2026年6月28日日曜日

「新しく生まれさせる聖霊」

2026年6月28日 主日礼拝説教 

聖書:ヨハネによる福音書 3:1‐8

 今日は6月の第4主日です。先月も申し上げましたが、今年から毎月第4主日は、年度主題を覚えて礼拝をおささげしましょう、ということになりました。今年の年度主題は――もう週報を見ないでも言えますか。――「聖霊の神殿である私たち」です。主題聖句としては「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか」(1コリント3:16)が掲げられています。

 神の霊が、私たち、すなわち教会に住んでいてくださる。そして、さらに神の霊が、私たち一人ひとりの体を神殿として、住んでいてくださる。パウロは同じ手紙の中で、こうも言っていますから。「知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです」(1コリント6:19)。

 神の霊、聖霊が住んでいてくださる。これを「聖霊の内住」と言います。聖霊は内住される御方です。ですから、目に見える人間のことだけを見ていてはならないのです。人間の姿や行うことだけに思いを向けていてはならないのです。そこには、神の霊、聖霊がなさっていることがあるからです。

 今日は、この礼拝の後に総会があります。そこにおいても、ただ人間の行うことだけを考えていてはならないのです。単なる事業報告と会計報告ではないのです。教会は一年間、聖霊のお働きによって保たれてきたのです。第2朗読では、パウロがイスラエルの歴史について語っていましたでしょう。しかし、パウロが一貫して語っていたのは、「神が何をしてくださったか」ということだったのです。私たちも同じです。そこに思いを向け、感謝をささげ、献身を新たにする時としたいと思います。聖霊のお働きに、私たちの思いを向けましょう。

 そこで、聖霊のお働きとして、今日は特に、人を新しく生まれさせる聖霊のお働きに思いを向けましょう。今日の福音書朗読の箇所をどうぞお開きください。

教えを請いに来たニコデモ
 そこにはニコデモという人が登場しました。ファリサイ派に属するユダヤ人です。「ユダヤ人たちの議員であった」とも書かれています。そのような人物が、ある夜、イエスを訪ねて言いました。「ラビ、わたしどもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、だれも行うことはできないからです」(2節)。

 「ラビ!」彼はそのように呼びかけました。「ラビ」と言えば、律法の教師のことです。彼は律法の教師に教えを請いにやってきたのです。実は、このニコデモ自身もまた「教師」なのです。今日の聖書箇所には含まれませんが、10節でイエス様自身がニコデモを「イスラエルの教師」と呼んでいます。イエス様自身もご存じであられた、いわば名だたる教師だったのです。

 そのような律法の教師でもあるニコデモが人目を避けてまでして夜にわざわざやってきたのは、イエス様をただ者ではない特別な教師と見なしていたからです。彼はイエス様を「神のもとから来られた教師」と呼んでいますでしょう。ニコデモは、イエス様の数々の御業の中に、「神が共におられる」という明らかなしるしを見たのです。そのような、神が共におられる特別な律法の教師に、どうしても教えて欲しいことがあったのです。

 「ラビ」と言って教えを請いに来たのですから、その内容は明らかです。「何をすればよいのか」ということです。マタイによる福音書に、ある富める青年がイエス様のもとにやってきて、こう言ったという話が出ています。「先生、永遠の命を得るには、どんな善いことをすればよいのでしょうか」(マタイ19:16)。このニコデモも同じです。彼は教師ですから、これまで教えてきたことがあったのでしょう。もちろん、教えるだけでなく、自ら実行してきたことがあったのでしょう。神の律法に従い、善いことを行ってきたに違いない。しかし、このナザレのイエスという教師を見る時に、自分とは明らかに違う。そのことに気付いたのです。「神が共におられる!」

 神が共におられる教師に教えを請いに来たということは、同じ律法の教師である自分については「神が共におられる」と思えなかった、ということでしょう。律法を教え、律法を実行していながら、それでもまだ神は共におられない。神に受け入れられているとは思えない。神に愛されていると思えない。まだ足りない。まだ神に認められるには十分ではない。このままでは救われない。神の国にも入れない。私が聞かなくてはならない教えがあるはずだ。そう思ったからこそ、人目をはばかるようにしてでも、イエスという教師の教えを請いに来たのです。

新たに生まれる
 そのようなニコデモに対して、主はこう答えられました。「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない」(3節)。イエス様は、今まで行ってきたことに、さらに何か善いことを付け加えたらよいとは言われませんでした。「あなたがより善い人間になったら、神に受け入れられ、神が共にいてくださるようになり、神の国にも入れてもらえる」とは言われなかったのです。そうではなくて、「あなたに必要なのは新たに生まれることだ」と主は言われたのです。

 「新たに生まれなければならない」。これはニコデモにとっては衝撃的な言葉だったと思います。この「新たに」と訳されている言葉は、「初めから」とも訳せる言葉だからです。ですから、それは、「初めから、赤ん坊からやり直さなくてはならない」という意味に聞こえるのです。明らかに、ニコデモにはそう聞こえたようです。それは、ある意味では非常に厳しい言葉であるとも言えます。「何かこれから善い行いを付け加えるぐらいで、神の国を見ることができると思うな」というようにも聞こえますから。初めから、赤ん坊からやり直しだ、と。

 確かに、やり直しだと言われるなら、やり直したいことはいくらでも思い浮かぶに違いありません。あんなことしなければよかった。こんなことしなければよかった、と。特に、最終的に私たちの人生そのものが神の御前において問われることを考えるなら、私たちが一生をどのように生きて来たかを問われることを考えるなら、なおさらだと思います。人は知らなくても、神様はご存じのことが、いくらでもあるわけですから。それはニコデモも同じだったろうと思うのです。

 しかし、現実には人生をやり直すことなんてできないわけです。拭われないまま残された汚点、放り出してしまったままの問題、神様から問われたら申し開きができないようなことは、いくらでもある。私たちはよく知っているのです。人生やり直しが利かない。年を取れば取るほど、まさに人生のやり直しは利かないということを、いやというほど痛感させられるのです。

 ですからニコデモは言ったのです。「年をとった者が、どうして生まれることができましょう。もう一度母親の胎内に入って生まれることができるでしょうか」(4節)。議論のための議論をしているのではありません。これはいわば人間の悲痛な叫びです。後戻りができないという現実と向き合わざるを得ない人間の悲痛な叫びです。

水と霊とによって生まれる
 しかし、イエス様はニコデモに言われました。「はっきり言っておく。だれでも水と霊とによって生まれなければ、神の国に入ることはできない。肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。『あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない」(5-7節)。

 主はあくまでも「新たに生まれなければならない」と言われる。ただ、ニコデモが考えていることとは意味合いが違うようです。実はこの「新たに」と訳されている言葉には、「初めから」という意味だけでなく、もう一つ「上から」という意味があるのです。「上から」とは「神から」あるいは「神によって」ということです。要するに、イエス様は「あなたは神によって新たに生まれなければならない」と言っているのです。

 人は神によって新しく生まれることができるのです。イエス様はそれを「水と霊とによって生まれる」と表現しました。この「水」とは「バプテスマ」を指していると考えて良いでしょう。しかし、バプテスマの水そのものが、人を新たに生まれさせるのではないことは言うまでもありません。水はあくまでも水です。人を新たに生まれさせるのは、そこに働く神の霊、聖霊です。

 実は、原文のギリシア語では「霊」という言葉は「風」という言葉と同じなのです。そこで、イエス様は風を引き合いに出して言われました。「風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである」(8節)。風はとらえどころないし、目にも見えません。しかし、私たちはその音を聞きます。風が吹けばその風は事を起こします。聖霊も同じです。とらえどころないし目にも見えません。しかし、聖霊は確かに事を起こされるのです。私たちは目に見える人間の姿、人間が行うことだけに思いを向けていてはならないのです。

 聖霊によって人は新しく生まれることができます。神の霊によって生まれたのですから、神の子どもたちになるのです。イエス様が「アッバ、父よ」と呼んでいた神を、私たちもまた「アッバ、父よ」と呼んで生きるようになるのです。人が神の子として天の父に祈り、信頼して生きるようになること。それは、人によって起こったことではありません。聖霊による奇跡です。

 この恵みを経験したパウロは、後にローマの信徒に宛てた手紙の中でこう言っています。「あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、『アッバ、父よ』と呼ぶのです」(ローマ8:15)。 ニコデモに必要だったのは、まさにそのことでした。

