2026年1月28日水曜日

祈祷会用:サムエル記上 31:1~13

 サムエル記上 31:1-13

 今日お読みしました31章は内容的には28章に続きます。当初、ペリシテ軍はアフェクに集結し、イスラエル軍はイズレエルにある一つの泉の傍らに陣を敷いていました(29:1)。しかし、ペリシテ軍は北方へと進軍し、イスラエルはついにギルボア山に追いつめられます(28:4)。窮地に陥ったサウルは主に託宣を求めますが、もはや主は答えられません。そこでサウルは口寄せの女のもとに行き、サムエルを呼び出そうとしたのです。

 サウルは口寄せの女を通して語るサムエルに訴えました。「困り果てているのです。ペリシテ人が戦いを仕掛けているのに、神はわたしを離れ去り、もはや預言者によっても、夢によってもお答えになりません。あなたをお呼びしたのは、なすべき事を教えていただくためです」(28:15)。本来ならば神が離れ去ったということ自体が最大の問題であり真に恐れ悲しむべきことであるのに、サウルにとっての切実な問題はペリシテとの戦いにおいて為す術を知らぬことなのです。それゆえに「困り果てているのです」と語るのです。

 そのようなサウルであるゆえに、サムエルの口を通して与えられるのは、やはり主の裁きの言葉以外の何ものでもありませんでした。「主はあなたのみならず、イスラエルをもペリシテ人の手に渡される。明日、あなたとあなたの子らはわたしと共にいる」(28:19)。そして、まさに主の言葉のとおりになったことを、今日の聖書箇所は伝えているのです。

 さて、先週お読みしましたように、サウルが北方へと追いつめられていくのに対して、時を同じくしてダビデは南方へと向かっていました。ツィクラグを襲って火をかけたアマレク人を追うためでした。ダビデもまた託宣を求めます。主はダビデに答えられました。「追跡せよ。必ず追いつき、救出できる」。そして、主はアマレク人らをダビデの手に渡され、ダビデは奪われたすべてを取り戻したのでした。

 主の御支配のもとにあって、一方は北方へと、一方は南方へと導かれました。この進軍の方向の違いは、そのまま、両者の辿る運命の違いをも象徴しています。主はサウルに裁きをくだされ、ダビデを救われました。これはいずれも同じ主の大いなる御業です。私たちはパウロがローマの信徒たちに書き送った次の言葉を思い起こさせられます。「だから、神の慈しみと厳しさを考えなさい」(ローマ11:22)。

 今日の聖書箇所は、イスラエルとペリシテの戦闘の詳細を伝えてはおりません。そこには多くの血が流され、地獄絵図のような様相を呈していたに違いないのですが、その描写に言葉を費やしません。ただサウルが最後に自ら剣を取り、その上に倒れ伏して死んだこと、そしてサウルの息子たちが共に死んだことを淡々と伝えます。「この同じ日に、サウルとその三人の息子、従卒、更に彼の兵は皆死んだ」(6節)。

 このように上巻の最後に記されている場面は、よくあるテレビドラマの最終回のように、これまでの様々な場面を思い起こすように書かれています。

 同じ日にサウルとその息子たちが死にました。かつて、同じことがエリとその息子たちに起こりました(4章)。彼らに起こったこともまた、預言者によって語られ、サムエルを通して再び確認された言葉の成就でした。

 また、イスラエルの兵士たち死にました。かつてサムエルの告別説教において語られていたとおりになりました。「…あなたたちもあなたたちの上に君臨する王も、あなたたちの神、主に従うならそれでよい。…悪を重ねるなら、主はあなたたちもあなたたちの王も滅ぼし去られるであろう」(12:13-25)。サウルの不従順はもはやサウルだけの問題ではありませんでした。王と民は共に責任を問われるのです。そして、その言葉のとおり、サウルと息子たちと共に、多くの者たちが死んだのです。

 それだけではありません。「谷の向こう側と、ヨルダンの向こう側のイスラエル人は、イスラエル兵が逃げ、サウルとその息子たちが死んだのを見ると、町をことごとく捨てて逃げ去ったので、ペリシテ軍が来てそこにとどまった」(7節)と書かれております。こうして、イズレエルの谷の北側およびヨルダン東岸もまた、ペリシテの支配下におかれたのです。それは、いわば王制以前の状態に戻ったということでもあります。

 人々は王国となることを求めました。周辺諸国と同じように王制を採ること、そして王の指揮の元に軍隊が組織されることを望みました。それこそが自らを守る唯一の道だと信じていたからでした。しかし、制度としての王制そのものは、民を救い出す力とはなり得なかったのです。その事実がこうして明らかになりました。

 かつてサムエルによって語られたように、真に重要なことは、神との関係によって決定するのです。王も民も真の王なる神に従うか否かということなのです。その原則は王国となっても変わらないのです。

 さて、これまで度々触れてきましたように、この歴史物語の最初の読者は、最終的にユダの王国が滅び、バビロンに捕囚となった捕囚民たちでした。上巻の最後に至るまで読んで、彼らは何を考えたのでしょう。きっとここに書かれている出来事と、自分たちの経験とを重ね合わさずにはいられなかったに違いありません。というのも、この敗戦は単なる歴史的な悲劇などではなく、明らかに神の審判として書かれているからです。その審判を捕囚民たちも経験したのです。そうです。この場面には、バビロン捕囚とはいったい何であったのかが、鮮やかに描き出されているのです。

 翌日ペリシテ軍はサウルとその三人の息子たちがギルボア山上に倒れているのを見つけました。彼らはサウルの首を切り落とし、息子たちと共にベト・シャンの城壁にさらします。ペリシテ人たちは、サウル王家からすべての栄光を剥ぎ取り、彼らをこれ以上為しえないほどに貶めたのでした。

 しかし、私たちはそこに「ペリシテ全土に使者が送られ、彼らの偶像の神殿と民に戦勝が伝えられました」(9節)と書かれていることに注意しなくてはなりません。明らかにイスラエルの敗北は、イスラエルの神の敗北として見なされ、そのように偶像の神殿と民に告げ知らされたのです。イスラエルが貶められ、イスラエルの王家が貶められるということは、イスラエルの神が嘲られ貶められることでもあるのです。いわば、主はイスラエルを裁くことによって、自らの栄光を捨て去ることを良しとされたのです。主の裁きは、主の栄光の放棄を伴うのです。それがサウルの軍隊の敗北が意味することであり、またそれが後の時代におけるバビロン捕囚においても起こったことなのです。主は自らの栄光を捨てられたのです。

 しかし、そこには神の憐れみもまた描かれているのです。神の憐れみが残されている。それゆえに希望もまた残されているのです。

 11節以下には何が記されているでしょうか。ギレアドのヤベシュの住民が、ペリシテ軍のサウルに対する仕打ちを聞くと、夜通し歩いてベト・シャンの城壁に赴き、サウルとその息子たちの遺体を取り降ろしたことが書かれているのです。これが命がけの行為であることは言うまでもありません。そうまでしてサウルたちを葬ろうとする人々がいた。しかも彼らは七日間断食したのです。

 どうして、彼らがそのような行動を取ったのでしょう。それは11章を読むと分かります。テレビドラマならば、回想シーンとして若き日のサウルがそこに再登場することになるのでしょう。ギレアドのヤベシュがアンモン人に包囲された時のことです。絶体絶命の危機がサウルのいるギブアに伝えられた時、神の霊がサウルに降り、彼は指導者として立ち上がったのです。荷物の間に隠れているような臆病者が、ただ神の霊によって、信仰によって立ち上がった。そして、彼はヤベシュの人々をアンモン人の手から救ったのです。主に召された時の、あの初めの頃のサウルです。

 サウルは、今でこそ惨めな姿で城壁にさらされています。しかし、あの時救われたヤベシュの人々は、あの時のサウルを忘れなかったのです。そのヤベシュの人々の姿は何を意味しますか。――ヤベシュの人々が覚えているならば、当然、神もまた、そのことを覚えておられる、ということです。他ならぬ神御自身が憐れみをもってあの最初のサウルを覚えていてくださることが、この出来事に示されているのです。

 これが捕囚の民にとって何を意味するかは明らかです。神は初めの時を覚えていてくださる。ヨハネの黙示録の表現によるならば、「初めのころの愛」(黙示録2:4)を覚えていてくださる。ならば大事なことは立ち帰ることなのです。サウルは死にました。しかし、捕囚の民は生きている。生かされている。ならば大事なことは悔い改めて立ち帰ることなのです。そこにこそ希望が残されているのです。

2026年1月25日日曜日

「真に自由になるために」

2026年1月25日 主日礼拝説教 

聖書:マルコによる福音書 1:21‐28

律法学者のようにではなく
 今日の福音書朗読は、ガリラヤ湖北岸に位置しますカファルナウムという町での出来事を伝えています。それはある安息日、皆が集まっている会堂で起こりました。

