかな律法違反です。レビ記に「イスラエルの家の者であれ、彼らのもとに寄留する者であれ、血を食べる者があるならば、わたしは血を食べる者にわたしの顔を向けて、民の中から必ず彼を断つ」(レビ17:10)とあるからです。

 不思議なことですが、兵士たちはサウルによって誓わされた誓いを破ることは恐れたのに、神の律法に違反することは恐れませんでした。このことから、誓いを守り抜いた兵士たちは、決して神御自身を恐れて誓いを守ったのではなかったことが分かります。彼らが恐れたの神ではなく、サウルの目であり他の兵士たちの目だったのです。

 これはサウルにしても同じであったようです。後に、サウルは誓いを破った者について「たとえわたしの息子ヨナタンであろうとも、死ななければならない」(39節)と語ります。サウルにとっては、兵士たちに誓わせた手前、自分がヨナタンを処分しなかった場合、兵士たちが自分をどう見るかということを恐れたのです。しかし、その一方で、血を含んだまま肉を食べた兵士たちについては、それが明らかに神に対する罪であることを認識しながらも、決して彼らを処罰しようとはしなかったのです。

 兵士たちを律法に従って処罰する代わりにサウルが命じたのはこういうことでした。「お前たちは裏切った。今日中に大きな石を、わたしのもとに頃がして来なさい」(33節)。これが彼が対処として取った行動でした。大きな石は祭壇にするためのものです。聖書は次のように記しています。「こうして、サウルは主の祭壇を築いた。これは彼が主のために築いた最初の祭壇である」(35節)。

 「主のために」とは、ある意味では実に皮肉な言葉です。サウルは主を礼拝するために祭壇を築いたのではなかったからです。兵士たちの飢えを満たすために肉を屠る場所として、祭壇を築いたのです。肉を屠るときには、祭壇に血を注ぎ出すことになっていたからです。このように、兵士たちも、サウルも、実際には主の御心には全く関心がなかったことがよく分かります。

 さて、兵士たちが空腹を満たされると、サウルは再び追撃を試みます。しかし、ここで祭司が「神の御前に出ましょう」と勧めました。サウルはその提案を良しとします。サウルは託宣を求めました。「ペリシテ軍を追って下るべきでしょうか。彼らをイスラエルの手に渡してくださるでしょうか」と問うたのでしょう。

 しかし、この時、主はサウルに答えられませんでした。これまでの流れを考えると、問題はどこにあるか明らかでしょう。問題はサウルにあるのです。しかし、サウルは自分の問題のゆえに主が答えられなかったとは思ってはおりません。兵士の長を呼び集め、「今日、この罪は何によって引き起こされたのか、調べてはっきりさせよ」(38節)と命じます。

 サウルは誓いを破った者がいるから主が答えてくれないのだ、と思っているのです。サウルは主に願い求めます。「くじによってお示しください」。くじは最終的にヨナタンに当たりました。これがサウルに当たっていたら、いったいどうなっていただろうかと思います。しかし、ともかく、ヨナタンに当たることによって、サウルの誓いの問題性がさらに明らかにされることになりました。

 サウルは、ヨナタンに問います。「何をしたのか、言いなさい」。ヨナタンは答えます。「確かに、手に持った杖の先で蜜を少しばかり味わいました。わたしは死なねばなりません。」こうして、兵士たちの手前、サウルはヨナタンを処刑しなくてはならなくなったのです。

 しかし、考えてみてください。兵士たちが誓ったその時に、ヨナタンはその場にはいなかったのです。だからヨナタンは誓ってはいないのです。そして、蜜を食べること自体は律法に違反しているわけでもありません。恐らく、蜜を既に食べていたヨナタンは、血を含んだまま肉を食べることはなかったでしょう。

 つまり、ヨナタンは、神の言葉に反して死に当たるようなことは何もしていないのです。しかし、よりによって、そのヨナタンが処刑されなくてはならなかったのです。神の御心と無関係な人間の信心深さと熱心さは、このように正しい人を殺してしまうのです。このようなことは後の時代にも繰り返し起こってきたことですし、最終的にゴルゴタの丘において、最も顕著な形で起こります。

 兵士たちはヨナタンを弁護していいました。「イスラエルにこの大勝利をもたらしたヨナタンが死ぬべきだというのですか。とんでもありません。今日、神があの方と共にいてくださったからこそ、この働きができたのです」。兵士たちの勇気ある弁明によって、ヨナタンの死は回避されました。しかし、主はサウルが御自分の御心に全く関心のないことをしっかり見ておられたのです。

 そして、私たちはここでやはり自分自身の姿を振り返らざるを得なくなります。私たちは、主の目にどのように映っているのでしょうか。

2025年8月17日日曜日

「キリストによって遣わされて」

2025年8月17日 主日礼拝説教 

聖書: マタイによる福音書 10:1‐15

 今日の聖書箇所はイエス様が十二人の弟子を呼び寄せたところから始まります。弟子と呼ばれる人たちは、この時点で既に数多くいたものと思われます。しかし、ここで特に十二人が他の者と区別されて呼び寄せられたのです。そして、彼らの内、イスカリオテのユダを除いだ十一人こそが、後の教会の歴史の出発点に立つことになるのです。すなわち、彼らは後の日に、復活したキリストから、「あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい」(28:19)と命じられ、この世界に遣わされることになるのです。そして、その先に二千年に及ぶ教会の歴史があり、私たちは今、その中に身を置いているのです。

 その意味において、私たちはあの十二人と深いつながりの内にあると言えます。彼らがキリストから教えられたこと、彼らが体験的に学んだことは、後の教会にとっても非常に重要なこととして伝えられてきたのです。だから十二弟子がキリストによって周辺の町々村々に遣わされた話もまた、聖書に書き記されて二千年後の私たちがこうして読んでいるのです。私たちは今日、この与えられた物語を読むに当たり、私たちに深く関わっていることとして、特に三つのことに注目したいと思います。

キリストによって遣わされて
 第一は、彼らが「十二使徒」(2節)と呼ばれているということです。「使徒(アポストロス)」とは「遣わされた者」という意味です。先にも申しましたように、彼らはこの世界に遣わされることになるのです。それは彼らから始まる教会が何であるかをはっきりと示しています。教会はこの世に遣わされた存在である、ということです。私たちは「遣わされた者」なのです。