 神の恵みによって新しく生まれること、神の霊によって神様の子どもにしていただくことです。そして、神を「アッバ、父よ」と呼んで生き始めることなのです。まだ神に愛してはもらえない。まだ神に受け入れてもらえない。まだ足りない。まだ十分ではない。――そのように打ち叩かれることを恐れる奴隷のように生きる必要はないのです。人は神の子とする霊を受けて、神の子として親に信頼し、親を呼び求めながら生きることができる。そのような私たちが神の子どもたちとして神の国を見るのです。それは人間にはできないこと。目に見えない聖霊のお働きです。

2026年6月24日水曜日

祈祷会用:サムエル記下 14:21~33

 サムエル記下14:21~33

 私たちはここまでダビデ王家に起こった一連の出来事を読んでまいりました。長男アムノンの犯した罪。その罪に対する報復として三男アブサロムがアムノンを殺害し、ゲシュルに逃亡したこと。ダビデもまたアブサロムを公に追放することとなりました。

 さて、これまで読んできたことを正しく理解するために、今一度11章と12章に書かれていたことを振り返っておきたいと思います。バト・シェバ事件の話です。ダビデがバト・シェバと関係し、バト・シェバが身籠もった時、ダビデはなんとかしてその罪を隠蔽しようとしました。そして、ついにその夫ウリヤを殺害するに至ります。これで全ては闇に葬られたはずでした。しかし、神はダビデにナタンを遣わされます。ナタンはたとえ話を通してダビデが犯した罪を明らかにされます。神はダビデの罪を神の光の中に引き出されたのです。ナタンは神の言葉を語り、ダビデの行いが他ならぬ《主に対する罪》であることを明らかにされました。

 主はナタンを通してダビデに言われました。「なぜ主の言葉を侮り、わたしの意に背くことをしたのか」(12:9)。それに対して、ダビデは自分の犯した罪が主に対する罪であることを認めて言います。「わたしは主に罪を犯した」(12:13)。すると即座にナタンはダビデに対して宣言します。「その主があなたの罪を取り除かれる」(同)と。

 その後のダビデ家に起こった悲劇的な出来事を思います時に、罪が主に対する罪として裁かれ、主の御前において取り扱われるということは、いかに大事なことかと思います。主の御前において悔い改めがなされ、そして主が赦されるのでなければ、罪の問題は解決しないからです。しかし、まことに悲しむべきことに、アムノンの罪も、アブサロムの罪も、ついに最後まで主の御前において取り扱われることはありませんでした。

 先週、私たちは、知恵のある女とダビデとのやりとりを読みました。その知恵ある女を送ったのは神ではなく、ヨアブでした。ダビデはこの女の言葉の背後にヨアブがいることを見抜きます。女もまた、「御家臣ヨアブが事態を変えるためにこのようなことをしたのです」(14:20)と、事の真相を明らかにしました。恐らくこの女が王に訴え出ていた時、ヨアブも何食わぬ顔をしてそこに陪席していたのでしょう。

 ダビデはヨアブに向き直って言います。「よかろう、そうしよう。あの若者、アブサロムを連れ戻すがよい」(14:21)。こうして追放が解かれます。しかし、この判決はどこから来たのでしょう。どうしてダビデはアブサロムを連れ戻すことに決めたのでしょう。明らかに追放の解除という判決は、神の赦しに基づくものではありませんでした。いみじくも、その直後にヨアブが言っているとおりです。「王よ、今日僕は、主君、王の御厚意にあずかっていると悟りました。僕の言葉を実行してくださるからです」(22節)。

 このように、ダビデが追放を解いたのは神の言葉を実行したのではなくて、あくまでもヨアブの言葉の実行に過ぎませんでした。ここで起こっていることは12章で起こったこととは異なることを聖書ははっきりと書いています。しかし、それはある意味で当然の成り行きであったとも言えます。なぜなら、もともとダビデはアブサロムの罪を神の御前に明らかにした上で追放を宣言したのではなかったからです。神とは関係なく追放し、神とは関係なく追放を解除したのです。

 さて、こうしてダビデによる追放解除の言葉を手に入れたヨアブは、立ってゲシュルへと向かい、アブサロムをエルサレムへ連れ帰ります。ところがダビデ王は一つの条件を付けていました。「自分の家に向かわせよ。わたしの前に出てはならない」(24節)。つまり、ダビデはエルサレムへの帰還は認めたのですが、王宮への出入りは認めなかったのです。王位継承権を持った王子としては扱わなかったということです。ダビデはアブサロムを連れ戻すことを許可したのですが、完全に追放を解いたわけではない、とも言えます。

 なぜダビデはこのようなことをしたのでしょう。それはエルサレムの人々の手前、またアムノンの家の手前、完全に赦免することができなかったのかもしれません。あるいは、アムノンを殺したアブサロムに対する怒りが解けていなかったのかもしれません。いずれにせよ、このこともまた、法的な処置ではなく、神の律法のもとでの処罰でもありませんでした。少なくとも、アブサロムは、この処罰が何を根拠として何故になされたものなのか、全く理解してはいませんでした。それは彼にとっても、ダビデ自身にとっても、極めて不幸な展開をもたらす原因となるのです。

 アブサロムは王宮への出入りを禁じられたまま、二年間を過ごします。アブサロムが宮廷に戻されることがそれほど容易なことではないことを悟ったヨアブは、これ以上アブサロムには関わろうとはしませんでした。ダビデ王とアブサロムとの関係の修復が困難であるならば、これ以上アブサロムに関わることは、ヨアブにとっても益とはならないからです。

 実は、後にダビデ王の死期が近づいた時に、ヨアブが四男のアドニヤの王位継承を支持するという話が出て来ます(列王上1:7)。しかし、考えてみるとこの二年間の間に既にヨアブはアブサロムに見切りをつけてアドニヤの支持を考えていたのかもしれません。見切りをつけていたことは、後にアブサロムにとどめを刺すヨアブの行動にも、暗い形で現れることになります。いずれにせよ、ヨアブにとって大事なのは将来の自分の権力が確保されることなのであって、アブサロムの罪が赦されることや、彼とダビデとの関係が修復されることそのものは、もともとどうでも良いことだったのです。

 一方、アブサロムはそのままの状態に留まっているわけにはいきません。先週申し上げたとおり、アムノンを殺したのは、単に妹を汚された兄の私怨によるのではなかったからです。それは王位継承第一位の王子として、やがてはダビデの王座を嗣ぐためだったのです。ですから、なんとか事の打開を図るため、アブサロムはヨアブを王のもとへの使者に頼もうとして人をやります。しかし、ヨアブは応じません。そこでついに、アブサロムはヨアブの地所の大麦に放火するという暴挙に出ます。

 このアブサロムの行動と、その後に彼が語った言葉は、彼が決して神による罪の赦しを求めていたのでも、神の御前における真実な和解を求めていたのでもないことを示しています。彼は王家への復帰を求めていただけであって、本質的に赦しを欲してなどいないのです。彼は神の御前において自分の罪を認めてはいないからです。「王に会いたい。わたしに罪があるなら、死刑にするがよい」(14:32)。彼は自分が死に価する罪人だとは思っていないのです。

 このアブサロムに対してダビデはどう対処したのでしょうか。ヨアブは王のもとに行って報告しました。王はアブサロムを呼び寄せます。アブサロムは王の前に出てひれ伏します。王はアブサロムに口づけします。これは王の赦しのしるしであり、王とアブサロムの和解のしるしでもあります。しかし、どうしてダビデはアブサロムを王家に復帰させたのでしょうか。ここにおいて再び、彼は根拠のない赦しを与えます。その赦しは成り行きによる赦しであり、神の赦しを信じたからではありません。それゆえに和解も見せかけのものでしかありません。これらすべては神の御前における事柄ではないのです。

 このダビデの姿は、私たちの日常のあり方を考えさせるものです。私たちも往々にして、罪の問題を神の御前において問いません。子供に対しても、往々にして親が言うことは、「そんなことをしたら恥ずかしいよ」「そんなことをしたら他の人の迷惑になるよ」ということだけです。そして、処罰を加えるのも、神の御前において罪が裁かれるのではなく、自分の怒りにまかせて、あるいは世間体を取り繕うための罰を加えます。親も子も、神の前における罪であるか否かを考えません。それゆえに、赦すときにも、何の根拠もなく赦します。たいていは成り行きです。それゆえに、赦されたとしても、自分の罪が赦されたことの意味を考えることはありません。

 アブサロムはその美しさのゆえに、王たるに相応しい人物と見なされていたようです。後に見るように、その実力も備えていたのでしょう。しかし、悔い改めを知らない者の力も美しさも、その者を王とするのではなくて、むしろ滅びへと導くものでしかありませんでした。