 その日、人々が集まった礼拝の場は、普段の安息日とは全く違った空気に包まれていました。皆があっけにとられた表情で、語られる言葉に聞き入っています。彼らの前に立っているラビは、明らかに、ただ者ではありませんでした。人々はこれまで全く聞いたことのないような言葉を耳にしていました。人々が驚いていたのは、そのナザレのイエスという御方が、「律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになったから」(22節)でした。

 「律法学者のようにではなく」とは、どういうことでしょうか。律法学者の主要な職務は、律法を解釈することにありました。すなわち、聖書の言葉を解釈し、その時代の状況に適用することにありました。その解釈をもって、人々に教育を施し、あるいは法廷における判決に関わったのです。そこで重要なことは、律法学者と呼ばれる人たちは、あくまでも解釈者以上の者ではなかった、ということです。最終的な権威は、聖書の言葉、律法の言葉そのものが持っていたのです。

 ところが、イエス様は自らが「権威ある者として」語られたと言うのです。律法学者とは違っていたのです。単に《聖書の言葉を現実生活に適用すること》を教えていたのではないのです。イエス様の存在とそのみ言葉は、確かにそれ以上のことを意味していたのです。

 残念ながら今日もなお、キリスト教信仰を《聖書の言葉を現実生活に適用すること》ぐらいにしか考えていない人は少なくありません。「聖書を生きる」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。教会においてよく使われる表現ですし、私も時々口にする言葉です。しかし、この「聖書を生きる」ということが、単に「聖書の教えを実践して生きている」という意味でしかないならば、イエス様が来られる以前に、「聖書を生きている」人はいくらでもいたのです。既に律法学者がその専門家でありました。まさに律法学者たちが目指していたのは、そのような意味で、人々が「聖書を生きる」ように教えることだったのです。

 しかし、イエス様はあのカファルナウムの会堂で、律法学者のようにではなく、権威ある者として教えられたのです。主がもたらされたのは、単なる聖書の言葉の適用ではなかったのです。イエス様はもう一人の律法学者として来られたのではないのです。

権威ある者として
 では、イエス様が権威ある者として教えられたということは、いったい私たちに何を意味するのでしょうか。そのことを続く出来事から見ていきましょう。23節以下をご覧下さい。「そのとき、この会堂に汚れた霊に取りつかれた男がいて叫んだ。『ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ』」(23‐24節)。

 場面を想像してみてください。皆が会堂に集まっています。礼拝をしています。イエス様が語り始めました。人々は権威ある者のように語られるイエス様の言葉に驚嘆しながら、全く初めて聴くような新しい言葉に、それこそ全身を耳にして聞き入っています。「そのとき」――まさにその時に、会堂の中に異様な叫び声が響き渡りました。「ナザレのイエス、かまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。神の聖者だ。」その場面を想像できますか。

 皆の視線がその人に集まったに違いありません。驚いた顔をしている人。迷惑そうな顔をしている人。どうしたら良いのか当惑している人。一瞬、その場が凍り付いたことでしょう。ここに書かれているのは、そんな場面であると想像します。

 しかし、その凍り付いた空気を、イエス様の声が切り裂きます。主は厳しく叱りつけられたのです。「黙れ!」そして、続いて何と言ったでしょうか。「出て行け!」と叫んだのです。しかし、それはその人に対してではありませんでした。「《この人から》出て行け」(もとの語順なら「出て行け、この人から」)と主は叫ばれたのです。

 人々は、礼拝を混乱させる「この人」に出て行って欲しかったに違いありません。しかし、イエス様にとっては、「この人」が大事だったのです。彼はそこにいなくてはならないのです。その人はイエス様にとって、汚れた霊に支配されている悲しい一人の人間なのです。正しく神に向かうことができず、神を礼拝することができず、自分を超えた力に振り回され、自分自身をコントロール出来ない、悲しい一人の人間に他ならないのです。

 「この人から出て行け!」――それは汚れた霊に対する怒りの言葉でした。しかし、それは同時に、この一人の人間に対する、イエス様の深い憐れみからほとばしり出た叫びでもありました。何としてでもこの人を汚れた霊から解放し、神に向かう本来の人間の姿を回復したいと願う、キリストの熱情の現れでありました。

 そのようにイエス様が汚れた霊を叱りつけると、「汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った」と書かれています。そのように、権威ある者として語られたイエス様の御言葉は、この人を解放し、この人の本来の姿を回復したのです。イエス様の存在とその言葉は、ただ単に、聖書の言葉を実践する道徳的な人間を造り出したのではないのです。汚れた霊の支配に代わって、神の支配がその人の上に訪れたのです。

キリストによる解放
 さて、このような癒しと解放の物語は、初代教会の礼拝の場で語り継がれていきました。だから、こうして聖書の中に記されているのです。何のために、これが礼拝の場で語られてきたと思いますか。単に「かつてイエス様はこのようなことをなさったのですよ」ということを伝えるためではありません。そうではなくて、キリスト者が礼拝しているイエス様とは、どのような御方であるかを伝えるために語り継がれてきたのです。そして、私たちのために十字架にかかられ、そして復活して、今も生きておられるキリストを伝える物語として、ここにいる私たちにも伝えられているのです。

 そのように、今日の私たちとの関わりにおいてこの物語を読みます時に、この場面はある特殊な状況における特別な出来事ではないということが見えてきます。あの汚れた霊に支配された人は、決して私たちとは無関係な特別な人間ではないのです。なぜなら、それを汚れた霊と呼ぶか、悪しき霊と呼ぶか、あるいは他の言葉で呼ぶかは別としまして、そのような見えざる力に振り回され、自分自身をコントロールすることが出来なくなってしまう悲しみは、ある意味で私たち人間が等しく抱える普遍的な経験であるからです。

 国と国、民族と民族の間における戦闘と殺戮の歴史の中に、私たち人間は汚れた霊の支配を実際に見てきたのではないでしょうか。あるいは身近なコミュニティーの中に、小さな家庭の中に、そして個人の心の中に、人間がどうすることもできない力が働くのを、私たちもまた経験してきたのではないでしょうか。人間の意志や知性によってはどうすることもできない支配力の猛威を、私たちは実際にいやというほど経験してきているのではないでしょうか。その意味で、今日の聖書箇所に描かれている一人の人物の姿は、私たちと決して無関係ではありません。

 しかし、そのような汚れた霊の支配の中に、キリストが入って来られた、というのがこの場面なのです。そして、福音書はその物語を伝えることによって、イエス・キリストが、今もその権威をもって、私たちの人生に入って来てくださることを語っているのです。

 イエス様が入って来られる時、そこには葛藤が起こります。今日の聖書箇所に書かれている通りです。キリストが権威ある御方として立った時、あの汚れた霊は叫んだのです。「ナザレのイエス、かまわないでくれ」と。

 イエス様が単なる律法学者の一人であったなら、そのようなことは起こらなかったのです。「ここに宗教的な良い教えがありますよ。生活に関する戒めの言葉がありますよ。それを守って生きましょう」というだけならば、大きな抵抗は起こらないのです。「聖書の言葉を実践しましょう」というだけのキリスト教ならば、そこに大きな葛藤は起こらないのです。しかし、キリストが権威をもって近づいて来る時、人間の内に激しい葛藤と抵抗が起こります。「ナザレのイエス、かまわないでくれ」という叫びが起こってくるのです。放っておいて欲しいのです。そのままでいたいのです。

 しかし、イエス様はそのような私たちに、あくまでも関わってこられるのです。そのような私たちであるからこそ、関わってこられるのです。なぜなら、それは人間の本来の姿ではないからです。汚れた霊に支配され、神に背いている人間の姿は、人間の本来の姿ではないからです。

 人間を汚れた霊から解放し、神の支配のもとに回復するのは、律法の権威ではありません。宗教的な戒めや道徳的な言葉が、人を解放するのではないのです。また、私たち人間の決意や意志の力が、私たち自身を解放するのではないのです。私たちを解放するのは今も生きておられるキリストです。私たちを憐れんでくださるキリストです。「この人は私のものだ。この人は私が血をもって贖った人だ。この人から出て行け」と私たちの側に立って汚れた霊に命じてくださるキリストなのです。

 キリストを信じて生きるとは、私たちの人生に入って来られ、私たちに徹底的に関わってくださるキリストの権威のもとに身を置き続けることなのです。そのようにして、キリストと共に生きていくことなのです。私たちがキリストによって招かれた者として、こうして毎週礼拝の場所に集まり続けるのは、その具体的な表現であり、同時に、今この時も、主が私たち一人ひとりに深く関わり、その命を注ぎ込んでくださっているという霊的な事実の顕れなのです。

 私たちは、単に道徳的な教えを学ぶためにここにいるのではありません。キリストの権威のもとに身を置き、キリストとの交わりの中に身を置くためにここにいるのです。この御方のもとに身を置き続けてこそ、汚れた霊から解放され、真の自由を得、神との正しい関係にある本来の人間の姿をもって生きていく道が開かれていくのです。

