2026年3月29日日曜日

「十字架の上の救い主」

2026年3月29日 主日礼拝説教 

聖書:マルコによる福音書 15:21‐41

無力なメシア
 次聖日はイースターです。イースター前の一週間は「受難週」と呼ばれます。今週は特に十字架にかけられたキリストの御苦しみに思いを向ける一週間です。そのようなわけで、今日の礼拝においては、キリストが十字架にかけられた場面をお読みしたのです。

 しかし、改めてこの箇所をお読みしますと、十字架にかけられたイエス様御自身の苦しみがほとんど描かれていないことに気づかされます。かつてある伝道者が説教において十字架の場面を実に見事に生々しく再現するのを聞いたことがあります。ところが、マルコは、そのようなことには全く関心がないかのようです。ただ淡々と、「それから、兵士たちはイエスを十字架につけて、その服を分け合った、だれが何を取るかをくじ引きで決めてから」(24節)と書いて、むしろ私たちの視線を兵士たちの方に向けさせるのです。

 先ほど、「キリストの御苦しみに思いを向ける一週間」とは言いましたが、明らかにマルコは、イエス様の苦痛を細かく描き出して同情を呼び起こすことには全く関心がないようです。むしろまわりの人々が嘲ったり罵ったりする様を細かく描写するのです。罵っている人々の中には通りかかった人々がいます。祭司長たちも律法学者や長老たちもいます。また、一緒に十字架につけられた強盗たちも、その中にいます。

 まわりの人々の描写が詳しいのはなぜでしょう。それはこれを読んでいる私たちが、私たち自身をそこに見出すことができるように、ということなのです。

 それでは彼らの姿に目を向けてみましょう。まず通りかかりの人々がイエスを罵って言います。「おやおや、神殿を打ち倒し、三日で建てる者、十字架から降りて自分を救ってみろ。」(29‐30節)。ここでわざわざ「そこを通りかかった人々は……」と書かれていることから、これがもともと主に敵対していた人々ではないということが分かります。

 ではなぜ罵ったのか。そこに「ユダヤ人の王」と罪状書きが掲げられていたからです。彼らにとって「ユダヤ人の王」と「神の子」「メシア」はほぼ同じ意味です。そして、「神の子」「ユダヤ人の王」「メシア」ならば、強くあって欲しいのです。異邦人を打ち倒し、解放して欲しいのです。多くのユダヤ人がそう願っていた。そして期待していた。しかし、現実にそこにいる「ユダヤ人の王」とやらは、十字架にかけられている王なのです。無力なメシアなのです。期待に応えられないメシアなのです。彼らは無力なメシアなどいらないのです。だから罵っているのです。

 一方、祭司長たちの侮辱の言葉は少々意味合いが違います。彼らが目にしているのは、彼らにとっては思い通りの結末だったのです。民衆を惑わして宗教的な権威に逆らうようなことをしたけれど、結局化けの皮がはがされたではないか。そのような心境だったに違いありません。「他人は救ったのに、自分は救えない。メシア、イスラエルの王、今すぐ十字架から降りるがいい。それを見たら、信じてやろう」(31‐32節)。そうです。彼らは初めからイエスを信じてはいません。そして、イエスが十字架から降りられないことをもって、信じなかった自分の正しさがやっと実証されたという思いだったのです。要するに、彼らの罵りの言葉は自分の正しさの主張に他ならなかったのです。

 また、強盗たちもイエス様を罵っていました。彼らの言葉は記されていませんが、察しは付きます。彼らは現実に苦しみの極みにいるのです。そのすぐ隣りにはつい一週間ほど前まで人々からメシアであるとして騒がれていた男がいるのです。しかし、今は十字架にかけられているのです。本当に助けて欲しい時に何もすることのできないメシアが隣りにいるのです。そんなメシアがいったい何の役に立つか!それが彼らの思いであったに違いありません。

 そして3時になって、無力なメシアは大声で叫びます。「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ」(34節)。それは「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味であると説明が加えられています。ここは様々に解釈されてきた部分ではありますが、まずは単純に文字通りに受け止めるべきなのでしょう。十字架から降りることができなかっただけではありません。神から見捨てられた者として叫び声を上げているのです。こんな言葉を耳にしたら人々は間違いなく確信することでしょう。「この男は絶対にメシアなどではない」と。

 しかし、不思議なことに、このイエス様の言葉を教会はそのまま伝えてきたのです。イエス様をメシアと信じることの妨げにしかならないような言葉をあえて伝えてきたのです。それはなぜなのでしょうか。

 イエス様が口にしたこの言葉は詩編22編に由来します。そこで詩人が「わたしの神よ、わたしの神よ、なぜわたしをお見捨てになるのか」(詩編22:2)と祈っています。そのように苦しみの極みにあるとき、神に向かって「なぜわたしをお見捨てになるのか」と叫ぶことは、ある意味では自然なことに思えるかもしれません。しかし、よくよく考えると、これは簡単には口にできない言葉であるとも言えます。もし私たちが苦しみの極みにおいて本気で神に向かって「なぜわたしをお見捨てになるのか」と問うならば、きっと自分の過去の罪が次々と思い起こされるのではないでしょうか。見捨てられても仕方のない理由が次々と思い起こされるのではないでしょうか。