2026年6月21日日曜日

「迷信的な恐れからの解放」

2026年6月21日 主日礼拝説教 

聖書:使徒言行録 13:1‐12

 今日は使徒言行録13章が読まれました。ここには、アンティオキア教会からバルナバとサウロが伝道旅行に遣わされたいきさつが記されていました。また、彼らが向かったキプロス島における宣教の様子が記されていました。

聖霊によって送り出されたバルナバとサウロ
 まず、バルナバとサウロが旅立つまでのいきさつを見ておきましょう。アンティオキアはローマ、アレキサンドリアに次ぐ大都市でした。そこにおいて形づくられたアンティオキアの教会は、ある意味では福音が世界へと宣べ伝えられていくための拠点となった教会です。そのようなアンティオキアの教会とは、いかなる教会だったのでしょう。私たちは詳しい情報を得てはいませんが、ここに預言者と教師の名簿が書かれています。これを見るだけでも、教会の一面を垣間見ることができます。

 そこには、エルサレム教会から遣わされてきたバルナバがいます。また、ニゲルと呼ばれるシメオンがいます。ニゲルというのは黒人のことです。シメオンというのはヘブライ名ですから、恐らくアフリカのユダヤ人家庭に生まれ育った人物であると想像できます。

 次に出てくるのはキレネ人です。キレネというのはアフリカ北部にあります。ということは、シメオンと共にアフリカ人ということになりますが、ルキオというのはヘブライ名ではありません。ラテン語の名前です。恐らくユダヤ人ではない。シメオンというヘブライ名と並べられることによって、二人の文化的な背景の違いが強調されているようです。

 ルキオの次に書かれているのは、「領主ヘロデと一緒に育ったマナエン」です。彼は、ヘロデ大王の息子、ヘロデ・アンティパスの幼友達だったわけです。恐らく宮廷との関係にある貴族の出身だったのでしょう。そして、最後に書かれているのはサウロです。タルソ出身のユダヤ人。宗教的には元ファリサイ派のユダヤ人であり、ガマリエルのもとで正統的なラビの教育を受け、かつて教会の迫害者であった人物です。

 教師だけをざっと見ても、これだけ多様であったということです。多様な人々が集まれば、やっかいなことも煩わしいことも起こります。似たようなユダヤ人だけが集まっている教会ならば起こらないようなことも起こったに違いない。しかし、世界へと福音が伝えられるための拠点となった教会を描写するのに、聖書はまずはその驚くべき多様性を挙げているのです。それは、後に福音があらゆる国々、あらゆる文化圏に福音が伝えられていくことを象徴的に表しているからです。そして、アンティオキアの教会にかぎらず、教会とは本来そういうものなのです。

 では、アンティオキア教会では、このような多種多様な人々が、いったいどこにおいて一つとなったのでしょうか。何において一つの方向に動きだし、サウロとバルナバを送り出すに至ったのでしょうか。

 2節にはこのように書かれています。「彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。『さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために』」(2節)。そのように、 彼らは礼拝し、断食して祈っていたのです。

 彼らが一つの体に作り上げられたのは、単なる相互理解によるのではありませんでした。一人のカリスマ的人物の指導力によるのでもありませんでした。共通の敵に対して一つになったのでも、共通の目標に向かって一つになったのでもありませんでした。そうではなくて、彼らが一つとなったのは、礼拝と祈りにおいてでした。神を拝み、神の御前に共に身を低くして、共に御心を尋ね求めるところにおいてでした。

 そのような教会に対して聖霊が「バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい」(2節)と語られたということは重要です。礼拝と祈りの中で、教会は神の言葉を聞き、主の御心が確かにここにあると信じたのです。だから、彼らはさらに「断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた」(3節)のです。

 パウロとバルナバが自らの使命感から「行きたい」と言い出して、その情熱と使命感をアンティオキアの教会が理解してサポートしたのではないのです。教会が、キリストの派遣を信じて「出発させた」のです。遣わす者にも遣わされる者にも、共通理解がありました。これが人からではなくキリストから出たことなのだ、ということです。それゆえに聖書は「聖霊によって送り出されたバルナバとサウロは」(4節)と語るのです。

 皆さん、目に映るのは人間の姿です。しかし、人間の姿や行うことだけに思いを向けていてはならないのです。だからこそ、こうして共に礼拝すること、共に祈ることが大事になってくるのです。

魔術師エリマとの戦い

 さて、次に4節以下に目を移しましょう。バルナバとサウロはセレウキアからキプロス島に船出し、サラミスに着きました。サラミスはキプロス島東岸にある港です。そこから彼らは島全体を巡ってパフォスに着きました。パフォスはローマの地方総督の座があったところで、キプロス島における行政の中心でもありました。

 当時のキプロスを治めていた地方総督はセルギウス・パウルスという人物でした。キプロスには迫害によって散らされたキリスト者たちが既に伝道を始めていたようです(11:19)。セルギウス・パウルスも島のうちのユダヤ人たちに起こっている新しい動きを知っていたのでしょう。そこでサウロたちを招いて御言葉を聞くことにしたのだと思います。

 ところが、そこに「ユダヤ人の魔術師で、バルイエスという一人の偽預言者」と呼ばれ、「魔術師エリマ」と呼ばれている人物が登場します。この男はセルギウス・パウルスと交際がありました。彼は、キプロスにおいて大きな支配力をもっていたことと考えられます。

 そのエリマがバルナバとサウロの邪魔を始めたのでした。「魔術師エリマ――彼の名前は魔術師という意味である――は二人に対抗して、地方総督をこの信仰から遠ざけようとした(8節)と書かれています。第一回目の伝道旅行において、彼らがまず直面したのは、このような魔術師との対決という問題でありました。

 さて、今日の私たちの周囲には、魔術師という存在はあまり見かけません。なので私たちとは無関係の話に思えます。しかし、実は、この「魔術師エリマ」の当たるものは、形を変えて、私たちの周りにいくらでもあるのです。

 そもそも古代の魔術とは何でしょうか。なぜ霊能者や未来を予知できる人が古代において重んじられたのでしょう。それは人間の内にある「恐れ」に関わっています。人はだれでも自分の手に負えない諸々の力のもとにあることを知っているからです。例えば、古代人にとっては、自然現象に現れる力などは、具体的に彼らの理解も能力をも越えた力であったわけです。ですから、それらの諸々の力を支配することのできる人、あるいはそれらの力の行方を予知することのできる人が必要だったのです。不安と恐れの中にある人間が、「どうしたらいいでしょう」と尋ねることのできる人、「こうしたらよいのだ」と方向を指し示してくれる人が必要だったのです。

 恐らく、地方総督セルギウス・パウルスが魔術師エリマと交際していたのは、助言者としてであり、超自然的な助けを得るためだったのです。地方総督をしていれば、難しい問題に直面することもあれば、迷うこともあり、不安や恐れに捕らわれることはいくらでもあったでしょうから。

 しかし、人間が迷ったり、不安や恐れの内に置かれた時こそ、自分の人生のあり方を問い直すべき大事な時なのでしょう。この世界を本当に治めておられるのは誰なのか、過去も未来も、人間の生も死も手にしておられるのは誰なのか。本当により頼むべき御方、すべてをその御手にゆだねて信頼すべき御方は誰なのか。その時こそ、人間が天地の創造主である御方に向かうべき時なのでしょう。人間の恐れの根本的な解決というのは、その御方の愛を知り、生ける神との愛の交わりの中に身を置くところにしかないのです。

 ところが、人が本当に神に向かおうとする時に、魔術師エリマがそれを妨げるのです。「総督はバルナバとサウロを招いて、神の言葉を聞こうとした。魔術師エリマ――彼の名前は魔術師という意味である――は二人に対抗して、地方総督をこの信仰から遠ざけようとした」(7-8節)。

 聖書は一貫して魔術や占いの類を禁じています。それは本来向かうべき御方を見失わせるからです。すぐに不安や恐れを解決してくれるもの。すぐに迷いを取り除いてくれるもの。すぐに答えを出してくれるもの。それは今日においても、様々なスピリチュアルな、あるいは宗教的な装いをもっていくらでも存在します。もしくは、まったく世俗的な形でも存在します。今日たいへんな勢いで進化している生成AIは、とても役に立つ便利な道具ではありますが、使いようによっては、これもまた神に向かわせることを妨げる、魔術師エリマにもなり得ます。