 教会がこの世に遣わされた存在であるとは、教会自体のために存在するのではない、ということです。派遣してくださる主のために、また、その対象であるこの世界のために存在するのです。それはまた教会を形づくる私たち一人ひとりも自分のために存在するのではない、ということです。「遣わされた者」として、主のために、またこの世のために存在するのです。

 そのように、私たちが「遣わされた者」として生きるなら、少なくとも、「わたしは何のために生きているのか」という類の悩みとは縁が無くなります。私たち自身が存在する目的は、私たち自身が持っているのではなくて、遣わしてくださる主が持っておられるからです。私たちは、どのような者であれ、いついかなる時にも、無意味な存在にはなり得ないのです。

 また、「遣わされた者」として生きるなら、自分が身を置いている場所はすべて「遣わされた場」という意味を持つことになります。家庭にせよ、学校にせよ、職場にせよ、入院先の病院にせよ、それはすべて遣わされた場所となるのです。遣わされた者として生きるなら、人との関わり、また生き方そのものが変わることになります。

 しかし、「遣わされた者」として生きるということは、単に「使命感を持って生きる」ということではありません。そこで重要なのは、5節後半のキリストの言葉です。主は弟子たちに言われました。「異邦人の道に行ってはならない。また、サマリア人の町に入ってはならない。むしろ、イスラエルの家の失われた羊のところへ行きなさい」(5b‐6節)。これは極めて排他的な、差別的な響きをもっている言葉に聞こえます。しかし、私たちは、異邦人やサマリア人を排除し、差別するかのように聞こえるこの言葉を、後の教会が大切に伝えてきたことを良く考えねばなりません。

 キリストはやがて復活の後、弟子たちをサマリア人の町にも、異邦人の方にも遣わされるのです。しかし、その時には、「今は行くな」と言われたのです。そして、弟子たちは従ったのです。その事実を、重要なこととして教会は伝えたのです。それが「派遣される」ということだからです。

 この世の中には為した方が良いと思えることがいくらでもあるのです。為すべきであると思えることもいくらでもある。しかし、一般的な意味で「行った方が良いこと」「行うべきこと」と、「今、私が行うべきこと」は必ずしも同一とは限りません。「遣わされた者」にとって重要なことは、遣わす御方の御心に従うことであって、自分の使命感に従うことではないからです。その意味において、人の求めに耳を傾ける以上に、私たちはキリストの御声に耳を傾けなくてはなりません。主の日の礼拝において、また日々聖書を開くことにおいて、主の御言葉に耳を傾ける。それは「遣わされた者」として生きるために何よりも大事なことなのです。

天の国を宣べ伝えるために
 そして、注目すべき第二は、主が十二弟子を派遣するに当たり、為すべきこととして、まず「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい」と命じられた、ということです。

 キリストは弟子たちにこう言われました。「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい」(7‐8節)。

 この世界は病気のある世界です。死のある世界です。病気や死に代表される様々な具体的な苦悩に満ちている世界です。「病人をいやし、死者を生き返らせる」ということは文字通り起こるのでしょうか。文字通りの仕方で起こるかもしれませんし、文字通りの仕方では起こらないかもしれません。しかし、いかなる形にせよ、主が私たちを遣わし、私たちを用いられる時、そこでは広い意味での癒しが起こります。

 しかし、重要なことは、ただ癒しのために仕えるのではなく、その前に告げ知らせるべき言葉があるということです。主は言われました。「『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい」と。

 「天の国は近づいた」――これはキリスト自身が宣べ伝えていた言葉です。この福音書では4章17節に記されています。「悔い改めよ。天の国は近づいた」(4:17)。そのように、「天の国は近づいた」と宣べ伝えるということは、「悔い改めよ」と呼びかけることでもあります。「悔い改める」とは、ただ「悪い行いを改める」ということではなく、「神に立ち帰る」ということです。

 神が恵み深く近づいてきてくださる。天の国は近づきました。しかし、そこに入るには、人間が方向を変えて神に立ち帰らなくてはなりません。弟子たちは、そのことを告げるために送り出されたのです。そのように教会もこの世に遣わされているのです。

 ですから、そこではまた、「悪霊を追い払いなさい」とも命じられております。「悪霊」と聞いて、オカルト的な憑依現象のようなものだけを考えてはなりません。憑依現象などは特殊な片鱗に過ぎません。悪霊とは、人間を神から引き離そうとする力です。それはありとあらゆる形をとって、この世界に現れている、神に逆らう力です。

 主は、その悪霊を追い払え、と命じられたのです。それは悪霊の支配から、神の恵みの支配のもとへと人間を回復することに他なりません。私たちは、大局的には、人間を、この世界を、神のもとに取り戻すために遣わされているのです。

キリストの権威によって
 そして、注目すべき第三は、主が十二弟子を派遣するに当たり、彼らの持ち物のほとんどを没収してしまわれた、ということです。

 イエス様は言われました。「帯の中には金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である」(9‐10節)。このように、弟子たちは大きな務めを与えられて遣わされるにもかかわらず、その働きのために必要と思われるものを、彼らは何一つ持っていくことは許されませんでした。

 しかし、彼らには何も無かったのではありません。1節にはこう書かれています。「イエスは十二人の弟子を呼び寄せ、汚れた霊に対する権能をお授けになった」(1節)。これは彼らに恵みの賜物として与えられたものです。ですから、「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」(8節)と命じられているのです。彼らの働きは、このただで与えられもの、神の恵みとして与えられたものによって成し遂げられるのであって、彼らが携えていける他の何かによるのではないのです。

 さて、私たちには、この話はあまりにも極端に思えます。何も無かったら、宣教の働きはおろか、旅を続けることさえ不可能ではないか――。そう思えるかもしれません。

 一方、今日の教会は状況がずいぶん違います。私たちの教会はコロナ以降、経済的に難しい状況であるとはいえ、まだ自立しているとは言えます。教会にはまた、多種多様な才能を持った人もいます。それぞれが受けてきた教育もあります。積んできた経験もあります。なので、往々にして、私たちはそのように自分たちが持っているものによって、自分たちが能力的にできることによって、教会の働きというものは続けられると考えてしまいがちです。