2026年1月21日水曜日

祈祷会用:サムエル記上 30:1~31

サムエル記上 30:1-31

 アキシュの護衛の長としてガトの軍隊と共に出陣したダビデは、結局イスラエル軍と戦わずに帰ることとなりました。どうにもならないと思えた難題は、予想だにしなかった展開により解決されました。アキシュを除いたペリシテの武将たちの間に、ダビデを同行させることに対する反対が起こったのです。アキシュはダビデに対しツィクラグに戻るようまことに申し訳なさげに要請します。このチャンスをダビデは見逃しません。「わたしが何をしたとおっしゃるのですか。あなたに仕えた日から今日までに、どのような間違いが僕にあって、わが主君、王の敵と戦うために出てはならないというのでしょう」(29:8)と言ってごねて見せます。しっかりとアキシュに貸しを作って、意気揚々とツィクラグに帰って行ったのでした。

 しかし、主は単にダビデを困窮から救おうとしておられたのではありません。主は、ダビデをイスラエルの王とするために事を進めておられるのです。ですから、そのためにダビデは整えられなくてはならないのです。彼はツィクラグに帰るのではなく、主に立ち帰らなくてはならないのです。そのために主はその道筋を既に準備をしておられたのでした。ダビデたちがツィクラグに戻って来ると、なんとその町はアマレク人によって略奪され、焼き払われていたのです。

 ダビデは悲しみのどん底に突き落とされました。いや、それだけではありません。彼は絶体絶命の窮地に追い込まれたのです。なぜなら兵士たちは皆、こうなったのはダビデの失策であると考えたからです。そもそもアマレク人を襲うようなことをしなければ、こんなことにはならなかった!そう思った兵士たちは、ダビデを石で打ち殺そうと言い出しました。

 ダビデは苦しみます。もはやどこにも助けを求めることができません。しかし、その時こそまさにダビデが主に立ち帰るべき時だったのです。そして、ダビデは主に立ち帰ったのでした。聖書はこう記しています。「ダビデは苦しんだ。だが、ダビデはその神、主によって力を奮い起こした」(6節)と。「その神」とは「彼の神」ということです。ダビデは再び主を「わが神」として求めたのです。

 そこで久しぶりに祭司アビアタルが登場します。23章において、信仰によってケイラを助けに行った時以来の登場です。あのケイラを助けた時と同じように、ダビデは彼にエフォドを持ってくるように求めます。ダビデはまことに主に寄り頼んでこのことをしたのです。それは状況を考えればよく分かります。ダビデと兵士たちの家族は連れ去られてしまったのです。今、どうなっているかさえ分からないのです。このような時、人は絶望するか、一刻も早くなんとかせねばと浮き足立つかのいずれかでしょう。しかも、先に述べたように、ダビデを石で打ち殺そうという動きがあるのです。そのような時に、あえてダビデは託宣を求めたのです。

 祭司がウリムとトンミムをもって主の言葉を求めるのは、即席のことではありません。ある程度の時間がかかる。それでもなお主の言葉を求めたのです。しかも、ダビデは、「追跡すべきでしょうか」と問うたのです。「追跡するな」という答えが返ってきたらどうするのでしょう。しかし、主の託宣を求めるからには、その託宣に従うつもりで求めたのです。もし主の答えが「追跡するな」であったなら、そこでダビデは確実に石で打たれて殺されることでしょう。

 主の答えは「追跡せよ」でした。その答えを聞いて、彼らは出立します。途中ベソル川に着くと落伍者が200人ほど出ました。彼らはアフェクから帰って来たばかりですから、確かに疲れていたに違いありません。しかし、いくら疲れていたとはいえ、家族を奪われた兵士たちの中に落伍者が出たというのは余程のことです。彼らがいかに急いで行軍していたかということが分かります。それは当然のことと言えば当然です。

 しかし、その途中において彼らは死にかけている一人のエジプト人に出会うのです。なんとダビデは、その男にパンと水、干しいちじくと干しぶどうを与えて食べさせるのです。ダビデはその時点では、まだ彼がアマレク人の奴隷であることを知っていません。ダビデが彼に何者かを尋ねるのはその後です。要するに、ここに書かれているのは、この急いでいる時に見知らぬ一人の外国人を助けたというだけの話です。

 なぜ助けようと思ったのか、その理由は定かではありません。憐れみを示すことが主の御心だと信じたのでしょう。しかし、いずれにせよ、この一人のエジプト人奴隷を助けたことが、決定的な意味を持つことになるのです。

 助けられたその男は、なんとアマレク人の元奴隷だったのです。しかし、三日前に病気にかかり、主人に捨てられて野に倒れていたのです。今回の略奪においてアマレク人たちは大勢の奴隷を得たのですから、病気になって足手まといになる奴隷など必要ないと考えたのでしょう。しかし、この奴隷が回復した時に、ダビデを略奪隊のもとに案内することになるのです。その結果、ダビデと兵士たちは略奪隊に追いつき、彼らを討ち、奪われた家族を取り戻すこととなるのです。

 「追跡せよ。必ず追いつき、救出できる」。そう主は言われました。しかし、そのことが実現するための鍵を握っていたのは、足手まといにしかならなかった一人の死にかけた病人だったのです。アマレク人は彼を捨てました。役に立たない者、足手まといになる者は切り捨てていく。それは合理的な考え方であり、この世界はその原理で動いているのでしょう。一方、ダビデたちは彼に食べさせました。それは、緊急時であることを考えるなら、極めて時間の無駄であるし、食料の無駄のように見えるのです。しかし、この違いが事を決したのです。

 「救出できる」。これは神の御心です。そして、私たちは神の御心ならば何の障害もなく最短距離で実現すると思ってしまいやすいものです。しかし、聖書において、神の御心は、しばしば一見無駄と思えることを通して、周り道をしながら、実現していくのです。それまで無駄に思えたこと、周り道と思えたことが、後には決定的な意味を持つのです。

 かのエジプト人がダビデを案内していくと、アマレク人らは辺り一面に広がってお祭り騒ぎをしていました。ペリシテ軍もイスラエル軍も戦争のために出払ってしまっているのですから、まさか誰かが追ってこようなどとは夢にも思っていなかったはずです。

 ダビデたちは、完全に油断していたアマレク人を討って、アマレク人が奪って行ったものをすべて取り戻し、二人の妻も救い出したのでした。18節以下には、彼らが何も失わなかった事実が繰り返されています。この一連の出来事は、ダビデが主に立ち帰るための神の配慮に満ちた計画であることが、ここに強調されているのです。

 いや、何も失わなかっただけでなく、多くの戦利品を彼らは得たのでした。彼らは家畜の群れを引きながら、やがてベソル川にとどまっていた二百人の兵のもとに戻ってきます。そこである者たちが言いました。「彼らは我々と共に行かなかったのだ。我々が取り戻した戦利品を与える必要はない」(22節)。彼らはそれらをあくまでも自分たちが戦って得たものだと主張するのです。そのように思っている人は、戦わなかった者に与えようとはしないでしょう。

 しかし、ダビデはそう言いません。「主が与えてくださったものをそのようにしてはいけない。…皆、同じように分け合うのだ」(23節)と彼は言うのです。このことは後に慣例となったことが記されておりますが、ダビデのしたことは基本的には民数記31:26以下において主がモーセに命じられたことと同じです。そこにはこう書かれています。「あなたは、祭司エルアザルと共同体の家長たちと共に、捕虜として分捕った人間と家畜の数を調べ、分捕ったものを戦いに出た勇士と共同体全体とに折半しなさい」(民数記31:26-27)。主は戦いに出た者たちだけのことを考えておられるのではありません。戦いに出なかった他の者たちもまた、主の御心においては意味を持っているのです。

 ところで「戦利品を与える必要はない」と主張した人々がここで「ならず者」と呼ばれていることには意味があろうと思います。これはもともとは「無価値な者」という意味の言葉です。彼らは戦いに出なかった者をこの戦いにおいては無価値な者と見なしたのでした。しかし、そのように見なす者をむしろ聖書は「無価値な者」と呼んでいるのです。無価値に見えるものが実はどれほど大きな意味を持つかは、アマレク人に捨てられた奴隷がすべての鍵を握っていたという事実において既に見てきました。神の御計画におけるこの逆説を見落として、ただ合理的に生きようとする者は、本当の意味で「無価値な者」となってしまうのです。