 そのように本来は「なぜわたしをお見捨てになるのか」と神に訴えることができるのは、あのヨブのように、あるいは詩編22編のような人、見捨てられる理由に全く思い当たらない人、純粋に神に従って生きてきた人、真に正しい人だけなのでしょう。その意味では究極的にはこの祈りを口にすることのできるのは、父の御心に完全に従われた罪なきイエス様以外にはないだろうとも言えるのです。

 そのような理解をもって十字架の場面を見直しますと、見え方が違ってくるのです。そこで苦しんでいるのは、本来ならば見捨てられるはずのない方なのです。その御方が神に見捨てられた人として苦しんでいるのです。そして、そのまわりでは、真に神に従うことも知らない者たちが、本来ならば神に見捨てられても仕方ない者たちが、そのような自分であることさえ気付いていない者たちが、軽々しく神の名を口にしてイエスを嘲っているのです。

 ただひとり罪なき方が見捨てられた者となり、罪ある者たちが自分の正義を振りかざして叫んでいる。――それがこの場面です。「今すぐ十字架から降りるがいい。そうすれば、信じてやろう!」お前の力を見せてみろ。そして私の願いを叶えてみろ。私を納得させてみろ、そうしたら信じてやろう! そう言って嘲っているのです。まさにそこに見るのは、この世の姿ではありませんか。そして、私たちは確かにその中の一人であるに違いないのです。

メシアが成し遂げてくださったこと
 しかし、本来見捨てられるはずのない方が見捨てられるということが神の御心として起こっているならば、そこには神の特別な目的があるはずなのです。聖書は何と言っているでしょうか。「しかし、イエスは大声を出して息を引き取られた。すると、神殿の垂れ幕が上から下まで真っ二つに裂けた」(37‐38節)。

 1月の第2主日に、私たちはイエス・キリストがバプテスマを受けられたことを伝える箇所をお読みしました。そこには「水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。すると、『あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』という声が、天から聞こえた」(10‐11節)と書かれていました。そして、その「天が裂けて」という言葉は、正確には「天が裂かれて」と書かれており、この福音書には裂かれたものがもう一つ出てくるのだ、ということをお話ししました。

 そのもう一つが今日の場面に出て来る「垂れ幕」なのです。その時にも申しましたように、この垂れ幕とは、聖所と至聖所を隔てる幕のことです。通常、人はその幕の奥に入ることはできませんでした。ただ年に一度大祭司だけが、入ることを許されておりました。しかも、罪を贖う犠牲の血を携えることなくして、幕の奥の至聖所に入ることはできなかったのです。

 そのように、罪の贖いの血が流されなければ、垂れ幕の奥には入れない。それは、神と人間との関係を象徴的に表しているとも言えます。贖いの血が流されない限り、人間は神に近づくことができないのです。神は聖なる御方です。そして、人間には罪があります。罪ある人間は、そのままで神に近づくことはできないのです。

 しかし、その垂れ幕が真っ二つに裂けたのです。「裂けた」と書かれていますが、正確には「裂かれた」と書かれております。誰が裂いたのか。神が引き裂いたのです。そのように、あの瞬間、キリストが息絶えた瞬間、神御自身が垂れ幕を引き裂いた。なぜでしょう。もはや神に近づくために、罪の贖いが繰り返される必要はなくなったからです。この地上において最後の犠牲が屠られたからです。罪を完全に贖うまことの犠牲が屠られたからです。

 ただひとり罪なき方が見捨てられた者となり、罪ある者たちが自分の正義を振りかざして叫んでいる。――それがこの場面だと先ほど申しました。そこに見るのは、まさにこの世の姿だと。そうです。実際、そこに描き出されている人間の姿は、二千年後の今でも全く変わりません。しかし、神は人間がそのようなものであることを承知の上で、罪に満ちたこの世界のただ中にキリストを送られたのです。そして、キリストを罪の贖いの犠牲とし、神と人とを隔てる垂れ幕を神自らが引き裂いた。神御自身が、神のもとへと近づく道を開かれたのです。人が神と共に生きる道を開かれたのです。

 皆さん、この世界のただ中に礼拝の場が開かれていて、週毎に私たちが礼拝へと招かれているとは、そういうことなのです。私たちが当たり前のように賛美を歌い、イエス・キリストの御名によって祈ることができるとは、そういうことなのです。これが、十字架にかけられた救い主のゆえにあずかっている、特別な恵みであることを、この一週間深く思い巡らしたいと思うのです。

2026年3月25日水曜日

祈祷会用:サムエル記下 6:1~23

サムエル記下 6:1-23

 前章においてダビデがエブス人の町であったエルサレムを征服し、これを統一国家の首都としたことを見てきました。結論から言えば、エルサレムは確かに主が前もって選んでおられた場所でした。やがてそこに主の神殿が建てられることになるのです。さらにはそこを舞台として神が人間の救いのために計画された歴史の中心ともなるべき出来事、十字架と復活、そして聖霊降臨と教会の誕生が起こるのです。