 あるいは教会には逆のことも起こりえます。自分たちは豊かでもないし、能力も乏しく、教育もなく、知識も経験もないから、与えることのできる何をも持っていない。だから神のお役には立てない。――教会として、あるいは個人として、そのように考えてしまうことがあるかもしれません。

 実際、教会にせよ個人にせよ、置かれている状況は時と共に変わります。豊かにもなれば貧しくもなります。健やかな時があれば、病む時もあるのでしょう。しかし、だからこそ、イエス様があの時弟子たちに語られたこの言葉を、教会は大切に伝えてきたのです。この世的に見るならば何も持っていない弟子たちだからこそ、何も差し出すことのできるもののなかった弟子たちだからこそ、ただで受けたもの、すなわち神の恵みを人々と分かち合うことができたのだ、と。、

 だからこそ、遣わされた者の働きは、主に依り頼むこと、そして祈ることなくして成され得ないのです。実際、あの弟子たちにしても、手元に何もないならば、天を仰ぐしかなかったわけでしょう。教会として、個人として、私たちが何を持っているかは問題ではありません。どのような状態に置かれているかも問題ではありません。遣わされた者として、真に遣わしてくださったキリストに寄り頼み、キリストの御声を聞き、御心を行いたいと願っているかどうかが重要なのです。

2025年8月13日水曜日

祈祷会用:サムエル記上 14:1~23

 サムエル記上 14:1‐23

 前回お読みした箇所は、サウルが全イスラエルの王となって二年が過ぎ、三千人の兵士からなる軍隊を持つ王国として体制も整えられてきた頃の話でした。当然、この動きをペリシテ人が見過ごすはずがありません。ついにベニヤミンの地に配備されていたペリシテ人の守備隊との間に衝突が起こりました。この小競り合いはイスラエルの勝利に終わったのですが、このことは必然的にイスラエル軍とペリシテ軍との全面戦争に発展することとなりました。イスラエルの民はギルガルに集結し、ペリシテ軍はミクマスに陣を敷いて両者は対峙することになります。集結したペリシテ軍については、「戦車三万、騎兵は六千、兵士は海辺の砂のように多かった」と書かれています。軍事力からすればイスラエルは圧倒的に劣勢でした。イスラエルの民は恐れおののきました。

 そのような事態に際し、サウルはサムエルから、自分が到着するまで七日間待つようにと言われていました。「わたしより先にギルガルに行きなさい。わたしもあなたのもとに行き、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげましょう。わたしが着くまで七日間、待ってください。なすべきことを教えましょう」(10:8)。しかし、サウルは待つことができませんでした。サウルは自らの手で、本来サムエルがささげるべき焼き尽くす献げ物をささげたのです。

 サウルにはサウルの言い分がありました。待てば待つほど兵士の数は減っていくのです。現実的に考えるならば、一刻の猶予もありませんでした。サウルの言っていることは間違ってはいません。サウルは決して、この世的に見るならば悪人ではなかったし、愚か者でもありません。現実的に見るならば賢い選択でした。

 しかし、サムエルは言ったのです。「あなたは愚かなことをした。あなたの神、主がお与えになった戒めを守っていれば、主はあなたの王権をイスラエルの上にいつまでも確かなものとしてくださっただろうに」。あくまでも、決定的に重要なのは、神への信頼と従順であることをサムエルは語ったのです。私たちは、この二つの主張の間に身を置いて、これからの物語を読んでいくことになるのです。

 今日の箇所は、ついにペリシテ軍とサウルの軍隊の間に戦闘が開始されたことを伝えています。サウルの軍隊は、今や600名となりました。多くの者たちは逃げてしまったからです。一方、ペリシテの軍隊は先に触れたように兵士だけを見てもそれは浜辺の砂のようでした。しかし、驚いたことに、最初の戦闘はイスラエルの圧倒的な勝利に終わったことを、この章は伝えているのです。今日はその前半を読みました。ここで私たちは特にヨナタンとサウルのそれぞれの行動に注目したいと思います。

 この物語は、イスラエルの勝利がサウルの兵力とは全く関係なく与えられたことを伝えています。勝利のきっかけとなったのは、たった二名の兵士の行動だったのです。その二人とは、サウルの息子ヨナタンとその従卒です。ヨナタンは従卒に言いました。「さあ、渡って行き、向こう岸のペリシテ人の先陣を襲おう」(1節)。

 人間的に見るならば、これがどれほど無謀な企てであったかを、聖書は多くの言葉を費やして描写します。

 まず「ヨナタンはこのことを父に話していなかった」(1節)と書かれています。さらには、「兵士たちはヨナタンが出て行くのに気がつかなかった」(3節)と書かれているのです。つまり、彼らが危機に陥ったとしても誰も助けには来ない、ということです。

 しかも、ヨナタンが渡っていこうとした渡しには「こちら側にも向こう側にも切り立った岩があった」(4節)と書かれています。わざわざ名前まで記録されています。ボツェツとは「ツルツルしている」という意味であり、センネは「棘だらけの」という意味です。つまり、そのような崖を下り、そして上らなくては渡っていけないということです。

 さらに、ヨナタンは従卒にこう言うのです。「よし、ではあの者どものところへ渡って行って、我々の姿を見せよう」(8節)。つまりヨナタンは奇襲をかけようとはしていなかったということです。二人で真正面から戦おうとしている。これは無茶な話です。

 これらの描写は何のために書かれているのでしょう。それはヨナタンの心の内にあるものを際だたせるために書かれているのです。つまり彼が何に基づいて行動を起こしたかということを強調しているのです。ヨナタンの心の内にある確信は、6節に言い表されています。「主が勝利を得られるために、兵の数の多少は問題ではない」。これは士師記までに繰り返し描かれているイスラエルの伝統的な「主の戦い」の理解です。主が戦われるのです。だからこそ、主との関係こそが重要なのです。いつでも求められているのは、主に立ち帰り、主に信頼することなのです。神の救いの御業を伝えるイスラエルの物語はそう語っているのです。