2026年1月18日日曜日

「イエスとガリラヤの漁師たち」

2026/1/18 主日礼拝説教 

聖書:マルコによる福音書 1:14-20

人々の期待、弟子たちの期待
 「ヨハネが捕らえられた!」そのニュースは多くの人々に大きなショックを与えたに違いありません。ユダヤの全地方から夥しい人々がヨハネのもとに訪れ、罪の赦しを求めて洗礼を受けていたのです。彼らの中には「この人こそメシアであるに違いない」と思っていた人もいたのです。あるいは旧約聖書に出て来るエリヤを思い起こしていた人がいたかもしれません。しかし、そのヨハネが正しいことを語ったがゆえに逮捕されてしまったのです。

 捕らえたのはヘロデ王でした。ヨハネがヘロデによって捕らえられ、やがて獄中で首をはねられて殺されるに至った次第は、この福音書の6章に記されています。ヨハネの逮捕は不当であることは、誰の目にも明らかでした。しかし、ヘロデの強大な権力の前にどうすることもできません。人々はただ嘆くことしかできませんでした。

 そのような時代のただ中にあって、ヨハネと入れ替わるかのように、あのナザレのイエスが声を上げたのです。「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(15節)。ヨハネを捕らえたヘロデの強大な権力を前にして、さらに言うならば、その背後にあるローマ皇帝の支配の真っただ中において、「神の国は近づいた」と宣言することが、当時の人々の耳にどれほど過激に聞こえたことか、想像してみてください。既存の王国のただ中で、もう一つの王国の到来が宣言されているのです。それは既存の王国の終わりを宣言するものと、人々の耳には響いたに違いないのです。

 人々はかつての洗礼者ヨハネの説教を思い起こしながら、あらためて期待に胸を膨らませたに違いありません。神の正義の支配が目に見える形で実現する!それはまさにあのダビデの王座の回復、イスラエルの王国の復興に他ならない。そして、あの男は「時は満ちた」と言っている。「良い知らせを信じろ」と言っているではないか!実際、この福音書を読んでいきますと、確かにそのような期待を抱いた集団が、なんと数千人の規模に膨れあがっていく様子が描かれているのです。

 しかも、「ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き…」(14節)と書かれていました。ヨハネの洗礼運動を引き継ぐのではなく、宣教活動の拠点をあえてガリラヤに移したのです。そのこともまた人々の熱狂に火をつけることとなったと思われます。というのも、ガリラヤは反ローマ武装勢力である熱心党の発祥の地であり拠点であったからです。後にイエスの弟子となる人々の中に「熱心党のシモン」と呼ばれた熱心党出身者がいたこともうなずけます。ガリラヤという、まさに反権力思想が息づいている地域において、あの方は声を上げたのです。「時は満ち、神の国は近づいた」と。

 そして、ナザレのイエスはガリラヤにおいて独自の活動集団を作り始めているのを人々は目にしたのでした。それは明らかに通常のラビの姿ではありませんでした。イエスは「わたしに従え」と言って声をかけ、自分に従う者の集団を形成し始めたのです。今日の朗読箇所に書かれていたようにです。

 イエスがまず目を留めたのは網を打っている漁師たちでした。シモンとその兄弟アンデレ。イエスは彼らに言います。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」(17節)。すると二人はすぐに網を捨てて従った。

 そして、同じことがゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネにも起こります。イエスは、網の手入れをしていた彼らにも呼び掛けました。言葉は書かれていませんが、同じことを言われたのでしょう。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」。そして、「この二人も父ゼベダイを雇い人たちと一緒に舟に残して、イエスの後について行った」(20節)。

 「神の国は近づいた」と語るこの男はメシアなのか。そうではないのか。その時点でまだ彼らには確かなことは言えなかったに違いありません。まだわからない。しかし、神の国の到来に向かって何かが起こっている。この人を中心に何かが起こっている。そのような期待に胸を膨らませながら彼らはついていったのです。

 そして、ついて行った人々が目にした数々の出来事は、彼らの期待を裏付けるように見えたはずなのです。というのも、彼らが見たのは奇跡の数々だったからです。このナザレのイエスはとてつもない力の持ち主であることが次第に明らかにされていきました。そこに現れていたのは神の権威だったのです。その人の権威ある言葉によって病は癒され、汚れた霊は大声をあげて出て行きます。今日は読みませんでしたが28節にはこう書かれています。「イエスの評判は、たちまちガリラヤ地方の隅々にまで広まった」と。

主は十字架を経て再びガリラヤへ
 さて、そのように人々の期待が渦巻く中で、四人の漁師が一人の男についていったこの話は、二千年後にこれを読んでいる私たちにとって、何を意味するのでしょうか。マルコによる福音書の著者は、これを読んでいる私たちに何を伝えたいのでしょう。そのことを考えながら、もう一度今日の朗読箇所に耳を傾けてみましょう。

 最初に触れましたように、今日の朗読箇所は「ヨハネが捕らえられた後」という言葉から始まりました。実は、原文では「ヨハネが引き渡された後」と書かれているのです。この「引き渡される」という言葉はこの後に何度も出てきます。特に14章と15章に集中しています。そこにおいて「引き渡される」のは、イエス様です。14章と15章だけで10回もこの言葉が現れます。

 イエス様について人々やあの漁師たちが抱いていた期待については、既に述べました。しかし、マルコによる福音書が本当に伝えたいのは、「引き渡された」洗礼者ヨハネの後を追う形で、イエス様の公の宣教がスタートしたのだ、ということなのです。そして、やがてその御方が「引き渡される」ことになるのです。すなわち、人々の期待とは真逆の結末へと向かうキリストを、マルコは伝えようとしているのです。

 この福音書のちょうど真ん中あたり、8章において、ペトロがイエス様に「あなたはメシアです」とはっきり言い表している場面があります。それは弟子たちの共通した見解でした。しかし、そこでイエス様は自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められます。そして、聖書はこう伝えているのです。「それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた」(8:31)。

 そして、事実イエス様はそのように歩まれ、やがて十字架にかけられることとなるのです。そこで弟子たちはどうしたでしょう。「弟子たちは皆、イエスを見捨てて逃げてしまった」(14:50)と書かれています。ペトロについては、三回もイエスを否んだ話が別に伝えられています。あの日、期待をもってついていったペトロです。「あなたはメシアです」と語ったペトロです。

 しかし、だからこそ今日読まれた箇所において「イエスはガリラヤへ行き」と書かれていたことが大きな意味を持つのです。そして、他ならぬガリラヤにおいてペトロたちが「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われたことが意味を持つのです。というのも、あの時と同じようにイエス様は再びガリラヤに行かれることになるからです。ペトロたちはもう一度、このガリラヤに戻ってくることになるからです。

 十字架にかけられたキリストが復活した時、空になった墓において婦人たちはこのような言葉を聞いたのでした。「さあ、行って、弟子たちとペトロに告げなさい。『あの方は、あなたがたより先にガリラヤへ行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる』と」(16:7)。

 イエス様を見捨てたペトロたちです。もう弟子であるなどと言えない彼らでした。しかし、彼らのためにも十字架にかかられ復活されたキリストが、再び出会ってくださいました。そして、再び招いてくださいました。だからこそ、後の「使徒ペトロ」や「使徒ヨハネ」がいるのです。

 キリストに再びガリラヤでお会いした時、彼らは、あの初めの時のことをはっきりと思い出したに違いありません。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」。その言葉は新たな力をもって彼らに迫ってきたことでしょう。そして、彼らはイエス様の招きの言葉を、後々まで語り伝えたに違いありません。だからこそ、その言葉がこうして記されているのです。

 ここまで来てようやく、福音書を読んでいる私たちもまた、弟子たちと同じところに立つことになります。ガリラヤにおいて彼らと出会い、彼らを赦し、彼らを再び招いた復活のキリストこそ、私たちを招いてくださったキリストだからです。復活された主が私たちにも「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言ってくださったのです。

 十字架と復活を経たキリストに招かれた者として聞くならば、「人間をとる漁師にしよう」という言葉の意味ははっきり見えてきます。それこそがキリストに招かれた者がなすべきことだからです。

 洗礼者ヨハネが捕らえられた時、人々はこの世の権力の悪なることを思ったことでしょう。だからこそ悪しき権力者の支配を覆してくれるメシアを待ち望んだのです。しかし、彼らが本当に戦わなくてはならなかった相手は、ヘロデでもローマ皇帝でもなかったのです。本当の敵はこの世の権力ではなくて、罪の力なのです。権力者のみならず全ての人を神から引き離し、がっちり捕らえている罪の支配なのです。人間にとって、本当の戦いは罪との戦いなのです。

 そこにおいて必要なことは、一人ひとりの人間が神に立ち帰り、罪の赦しを得て、神と共に生きる者となることなのです。そこにこそ罪の支配に代わるもう一つの支配が到来するのです。神の支配、神の国。そこでは、どうしても一人一人の「人間」に目が向けられなくてはなりません。一人一人の人間において生きる方向が変わらなくてはならないのです。それを悔い改めというのです。