 バルナバとサウロは何よりもまず「ユダヤ人の諸会堂で神の言葉を告げ知らせた(5節)のでした。これが彼らの働きの中心でした。そして、信仰へ導かれつつあった総督も、バルナバやサウロの行う奇跡を見たいと思ったのではなくて、「神の言葉を聞こうとした」(7節)と書かれているのです。その意味で、総督は正しい方向へ向かっていた。なぜなら、神との真実なる関係は「神の言葉」が語られ、そして聞かれることによってしか生み出されないからです。

 その意味においても、先ほど言いましたように、人間の姿や行うことだけに思いを向けていてはならないのです。私たちは目に見えない御方の、大きなご支配の中にあり、またその御方が、聖霊のお働きを通して、私たちに語りかけてくださるのです。だからこそ、こうして共に礼拝すること、共に祈ることが大事になってくるのです。

2026年6月17日水曜日

祈祷会用:サムエル記下 14:1~20

サムエル記下 14:1‐20

 アムノンは罪を犯しました。しかし、ダビデはこの事件を公にすることなく宮中に留めました。罪は律法違反として裁かれることはありませんでした。それゆえにアムノンもまた神に対する罪としてこれを認識することはありませんでした。

 一方、アブサロムもまた、この事件を公にすることはありませんでした。神に対する罪としてアムノンの罪が裁かれ、神の正義が貫かれることを求めはしませんでした。「いいか。アムノンが酒に酔って上機嫌になったとき、わたしがアムノンを討てと命じたら、アムノンを殺せ。恐れるな。これはわたしが命令するのだ。勇気を持て。勇敢な者となれ」(13:28)。これが最終的に従者たちに与えた実行命令です。アブサロムによるアムノン殺害は、あくまでも《アブサロムの命令》によるものであって、神の命令によるのではなく、神の正義が実現したのではなかったことが強調されているのです。

 そのようにアムノン殺害事件は、13章においては、あくまでもアブサロムの個人的な報復として描かれておりました。ところが、14章以降の展開を見ます時に、これは単にアブサロムの憎しみと怒りの現れではなかったことが明らかになってまいります。実はこれはその後も続いていきます《王位継承をめぐる争い》の一部分であったのです。

 3章2節以下に、ヘブロンで生まれたダビデの息子たちの名が記されておりました。アムノンは長男です。次男のキルアブはそれ以降出てきませんし王位継承争いの中にも入ってきませんから、若くして亡くなったものと思われます。三男はアブサロムで祖父はゲシュルの王です。(四男のアドニヤも後に王位継承争いの中で命を落とします。)ですから、アムノンを殺害することは、彼が王位継承者の筆頭になることを意味するのです。

 アブサロムはアムノン殺害後、ゲシュルに亡命します。13節を見ますと、アブサロムは亡命後、イスラエルを追放された者とされたようです。アブサロムは王位継承者筆頭であったアムノンを殺害したのですから、もはや事件はいかなる仕方でも隠蔽はされ得ません。すぐにもイスラエルにおいて事は公になりました。当然のことながら、ダビデは審判を下さざるを得なかったのでしょう。

 アブサロム自身は、この追放という処分が遅かれ早かれ解除されるものと考えていたようです。彼は決して自らの行ったことを悪であるとは見なしていなかったからです。それは後に32節において「わたしに罪があるなら、死刑にするがよい」と大胆にも語っていることから分かります。

 彼は自らを正当化することのできる理由がありました。そのような理由があることは時として非常に不幸なことです。彼は死ぬまで決して自分の罪を神の御前において認めて悔い改めることはありませんでした。そして、これは来週読むことになりますが、そのようなアブサロムが、自らを義としたまま、結局は追放処分が解除されてゲシュルからエルサレムに戻されることになるのです。そして、再び王子としてダビデの王宮に出入りするようになるのです。そのことが後のダビデ王家に、イスラエルに、いかに悲惨な結果をもたらすことになるか、私たちはこれから見ていくことになります。

 しかし、今日はアブサロム自身ではなく、彼がエルサレムに戻ることができるように動いたヨアブの行動に目を留めたいと思います。ヨアブはある策略を用いてアブサロムの呼び戻しを実現するのです。

 「アムノンの死をあきらめた王の心は、アブサロムを求めていた」(13:39)と書かれていました。アブサロムが関わる後の出来事を見ますと、ダビデがいかにアブサロムを溺愛していたかが分かります。彼が帰ることを求めたのは父の自然な心情でした。このダビデの心の動きに目を留めたのがヨアブでした。

 彼はテコアに使いを送って一人の知恵のある女を呼び寄せます。そして、喪に服しているように装い、王に架空の訴えをさせたのです。夫を亡くしたやもめの二人の息子がいさかいを起こし、一方が他方を打ち殺してしまった。そこで一族の者が「兄弟殺しを引き渡せ、殺した兄弟の命の償いに彼を殺し、跡継ぎも断とう」と言っているのだ、と訴えたのです。

 ダビデは、その架空の話における兄弟殺しの息子が殺されないように計らい、この女にとって憐れみ深い裁定を下します。「王は女に言った。『家に帰るがよい。お前のために命令を出そう』」(8節)。つまり情状酌量し兄弟殺しの息子を無罪とするのです。本来ならば王の裁定は絶対ですから、これで問題は解決しているはずです。ところがテコアの女は執拗に問題を蒸し返すのです。ダビデが主の名によって誓うところに持って行くためです。そして、ついにダビデは主の名によって誓います。「主は生きておられる。お前の息子の髪の毛一本たりとも地に落ちることはない」(11節)。

 そこですかさず女はこう言って王に迫ります。「主君である王様、それではなぜ、神の民に対してあなたはこのようにふるまわれるのでしょう。王様御自身、追放された方を連れ戻そうとなさいません。王様の今回のご判断によるなら王様は責められることになります」(13節)と切り出したのです。

 つまりこの女の息子を情状酌量無罪として女が息子を二人とも失ってしまうことがないように裁定を下したのに、アブサロムを無罪としないで追放したままにして、神の民が王となるべき人を二人とも失ってしまうようなことをしても良いのですか、と言っているのです。

 ヨアブの入れ知恵によるのですが、女はあえてここで「神の民に対して」という言葉を使っています。これは「神の民に逆らって」とも訳せるような言葉です。神の民、すなわちイスラエルの人々の願いに反して、ということです。ここには民意の変化が見てとれます。アブサロムが引き起こしたのは宮廷においては前代未聞のスキャンダルだったのですから、人々はアムノンを殺害したアブサロムの追放を当初は良しとしていたに違いないのです。しかし、三年経った今、明らかにアブサロムを連れ戻そうという動きが人々の間に起こってきているのです。

 それは25節に見るように「イスラエルの中でアブサロムほど、その美しさをたたえられた男はなかった。足の裏から頭のてっぺんまで、非のうちどころがなかった」と書かれていることと無縁ではないでしょう。そもそも、人々はアムノンよりもアブサロムが王となることを望んでいたのかもしれません。

 そうしますと、ヨアブはただ単に王の心情を察して仲介の労を執ったということではなさそうです。そこにはダビデ王の死後を考えた政治的な意図が見られるのです。ヨアブはかつて自分の権力の座が脅かされることのないように、アブネルを殺害した人物です。彼にとっては、国家に安定した統治があること、そしてその国家の軍の総司令官という立場に自分が君臨し続けることが決定的に大きな意味を持っていたのです。そのためには、相応しい人物が即位せねばならず、またその即位に一役買っていることは、極めて重要なことだったのです。世論の動き、ダビデの心の変化は、ヨアブにまたとない機会を与えたのでした。

 さて、ここに記されていることは、ナタンのたとえ話と対を為しているように見えますが、本質的に異なるものとして描かれているのです。ナタンを送ったのは神でしたが、テコアの女を送ったのはあくまでも神ではなくヨアブなのです。彼女が言っているように「ヨアブが事態を変えるためにこのようなことをした」(20節)のです。

 正義の主張と共に渦巻いているのは人間の思惑と野心です。それらが人間の「知恵」によって事を動かし、そして結果として災いをもたらすことになるのです。ここに出てくるのは知恵のある女です。あのアムノンを動かしたヨナダブも「賢い男」(知恵のある男)と書かれていました。人間の知恵が災いの連鎖を生み出すという悲しむべき事実をこれらの人物は象徴しているようです。

 しかし、私たちはもう一方で、これがすべてナタンによって予告されていた一線の上を辿っていることを思い起こします。すべては崩壊へと向かっているように見えます。しかし、神の手を離れてしまっているわけではありません。神の支配の中で、やがてアムノンではなく、アブサロムでもなく、ソロモンが王として立てられることになるのです。人間の思惑や野心によって、神の救いの計画は挫折させられることはないのです。