 ヨナタンと従卒はその物語の中に、そのイスラエルの信仰の中にあえて身を置いて出発したのです。そして、この戦いを勝利へと導いたのは、サウルではなく、信仰に立つこの二人だったのだということを告げているのです。

 その一方で、私たちはここにおけるサウルの行為にも目を向けておきましょう。私たちはサウルをまったくの世俗的人間であるかのように考えてはなりません。少なくとも、イスラエルにおいて、それはあり得ないことです。

 たとえイスラエルでなくても、人間が危機に陥った時に、純粋に無神論者でいることは非常に困難です。サウルは、たった600人しか残らなかったという事実を前に、兵士たちに断食の誓約をさせるのです(24節)。「決して食べません、勝つまでは!」という決死の思いをもって、いわば願を掛けたのです。このような行為はこの国にも見られるものです。しかし、このような願掛けが本質的には信仰とは異質なものであることが、サウルの行為によって次第に明らかにされていくのです。

 ヨナタンたちの勝利により、ペリシテの陣営に混乱が生じました。実際に何が起こったのかはよく分かりません。しかし、とにかくペリシテの陣営の中で兵士たちの同士討ちが始まったのです。その混乱は、ギブアにいるサウルの見張りにも明らかに分かりました。

 そこでサウルは祭司アヒヤに命じます。「神の箱を運んで来なさい」。実は、この部分は二通りの翻訳があるのです。もう一つは、70人訳に基づいて「エフォドを持ってきなさい」とする翻訳です。恐らく、後者の方が本来の形であろうと考えられます。というのも、神の箱はこの時点では遠く離れたキルヤト・エアリムにあるからです。また、アヒヤがエフォドを身につけていたことが殊更に3節に書かれていることからも分かります。

 エフォドを持ってくるのは、通常、神意を問うためです。そのエフォドの中に、詳細は知られておりませんが、ウリムとトンミムというものがありまして、それによって祭司は神の意志を告げるのです。サウルは、この時、これまでの伝統に従って、進軍すべきか否かを神に問おうとしていたのでしょう。

 しかし、サウルがアヒヤに求めている間にも、ペリシテ軍の陣営の動揺はますます大きくなって行きました。こうなりましたら、現実的に考えるならば、神の意思などを問うている暇はありません。一刻も早く上って行って、一気に攻め滅ぼしてしまうのが賢明でしょう。サウロはですからアヒヤに言うのです。「もうよい」(直訳では「手を引っ込めなさい」)。

 結果的に見るならば、彼の決断は功を奏しました。ペリシテ側に付いていた者たち、身を隠していた兵士たちも加わって、イスラエルはペリシテ軍を追撃することになるのです。戦場がベト・アベンの向こう側、すなわちペリシテの陣営の側に移ったということは、明らかにイスラエルが圧倒的に優勢であったことを意味します。

 しかし、聖書は「こうして主はこの日、イスラエルを救われた」(23節)とこの出来事を総括します。あくまでも聖書は、主が勝利を与えられたことを主張するのです。しかも、結果はどうであれ、サウルが主に問うことを中断した事実は残ります。次に彼が問う時に、「しかし、この日、神はサウルに答えられなかった」(37節)と書かれていることは、このことと無関係ではないでしょう。信仰者が主を軽んじ、主の言葉を聞こうとしないなら、主が語ることを止められるということも起こり得るのです。

2025年8月10日日曜日

「罪人を招くため」

2025年8月10日 主日礼拝説教 

聖書:マタイによる福音書 9:9‐13

 教会の礼拝堂にはテーブルが置かれています。聖餐卓と言います。キリスト教会ならどこの教会にも必ずあります。このテーブルを用いて、月一回聖餐式が行われます。私たちの教会では、聖餐において、小さなパンを食べ、小さなグラスから葡萄ジュースを飲みます。しかし、初期の頃の教会では、通常の食事と変わらない仕方でこれが行われていました。その食事は「パン裂き」あるいは「主の晩餐」と呼ばれ、教会生活の中心として重んじられました。そのように、キリストを記念して、一緒に食事をすることが、すなわち礼拝だったのです。それが形を変えて今日のような聖餐となっています。しかし、形が変わったとしても、それが食事であることに変わりありません。礼拝とは、主と共に食事をする、食卓への招きなのです。それは聖餐が行われない週の礼拝においても同じです。ですから聖餐卓は聖餐が行われない週でも置かれたままになっているのです。

 さて、そのように教会が「パン裂き」「主の晩餐」と呼ばれる食事を重んじてきたことと、聖書に繰り返し《食事の話》が出てくることは、無関係ではありません。今日の聖書箇所にも、食事の話が出てきました。このような食事の話は、まさに聖餐卓を囲んで行う主の日の礼拝が何であるかを指し示す物語として、語り伝えられてきたのです。ですから、私たちもまたこの物語を読む時に、食卓を囲んでいる私たち自身のことを考え私たち自身を重ね合わせながら読むことが大事になってくるのです。

わたしに従いなさい
 今日お読みしました物語は、ある徴税人が主によって招かれたところから始まります。その人の名は「マタイ」です。他の福音書では「レビ」と呼ばれています。彼は十二弟子の一人でありまして、伝統的にはマタイによる福音書はこの人によって書かれたとされています。

 ところで、今日の聖書箇所にも出てきます「弟子」という言葉は、ユダヤ人の言葉では通常「タルミード」と言います。そして、「タルミード」と言いますと、一般的には、ユダヤ教の教師(ラビ)のもとで律法を学ぶ生徒を意味する言葉です。そのように、外から見るならば、明らかにイエス様は一人のユダヤ教のラビであり、シモンやアンデレたちはタルミードでありました。ですから福音書において、イエス様がしばしば「ラビ」とか「先生」と呼ばれているのです。

 しかし、もう一方において、イエス様はユダヤ教のラビとしてはあまりにも異質な存在であったことも事実です。その故に、他のラビたち、律法学者たちと繰り返し衝突が起こったことを聖書は伝えています。