 ならば、まことに愚かに見えるかもしれないけれど、一人一人の「人間」に対して、神の愛と赦し、神の招きを伝えていくしかないのです。だから「人間をとる漁師」と呼ばれているのです。「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」。その御言葉によって召され、集められ、この世に遣わされているのが教会なのです。

2026年1月14日水曜日

祈祷会用:サムエル記上 29:1~11

サムエル記上 29:1-11

 サムエル記29章は28章2節に続きます。「このままではいつかサウルの手にかかるにちがいない。ペリシテの地に逃れるほかはない」と思ったダビデはガトの王アキシュのもとに身を寄せました。既にサウルの敵として知れ渡っているダビデはアキシュに快く迎え入れられました。ダビデはそんなアキシュの信用を得るために、アマレク人などイスラエルの周辺民族を襲っては、あたかもユダの町々を襲ってきたかのように偽りの報告をします。ダビデはアキシュから信頼されるようになり、完全に身の安全を確保することができました。すべてダビデの計算通りでした。

 しかし、やがてペリシテとイスラエルは全面戦争に突入することとなりました。ガトの軍隊が出陣するに当たり、アキシュはダビデと兵士たちに戦陣に加わるようにと要請します。「あなたもあなたの兵もわたしと一緒に戦陣に加わることを、よく承知していてもらいたい」(28:1)。ダビデはついに自らイスラエルの民と戦わざるを得ないところに追い込まれました。彼は苦し紛れに答えます。「それによって、僕の働きがお分かりになるでしょう。」この言葉によってダビデは墓穴を掘ることになりました。ダビデはアキシュの護衛の長に抜擢されることとなるのです。もはや戦いを逃れることはできません。

 ペリシテ人の主要五都市の軍隊はアフェクに集結することになりました。ダビデの軍隊もアキシュと共に、アフェクに上ります。五都市の内、ガトの軍隊は最後尾を行軍することとなりました。そのしんがりにアキシュと共に行軍することとなったのが護衛の長であるダビデとその兵士たちでした。しんがりは背後から敵が臨んだ時に全軍を守る重要な位置です。そのような位置に兵士たちが置かれたことは、アキシュがいかにダビデたちを信頼していたかを示します。

 もはやダビデたちが戦列を離れることは不可能でした。しかし、その不可避と思われたダビデの参戦が、なんと思いがけない仕方で回避されることになるのです。それはダビデが画策したことではありませんでした。全く予想もしない仕方で外から起こったことでした。

 他の都市の武将たちが、ガトの軍に混ざっているヘブライ人に目を留めます。アキシュが、ダビデであることを説明します。そこでこの問題を巡ってアキシュと他の四都市の武将たちの間に分争が生じました。これはダビデという存在をどう見るかということの対立でした。他の四都市はダビデを信用しようとはしなかったのです。

 アキシュと他の武将たちの見方が違ったのは、ある意味では仕方のないことでした。既に見てきたように、ダビデの名を一躍有名にしたのは、言うまでもなくゴリアトとの対決です。そのダビデの勝利と、それに伴うペリシテ軍の敗退がいかに広く言い伝えられていたかは、「サウルは千を討ち、ダビデは万を討った」という歌が繰り返しペリシテ人の口に上ることから分かります。

 あの敗北において、最も大きな打撃を受けたのは、もちろんゴリアトを出したガトであったと思います。ダビデを最も恐れたのはガトの人々であったことは疑うべくもありません。しかし、そのダビデがサウルに反旗を翻した(これは事実ではありませんが)というニュースが届き、そのダビデがガトに身を寄せてきたのですから、ガトのアキシュにとってはまさに願ってもないことだったのです。しかも、彼は二年の間、少なくともアキシュの目からみて忠実に仕えてきたのです。当然、大きな戦力となると考えたことでしょう。

 しかし、当然のことながら他の武将たちの見方はずっと冷めているのです。彼らはダビデと兵士たちが裏切る可能性を冷静に考えていました。彼らの主張は根拠のないことではありません。かつてイスラエルと戦った時、ペリシテ軍が不利になった時に裏切ってイスラエル軍についた者たちがいたのです(14:21)。このことも苦々しい出来事として記憶されていたであろうと思います。

 結局、4対1で、アキシュの主張は退けられることとなりました。ダビデはツィクラグに戻されることとなったのです。こうして、ダビデがイスラエルと戦うことは回避されました。ここに主の名は一度も上っていません。判断を下しているのはペリシテ人です。しかし、その背後に主の働きがあり、主がダビデを助けられたことを明らかにこの物語は伝えているのです。なぜならこれは主の約束の実現に関わっているからです。

 論理的に考えて、ダビデにはもともと二つの選択肢しかありませんでした。イスラエルと戦うか反旗を翻してペリシテ人と戦うかです。イスラエルと戦うならば、ダビデはサウルやヨナタンと戦わざるを得ないばかりでなく、王となるという神の約束をも失うことになります。ペリシテ軍に加わって全イスラエルに敵対した人物を、イスラエルが王として承認するはずがないからです。

 一方、ペリシテ人と戦うならば、サウルやヨナタンがギルボア山上で戦死していることを考えると、ダビデと兵士もまた共に玉砕することは免れなかったであろうと思います。このいずれにしても、ダビデは王とは成り得ないのです。しかし、主は御自分の約束への真実のゆえに、ダビデに第三の道を備えられたのでした。しかも、ペリシテ人を用いてこれを実現したのです。

 しかし、ダビデがそのことを認識したかどうかはまた別の話です。どうもこの箇所を見るかぎり、ダビデは主がなさっていることを分かってはいません。その後のアキシュとダビデとのやりとりはユーモラスでもありますし、また騙されているアキシュのあまりの純朴さに、同情さえ覚えます。

 アキシュがどれほどダビデに気を使ったかは、「主は生きておられる」という言葉からはじめていることにも表れています。アキシュはダビデを「まっすぐな人間」と呼び、「何ら悪意は見られなかった」と言います。そして、さらに「お前は神の御使いのように良い人間だ」とまで言うのです。

 ダビデがしてきたことは、このお人好しを騙し続けることでした。ダビデは策士であり役者です。アキシュの言葉に恥じ入ることはありません。むしろ、「わたしが何をしたとおっしゃるのですか。あなたに仕えた日から今日までに、どのような間違いが僕にあって、わが主君、王の敵と戦うために出てはならないというのでしょう」と言い返しているのです。そう言いながら、心の中では舌を出していたに違いないのです。すべてはうまくいきました。しかも、アキシュに貸しまで作り、信用をさらに深めて意気揚々とツィクラグに帰っていくのです。

 しかし、主はダビデを単なるずる賢い成功者に留めることを良しとはされませんでした。主はダビデを成功者にしようとしているのではなくて、神の民イスラエルの王にしようとしておられるのです。主はただダビデを助けてピンチを切り抜けさせるために、すべてのことなさったのではないのです。そうではなくて、主は御自分の計画を実現させようとしてこれらすべてのことをなさったのです。

 ならば、ダビデは成功者としてツィクラグに帰るのではなくて、主に帰らなくてはなりません。その道を主は用意しておられました。それが次回お読みする30章の冒頭に書かれている出来事です。今日の箇所と関係するので、そこだけを前もって見ておきましょう。

 主がそのために用意したのは、なんと焼き払われたツィクラグの町だったのです。そこに主の御手があったことは、「一人も殺さずに捕らえて引いて行った」とあえて書かれていることから分かります。これが後の出来事と深い関係にあるのです。ダビデは悲しみの底に突き落とされました。しかし、それだけではありません。一転して窮地に追い込まれることとなったのです。なぜなら、兵士たちはすべてをダビデの失策のゆえであると判断したからです。

 アマレク人などを襲ったこと。アキシュを騙したこと。ダビデの賢い画策が、一転して災いとなってダビデの頭上に返ってきたのでした。ダビデは兵士たちから憎まれることになりました。「兵士は皆、息子、娘のことで悩み、ダビデを石で打ち殺そうと言い出した」(30:6)と書かれています。ダビデは苦しみました。もはやどこにも帰るところはありません。そのようにしてダビデは主に帰ります。主以外に頼るべき御方がいなかったからです。そして聖書はこう記しているのです。「ダビデはその神、主によって力を奮い起こした」(同)と。



2026年1月11日日曜日

「神の子はどこにおられる」

2026年1月11日 主日礼拝説教 

聖書:マルコによる福音書1:9‐11

神の子はどこに
 「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた」(9節)。これがマルコによる福音書において、イエス様が初めて登場する場面です。それにしては、驚くほど簡潔な描写しかなされておりません。福音書を書いたマルコは、イエス様の少年時代には全く触れません。風貌さえ描写しようとしません。ただ一つのことだけを単純に短く記すに留めます。「ヨハネから洗礼を受けられた」と。