 しかし、当のダビデはそのような神の意図もご計画も知りません。彼がエルサレムを攻略してこれを統一国家の都にしようとしたのは、単純に政治的な理由によるものでした。すなわち、エルサレムが三方を谷に囲まれた天然の要害であり、外敵の侵略に対して極めて安全な場所であること。もう一つは、分裂の火種を常に内包していたユダと他の諸部族とのちょうど間にある場所だったこと。その意味で統一国家の首都としてこれ以上に相応しい場所はなかったのです。

 そして、この章においてダビデはエルサレムに神の箱を移動しようとします。これもまた政治的な意図以外の何ものでもありません。つまり統一国家の中心は単なる政治的・軍事的な都では不十分なのです。かつてイスラエルが荒れ野を旅していた時の中心には常に聖所がありました。カナンの地に定住して後も、イスラエルの民の意識の中心にあったのは神の箱が置かれていた聖所でした。ダビデは久しく忘れられていたその事実に目をつけたのです。すなわち、統一王国を堅持するためには、どうしても宗教的中心となる聖所が必要だということです。政治的な権力だけでは十分ではないのです。エルサレムをそのような宗教的な中心とするために、もっとも効果的であったのは、久しく忘れられていた神の箱をそこに移すことだったのです。

 神の箱のこと、覚えていますか。サムエル記上7章以来、物語の表舞台から姿を消していたので久々の登場です。実は、神の箱はずっとアビナダブという個人の家にあったのです。どうしてそうなったのか、経緯を振り返っておきましょう。

 神の箱はもともとシロの聖所にありました。サムエルが育てられた場所、あの祭司エリがいた聖所です。ペリシテ人との戦争において戦局非常に厳しい状況となった時、人々はシロにあった神の箱を戦場に持ち出しました。そうしたら主の力によって有利に事が進むと思ったのです。しかし、イスラエルは戦いに破れ、神の箱も奪われてしまいました。しかし、神の箱が安置されたペリシテの町々で災いが起こり、ついにペリシテ人は神の箱を送り返すことにしました。

 送り返された神の箱は、最初、ベト・シェメシュの人々に迎えられました。ところが、ある人々が箱の中を覗いたのです。主はベト・シェメシュの人々を打たれました。恐れた彼らは神の箱をキルヤト・エアリムに送ります。そして、箱はアビナダブの家に留められることになったのでした(7:1)。その後、イスラエルは王国となり、サウルが初代の王となりました。しかし、神の箱には全く言及されていません。要するに、サウルは神の箱に全く関心を向けなかったということです。アビナダブの家に放置されたままでした。

 ダビデは神の箱がエルサレムへ移動されることを全イスラエルに知らしめるために、これを大々的に行いました。精鋭三万を集め、神の箱を新しい車に載せ、バアレ・ユダ(キルヤト・エアリムの別名)から運び上げるのです。仰々しい大行列がエルサレムを指して進んでいきました。

 ところが、一向がナコンの麦打ち場に差し掛かった時に、一つの事件が起こりました。そこで牛がよろめいたのです。とっさにウザという人物が神の箱を押さえようとしました。すると、そのウザが突然死したのです。明らかに主に打たれる形で死んだのです。

 ダビデはこの出来事に腹を立てました。不当な裁きに思えたのでしょう。神の箱が落ちないようにと配慮しただけなのに!しかし、怒りはすぐに恐れに変わります。「どうして主の箱をわたしのもとに迎えることができようか」と言って、神の箱の移送計画は即刻中止となりました。そして、彼は神の箱をガト人オベド・エドムの家に向かわせたのです。

 さて、ここで先の事件について考えてみましょう。そもそも根本的な問題は、神の箱を車に載せて運んだことにありました。神の箱が本来どのように扱われねばならないかは民数記4章に記されています。それは至聖所の垂れ幕によって覆われ、担ぎ棒によって運搬されねばならないのです。そこで重要なポイントは「聖なるものに対する畏れ」なのです。「彼らが聖なるものに触れて死を招くことがあってはならない」(民4:15)と書かれているとおりです。

 彼らはもちろん神の箱を丁重に扱ったと思います。しかし、そこに欠けていたのは、聖なるものへの畏れだったのです。それはダビデがそもそも神の箱を国家の統一のために利用しようとしていたことに起因していたと言えるでしょう。それはかつて神の箱を戦場へと持ち出したイスラエルの人々のしたことと大して変わらないのです。

 神の箱の背後におられるのは生ける神です。神は人の目的のために利用されるべき御方ではありません。かつて神の箱があったシロは神への背きのために滅びたのです。この事件はその事実を思い起こさせるのに十分な出来事でありました。また、ウザ自身について言えば、彼が神の箱が落ちないように押さえようとしただけであって、それはまったく善意から出た行為であったことを忘れてはなりません。人が神のために良かれと思って為すことが、神への畏れを欠いているならば、むしろ神の裁きを招くものとなり得るのです。彼は、自分が支えようとした神の箱の傍らで死んだのでした。