 そもそも、弟子の取り方からして、異質でした。一般的には、タルミード(弟子)になりたい人がラビを選び、「弟子入り」するのです。それは私たちに身近な習い事などを考えても、容易に理解できるでしょう。しかし、イエス様の場合、そうではありませんでした。十字架にかかられる前夜、イエス様はこんなことを言われたのです。「あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ」(ヨハネ15・16)。普通のラビはそんなことは言わないのです。しかし、イエス様の言われたことは確かに事実です。ペトロやヨハネがイエス様を教師として選んだのではありませんでした。漁をしていた彼らの生活の中に、イエス様の方から入り込んできたのです。そして、イエス様が彼らを呼びだして弟子としたのです。

 今日お読みした場面のマタイも同じです。マタイはもともとイエスに関心を持っていたわけではありません。カファルナウムに帰ってきたイエスに人々が群がっている時にも、マタイは行かなかったのです。彼は仕事をしていたのです。ナザレのイエスが帰ってきたことなど、どうでも良かったのです。

 彼は「収税所に座って」いました。彼は徴税人です。今日の聖書箇所で、繰り返し徴税人は罪人と並べられています。それは理由のないことではありません。異邦人であるローマ人のために同胞から税金を取り立てる仕事が神に逆らうものとして蔑まれていただけではありません。実際、その業務には不正が入り込む余地がいくらでもありました。また事実、不正の利得が蓄えられることが行われてきたのです。ですから、「収税所に座っていた」と何気なく表現されているのですが、その言葉は、このマタイという人が、その時まさに罪深い生活の中にどっかりと腰をおろしていたことを暗に示しているとも言えるのです。

 しかし、そのようなマタイに、イエス様の方から目を止められたのです。そして、彼に言いました。「わたしに従いなさい」と。そこで何が起こったのでしょうか。「彼は立ち上がってイエスに従った」と書かれております。そして、この「立ち上がる」という言葉は、別の場面では「復活する」という意味で用いられる言葉でもあるのです。

 罪深い生活の中にどっかりと腰をおろして、もはや神との関わりについても、最終的な救いの希望についても、まったく考えることさえできない状態を霊的に《死んでいる状態》と表現するならば、そこから立ち上がることは、確かに《復活》と表現することができるでしょう。もちろん、それで突然正しく立派な人間になるわけではないでしょう。しかし、ともかく立ち上がったのです。そして、キリストと共に新たに歩みはじめ、神と共に生き始めた。それがマタイに起こり、代々のキリスト者に起こり、そして私たちに起こったことなのです。

わたしが来たのは罪人を招くため
 そして、今日の聖書箇所に描かれているのは、そのような者たちの食事の場面なのです。「イエスがその家で食事をしておられたときのことである。徴税人や罪人も大勢やって来て、イエスや弟子たちと同席していた」(10節)。この箇所を読んで、「イエス様は、社会から排斥された人々を差別することなく、自ら彼らと共に食事をされました」――と感動をもって語られることがあります。しかし、話はそれほど単純ではありません。というのも、普通に考えるならば、さほど美しい光景ではないからです。

 ここにはファリサイ派の人々も登場してまいります。ファリサイ派の人たちは通常、手ずから働いて経済的な独立を保っている人たちです。パウロが天幕作りをしていたようにです。それがファリサイ派の特徴です。一方、イエス様とその一行を考えてみてください。どうも自給自足の生活をし、経済的に自立しているようには見えません。この場面だけでなく、四つの福音書には、イエス様とその一行が、様々な人に食事を食べさせてもらっている場面がやたらに目立ちます。この食事も恐らくマタイの大盤振る舞いだったのでしょう。ルカによる福音書ではもっとはっきりと、「自分の家でイエスのために盛大な宴会を催した」(ルカ5:29)と書かれています。

 一般的に徴税人は金持ちでした。先にも触れたように、一般的に言いまして、彼らは不正の蓄財によって潤っていたからです。そんな連中が招待して食べさせてくれる食事など、ファリサイ派の人間だったら、死んでも口にしないと思います。どんなに落ちぶれたとしても、どんなに腹がへっていたとしても、神の律法にも神の国にもまったく興味も関心もない俗物に、飯を食わしてもらったり、資金供与をしてもらったりすることは、絶対に考えないだろうと思うのです。それならば飢え死にした方がましなのです。

 ところが、このイエスと弟子たち連中は違うのです。イエスは平気で徴税人から食べさせてもらうのです。それは、ファリサイ派の人たちからすれば、「あんた、相手が金持ちだったら誰だっていいのか!」と罵られても仕方がないことなのです。もっともファリサイ派の律法学者はお上品ですから、イエス様に面と向かって罵ったりはしません。ですから弟子たちをつかまえて詰っているのです。「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と。

 こうして見ますと、イエス様の行動は、どうも単純に「この人は貧しい人や社会から排斥されている《かわいそうな人》に寄り添って共に生きたのだ」とは表現できないように思えます。そうではなくて、イエス様は、《かわいそうな人》と共にいたのではなくて、文字通りの意味において《罪人》と共におられたのです。そして、罪人ということであるならば、富んでいようが貧しかろうが、排斥する側にいようが排斥される側にいようが、抑圧する側にいようが抑圧される側にいようが、罪人は罪人なのです。罪によって神から離れているならば、その人は罪人なのです。

 ですから、イエス様は金持ちに招かれて、ご飯を食べさせてもらっていながら、このように宣言してはばからないのです。「わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(13節)と。聞きようによっては、極めて失礼な言葉でしょう。しかし、マタイには、その意味することが良く分かっていたのだろうと思います。確かにマタイもまた、イエス様に招かれた罪人の一人であったからです。そして、代々のキリスト者は、そこに自分の姿を重ね合わせてきたのです。

 「なぜ、徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」。主は答えられました。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。『わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない』とはどういう意味か、行って学びなさい。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである」(12‐13節)。

 「わたしが求めるのは憐れみであって、いけにえではない」。イエス様が引用された言葉は、お気づきと思いますが第一朗読で読まれたホセア書6章6節の御言葉です。ホセア書では「わたしが喜ぶのは愛であっていけにえではなく」となっていました。そうです、それが神の喜ばれることなのです。イエス様は父なる神が喜ぶことをしておられたのです。「なぜ、あなたたちの先生は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」。それは徴税人や罪人を神が愛しておられ、立ち帰ることを求めておられたからです。それゆえにイエス様もまた徴税人や罪人を愛しておられたからです。そこにあったのは、それまで神に背を向けて生きてきた人たちに対する、深い深い憐れみだったのです。