 イエス様の生い立ちや少年時代についての尾ひれのついた言い伝えは、今日までいくつも伝えられています。しかし、イエス様がどんなに希有な少年時代を過ごそうが、幼い時から不思議な能力を発揮していようが、そんなことはマルコにとってどうでも良かったのです。また、イエス様の容姿や風貌を伝えることには全く関心がなかったのです。読者が心を向けなくてはならない大事なことは別にあるからです。それは何か。――イエス・キリストがどこにおられるか、というこです。

 その御方は、悔い改める罪人たちの列の中にいるのです。彼らと共に洗礼を受け、彼らと同じ水の中におられるのです。福音書はそこからイエス様の物語を語り始めるのです。「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた」と。

 この短い言葉が伝えているその情景を想像してみましょう。ヨハネと呼ばれる一人の男が、ユダヤの荒れ野に現れました。彼は悔い改めを呼びかけます。ヨハネのメッセージは、当時の多くの人々の心を捕らえました。この洗礼運動は瞬く間にユダヤの全地方に広がってゆきました。夥しい人々がヨハネのもとを訪れ、罪を告白して洗礼を受けるに至りました。聖書はその様子を、「ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来た」(5節)という言葉をもって伝えています。

 もちろん、これは誇張された表現です。いくらなんでも住民全員が来るはずはありません。実際、ヨハネのもとに来なかった人々、彼に批判的だった人々が、11章の終わりに出てきます。ユダヤにおける指導的な立場にいた人々、すなわち祭司長、律法学者、長老たちはその代表です。彼らからすれば、悔い改めて洗礼を受けるなどということは、神を知らぬ異邦人のすべきことだったのです。

 ヨハネが授けていた洗礼は、「罪の赦しを得させる洗礼」と表現されています。そこから分かりますように、ヨハネのもとに来て洗礼を受けた人々は、明らかに罪の赦しを求めて来た人たちなのです。ですから、当然のことながら、罪の赦しを求めない人は来なかったのです。いわゆる「正しい人たち」、自分を正しいと思っている人たちは、他の人を断罪することはあっても、自ら罪の赦しを求めることはないのでしょう。そのような人たちは、ヨハネのもとには来なかったのです。

 自分の罪を認めて神に立ち帰り神に赦しを求めよと呼びかけるヨハネ、そしてその呼びかけに応えて罪の赦しを願い求める人々の長い列を思い描いてみてください。そして、それらの人々を遠巻きに、批判的に眺めている人々の姿を想像してみてください。自分の罪深さに涙を流している人々を見てせせら嗤っている人々。「悪い連中が悔い改めて社会が良くなるなら、そりゃ結構なことですなあ」と言い合っている人々。「悔い改めろだって?悔い改めなくちゃならないのは、うちの旦那だよ!うちの妻だよ!うちの親だよ!」そう言って腹を立てている人たち。さてそんな場面を思い描く時、はたして私たちはどこにいるのでしょうか。悔い改める人の群れの中にいますか。それとも遠巻きに眺めている人々の中にいるのでしょうか。

 しかし、そのような「正しい人々」の傍らをイエス様が通り過ぎていきます。イエス様は、自らの罪深さに涙を流して赦しを求めている人々の中に入っていき、彼らと同じ有様で頭を垂れ、洗礼を授けて欲しいとヨハネに願います。そして、罪人の一人として、ヨルダン川の水に身を沈めておられるのです。それがここに描かれている場面です。「そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。」――みなさん、どう思われますか。

 実は、そのようなイエス様のお姿は、この福音書においてここだけに見られるのではありません。全体を貫いているのです。罪人の一人としてヨルダン川に身を沈められた方を、私たちは後にどこに見出すのでしょうか。驚いたことに、私たちは、その方を罪人たちの食卓に見出すのです。一緒に食事をしているのです。一方、その周りで、徴税人や罪人を軽蔑している正しい人たちが口々にこう言って騒いでいます。「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」(2:16)。

 しかし、それはまだ事の始まりに過ぎません。最終的に、私たちはどこでイエス様を目にするのでしょうか。その方は、十字架の上におられます。「イエスと一緒に二人の強盗を、一人は右にもう一人は左に、十字架につけた」(マルコ15:27)と書かれております。そこでも、イエス様は最後まで罪人の一人として数えられているのです。

 私たちが読んでいますこの福音書は次のような言葉から始まります。「神の子イエス・キリストの福音の初め」。この福音書が伝えているのは、「神の子イエス・キリスト」の物語です。しかし、その神の子はどこにおられるかといえば、罪人たちのただ中におられるのです。正しい人たちを救うために、正しい人たちの間に身を置かれたのではなく、罪人たちの一人として、罪人たちのただ中に身を置いておられる姿がそこにあるのです。

天が裂けて
 それが神の子イエス・キリストの物語です。しかし、それがわざわざ「神の子イエス・キリストの《福音》」と呼ばれていることに注意してください。福音というのは良い知らせのことです。私たちはさらにそのことを考えながら、先を読んでいきたいと思います。

 イエス様が洗礼を受けられ、水から上がられた直後のことは、次のように記されています。「水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた」(10‐11節)。

 洗礼を受けられたイエス様は、水から上がられた時に「天が裂けて、神の霊が降って来るのを」見たのです。「天が裂けた」となっていますが、正確には「天が裂かれた」と書かれているのです。「裂かれた」と言うからには、裂いた方がいるわけで、それは他ならぬ神様です。

 それにしても、「天が裂かれた」というのは耳慣れない表現です。「天が開かれた」という表現の方がもう少し身近でしょう。実際、この「天が裂かれる」という表現は、新約聖書の中には他に出てこないのです。ならば明らかにこれは意図的に用いられた表現です。

 そこで次に裂かれるのは何かというと、この福音書には、もう一つ裂かれたものが出てくるのです。それは「神殿の垂れ幕」です。イエス様が息を引き取られる場面です。次のように書かれています。「しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた」(15:37‐38)。ここでも「裂けた」と訳されていますけれど、実際には「裂かれた」と書かれているのです。裂いたのはもちろん人間ではありません。神様御自身です。

 では、この垂れ幕が神によって裂かれたことには、いったい何の意味があるのでしょうか。この「神殿の垂れ幕」は、神殿の聖所と至聖所を隔てているものです。その垂れ幕を通って、至聖所に入ることができるのは、大祭司だけでした。一年に一回しか通ることは許されていないのです。しかも、贖罪の犠牲の血を携えることなしには、そこに入れない。要するに、その垂れ幕は、神が聖なる御方であり、罪ある人間は本来近づくことができないことを象徴的に表しているのです。

 しかし、その垂れ幕が神ご自身によって裂かれたのです。神自らが罪人に対して神に近づく道を開かれたのです。言い換えるならば、神はすべての人に対して、神がおられる天を裂かれ、天を開かれたということなのです。

 今日お読みした、イエス様の洗礼の時に起こった事は、すべてイエス様お一人に対して起こった事でした。天が裂かれたことだけではありません。聖霊が降ったこと、「あなたはわたしの愛する子」という声を聞いたこともそうです。それを経験したのは、神の子なるイエス様お一人です。

 しかし、それは始まりに他なりませんでした。そこからキリストは歩み出されるのです。どこに向かってですか。十字架の上で息を引き取られ、同時に神殿の垂れ幕が裂かれるあの一点へと向かってです。イエス様の生涯は、まさにそこに向かっていたのです。

 その出来事は、罪のないキリストが罪人の一人として洗礼を受け、罪人と共に生き、罪人の一人として死ぬことによって起こりました。罪なき神の子が、すべての人の罪を背負い、罪人の一人として死なれることによって、罪人と神との隔ては取り除かれたのです。天は裂かれ、開かれたのです。イエス様お一人から始まりました。しかし、ついに全ての人に対して、天は裂かれ、開かれたのです。

 だから、これは《福音》なのです。これは神に立ち帰り、神と共に生きたいと願う人にとって福音です。これは罪の赦しいただき、神に向かって顔を上げたいと願っている人にとって福音です。あのヨハネの声に応えて、ヨハネのもとに赴いた人々にとって、大いなる福音です。そして、私たちがあの遠巻きに眺めている人々ではなく、あの悔い改めて赦しを求める人々の列の中にいるならば、私たちにとっても大いなる福音なのです。

 私たちは、開かれた天を仰いで生きることができるのです。キリストお一人に対してだけ裂かれた天ではなく、私たちに対して、私たちのために、裂かれ開かれた天を仰ぐことができるのです。そうです、私たちはもはや下を向いて生きる必要はないのです。希望のない罪人として、神の顔を避けて生きる必要はないのです。神自ら裂いて開いてくださった天を仰いで、生きることができるのです。そして、イエス様だけでなく、私たちもまた、「あなたはわたしの愛する子」と呼びかけられている、神の子どもたちとして生きることができるのです。この福音が、今日も私たちにも与えられているのです。