2026年6月14日日曜日

「不当な苦しみに遭ったなら」

2026年6月14日 主日礼拝説教 
聖書:使徒言行録16:16‐24

獄中における賛美
 本日は第2朗読で使徒言行録の16章をお読みしました。聖書箇所をどうぞお開きください。使徒言行録16章16節からお読みいたしました。

 ここに書かれているのは、パウロの第2回目の伝道旅行の途中の話です。フィリピに立ち寄った時の出来事です。数日滞在することになったそのフィリピにおいて、パウロはユダヤ人たちが祈りのために集まっているその場所に向かいました。その途中、占いの霊に取り憑かれている女奴隷に出会います。その女奴隷は占いをすることによって、主人たちに利益をもたらしていた人でした。

 その占い師が、パウロとシラスが祈りの場所に行く途中、後ろについてきて、「この人たちはいと高き神の僕で、皆さんに救いの道を述べ伝えているのです」と叫び始めたのです。そのようなことが幾日も繰り返されることとなりました。

 彼女の言っていることは、言葉としては間違っていません。まさにその通りです。しかし、占いの霊がしていることは明らかに宣教の妨げになりました。たまりかねたパウロは、その女を支配している霊に命じました。「イエス・キリストの名によって命じる。この女から出て行け。」すると即座に、占いの霊が彼女から出て行きました。

 しかし、事はそれで終わりませんでした。占いの霊が出て行った以上、占いはできません。そのため、この主人たちの商売は成り立たなくなりました。金儲けの道が断たれてしまったのです。主人たちは腹を立て、パウロとシラスを捕らえて広場に引き立てていきました。そして高官に引き渡して彼らを訴えたのです。

 これは当事者同士の利害関係の問題ですから、通常であれば訴えに従って正規の取り調べが始まるはずでした。ところが、ここで異常なことが起こります。「群衆も一緒になって二人を責め立てた」(22節)と書かれているのです。しかもこれがかなりの大騒ぎとなりました。そのために高官たちは群衆を満足させて鎮めるため、二人の衣服をはぎ取り、「鞭で打て」と命じたのです。パウロとシラスはさんざん鞭で打たれた挙句、牢に投げ込まれたのでした。

 法治国家においてあるまじきこの異常事態は、なぜ起こったのでしょうか。彼らがイエス・キリストを信じていたからでしょうか。イエス・キリストを述べ伝えたからでしょうか。いいえ、そうではありません。人々にとって、このパウロとシラスがイエス・キリストを信じているかどうかは、どうでもよいことでした。それは訴えた人々の言葉から分かります。彼らは言いました。「この者たちはユダヤ人で、私たちの町を混乱させております。」つまりパウロとシラスは、キリスト者であるゆえに迫害されたのではなく、ユダヤ人であるゆえにひどい目に遭ったのです。

 このことについては、フィリピという町の特殊事情を考慮に入れる必要があります。フィリピは12節にありますように、ローマの植民都市でした。そこではラテン語が語られ、ローマの法のもとに治められ、使用される貨幣にもラテン語が刻まれている、さながら小さなローマともいうべき町でした。そこに住む有力な人々はみな退役軍人などのローマ市民権を持つ入植者でした。そのローマ人たちにとって、ユダヤ人は言ってみれば被占領民族の一つに過ぎません。しかも彼らの目から見て、ユダヤ人というのは頑なに自分たちの習慣に固執して、決してローマ帝国に同化しようとしない、極めて特殊な人々として映っていたのです。

 ローマ人たちの中に少なからず反ユダヤ的な感情があったことは、21節からも分かります。「ローマ帝国の市民である私たちが受け入れることも、実行することも許されない風習を宣伝しております。」そのような事情のもとでこの事件は起きたのです。

 自分よりも力の強い者によって不利益が生じた場合、人はそのことをある程度我慢するものです。この女奴隷の主人たちが、例えばローマ皇帝の勅令によって不利益を被ったのであれば、それほどの騒ぎにはならなかったでしょう。しかし人は、自分が軽んじていたり見下している者によって不利益を被った時には、それを我慢することができません。だからこのような騒ぎになったのです。

 彼らにとって我慢ならなかったのは、よりによってユダヤ人が占いの商売を邪魔し、損害を与えたということでした。こういう差別感情というのは、決して好ましいものではありませんが、周知のように一旦火がつくと炎上するものです。これは今日のネット社会においても、しばしば目にする現象です。直接損害を受けたのではない群衆までがパウロとシラスを責め立てました。その差別意識は公職にある高官においても同様でした。彼らは取り調べもせずに鞭打たせたのです。

 繰り返しておく必要がありますが、これはパウロたちが命をかけて取り組んでいた福音宣教に対する迫害ではありません。キリスト教信仰に対する迫害でもないのです。差別によるリンチであり、投獄であったのです。

 人は、自分が命がけで取り組んでいる事業に伴う困難や苦難であれば、ある程度耐えることができるものです。場合によっては、それは喜びにさえなります。理想的な社会を実現するために、あるいは革命を起こすために、自らの血を流し、拷問を耐え忍んだ人々は歴史上に数多く存在します。高い理想があるならば、その実現のために苦難を耐え忍ぶことは、人に誇りと喜びさえ与えるものです。

 その一方で、実に耐えがたいのは、価値あることとは結びつかない苦しみです。不当な、理不尽な仕打ちによってもたらされた苦難です。しかし、私たちが経験する苦悩の圧倒的大部分は、そのような意味や価値とは直接結びつかないものではないでしょうか。なぜ自分がこのような思いをしなければならないのか、どうしてこんなことになるのかと思わざるを得ないような苦しみの方が、私たちの経験の中ではるかに多いのではないでしょうか。

 この章のパウロとシラスもまた、彼らからすれば全く意味のない、価値とは結びつかない苦しみの中に置かれていたのです。

 今日の朗読箇所はここまでですが、この先を少し読み進めてまいりましょう。25節に「真夜中ごろ」と書かれています。彼らは真夜中になっても、まだ起きているのです。おそらく痛くて眠れなかったに違いありません。また彼らがはめられていた「木の足かせ」というのは、足を開かせたまま座らせて固定するものでした。横になることもできません。どう考えても苦しくて眠れるはずがないのです。そのような眠れない夜――理不尽な、不当な仕打ちによってもたらされた眠れない夜を、彼らは経験していたのでした。

 しかし、そこで最も印象的なのは、そのような苦しみを負った彼らが、獄中において賛美して祈っていたという姿です。

 この姿を見る限り、パウロとシラスにとって、自分が受けている苦しみに意味があるかどうかは、おそらく大事なことではなかったのでしょう。苦しみの意味は神様が考えてくださればそれでよかったのです。彼らにとってはもっと大事なことがありました。それは、牢獄の外にある時と同じように、牢獄の中においても彼らが神と共にあるということです。彼らが神の御前にあるということです。そして、それはまた大きな恵みでもあります。神の御前にある愛されている子どもたちとして、神様を礼拝することができ、祈ることができる。四方を壁に囲まれていても、愛する主に近づくことができるという事実こそ、彼らにとって最も大きなことだったのです。彼らは賛美し、祈っていました。

救われるためには
 物語はさらに続きます。その夜突然大地震が起こりました。見張っていた看守にとって、それは卒倒するような出来事でした。事実、卒倒したのでしょう。そして目を覚ました看守が目にしたのは、地震によって開いてしまった牢の扉でした。囚人たちが逃げてしまった――彼はとっさにそう思いました。囚人が逃げるということは、自分の命をもって償わなければならないことでした。この看守にとって最大の危機でした。

 しかし、彼が自害しようとしていた時に、闇の中から大声で叫ぶ声を聞いたのです。「自害してはいけない。私たちはみなここにいる。」パウロの声でした。

 注目すべきは、この看守が「ああよかった」と言ったとは書かれていないことです。ほっとして喜んだとも書かれていません。彼は震え上がったのです。震えながらひれ伏して、こう尋ねました。「先生方、救われるためにはどうすべきでしょうか。」(30節)

 パウロとシラスが獄中で賛美して祈っていた時、看守の目にはそれが不思議に映ったことでしょう。あるいは心のどこかに惹かれるものを感じていたかもしれません。しかし、いずれにしてもそれは所詮他人事でした。自分とは関係のないことだったのです。

 しかしこの一連の出来事の中で、自分自身が危機的状況に置かれ、大きな苦しみの中に置かれた時、パウロたちが祈っていた姿、賛美していた姿は、もはや自分とは無関係ではなくなっていました。彼は、パウロたちが賛美していた神、生ける真の神の前に自分がいるということに気づいたのです。神を意識せざるを得なくなったのです。