 そのようなイエス様が、私たちの罪のために十字架にかかられ、そして復活して、今も私たちを食事の席に招いてくださっているのです。私たちがこの礼拝堂に身を置いているとは、そういうことなのです。この物語を読む時には、食卓を囲んでいる私たち自身のことを考え私たち自身を重ね合わせながら読むことが大事であると最初に申しました。この礼拝堂はマタイの家です。私たちは皆、マタイの家において主と共に食事をする徴税人であり罪人です。そして、私たちもまた、マタイと同じように立ち上がり、復活し、ここからキリストと共に新たに歩み始めるのです。

2025年8月6日水曜日

祈祷会用:サムエル記上 13:1~23

サムエル記上 13:1-23

 「サウルは王となって一年でイスラエル全体の王となり、二年たったとき、イスラエルから三千人をえりすぐった。そのうちの二千人をミクマスとベテルの山地で自らのもとに、他の千人をベニヤミンのギブアでヨナタンのもとに置き、残りの民はそれぞれの天幕に帰らせた」(1‐2節)。そのように書かれていました。

 サウルが全イスラエルの王となり、二年をかけて行ったこと。それは徴兵でした。周辺諸国と同じように、特に当時イスラエルを実質的には支配していたペリシテ人と同じように、職業軍人層を育て、常備軍を整備することだったのです。ヨナタンはサウルの息子です。彼は軍隊を整えて息子の指揮下に置いたのです。

 それはイスラエルの民が望んでいたことでした。そのためにこそ、イスラエルの民は王を求め、王国となることを求めたのです。その背景には、ペリシテ人の支配という現実的な問題があったことは既にお話ししたとおりです。ペリシテ人に支配され弱体化すれば、他の周辺諸国も攻め上ってくることになります。11章には東の方からナハシュに率いられたアンモン人の軍隊が攻めてきたという話が出て来ました。そのように、いつ他の民族が攻めてくるか分からない。イスラエルが滅ぼされてしまうことになるかもしれない。そのような時代に人々は王を求め、強力な軍隊を持つ国家となることを求めたのです。

 それまでのイスラエルにおいては伝統的にどのようなことが語られていたか。私たちは出エジプト記から士師記に至るまでの物語を思い起こさなくてはなりません。そこで語られているのは、要するに最も重要なことは、神との関係なのであり、信仰の問題なのであって、それによって敵の手に渡されるか、それとも敵に勝利するのかが決まってくるという話です。その物語において伝えられているのは、奴隷の民をエジプトから解放し救われた神であり、ギデオンが率いるわずか三百人をもって大軍と戦わせ、勝利を与えられる神なのです。イスラエルの人たちは、そのような物語を伝えられ、そのような神を信じ、従うことが求められてきたのです。

 しかし、ペリシテ人の支配、そして周辺諸国の脅威という現実を前にした時に、その物語の中に立ち続けることができなくなったのです。「神に依り頼み、神に従いなさい。そうすれは大丈夫です。必ず勝てます」などという、いわば雲をつかむような話ではなくて、もっと現実的な守り、もっと確実仕方での安全の確保を求めたのです。神による奇跡的な勝利。それは物語として読む分にはエキサイティングかもしれないけれど、現実には奇跡的な勝利など要らないのです。そうではなくて、奇跡が起こらなくても勝利を得、確実に守られることの方が大事なのです。

 そのような求めを民が持ったということは、私たちにも良く分かる話ではありませんか。様々な困難に直面したときに、私たちもまた言い始めるかもしれません。「もちろん信仰《も》大事だけど、現実にはそんなことばかりも言っていられないでしょう」と。

 そのような民の要求から、イスラエルは王国となっていきます。サウルが初代の王として選ばれることとなりました。サムエルは民の指導者としての立場からは退くことになります。しかし、そこでサムエルはサウルとイスラエルの民にこう語り聞かせたのです。「さあ、さあ、しっかり立ちなさい。主があなたたちとその先祖とに行われた救いの御業のすべてを、主の御前で説き聞かせよう」(12:7)。確かに主は民の要求に応えられた。王を与えてくださった。だから王国にはなっていくのです。しかし、そこでサムエルあえて彼らに言うのです。神の救いの物語の中に自らをしっかりと据え直しなさい、と。

 つまり、体制が変わっても、王国となっても、原則は変わらないということです。一番大事なことは、神との関係なのです。それによってすべてが決まるのです。サムエルは言いました。「だから、あなたたちが主を畏れ、主に仕え、御声に聞き従い、主の御命令に背かず、あなたたちもあなたたちの上に君臨する王も、あなたたちの神、主に従うならそれでよい。しかし、もし主の御声に聞き従わず、主の御命令に背くなら、主の御手は、あなたたちの先祖に下ったように、あなたたちにも下る」(12:14‐15)。

 そのように王国になろうがなるまいが、存亡は神との関係において決まるのです。人間が安全を確保したかのように見えても、神に逆らっているならば決して安全ではないということです。そして、まずは王であるサウル自身がしっかりと自らを救いの物語の中に据えるのか否かを問われるような出来事が起こった。そのことを今日の聖書箇所は伝えているのです。

 サウルは民の求めのとおり、軍隊を組織して息子の指揮下に置きました。しかし、当然のことながら、ペリシテ人がこの動きを見過ごすはずがありません。ヨナタンのもとにあった部隊が、ついにギブアのペリシテの守備隊とぶつかることになります(2節の「ギブア」は本来「ゲバ」、3節の「ゲバ」は本来「ギブア」)。そして、その地域戦をヨナタンの部隊が制したのでした。