2026年1月7日水曜日

祈祷会用:サムエル記上 28:1~25

サムエル記上 28:1-25

 前回は12月17日でした。少し間があいたので、前回の箇所を少し振り返っておきましょう。

 前回は27章をお読みしました。そこにはダビデがペリシテの地に逃れたことが伝えられています。それはダビデが恐れに捕らわれ、「このままではいつかサウルの手にかかるにちがいない。ペリシテの地に逃れるほかはない」と考えたからでした。かつては、サウルを殺すことのできる絶好の機会においてさえ、主を畏れるゆえにサウルに手を降さなかったダビデでした。それは主に徹底して信頼する姿でもありました。しかし、そのダビデが、主の御心に従ってではなく、恐れに駆られた自分の心と語り合いながら(「心に思った」は直訳では「自分の心に言った」)、ガトの王アキシュのもとに身を寄せたのでした。

 以前に身を隠してアキシュのもとに逃れた時と事情が違います。今はサウルの敵対者として知れ渡っています。しかも、ダビデのもとには六百人の兵士がいるのです。彼らが強力な傭兵部隊として優遇されることは明らかでした。ダビデはしたたかに計算してまずは地方の小さな町ツィクラグを得てアキシュとある距離を保ち、しかし、もう一方で周辺諸民族を襲いながらあたかもイスラエルの町々を襲ってきたかのように振る舞って、完全にアキシュの信用を獲得したのでした。そこまでは完全にダビデの計算どおりだったのです。

 しかし、28章に入りますと、イスラエル軍とペリシテ軍は全面戦争に突入することとなります。アキシュはダビデに言いました。「あなたもあなたの兵もわたしと一緒に戦陣に加わることを、よく承知していてもらいたい。」ダビデは苦し紛れに、「それによって、僕の働きがお分かりになるでしょう」と返答します。しかし、あまりにもアキシュに信頼されたダビデは、アキシュの護衛の長に抜擢されることとなるのです。こうなっては現実にイスラエルの人々と戦わなくてはなりません。たいへん困ったことになりました。さあ、ダビデよ、どうする。――ということで、続きはまた来週。物語は28:2から29:1へと続きます。

 今日は主に3節以下のエピソードに心を向けたいと思います。これは別の話として挿入されている部分です。実は話は前後していまして、この部分はペリシテとイスラエルの戦争がかなり進んだ時の話なのです。

 4節に「ペリシテ人は集結し、シュネムに陣を敷いた。サウルはイスラエルの全軍を集めてギルボアに陣を敷いた」と書かれていますでしょう。このギルボア山においてサウルは最終的に戦死することになるのです。つまりこれはイスラエル軍が完全に包囲され追い詰められつつある時、壊滅は時間の問題である時点の話なのです。5節の「サウルはペリシテの陣営を見て恐れ、その心はひどくおののいた」というのは以上のような状況を語っているのです。

 その絶望的状況において、サウルは主の託宣を求めます。しかし、「主は夢によっても、ウリムによっても、預言者によってもお答えにならなかった」(6節)と語られているのです。そこでサウルはエン・ドルの口寄せを尋ねました。それが今日の箇所の伝えている出来事です。サウルの戦死の場面を除くと、このまことに哀れな姿が、私たちの見るサウルの最後の姿となります。私たちはそのことの意味をよく考えねばなりません。

 サウルが最後に依り頼んだ「口寄せ」は律法において他の異教的習慣と共に神の忌み嫌われる行為とされております(申命記18:9-14)。ご存じのように申命記は「あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」(6:5)と命じています。イスラエルにおいて主なる神との関係は、神の救いの恵みに対して神の民が愛と信頼と従順において応えるという人格的な結びつきです。それゆえ、「神を愛する」という概念のない周辺世界の習慣を取り入れることは、それがどんなに霊的・神秘的な行為であっても、本来あるべき神と民との関係を壊すことにしかならないのです。

 サウルは既に国内から口寄せや魔術師を追放しておりました。それ自体は律法にかなったことと言えるでしょう。しかし、最終的に自ら追放した口寄せのもとを訪れなくてはならなかったことに、サウルの問題の深さを思わされます。

 彼が口寄せのもとを訪れたのは、主が語られなかったからです。主はウリムにより語られませんでした。ウリムは祭司の用いるくじのようなものです。しかし、そもそもサウルは祭司の町そのものを滅ぼしてしまったのです(22章)。そのようなサウルがウリムを通して主の言葉を得られようはずがありません。

 また、主は預言者を通しても語られませんでした。しかし、そもそもサウルは預言者でもあったサムエルの言葉に耳を傾けることなく、サムエルが死ぬまで彼と対立関係にあったのです。そのようなサウルが預言者を通して主の言葉を得られようはずがありません。

 要するに、彼は絶対君主であり続けるために、祭司と預言者を退け、神の言葉を退けてきたのです。人が神の言葉を軽んじ、神の語りかけと働きかけを拒否するならば、最終的に神の言葉を必要とした時に、もはや神は語り給わない。この出来事は、後に預言者アモスが「主の言葉を聞くことのできぬ飢えと渇き」(アモス8:11)について語ったことを思い起こさせます。神の恵みが与えられているときに、それを恵みとして受け取ることは、いかに大事なことでしょうか。

 さて、主の言葉を得ることのできないサウルは、夜、変装し、二人の兵を連れて口寄せの女のもとに赴きます。その後の一連の描写はすべて、問題はサウルと神との関係にあることを示しています。

 サウルが口寄せの術で占って欲しいと願うと女は答えました。「サウルは口寄せと魔術師をこの地から断ちました。なぜ、わたしの命を罠にかけ、わたしを殺そうとするのですか」。すると、サウルは《主にかけて女に誓った》のです。「主は生きておられる。この事であなたが咎を負うことは決してない」(10節)と。

 しかし、サウルの言葉のように、「主が生きておられる」ならば、本来、この女は咎を負うことになるのです。また、サウルも咎を負うことになるのです。「主が生きておられる」ならば、咎を負うか負わないかはサウルが決めることではないからです。にもかかわらず、ここでサウルは、神が罪と定めることを罪ではないものとし、それをを行うために、「主は生きておられる」と言って、主の名によって誓いさえするのです。

 サウルが求めたのは、サムエルを呼び起こすことでした。女は乞われるままにサムエルを呼び起こし、また同時に依頼主がサウルであることを悟ります。その後のサムエルとサウルのやりとりは、聖書の中においては極めて特異な場面です。この箇所においては、サウルが最終的に異教的習慣に頼らざるを得なかったことに重点があるのです。なので、この箇所を「口寄せ」や「霊媒行為」が可能であることの裏付けとすることは正しいことではありませんし、ここで呼び起こされたのが本当にサムエルであるか否かという議論は大して意味がありません。

 そのように異教的な行為が用いられる特殊な場面なのですが、本当に注目すべき重要な事柄はその対話の内容です。サムエルとサウルの両者共に認めていることがあるのです。サウルは「神はわたしを離れ去り…」と言います。サムエルはさらに「主があなたを離れ去り、敵となられたのだ」と語ります。まさに両者が認めているその事実こそが問題の核心だったのです。

 しかし、サウルにとってそれは単に《困ったこと》でしかないのです。ですからサムエルに為すべきことを聞いて解決しようとするのです。サムエルはそれに対して、何がそのことをもたらしたのかを語ります。「あなたは主の声を聞かず、アマレク人に対する主の憤りの業を遂行しなかったので、主はこの日、あなたに対してこのようにされるのだ」。ここで語られているのは、直接的には15章の出来事です。しかし、私たちは一つの失敗がサウルの人生を崩壊させたかのように考えてはなりません。結局、その一事に現れたサウルと主との関係は、彼の人生そのものを貫いているのです。すなわち、「あなたは主の声を聞かず」ということです。

 サムエルはさらに、「主はあなたのみならず、イスラエルをもペリシテ人の手に渡される」と語りました。この言葉は「主は敵をあなたの手に渡される」という《主の戦い》において繰り返し語られてきた定型的な言い回しと同じです。ただし、渡されるのは敵ではなくてサウルとイスラエルなのです。神の言葉に対する拒否は、自分のみならず周りの人々をも巻き込んでしまうのです。その現実を私たちはしっかりと聞き取らねばなりません。そして、同時に、今こうして主が私たちを見捨てることなく、離れることなく、御言葉を与えていてくださることが、どれほど大きな恵みであるかを知る必要があるのでしょう。私たちはこの恵みを恵みとして受け止め、この与えられている恵みの時を大切にしなくてはならないのです。 

2026年1月4日日曜日

「従順を学ぶ時」

2026年1月4日 主日礼拝説教 

聖書:ルカによる福音書 2:41‐52

 今日お読みしたのは、イエス様が12歳の時の話です。春になりますと過越祭を祝うためにヨセフとマリアはエルサレムへ巡礼するのを常としておりました。イエスが12歳になった年も、彼らは少年を伴っていつものように都に上りました。