 こうしてダビデは主の箱の移送計画を白紙に戻さざるを得ませんでした。ところが、箱が留め置かれたオベド・エドムとその家の者一同を主は祝福されたのです。そのことを知るとダビデは直ちに出かけ、再び箱をエルサレムへと運ぼうとしました。なんというお調子者でしょうか。しかし、聖書はある意味で単純素朴なこの虫のよさを肯定しているようにも見えます。神を畏れることは必要ですが、恐れて遠ざけることは正しくないからです。神の箱は喜んで迎えたら良いのです。ただ神を畏れるおとを弁えた人間として迎えたら良いのです。

 ダビデの意識がこの三ヶ月の間にどう変わったかは、13節によく現れています。今度は正しい仕方で担ぎ棒によって主の箱が運ばれています。そして、担ぐ者が六歩進みました。その六歩は恐るべき緊張のもとに進められたと思います。それは神の箱がエルサレムへと運ばれることを神が良しとされるかどうかを問うための六歩だったに違いありません。そして、主はそのことを良しとされたのでした。

 恐れは爆発的な喜びへと変わりました。ダビデは主の御前で力のかぎりに踊ります。裸になって踊ります。そこにあったのは、もはやこの箱を用いて国家を宗教的にも統一しようと目論んでいた王の姿ではありませんでした。そんなことはもうどうでも良くなっていたのです。もっと大きなことが起こっているからです。本来ならば恐れざるを得ない聖なる御方が、恵みをもって臨んでくださる。祝福をもたらす御方として近くにいてくださる。そのことを心から喜び楽しむ一人の男の姿がそこにありました。彼はその喜びを全国民と共に分かち合ったのです。そうです、たった一人を除いては。

 その一人とは、当のダビデの妻ミカルでした。彼女はここでダビデの妻としては言及されておりません。二回「サウルの娘」と呼ばれています。彼女は、ダビデの姿を窓から見下ろしてさげすみました。そして、家の者に祝福を与えようとダビデが戻って来ると、彼にこう言ったのです。「今日のイスラエル王は御立派でした。家臣のはしためたちの前で裸になられたのですから。空っぽの男が恥ずかしげもなく裸になるように」。彼女は確かに神の箱にまったく無関心であったサウルの娘です。彼女は聖なる御方をエルサレムに迎えることを恐れることもなければ、喜ぶこともありませんでした。

 そのミカルにダビデはこう告げました。「そうだ。お前の父やその家のだれでもなく、このわたしを選んで、主の民イスラエルの指導者として立ててくださった主の御前で、その主の御前でわたしは踊ったのだ」と。この章の最後には「サウルの娘ミカルは、子を持つことのないまま、死の日を迎えた」と書かれています。本来ならば、ミカルが第一夫人ですから、その子が王位継承の第一位に当たります。しかし、サウルの娘からは王位を継承する者は生まれなかったのです。このことは、ダビデとその子孫の王位が、この神の箱の一件においても現されたように、ただ神の恵みによることを明らかに示しているのです。


2026年3月18日水曜日

祈祷会用:サムエル記下 5:1~25

サムエル記下 5:1-25

 この章には人類の歴史において決定的な意味を持った二つの出来事が記されています。その一つはダビデの即位であり、もう一つはエルサレムの征服です。ダビデ王朝はこの後400年以上に渡って現実にイスラエル(ユダ)を治めることとなります。このダビデ王朝という背景なくしてメシア待望はありません。キリストはまさにこの章で誕生するダビデ王家の末裔として、この世に来られたのです。

 また、エルサレムは聖書の時代のみならず、今日に至ってもなお、宗教上最も重要な場所と見なされています。エルサレムに言及することなくして世界の歴史は語れません。しかし、それらは見ようによればいずれも世界の片隅で起こった小さな出来事に過ぎません。ダビデの時代において、この二つの出来事が後の世界の歴史においてそれほど重大な意味を持つとは誰も想像できなかったことでしょう。しかし、神の大きな御計画は、このような小さなこと、取るに足らないこととしか思えないことを通して、備えられ実現していくのです。

 さて、アブネルとイシュ・ボシェトが死に、サウル王家のもとにあった体制が崩壊した時、イスラエルの長老たちはダビデのもとに来て、ダビデと契約を結び、彼に油を注いでイスラエルの王としました。ここで注目に値するのは、彼らがダビデに語った言葉です。「主はあなたに仰せになりました。『わが民イスラエルを牧するのはあなただ。あなたがイスラエルの指導者となる』と」(2節)。これは恐らくはアブネルに由来する言葉です。アブネルがイスラエルの長老たちの意志をダビデ擁立に向けて取りまとめようとしていた時に、彼が長老たちに届けた言葉はこうでした。「あなたがたは、これまでもダビデを王にいただきたいと願っていた。それを実現させるべき時だ。主はダビデに、『わたしは僕ダビデの手によって、わたしの民イスラエルをペリシテ人の手から、またすべての敵の手から救う』と仰せになったのだ」(3:17‐18)。このようにアブネルはイスラエルの長老を説得するに当たって主の約束の言葉を用いたのです。そして、長老もまたその約束の言葉を引き合いに出して、ダビデを王としました。