 しかし、事はそれで収まるはずはありません。全面的な戦争に発展せざるを得ないことは誰の目にも明らかでした。サウルは全部隊をギルガルに集結させます。一方、ペリシテ軍は、イスラエルと戦うために集結し、ミクマスに陣を敷きます。しかし、19節以下に書かれているように、既にイスラエルの中には鍛冶屋さえいなかったのです。そのようなイスラエル軍に対して、ミクマスに集結したペリシテ軍は、イスラエルの人々の予想を遙かに超えて強大だったのでしょう。「その戦車は三万、騎兵は六千、兵士は海辺の砂のように多かった」(5節)と書かれているとおりです。自ら安全を求めて軍隊を持つ王国となったのですが、ペリシテ軍との明らかな力の差にイスラエルの一般市民は恐れおののいて、洞窟などに避難します。7節に見るようにヨルダンの東側に移住する者たちもいたようです。

 サウルと兵士たちはかろうじてヨルダンの西側に留まります。しかし、選抜されて間もない職業軍人の志気など、たかが知れてます。彼らは次第にサウルのもとから散り始めます。王であるサウルは窮地に立たされることになりました。しかし、そこでこそサウルはまさにどこに自らを据えるかを問われているのです。ただ神に信頼して勝利を得るという士師時代までの神の救いの物語に身を置くのか否かを問われることになるのです。

 そこで決定的な意味を持ったのは、サムエルとの約束でした。10章を読みました時に申しましたとおり、10章8節の「わたしより先にギルガルに行きなさい。わたしもあなたのもとに行き、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげましょう。わたしが着くまで七日間、待ってください。なすべきことを教えましょう」というサムエルの言葉は、本来13章に属します。献げ物を捧げることは、すなわち戦闘の開始を意味します。献げ物を捧げて出陣するわけです。それは祭司でもあるサムエルが行うのです。

 しかし、サムエルは七日間待てと言ったのです。待つことは、しばしば行動を起こすことよりも困難を伴います。待っている間に兵士はどんどん減っていきました。15節を見ますと、七日目の時点で600人にまで減少しているのです。ここでサウルは、たとえば300人をもってミディアン人を打ち破ったギデオンの物語のようなものを信じるのか、それとも現実派路線を行くのかを問われることになったのです。現実的に考えるならば、一刻の猶予もありませんでした。

 ついに、サウルは待てませんでした。自ら犠牲を捧げてしまいます。そこにサムエルが到着しました。もちろん、サウルにはサウルの言い分があります(11‐12節)。兵士たちの志気を保つのには、これ以外に方法はなかったとも言えます。しかし、サムエルは言いました。「あなたは愚かなことをした。あなたの神、主がお与えになった戒めを守っていれば、主はあなたの王権をイスラエルの上にいつまでも確かなものとしてくださっただろうに」。

 サムエルは目の前の戦いについて語りません。そうではなく、サウルの王朝が存続するかどうかを語ります。そして、それは存続しないと宣言するのです。実際、サウルの王権は一代で終わり、ダビデに引き継がれることとなるのです。それはどうしてか。あくまでも、これは主に対して信頼し、従順であり続けるか否かの問題なのだとサムエルは言っているのです。

2025年8月3日日曜日

「聞いていてくださる神」

2025年8月3日 平和主日礼拝説教 

聖書:創世記 21:9-21

不信仰の結果
 「サラは、エジプトの女ハガルがアブラハムとの間に産んだ子が、イサクをからかっているのを見て、アブラハムに訴えた。『あの女とあの子を追い出してください。あの女の息子は、わたしの子イサクと同じ跡継ぎとなるべきではありません』」(9‐10節)。今日の第一朗読はこのような言葉から始まりました。

 これだけ読みますと、自分の子供がからかわれているのを見て腹を立てたサラがその子と母親を追い出そうとしたという話に見えます。しかし、実は問題の根はもっと深いところにあるのです。サラが言っているように、これは「相続」の問題だからです。

 なぜそこに相続の問題が生じているのか。少し話を遡ってみましょう。ここに出てきます「エジプトの女ハガルがアブラハムとの間に生んだ子」は名前を「イシュマエル」と言います。イシュマエル誕生に関わる話は、創世記16章に出ています。

 その頃、アブラハムの妻サラには子供がいませんでした。16章ではまだ名前がアブラムとサライとして出てきますが、子供のいないサライはアブラムにこんな提案をしたのです。「主はわたしに子供を授けてくださいません。どうぞ、わたしの女奴隷のところに入ってください。わたしは彼女によって、子供を与えられるかもしれません。」(16:2)。今日の私たちの常識からすれば驚くべき提案ですが、当時の社会においては決して珍しいことではなかったようです。

 しかし、問題はその提案の内容よりも、サライがこのような提案をした理由にあるのです。というのも、このサライの提案は、要するに、「もう神に信頼して、神に期待して待つのはやめましょう」ということを意味したからです。

 かつて神はアブラムに言われました。「あなたは生まれ故郷、父の家を離れて、わたしが示す地に行きなさい。わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める、祝福の源となるように」(12:1‐2)。「あなたを大いなる国民にする」とは、要するに子孫を増やすということです。アブラムもサライもこの主の言葉を信じて、旅に出たのです。それがそもそもの発端でした。さらに創世記15章においても、主はアブラムを外に連れ出してこう言っておられます。「天を仰いで、星を数えることができるなら、数えてみるがよい。」そして、言われたのです。「あなたの子孫はこのようになる。」

 しかし、実際には何年経っても子供は生まれませんでした。先ほど引用した16章はこのような言葉で始まります。「アブラムの妻サライには、子供が生まれなかった」(16:1)。神様の約束が実現に向かって進んでいるとは思えませんでした。昨日も今日も何も変わらないのです。何も変わらない日々は永遠に続くように思えました。そこで出てきたのが先ほどの提案だったのです。「主はわたしに子供を授けてくださいません。どうぞ、わたしの女奴隷のところに入ってください。わたしは彼女によって、子供を与えられるかもしれません」(2節)。

 「主はわたしに子供を授けてくださいません」――要するに、「神がしてくださらないならば、私たちの手で実現しましょう」ということです。「もう待つのはやめましょう。もう神に期待することはやめにして、私たちのできる仕方で実現しましょう」ということです。そして、実現したのです。アブラハムは子孫を得ることとなりました。それがイシュマエルでした。しかし、それは「神の約束の成就」ではありませんでした。