 しかし、そこで一つの事件が起こります。祭りを終え、ガリラヤから来た多くの人々と共に帰路に就いたマリアとヨセフは、一日路を行ったところではたと気づいたのです。「イエスがいない!」慌てふためいて親類や知人の間を探し回ります。見つかりません。彼らは道々尋ねながらエルサレムへと引き返しました。そして三日目に、ついに彼らは少年イエスを見つけ出したのです。なんと彼は神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしているではありませんか。

 マリアは思わず詰問します。「なぜこんなことをしてくれたのです。ご覧なさい。お父さんもわたしも心配して捜していたのです」。マリアがこう言うのも無理はありません。本当に心配していたのです。しかし、少年はそんな母の心配をよそにこう答えたのでした。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」。

 どうですか、こういう子ども。普通にこれを読んだら、実に可愛げのない子どもだと思いませんか。ちょっとばかり賢いかもしれないけれど、実に小生意気な子どもです。親の気も知らないでそんな偉そうな口を利く子どもは、少々懲らしめてやらねばならない。親の権威を重んじる常識的なユダヤ人ならば、たいていはそう思うに違いありません。

 しかし、これは聖書の中でイエスの少年時代を伝える唯一の物語なのです。しかも、ここに記されているのは、ルカによる福音書において最初に発せられるイエス様の言葉なのです。さらには「母はこれらのことをすべて心に納めていた」ということが書いてある。このイエス様の言葉、イエス様の行動は後々まで伝えられねばならないほど、やはり大事なことのようです。ではこの物語は後の教会、また今日の私たちにどのような意味を持っているのでしょう。

飼い葉桶から十字架へ
 イエス様が12歳の時。ユダヤ人の子どもは13歳で成人とみなされます。ですから、その直前のことです。成人しますと律法に定められている義務が課せられるようになります。それまでに子どもたちは暗記を中心とした律法の学びを完了せねばなりません。そして、成人としての義務が突然の重荷となることがないように、その前に予行演習をいたします。イエス様が12歳の時にエルサレムに連れて行かれたのも、そのような意味があったものと思われます。

 少年イエスが発見された時、彼は神殿の境内で学者たちの真ん中に座り、話を聞いたり質問したりしておりました。「聞いている人は皆、イエスの賢い受け答えに驚いていた」(47節)と書かれております。しかし、この場面を思い浮かべますときに、私たちの国の12歳の少年を考えてはなりません。既に申しましたように、この時点で律法についてはほぼ一通り学びを完了し、成人として歩みだそうとする直前なのです。学者たちと話をしたり、質問したりする少年がそこにいることは決して奇跡ではありません。ルカには恐らく超自然的な要素を強調する意図はなかったでしょう。私たちが注目すべきことは他にあるのです。少なくとも二つあります。

 第一に注目すべきことは、このエピソードには受難物語と関係する言葉が多いということです。両親は過越祭にイエスを連れていきました。主が十字架にかかられたのは、過越祭の時でした。少年イエスは両親と共にエルサレムへと上りました。主が十字架にかけられたのもエルサレムです。ルカによる福音書は特に大きな部分をエルサレムへと上る旅の物語に費やしているのです。少年イエスが見えなくなって、三日目に再び見いだされたという話は、三日目に復活したことを思い起こさせます。

 第二に注目すべきは、イエス様自身の意識を良く現している49節の言葉です。「どうしてわたしを捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」(49節)。ここで「当たり前だ」と訳されている言葉。これは後に受難予告に出て来ます。イエス様は御自分の受難を予告してこう言われるのです。「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日目に復活することになっている」(9:22)。ここで「必ず…することになっている」と訳されているのが同じ言葉です。しばしば「神の必然」と呼ばれる表現です。

 何が必然なのでしょうか。「父の家にいること」です。実は「父の家」と訳されていますが、原文はただ「父のもの(複数)」としか書いてないのです。イエス様はただ神殿のことだけを言っておられるのではないのでしょう。イエス様は父のものの中にいる。父の事柄に関わっている。それは具体的にはやがてエルサレムへと上ることになり、十字架にかけられることになる人生です。そのようにして世の罪を贖い、神の救いの御業を実現することになる歩みです。それが「当たり前だ」と言われたのです。「当然そうなることになっている」と言われたのです。それが神の必然であると。

 つまりこの物語から見えてくるのは何であるかと言うと、12歳の少年イエスが既にその時には天の父の定められた道を自覚的に歩み始めていたということなのです。はっきりと意識して、天の父との関わりの中に生きていた。イエス様が「父」と言ったら、それはヨセフではなくて神なのです。そして、その父の御計画を実現するために、イエス様は既に命を献げて歩み始めていたのです。十字架に向かって歩み始めていたのです。それを現しているのが、このイエス様の言葉なのです。

準備の時を大切に
 しかし、そのような意識を持っていたイエス様がすぐに公の働きをスタートしたかと言えば、そうではありませんでした。3章に入って再びイエス様が登場します。しかし、それは約20年後のことなのです。イエス様の公の活動が開始したのはその歳およそ三十の時でした。私たちが伝えられている主のお働きは、十字架にかけられるまでの約三年ほどなのです。その期間に比べるならば圧倒的に長いそれまでの期間が、この短い一言の陰に隠れてしまっているのです。「それから、イエスは一緒に下って行き、ナザレに帰り、両親に仕えてお暮らしになった」。

 ヘブライ人への手紙には、そんなイエス様の歩みについて次のような表現が出て来ます。「キリストは御子であるにもかかわらず、多くの苦しみによって従順を学ばれました」(ヘブライ5:8)。その多くの苦しみの道のりは、その御生涯の最後の一週間だけではありません。既に飼い葉桶から始まっていたと言えます。イエス様にとっては、何よりもまず、父母のもとで一人の子どもとして生きる具体的な生活の場こそ、従順を学ぶ場だったのです。

 考えてみてください。確かにヨセフもマリアも敬虔なユダヤ人であったと思われます。主はその敬虔な家族でお育ちになりました。しかし、ヨセフやマリアはイエスにとっては決して完全な父や母ではありませんでした。ヨセフやマリアがどれほど神を畏れる敬虔な人であったとしても、イエスに対する父なる神の御計画はやはり理解できなかったのです。イエスにとっては、本当に大事な部分においては自分を分かってはもらえない父母だったのです。

 既に天の父との関わりを自覚し、天の父の御心に従って生き始めていたイエス様です。そのようなイエス様にとってマリアとヨセフのもとにおける生活には、多くの人知れぬ苦しみがあったのだと思います。しかし、主はまずその父母のもとに生きるその時を大切にされたのです。人に仕えることを通して神に仕えることを学び、苦しみを耐え忍ぶことを通して父に信頼しどこまでも従っていくことを学ぶ。そのような従順を学ぶ時として大切にされたのです。

 私たちに「従ってきなさい」と言われた方は、そのような御方です。イエス様のわずか三年の公の働きのために、そのような二十年もの従順を学ぶ備えの時が必要であったなら、私たちにはなおさらではありませんか。私たちに与えられている場は、すべて従順を学ぶ場となり得るのです。人に仕えることを通して神に仕えることを学び、人の無理解や不当な扱いや様々な苦しみを耐え忍ぶことを通して、どこまでも天の父に信頼し、従い続けることを学ぶことができる、実に多くの機会を与えられているのです。

 いわば従順を学び、主の御業のために整えられるための学校に、学費も払わずに入れてもらっているとも言えるのでしょう。しかし、実際の学校においても不満ばかり言って授業をサボっていたら何も学ぶことができないように、神の学校としての私たちの生活も、不平や不満ばかり言って折角の授業を無駄にしていたら何も学べません。

 与えられている今の時、今の場所を大切になくてはならない。2026年の初めの礼拝において、改めてそう思わされます。クリスマスの礼拝において申しましたように、人間の幸福は、神様と共に歩んで、神様に用いていただくところにこそあるのです。自分の一生を誰かのために、誰かの救いのために、神様が誰かを愛するために、用いていただく。そこにこそ人間の幸福はあるのです。

 神様が私たちをお用いになる仕方は、もしかしたら稲妻の一瞬の閃きのようであるかもしれません。人生の最後の一瞬、あるいはこの世の生を終えた後でさえあるかもしれません。しかし、まさにこの「ときのために私は生まれたのだ」と言える一瞬があるならば、その人は本当に幸福な人であると言えるし、その一生は永遠の意味を持つのです。

 逆に言えば、神に用いられる一瞬のための備えであるならば、例えそれが人々の目に映ることなく、人々の記憶に残ることなく、いかなる記録にも残ることなくとも、その費やされた時は永遠の価値を持つと言えるのでしょう。イエスの生涯の大部分が、人々の記憶に残ることなく、いかなる記録にも残ることなかったように。そうです。私たちが今の時を備えの時として生きるならば、それは実に価値ある時を生きていることになるのです。与えられている今の時、今の場所を大切にしましょう。備えの時を大切にしましょう。

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