 アブネルが実際には、ダビデを王とするのは自分の実力によると信じて疑わなかったことは既に見て来たとおりです。また、イスラエルの長老たちが、主の約束を本当に信じていたのかどうか、それも疑わしいと言えなくもありません。実際に彼らが注目していたのは指導者としてのダビデの実力でしょうし、単に政治的な理由からダビデ擁立に賛同したのかもしれません。しかし、人間が信じようと信じまいと、そんなこととは無関係に神は約束の実現に向けて事を進められるのです。イスラエルの長老たちが信じようが信じまいが、とにかく彼らの言葉を通して、この油注ぎが確かに主の約束の成就であることを、聖書は私たちに伝えているのです。

 実際に主の約束が与えられた任職の出来事は、この世の目からは隠されたものでした(サムエル上16章)。サムエルはこの世に対して公にダビデの即位を宣言したわけではありませんでした。それは隠された油注ぎだったのです。その後、ダビデはサウルに追われる厳しい期間を過ごすことになったことは、既に見てきたとおりです。しかし、隠された油注ぎは、時満ちて公の油注ぎとして人々の前に現されることになったのです。それがここに書かれている出来事なのです。

 その時、ダビデは37歳、既に最初の油注ぎから二十年を経過しておりました。この二十年間、少なくともユダの王であった7年半を除いた期間、ダビデは王の姿ではありませんでした。否、むしろ人の目から見るならば、神の約束が反故になったかのように見える期間もあったのです。しかし、神の計画はあの最初の油注ぎの時から、人の目に隠れたところで確実に進んでいたのです。

 このことは、ダビデの子孫として来られるメシアについて予表となるような出来事であったとも言えます。ナザレのイエスというお方は、来るべき真の王として神に油注がれたお方でした。しかし、その最初の到来の時、主は十字架の上で死なれたのであって、その十字架に掲げられた「ユダヤ人の王」という言葉は嘲笑の材料にしかならなかったのです。その王なることは肉の目には隠されたままでした。

 今日もなおキリストはこの世においては全被造物世界の王として認められてはいません。今日もなお侮られているのです。しかし、やがてその覆いが取り除かれる時が来るのです。後の日にダビデの公の油注ぎがあったように、やがてキリストが真の王であることが明らかにされる時が来るのです。そして、今、人の目には隠されていますが、確実に歴史はその時へと向かっているのです。それがキリストの再臨です。

 このようにダビデが公に全イスラエルの王となって、まず取り組んだことは、エルサレムの攻略でした。彼はエルサレムを全イスラエルの首都としたのです。それはなぜか。第一に、エルサレムは軍事的に好ましい地形を有していました。シオンの丘は北を除いて三方が谷になっています。それは自然の作り出した要害でした。第二に、ユダとベニヤミンとの間にありました。すなわちユダと北の諸部族との中間にあるその場所は、まさに統一王国の首都として相応しい位置にありました。しかし、そのような位置を選んだということは、北と南の亀裂がいかに深かったかを物語っているとも言えるのです。

 その町は、エブス人の町であったと書かれています。そこが征服されないままダビデの時代にまで残っていたのは、既に述べたとおり、攻め落とすのが困難な地であったからでしょう。それはエブス人たちが誇って「目の見えない者、足の不自由な者でも、お前を追い払うことは容易だ」と言っている言葉からも分かります。しかし、神の備えておられる最も良きものはしばしば最大の困難の中に隠されているのです。その最も征服困難な地こそ、まさに統一王国の首都として相応しい場所として、神が残された場所であったのです。そのような最も征服困難な場所こそ、申命記の語る「主がその名を置くために全部族の中から選ばれる場所」(申12:5)に他ならなかったのです。

 ダビデとその兵は、水くみのトンネルを通って町に入り、その地を攻め落としました。ここに書かれている「足の不自由な者、目の見えない者を討て」という命令は、もちろん、エブス人の誇った言葉に対応するものであって、文字通りの意味ではないでしょう。「彼らの傲慢を打ち砕け」ほどの意味合いです。しかし、そのことにより、後に建てられる神殿に障害者が入ってはならない、と言われるようになった次第が説明されています。この箇所は、後にキリストが宮清めをした後に「境内では目の見えない人や足の不自由な人たちがそばに寄って来たので、イエスはこれらの人々をいやされた」(マタイ21:14)と書かれていることの背景となっています。

 このシオンの要害を拡大して全イスラエルの首都とし、ダビデは次第に勢力を増していきました。しかし、これはあくまでも「万軍の神、主は彼と共におられた」(10節)ゆえであることが語られています。そして、ティルスの王ヒラムがダビデの王宮を建てるに当たり、「ダビデは、主が彼をイスラエルの王として揺るぎないものとされ、主の民イスラエルのために彼の王権を高めてくださったことを悟った」(12節)と語られているのです。

 これまで繰り返し描かれてきましたように、ダビデは王位を人間に属するものとして見てはいません。それがサウルやアブネルとの決定的な違いです。どうして、そのことが重要であるかと言うと、そもそも王制というものが、神が民の上に君臨することを退けること(サムエル上8:7)に他ならなかったからです。ならば、王制の歴史が肯定されるか否かは、なおそこで神の支配が重んぜられるか否かにかかっているのです。ダビデの王座には、本質的に神によって与えられたものであり、ダビデもまた神の支配のもとにある王として治めていたのだ、と聖書は語っているのです。