 当然のことながら、アブラハムがイシュマエルを見る時に、「神様、あなたは真実な御方です」と感謝の祈りを捧げることはできなかったはずです。事実は逆だったからです。過去のある時点において、アブラハムもサラも、神が真実な方であることを信じることをやめた時があった。信頼することをやめた時があった。アブラムは、イシュマエルを見るたびにその事実を思い起こしたに違いありません。

もう苦しまなくてよい
 やがて時満ちて、サラにも子供が生まれました。それは神の約束の成就でした。その誕生の次第は今日お読みしました箇所の直前に書かれています。アブラハムはその子をイサクと名付けました。その名前は「笑う」という言葉に由来します。まさに、イサクの誕生は神の約束の成就として、アブラハムの家庭に喜びに満ちた「笑い」をもたらしたに違ありません。そうです、そのはずでした。

 しかし、そのすぐ後に今日読まれた聖書の言葉があるのです。「サラは、エジプトの女ハガルがアブラハムとの間に産んだ子が、イサクをからかっているのを見て、アブラハムに訴えた。『あの女とあの子を追い出してください。あの女の息子は、わたしの子イサクと同じ跡継ぎとなるべきではありません』」(9‐10節)。

 神が与えてくださった喜びと笑いに満ちたイサクの誕生。その笑いに満ちているはずの生活の中に、こうして敵意と争い、それゆえの様々な苦しみが、相続の問題という形で入り込んできていたのです。

 「このことはアブラハムを非常に苦しめた。その子も自分の子であったからである。」そう書かれています。神の約束においては、もともと相続の問題やそれに伴う苦しみはなかったはずだということは分かっています。これは過去のある時点において、神が真実な方であることを信じることをやめた結果であることも分かっているのです。すべては不信仰のゆえだ、と。

 その結果、自分が苦しむだけではない、サラはサラとして苦しみ、ハガルとイシュマエルも苦しむことになってしまった。アブラハムは、あの時のことを悔やんだかもしれません。なぜ待てなかったのだろう。なぜ神に期待することをやめてしまったのだろう。なぜ神に信頼し続けなかったのだろう。しかし、悔やんでも過去が変わるわけではありません。

 しかし、神はそんなアブラハムに現れてこう言われたのです。「あの子供とあの女のことで苦しまなくてもよい。すべてサラが言うことに聞き従いなさい。あなたの子孫はイサクによって伝えられる。しかし、あの女の息子も一つの国民の父とする。彼もあなたの子であるからだ」(13節)。

 神はこのような事態をもたらしたアブラハムの過去を責めませんでした。そうではなく、「苦しまなくていい。心配しなくていい」と言ってくださったのです。ここに語られていることは何ですか。私に任せなさい、ということです。すべては人間の罪と不信仰が招いたことなのに、神はその現実に慈しみ深くかかわってくださるのです。「あの女の息子も一つの国民の父とする。彼もあなたの子であるからだ」。神はそう言ってくださった。だからもう苦しまなくていい。心配しなくていい、と。

神は聞いていてくださる
 そして、神はそのような神であることを、ハガルとその子に対しても現されたのでした。それが14節以下に書かれていることです。

 「アブラハムは、次の朝早く起き、パンと水の革袋を取ってハガルに与え、背中に負わせて子供を連れ去らせた」(14節)。こうしてハガルはアブラハムの家を立ち去ることとなりました。彼女と子供はベエル・シェバの荒れ野をさまよいます。やがてハガルの革袋の水が尽きました。もはやどうすることもできません。子供は次第に弱っていきます。自分は子供を助けることができない。目の前で子供が死んでいくのを見るのは耐えられませんでした。ハガルは灌木の日陰に子供を置いて、遠く離れていきました。子供が泣き出します。母親も遠くで泣いている子供を見て、声を上げて泣きました。

 しかし、もはや泣くことしかできないハガルに、神は御使いを遣わしてこう語られたのです。「ハガルよ、どうしたのか。恐れることはない。神はあそこにいる子供の泣き声を聞かれた。立って行って、あの子を抱き上げ、お前の腕でしっかり抱き締めてやりなさい。わたしは、必ずあの子を大きな国民とする」(17‐18節)。

 泣く声を主は聞いておられました。泣く声は神への祈りとして聞かれていたのです。泣く声の中の言葉にならない祈りを主は聞いておられた。その悲しみも、苦しみもすべて神は聞いていてくださったのです。その上で、まず一番必要なものを与えてくださったのです。それは水ではありませんでした。泣いている子供にとっては、母親に抱き締めてもらうこと。ハガルにとっては、その子をしっかりと抱き締めてあげることでした。

 すると彼女の目が開かれたのです。「神がハガルの目を開かれたので、彼女は水のある井戸を見つけた。彼女は行って革袋に水を満たし、子供に飲ませた」(19節)。当然のことながら井戸は前からそこにあったのでしょう。彼女が絶望して大声で泣いていたその時に、既にその側には神の備えがあったのです。神は目を開いて、その事実を見せてくださったのでした。

 もちろん、それでハガルが過去に戻れるわけではありません。彼女は今置かれている現実を受け入れなくてはならない。しかし、彼女もまた、アブラハムと同じように、彼女が知った神の慈しみの中を生きていくのです。泣く声さえも祈りとして聞いていてくださる神。そして、その嘆きの中に既に備えを置いてくださっている神。そのような神を知った人として、ハガルは生きていくのです。イシュマエルと共に。イシュマエルという名前には意味があります。「神は聞いていてくださる」という意味です。

 そして、私たちもまた、そのように生きて行くのです。今日は平和主日です。しかし、現実に私たちが見ているのはズタズタに引き裂かれた平和を失った世界です。互いに憎みあい、傷つけあい、裁きあい、殺し合っている世界です。それは、私たち人間がその初めから、神に背いて自らに招いてきた現実であるとも言えます。しかし、そのような世界のただ中で、こうして平和主日の礼拝をささげるのは、共に平和を祈り求めることができるのは、神が人間の罪にもかかわらず、この世界を、私たちを憐れんでくださると信じているからです。神は聞いていてくださる神だと、信じているからです。そして、神は確かに、私たち自身にも、この世界にも、慈しみ深く関わってくださるのです。

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