 それまでは、他の人が信じている神に過ぎませんでした。しかし人が真に生ける神を意識せざるを得なくなった時、もう一つ意識せざるを得なくなることがあります。それは、その神の前に自分はどう生きてきたか、ということです。自分自身の様々な罪と穢れです。神様が本当においでになるならば、神様はすべてをご存知です。この私はその神に受け入れられるのか、それとも罪人として滅びるのか。この私は赦されるのか、それとも赦されないのか、救われるのか、救われないのか。それが決定的に重要な問いとなります。だからこの看守は、神を意識した時に震え上がったのです。そしてこう問いました。「救われるにはどうすべきでしょうか。」

 「何を行うべきでしょうか」と彼は尋ねました。しかし、パウロはこの問いに直接答えませんでした。なぜなら、救いは何らかの行いと引き換えに得られるものではないからです。大事なことは「何を行うか」ではなく「誰を信じるか」なのです。罪人を救うために世に来られた救い主を信じることです。パウロは答えました。「主イエスを信じなさい。そうすればあなたも家族も救われます。」(31節)

 パウロとシラスは看守とその家族に主の言葉を語りました。彼らは主を信じて洗礼を受けました。そして34節に「神を信じる者になったことを家族ともども喜んだ」と書かれています。

 彼らはこの後どうなったのでしょうか。私たちには知る由もありません。ただ想像できることはあります。この看守がパウロとシラスを助け、キリストを信じる者となり、クリスチャンとしてフィリピで生きていくことになったとすれば、おそらく困難なことが待ち受けていたに違いありません。苦難や迫害を経験することになったかもしれません。

 しかし彼らの生活の中に苦難があるかないか、その苦難に意味があるかどうかは、彼らにとって決定的に重要なこととはならなかったでしょう。なぜなら、彼らは神を信じる者となったことを喜んだのであって、苦難がなくなったことを喜んだのではないからです。そのような彼らにとって大事なことは、パウロとシラスにとってそうであったように、この看守と家族もまた、神の御前にあるということ、神に赦され受け入れられた者として神の御前にあるということであったのでしょう。どのような状況に置かれても、人は神を賛美し、神に祈りながら生きていくことができる。そのことを、彼らもまた身をもって知っていったに違いありません。

2026年6月10日水曜日

祈祷会用:サムエル記下 13:20~39

 サムエル記下13:20‐39

 今日は13章の後半をお読みします。13章は次のような言葉から始まりました。「その後、こういうことがあった。ダビデの子アブサロムにタマルという美しい妹がいた。ダビデの子アムノンはタマルを愛していた」(1節)。そのタマルを我がものとするために、アムノンは仮病を使います。父ダビデが見舞いに来たときに、アムノンは「妹タマルをよこしてください」と願いました。ダビデに言われるままにタマルがアムノンの家に来ると、そばにいた者を出て行かせ、アムノンはタマルを捕らえて力ずくで床を共にします。

 それはアムノンの従兄弟であり友人でもあったヨナダブの入れ知恵でした。この「ヨナダブ」の名を覚えておいてください。後で出て来ます。アムノンは自らの思いを遂げるとタマルを憎悪し家から追い出しました。タマルは上着を引き裂き、嘆きながら歩いて帰ります。そして、兄アブサロムのもとに身を寄せたのでした。ここまでが先週読んだところです。

 さて、今日の箇所の内容に入る前に、この事件に対する人々の対処の仕方を見ておきましょう。タマルが犯されたことを知った実の兄であるアブサロムは、彼女にこう言いました。「今は何も言うな」。これは《事件を公にするな》ということです。アブサロム自身、アムノンに抗議することも、王に訴え出ることもしませんでした。「アブサロムはアムノンに対して、いいとも悪いとも一切語らなかった」(22節)のです。表面的に見るならば、タマルもアブサロムも、アムノンの罪を不問に付したのでした。

 一方、この事件は当然のことながらダビデの耳にも入りました。父であるダビデはどうしたでしょうか。「ダビデ王は事の一部始終を聞き、激しく怒った」(21節)と書かれています。しかし、驚いたことに、ここにはアムノンの罪を処罰したとは書かれていないのです。

 実は、私たちが読んでいるのはヘブライ語で書かれた聖書底本からの翻訳なのですが、ギリシア語訳旧約聖書(七十人訳)では、「激しく怒った」の後に、次のような言葉が加えられているのです。「しかし、彼の息子の魂を悲しませることはしなかった。彼が長子であり、彼を愛していたからである」。細かい話は割愛しますが、恐らくこれが本来の読みであったものと考えられます。

 要するにダビデはあくまでもこの件を内密にしたのです。宮廷の中だけに留めたのです。息子アムノンの罪は、明らかに律法違反なのです。しかし、ダビデは息子を律法違反として公に裁くことはしませんでした。アムノンが長子であり、王位継承第一位にあったことはダビデにとって大きなことだったのでしょう。さらに言えば、王家のスキャンダルはようやく統一された国家を不安定にしかねい。そのような懸念もあったことでしょう。このような理由から身内の罪の隠蔽が起こることは、今も昔も変わりません。

 そして、今日の箇所に入ると、「それから二年たった」とだけ記されているのです。この間のことが全く抜け落ちている。聖書は沈黙しているのです。それは、アムノンの罪が、結局覆い隠されたままであり、人々の記憶からも消えていったことを示しているのです。

 そんなある日、アブサロムは、エルサレムから20キロほど離れたバアル・ハツォルにおいて、羊の毛を刈る季節の祝宴を催します。それは農業で言えば収穫祭に当たります。大々的に行われるのです。アブサロムは王子全員を招待し、ダビデ王と家臣をも招待しました。ダビデ王はアブサロムの負担になることを好まず辞退します。そこで、アブサロムはアムノンを代理として同行させてくれるよう願います。このようなやりとりから、この時点でアムノンは王子たちの中で別格の扱いを受けていたことが分かります。ダビデはアムノンを同行させることを承諾しました。

 さて、私たちはアムノンが実際にアブサロムの招待を受けて、平気で祝宴に参加していることに驚きを覚えます。しかも、アブサロムは従者にこう命じていたのです。「いいか。アムノンが酒に酔って上機嫌になったとき、わたしがアムノンを討てと命じたら、アムノンを殺せ」(28節)。そして、実際そのことが実行された。ということは、アムノンは酒を飲んで上機嫌になっていたということです。

 これは驚くべきことではありませんか。アムノンは恐らくタマルにも兄であるアブサロムにも謝罪することはなかったでしょう。しかし、特に自分自身の罪が取りざたされることのない二年間を経て、アムノンにとって「あの出来事」はもう既に終わったことになっていたのです。

 しかし、この聖書箇所に記されている悲劇は、一つのことをはっきりと示しています。人間の罪というものが、人々の目から隠されても、人々の記憶からは失われても、何事もなかったかのように以前の状態が続いていたとしても、依然として残っているのだということです。なぜなら、もともと問題は単に人と人との間のことではないからです。アムノンが神の律法に背いた行為が問題なのです。

 すなわち、これは神と人との間のことなのです。罪というのは、そもそもそういうものなのです。神と人との話なのです。しかし、ダビデもアブサロムもタマルも、そしてアムノン自身も、この罪を神の御前に出すことはしなかったのです。神の言葉のもとに置くことをしなかったのです。要するに、この13章に登場する人物は誰一人として、これが神に対する罪であることを認識していないのです。

 ついにアムノンの罪は、「神に対する背き」として明らかにされることはありませんでした。罪は神の御前で明らかにされ、神の御前で悔い改められ、神の御前で赦しが与えられ、神の御前において和解がなされなければならないのです。もしそうでなければ、問題は未来に持ち越されます。そして、事実そうなりました。

 アブサロムは、結局、復讐としてアムノンを殺害することになりました。罪は神の律法への違反として考えられないならば、ただ人と人との間の憎しみしか産み出しません。そして、結局恨みを晴らすという仕方でしか処理されません。アブサロムが、最後まで罪に対する神の裁きを考えられなかったことは、彼の言葉から分かります。「これはわたしが命令するのだ。勇気を持て。勇敢な者となれ」(28節)。強調されているのは「わたし」です。命じているのは神ではありません。

 こうしてアブサロムの復讐は果たされました。しかし、彼は母方の祖父であるゲシュルの王タルマイのもとに亡命します。これはダビデとの決定的な亀裂の発端となりました。そして、この結末は彼自身の滅びとなるのです。憎しみと怒りによって罪を処理しようとするならば、自らの滅びを招くことになるのです。

 一方、アムノンの悲劇は、ただ殺害されたということではありません。ここに再びヨナダブが登場します。ここで私たちは驚くべき発言を耳にするのです。アムノンが殺害された時、彼は明らかにバアル・ハツォルの祝宴に参加してはおりませんでした。彼はダビデと共に事件の第一報を聞くことになります。それはアブサロムが王子たちを皆殺しにしたという誤ったニュースでした。

 ダビデはそれを聞いて衣を裂きます。しかし、ヨナダブが言うのです。「殺されたのはアムノン一人です。アブサロムは妹タマルが辱めを受けたあの日以来、これを決めていたのです」と。彼はアムノン一人が殺されたことを強調します。実際に王子たちが帰って来るのはその後です。何を意味しますか?ヨナダブがアムノン殺害の計画を事前に知っていたということでしょう。あるいは少なくともそれを予測できたということでしょう。ヨナダブはこの章の始めにはアムノンの友として登場したのではなかったでしょうか!