 そのようにダビデがイスラエルの王となった時、ペリシテが攻め上ってきました。ところが、武力的に劣っているはずのダビデの軍が勝つのです。もちろん、この二つの戦いは代表的なものであって、これがすべてではないでしょうが、それは主の言葉によったことを聖書は語っていることが重要です。ペリシテへの支配から次第に独立していくのは、王国の体制が整えられたからではなくて、神への従順によることを示しているからです。


2026年3月15日日曜日

「十字架の向こうに輝く栄光」

2026年3月15日 主日礼拝説教 

聖書:マルコによる福音書 9:2-10

人の子が死者の中から復活するまでは
 今日の聖書箇所が伝えているのは、イエス様の姿が変わったという話です。それを見たのは弟子たちの内、ペトロ、ヤコブ、ヨハネの三人でした。それが起こったのは高い山の上でした。どこの山かは書かれていません。いずれにせよ高い山の上というのは非日常的な空間です。ここに書かれているのは、いわば非日常的な空間において三人の弟子たちだけが体験した、いわゆる神秘体験の話です。

 ここで興味深いのは、そのような特別な体験をした弟子たちに対して、イエス様があえて口止めをなさったということです。こう書かれていました。「一同が山を下りるとき、イエスは、『人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない』と弟子たちに命じられた」(9節)。

 いや、絶対にしゃべりたくなるでしょう。特に、山の下にいた九人には。いつも「誰が一番偉いか」を争っている弟子たちです。この体験は三人の優位を決定的にする出来事であるに違いありません。しかし、だからこそなおさらイエス様は戒められたのだと思います。「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない」と。

 特別な体験にせよ何にせよ、神が与えてくださったのならば、それは人間が誇るためでも優位に立つためでもありません。それをもって他者に仕えるためです。全体の益となるためです。そこには神の意図があり目的があるのです。しかし、その意図と目的は、往々にして、その時には分からないものなのです。ペトロとヤコブとヨハネは「その時」を待たねばなりませんでした。だからこそ、「人の子が死者の中から復活するまでは」と主は言われたのです。

 人の子、すなわちイエス様が復活するまでは神の意図はわからないのです。言い換えるならば、彼らが山の上で見たこと聞いたことは、キリストの十字架と復活を経て、初めて意味が分かるのだ、ということです。そして、実際彼らは十字架と復活を通して、その意味を知るに至ったのです。それゆえに語り出した。口止めされていた出来事が、こうして公然と語られているとはそういうことでしょう。

 そして、先にも触れましたように、彼らに与えられた特別な体験は、他の弟子たちのためでもあり、さらに言えば、後々の教会のためでもあったのです。二千年後の私たちのためでもあったのです。ですからこうして聖書に記されて、私たちにまで伝えられているのです。では、この出来事は何のために私たちに伝えられているのでしょうか。それをこれから一緒に見ていきたいと思います。

十字架へと向かっておられたキリスト
 「六日の後、イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた」(2‐4節)。それがこの三人の目にしたことでした。

 彼らがその時には分からなくて、後になって分かったことがあります。彼らと一緒に高い山に登られたイエス様は、この時既に一歩一歩十字架へと向かって進んでいたのだということです。「人の子が死者の中から復活するまでは」と主は言われました。復活の前には十字架があるのです。彼らは確かに、やがてイエス様が捕らえられ、鞭打たれ、ボロボロにされて十字架にかけられるのを目にすることになるのです。

 だからこそ神は、エリヤとモーセがイエスと共にいる姿を見せてくださったのです。エリヤとモーセは旧約聖書における代表的な人物です。モーセは律法を代表しており、エリヤは預言者を代表しています。つまりこの二人がイエス様と共にいるということは、いわば旧約聖書そのものがイエス様と共にいるということです。それは何を意味しているでしょう。イエス・キリストに起こる出来事は、特にキリストの受ける苦難、十字架におけるキリストの死は、旧約聖書が既に語っていたことの成就だということです。旧約の成就だということは、言い換えるならば、それは神のご計画と御心によって起こったことだ、ということです。

 神の御心による苦難なら、そこには神の目的がある。ならば、それは苦難で終わらない。死では終わらない。その先があるのです。主はそれを「復活」と呼ばれました。苦難の向こうに神の栄光の完全な現れがあるのです。それを神は前もって三人に垣間見せてくださったのです。ちょうど雨雲の隙間から太陽の光が差し込むように、復活の光がイエス様の御生涯の一こまに差し込むのを彼らは見せていただいたのです。

これに聞け
 そして、それは彼らにとってどうしても必要なことでした。なぜなら、彼らは《十字架へと向かうキリスト》に従っていくことになるからです。イエス様は栄光に輝く姿で、非日常的な高い山の上にいつまでも留まられる御方ではありません。モーセもエリヤも天に属する存在なのであって、山の上にそのまま留まる存在ではありません。モーセもエリヤも、そしてイエス様も、留まるための仮小屋など必要ありません。