 アムノンはダビデの長男としてその寵愛を一身に集めて育ちました。欲しいものはすべて手に入れてきたことでしょう。そして、異母姉妹であるタマルをも手に入れ、欲しくなくなったら捨てることもできました。その罪を問う者は誰もいませんでした。自分自身、そのために罪責感に苦しむ必要もありませんでした。何もなかったかのように生活できたのです。さて、彼は幸いな人だったでしょうか。そうではありません。彼は最終的に孤独の内に、友にも見捨てられた者として、身内の手によって殺害され、死んで行ったのです。これが彼の一生でした。

 人間に必要なことは処罰から逃れることでも罪の意識から逃れることでもありません。罪が不問に付され、罪が罪として認識されないということは、決して幸いなことではないのです。人に必要なのは罪からの救いです。神との関係、そして人との関係が神の救いの恵みによって回復されることなのです。そのためにキリストは来られたのです。


2026年6月7日日曜日

「人を通して実現される神の御業」

2026年6月7日 主日礼拝説教 

聖書:使徒言行録 4:13-31

人からか神からか
 今日の第二朗読では使徒言行録が読まれました。今日の箇所の前半部分は、ペトロとヨハネが議会で尋問を受けている場面です。彼らが尋問を受けているのは逮捕されたからです。彼らが逮捕された次第は、この章のはじめに次のように記されています。「ペトロとヨハネが民衆に話をしていると、祭司たち、神殿守衛長、サドカイ派の人々が近づいて来た。二人が民衆に教え、イエスに起こった死者の中からの復活を宣べ伝えているので、彼らはいらだち、二人を捕らえて翌日まで牢に入れた。既に日暮れだったからである」(1‐3節)。

 そのような事情で投獄された彼らは、翌日、引き出されて尋問を受けることとなったわけです。「次の日、議員、長老、律法学者たちがエルサレムに集まった。大祭司アンナスとカイアファとヨハネとアレクサンドロと大祭司一族が集まった。そして、使徒たちを真ん中に立たせて、『お前たちは何の権威によって、だれの名によってああいうことをしたのか』と尋問した」(5‐7節)。そこで、ペトロが答弁を始めたのでした。

 今日はその答弁の内容には触れません。しかし、その結果は次のように記されています。「議員や他の者たちは、ペトロとヨハネの大胆な態度を見、しかも二人が無学な普通の人であることを知って驚き、また、イエスと一緒にいた者であるということも分かった」(13節)。ここからが本日の聖書箇所です。

 さて、「ペトロとヨハネの大胆な態度」とありますが、私たちは彼らがもともとそういう人たちではなかったことを思い起こす必要があります。今読んでいる使徒言行録はルカによる福音書に続く二巻目なのですが、6節の「大祭司アンナスとカイアファ」は一巻目のルカによる福音書にも出てきたのです。それはイエス・キリストが捕らえられた場面です。イエス様がまず連れて行かれたのは大祭司の家でしたから。

 あの時、ペトロは遠く離れて後からついていったのでした。彼が中庭にまで入っていった時、ある女中が目にして「この人も一緒にいました」と言います。するとペトロはすぐにその言葉を打ち消して言いました。「わたしはあの人を知らない。」なんと彼は三回も同じことを繰り返してしまうのです。

 三回目にイエス様との関係を否定した時、鶏が鳴きました。そして、次のように書かれています。「主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは、『今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう』と言われた主の言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた」(ルカ22:61-62)。そうです、これがもともとのペトロの姿でした。

 しかし、今日の箇所に出て来るペトロは明らかに違っています。ユダヤの権力者たちは、ペトロとヨハネに、今後決してイエスの名によって話したり教えたりしてはならない、と命令し、脅迫します。するとペトロは答えるのです。「神に従わないであなたがたに従うことが、神の前に正しいかどうか、考えてください。わたしたちは、見たことや聞いたことを話さないではいられないのです」(19節)。

 あの時とこの時の間に何が起こったのか。それはイエス・キリストの十字架刑とキリストの復活。そして、聖霊の降臨です。――ここに見るのは「聖霊に満たされた」ペトロの姿なのです。それはペトロが、「もっと強くならねば」と思って努力して、自力で強い人間になったということではないのです。

 そして、「二人が無学な普通の人であることを知って驚いた」と書かれています。無学な者というのは、律法の専門教育を受けてはいないということです。普通の人というのは、資格を持っていない人という意味です。つまり彼らが見たのは、この世の教育や資格に由来するものではなかったということです。また、人間の能力や経験に由来するものでもなかったということです。

 それは既にキリストが予告しておられたことでした。「…人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。それはあなたがたにとって証しをする機会となる。だから、前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである」(ルカ21:12‐15)。そして、主が言われたとおりになったのです。大祭司や議員たちが耳にしたのは、人からの知恵や知識ではなく、神からの知恵であり知識だったのです。

 さて、この箇所を読みます時に、私たちは教会としても、また個々の信仰者として願っていることは何なのかと改めて考えさせられます。――私たちが願っているのはどちらなのでしょう。私たちが神のために何かを成し遂げることですか。それとも、神が私たちを通して何かを成し遂げてくださることでしょうか。私たちが見たいと思うのは、神のために一生懸命行った私たちの働きでしょうか。それとも、私たちを通して実現される神の御業なのでしょうか。人間に由来するものでしょうか。それとも神に由来するものでしょうか。

皆、聖霊に満たされて
 もし教会の歩みにおいても、私たちの人生においても、神がなさることを見たいと思うなら、決定的に重要なことは「わたしが、わたしが」と言って「わたし」が満ちていることではなくて、ペトロがそうであったように、「聖霊に満たされて」いることなのです。そして、今日の聖書箇所は、ペトロだけではなく、「皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語り出した」(31節)と締めくくられているのです。

 そこに書かれている「皆」というのは、ペトロとヨハネの仲間たちです。「さて二人は、釈放されると仲間のところへ行き、祭司長たちや長老たちの言ったことを残らず話した」(23節)と書かれているとおりです。それを聞いた彼らはどうしたでしょうか。「これを聞いた人たちは心を一つにし、神に向かって声をあげて言った」(24節)。すなわち、彼らは祈ったのです。心を一つにして祈ったのです。そのような彼らが聖霊に満たされたのです。そして、ペトロと同じように大胆に御言葉を語る者とされたのです。

 祈るとはどういうことか。今日の聖書箇所にはっきりと示されています。彼らはこのように祈り始めました。「主よ、あなたは天と地と海と、そして、そこにあるすべてのものを造られた方です」(24節)。このように祈りとは、まず神へと目を転じることから始まるのです。

 現実には彼らは大きな問題に直面していたのでしょう。ペトロとヨハネが捕らえられて脅迫されたということは、すなわちその仲間もまた脅迫の対象であるということです。当局がペトロとヨハネに対して「決してイエスの名によって話したり、教えたりしないようにと命令した」ということならば、当然、教会もまたその規制の対象となるのでしょう。それは誕生したばかりの教会にとっては大きな打撃です。

 しかし、彼らは直面している問題の大きさではなく、神の偉大さに目を向けたのです。彼らは大声を上げて天地の創造主であるお方への信仰を言い表したのです。「主よ、あなたは天と地と海と、そして、そこにあるすべてのものを造られた方です」と。

 小さな一円玉でありましても、目の前に置くならば、それが世界の全てを覆い隠して見えなくします。同じように、私たちの直面している問題もまた、目の前に置かれれば世界の全てを覆い隠します。それが世界の全てになるのです。しかし、私たちは目を転じなくてはなりません。創り主の偉大さに目を向ける時に、今まで世界の全てであるかのように思えた問題もまた、神の御手の内にある一つの出来事に過ぎないことを知るのです。それは決して神の御手の外に出てしまうようなことではないのです。