 にもかかわらず、「仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです」とペトロは言い出したのです。もっともそこには、「ペトロは、どう言えばよいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである」とも書かれています。ペトロは、混乱した頭の中でも、ペトロなりに最善のことをしたいと思ったのでしょう。しかし、神の望んでおられたのは、全く別なことでした。「すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。『これはわたしの愛する子。これに聞け』」。

 求められているのは「聞くこと」でした。非日常の山の上に仮小屋を作るようなことではなくて、山の下の「日常」を生きるために、神の子の声を「聞くこと」でした。そして、それは当然、「聞き従う」ことをも意味します。イエス様に聞き従うとはどういうことでしょうか。実はペトロたちは既に聞いていたのです。主は言われました。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(8:34)。それがイエスに聞き従うということです。

 その意味で、ペトロたちが見たこと聞いたことは、ただ彼らだけのためではなかったのです。他の弟子たちのためでもあり、イエス様の後に従いたいと思うすべての人のためだったのです。神は言われるのです。「これに聞け」と。

 父なる神はイエス様を指して「これはわたしの愛する子」と呼ばれます。しかし、その「愛する子」は神の子でありながら、天にも神秘の山にも留まってはおられないのです。その「愛する子」は山の下にある、罪深い人間世界へと向かわれるのです。罪に満ちたこの世界において、父なる神を愛し、人を愛するゆえに、自らの十字架を背負うことになるのです。そして、自ら背負われた十字架にかかられることになるのです。その御方が言われるのです。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と。

自分の十字架を背負って
 十字架刑に処せられる者が重い十字架を一生懸命背負ったとしても、それで誰から感謝されるわけでもありません。称賛されるわけでもありません。「十字架を背負う」とはそういうことです。報いとは全く縁のない労苦です。充実感や達成感などとは縁のない労苦です。そのような十字架を背負ってわたしに従えとイエス様は言われるのです。そして、天の父も「これはわたしの愛する子、これに聞け」と言われるのです。

 その意味において、信仰の道は険しい。主の言葉は厳しい。そう思います。しかし、先週も触れましたように、このイエス様の言葉は私たちに対する深い信頼の表現でもあるのです。主は、いつ背くか分からないような私たちを、それでもなお信じて招いてくださるのです。人からの報いとは縁のない労苦であっても、それを背負って最後まで従い続けてくると、主は信頼して、こうして繰り返し招いていてくださるのです。

 そしてまた、イエス様が「自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と言ってくださること自体、本当はとてもありがたいことなのです。それは少しでも現実的になれば分かります。私たちの労苦は常に報われますか。私たちの苦しみや重荷にいつでも意味を見いだせますか。そうではないでしょう。愛の労苦は常に報われますか。他者のための労苦は、その労苦自体がいつも実を結びますか。そうではないでしょう。この世においては報われない重荷、意味の分からない重荷、賞賛とは結び着かない重荷の方が圧倒的に多いに違いないのです。

 しかし、そのような私たちにイエス様は言われるのです。――先に十字架を負われ、そして、先に復活された御方はこう言われるのです。「あなたはあなたの十字架を背負ってわたしについて来なさい。報われない労苦をいっぱい背負ってついて来なさい。わけの分からない重荷を背負っていたとしても、安心してわたしの後について来きなさい」と。そうです。私たちはいかなる意味においても、報われない労苦を嘆く必要はないのです。誰かを呪う必要も、不平を言いながら生きる必要もないのです。ただイエス様の後に従っていったら良いのです。天の父も言われるのですから。「これはわたしの愛する子、これに聞け」と。

 そして、天の父はそう言われるだけでなく、その十字架の先に輝く栄光の姿を見せてくださったのです。それはあの弟子たちにとって必要なことでした。山から下っていくために必要なことでした。主に従って山の下の世界に生きるために必要なことでした。この世においてキリストに従っていく時に苦しみがあり試練があったとしても、押しつぶされてしまわないために必要なことでした。だから彼らは人の子が復活した後に力強く語り出したのです。私たちは既にあの山の上でその栄光を見せていただいていたのだ、と。

 そのように語り伝えて、語り伝えられた人がまた語り伝えて、ここにいる私たちにも伝えられています。十字架の先に輝く栄光のキリストを指し示して、天の父は私たちにも言われます。「これはわたしの愛する子。これに聞け」と。私たちもまた週毎にキリストの復活を思い、そしてその御言葉に耳を傾け、御言葉に従って歩んでまいりましょう。

2026年3月11日水曜日

祈祷会用:サムエル記下 4:1~12

サムエル記下 4:1-12

 今日の箇所に入りますと、「アブネルがヘブロンで殺されたと聞いて、サウルの息子イシュ・ボシェトは力を落とし、全イスラエルはおびえた」(1節)と書かれています。ペリシテ軍によってイスラエル軍が壊滅状態に追い込まれ、サウル王も息子のヨナタンも戦死してしまった後、アブネルの尽力によって建て直されつつあったイスラエルの王国でしたが、その新生イスラエルの体制は、わずか二年たらずの期間存在しただけで、事実上アブネルの死と共に崩壊してしまったのです。それゆえに、しばらくの政治的な空白期間を経て、結局、イスラエルはダビデを王とする国となるのです。アブネルがいたからダビデは王となれたのではなく、アブネルがいなくなってもダビデは王となるのです。