 そして、もう一つ。彼らはこう祈っています。「主よ、今こそ彼らの脅しに目を留め、あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。どうか、御手を伸ばし聖なる僕イエスの名によって、病気がいやされ、しるしと不思議な業が行われるようにしてください」(29‐30節)。

 彼らは直面している問題をそのまま単純素朴に神様に語ります。神様の前にすべてを広げるのです。「目を留めてください」と。その上で、彼らは祈ります。「あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください。」

 彼らは、脅迫されているという現状を神に訴えて、「そこから逃れさせてください」と祈ったのではありません。また、「脅迫がなくなるように」と祈ったのでもありません。彼らが求めたのは困難を取り除かれることでも、困難から逃れることでもありませんでした。そうではなくて、恐れを取り除かれることを願ったのです。「あなたの僕たちが、思い切って大胆に御言葉を語ることができるようにしてください」と。

 そして、そこに神の御業が現れることを願い求めたのです。「御手を伸ばしてください」と彼らは祈ります。彼らが望んでいるのは、人間の働きを通して、実際には神が御手を伸ばしてくださることなのです。神が彼らを用いて神にしかできなことを実現してくださることなのです。「病気がいやされ、しるしと不思議な業が行われるようにしてください」とはそういうことです。

 そのように、祈るということは、神の御業のために自分自身を差し出すことでもあるのです。その時に、もはやそこに満ちているのは「わたしが、わたしが」と主張する「わたし」ではないはずなのです。そこに神の霊が満ちるのです。主が支配し、主が御業をなしてくださるのです。「祈りが終わると、一同の集まっていた場所が揺れ動き、皆、聖霊に満たされて、大胆に神の言葉を語りだした」。

 そのように、今私たちがしているように、共に集まり共に祈ることを大切にしましょう。共に神に目を転じ、貧しい私たち自身を共に差し出すこの時を大切にしましょう。そして、このような私たち自身を通して神の御業が現れることを一緒に期待して、ここから出ていきましょう。そのように聖霊に満たされた教会となることを共に求めてまいりましょう。


2026年6月3日水曜日

祈祷会用:サムエル記下 13:1~22

 サムエル記下 13:1‐22


 アレクサンドル・シュメーマンという東方教会の神学者が次のようなことを書いています。「聖書では、人の食物、すなわち人が生きるために関与しなければならないこの世は、神から『神との交わり』として与えられたものです。…存在するものはすべて神の人への贈り物です。人が神を知り得るため、また人のいのちを神との交わりにするための贈り物です」。

 しかし、この世界の現実はどうでしょう。食物にせよ、富にせよ、性の交わりにせよ、神からの贈り物として受け取られることなく、欲望の対象にしかなっていません。それらによって神への感謝が生まれることもなく、神との交わりが形作られることもない。そこにこそ本来の姿から堕ちてしまった人間の姿があります。今日の聖書箇所もまた、そのような現実を伝えているのです。

 ダビデの長男アムノンは腹違いの妹であるタマルを愛していました。この章には「愛していた」という言葉が繰り返されます。この言葉は神の愛から人間の欲望までを表す幅広い言葉です。今日は、この「愛」なるものがいったい何であるかを中心に見ていくことになります。

 彼は妹タマルを思いつつも、「タマルは処女で、手出しをすることは思いも寄らなかった」と書かれています。これはタマルの処女性を重んじたということではありません。どこの世界でも王家の娘は政略結婚に使われます。未婚の王女は厳しい管理下に置かれていたのです。それゆえ、簡単には手出しできなかった、ということです。

 そのようなアムノンに、ある日いとこのヨナダブが入れ知恵をします。病気を装って床に就き、父ダビデが見舞いに来た時に、「妹タマルをよこしてください」と願えば良いということでした。早速アムノンはその計画を実行に移します。案の定、ダビデは長男アムノンの願いどおりに、タマルのもとに人をやり、兄アムノンの家に行って料理をするようにと伝えさせました。

 タマルは言われるままに、兄のもとに来てレビボットを焼きます。すると、アムノンはそばにいた者を皆出て行かせ、タマルだけを残しました。そして、タマルが彼に食べさせようと近づくと、彼はタマルを捕らえて言ったのです。「妹よ、おいで。わたしと寝てくれ」と。タマルは「いけません、兄上。わたしを辱めないでください」と抵抗します。しかし、アムノンは彼女の言うことを聞こうとせず、力ずくで辱め、彼女と床を共にしたのでした。

 さて、ここで殊更に「妹よ」とか「いけません、兄上」と書かれていることには意味があります。彼らは確かに血のつながった兄弟ではありません。しかし、律法によるならば、たとえ異母兄妹であっても、性の交わりを持つことは禁じられているのです。「異母姉妹であれ、異父姉妹であれ、自分の姉妹と寝る者は呪われる」(申命記27:22)。

 ですから、タマルは「イスラエルでは許されないことです。愚かなことをなさらないでください」と言いました。その後の「どうぞまず王にお話しください。王はあなたにわたしを与えるのを拒まれないでしょう」という言葉は、律法の観点からすると誤りです。しかし、タマルはこう言うしかなかったのでしょう。そして実際、アムノンの願いなら、ダビデは律法に反しても願いどおりにしたかもしれません。

 いずれにせよ、これはただ律法に反するということではありません。律法に反する仕方で手に入れるということは、《もはや神からの賜物として受け取るつもりはない》ということを意味するのです。

 結婚も性の交わりも、本来は、神から感謝をもって受け取り、それゆえにまたそこに神との交わりが生じるはずの神の賜物だったはずです。しかし、それ自体が欲求の対象となる時にどうなってしまうのか。私たちはあのアダムとエバが禁じられた木の実を食べた時と同じ姿をここに見ることになるのです。

 聖書は恐るべき言葉をもって、その結果を記します。「そして、アムノンは激しい憎しみを彼女に覚えた。その憎しみは、彼女を愛したその愛よりも激しかった」。なぜアムノンがタマルを憎んだのか、その理由は書かれておりません。人間の心理としていくらでも説明することはできるでしょう。しかし、どのような理由にせよ、これは人の世にいくらでも見られることです。かつて肉体関係を「愛」と呼んでいた男女が、その後、それ以上に憎みあっていることなどは、決して珍しいことではありません。

 重要なのは、彼が憎んだ理由ではありません。彼の「愛」が全く逆の「憎しみ」に転じてしまったという事実です。アムノンはタマルに「立て。出て行け」と言って追い出します。そして、自分に仕える従者を呼び、「この女をここから追い出せ。追い出したら戸に錠をおろせ」と命じたのでした。そして、そこに表されたアムノンの憎悪は、ただアムノンの内だけで終わりませんでした。

 タマルは嘆きの叫びをあげながら家に向かいます。血のつながった兄であるアブサロムはこのことを知り、激しくアムノンを憎悪します。そして、やがてこれがアムノン殺害へと発展することになるのです。いや、それだけではありません。そのようにしてアムノンを殺すアブサロムがやがて自らを滅ぼすことになるのです。

 ここまで見てきたように、ある意味ではアムノンは自分が欲してやまなかったものを手に入れることができたのです。ヨナダブが与えた策略によって獲得することができました。そのように、人は欲するものを自分の知恵や力を用いていくらでも手に入れることはできるのです。

 しかし、たとえ何を手に入れたとしても、それを神からの賜物として受けるのでなければ、本当の意味で人間の幸いに結びつくことはないのです。いやむしろ自分自身や他者までも不幸に落とすものとなり得るのです。

 それは既にダビデの行為の中に見たとおりです。 ダビデもまた、神の御声を退け、神の賜物としてではない仕方において、バト・シェバを自分のものとしたのです。しかし、その罪についてナタンが預言した「それゆえ、剣はとこしえにあなたの家から去らないであろう」(12:10)という言葉は、このような形で実現していくことになりました。しかし、この不幸の連鎖は、まさに人間の歴史そのものを表していると言えるでしょう。

 しかし、まさにそのような世界に、イエス様は来てくださったのです。そのような世界のただ中に来られ、私たちをそこから引き出してくださいました。この被造物世界をそれ自体として欲望の対象とする罪の中から私たちを引き出し、再び神の賜物として受け取ることができるようにしてくださったのです。全てのものを神との交わりをもたらすものとして受け取る、人間の本来の姿へと回復してくださったのです。

 まさにそのことを指し示しているのが「感謝の祭儀」とも呼ばれる聖餐です。これはまことの「食事」の回復です。私たちはキリストを神の賜物として受け取り、パンと葡萄酒を真に神の賜物として受け取って祝うのです。

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