 イシュ・ボシェトはどうでしょう。彼が王国における実権に関して、アブネルと対立したことは既に見てきたとおりです。その結果、アブネルに見切りを付けられたわけですが、その時、イシュ・ボシェトは「アブネルを恐れ」たと書かれています(3:11)。そして、そのアブネルが死にました。恐れていたアブネルが死んで恐れが無くなったかと言えばそうではありませんでした。「力を落とし」と訳されていますが、これは「両手の力を失う」という意味の言葉です。ただ気落ちしただけではありません。実質的に無力になったということです。もはや本当に名目上の王でしかありません。

 いやそれどころか、サウルに代わって擁立され、自らもその王座にこだわったイシュ・ボシェトは、一転してイスラエル中でもっとも邪魔なお荷物になってしまったのです。この時点で、アブネルが既にしてきた根回しによって、イスラエルの長老たちのほとんどはダビデ擁立に賛成なのです。サウル王家が滅びてくれたなら、ダビデを擁立して、王とすることに支障となるものは、もはや何もないのです。だから結局は、最後に残った障害は、アブネルが王国の未来を開くために擁立したイシュ・ボシェトという王なのです。その王が、今や未来への道に横たわる障害物となってしまったのです。これもまた皮肉なことです。そのような状況下において、イシュ・ボシェトは結局、殺害されてしまうのです。気の毒と言えば、これほど気の毒な人はないとも言えます。

 さて、この章において、特にスポットが当てられているのは、レカブとバアナです。今日はこの二人に注目してみましょう。彼らは2節で「ベエロトのリモンの息子」であると紹介され、5節にもう一度「ベエロト人リモンの子」と呼ばれ、9節でまた同じ言葉が繰り返されています。このように殊更に強調され繰り返されている言葉には注意しなくてはなりません。そこには必ず理由があるからです。

 彼らは共に「ベニヤミンの者」(2節)です。ですから、サウル王家と同じ部族です。ダビデにとってのユダ族と同じです。しかし、そこにはわざわざ「ベエロトもベニヤミン領と考えられるからである」と思わせぶりな注が付けられています。つまり、それは本来はベニヤミン領ではない、ということを意味しているのです。なぜベニヤミン領でないベエロトがベニヤミン領と見なされるようになったのか。もともといたベエロト人は追い出されたのだと説明されていいます。彼らはギタイムに逃げ、後々までそこに寄留していたのです(3節)。

 このベエロトという地名はヨシュア9章に出てくるのですが、もともとはギブオン人の町の一つでした(ヨシュア9:17)。ギブオン人はイスラエル人ではありませんが、ヨシュアの時代にイスラエルと協定を結んだ関係にありました。彼らは、本当は近くに住んでいたのに、わざわざボロボロの格好をしてヨシュアのもとに来て、「僕どもはあなたの神、主の御名を慕ってはるかな遠い国から参りました」と嘘をついたのです。そして、「どうか今、わたしたちと協定を結んでください」と願ったのです。ヨシュアは彼らと和を講じ、命を保証する協定を結びました。そして、神の御前において、武力をもって滅ぼしたりはしないと誓約したのです。

 そのようないきさつで、ギブオン人は被差別少数民族として、ずっとイスラエルの中に生き残ることになったのでした。しかし、なんとその少数民族を、かつてサウルは滅ぼそうとしたのです。後で詳しく見ることになりますが、21章にはこう書かれています。「ギブオン人はアモリ人の生き残りで、イスラエルの人々に属する者ではないが、イスラエルの人々は彼らと誓約を交わしていた。ところがサウルは、イスラエルとユダの人々への熱情の余り、ギブオン人を討とうとしたことがあった」(サムエル下21:2)。

 サウルが行ったようなことは、実はこの世界の歴史においては繰り返し起こってきたことでした。つまり、為政者が異質な少数民族を排除したり滅ぼしたりして、民族の純化を計ろうとすることはあるのです。そのような民族純化政策を展開する時というのは、そのことによって国家の統一を図りたい時なのです。サウルはユダと他のイスラエル民族との分裂の火だねが既に存在することを見抜いていたのでしょう。その意味では、事柄の善悪は別として、サウルの取った行動は鋭い政治的な洞察に基づくものであったとも言えるのです。

 ともかく、その民族純化政策に基づく少数民族弾圧の際に、ベエロトの人々の多くもまた、そこを去ってギタイムへと逃げていったものと思われます。そのベエロト人リモンを父に持つ二人、それがをこれがレカブとバアナだったのです。ベエロト人にとっては、サウルはある意味では仇なのです。だから、サウルの息子であるイシュ・ボシェトと彼らとの関係は、単なる主従関係として考えられない、複雑なものがあったのです。サウル王家には恨みを抱きながらも、もう一方でイシュ・ボシェトによって略奪隊の長に任命され、サウル王家の録を食んで生きているわけです。「このサウルの息子のもとに二人の略奪隊の長がいた。名をバアナとレカブといい、共にベニヤミンの者で、ベエロトのリモンの息子であった。ベエロトもベニヤミン領と考えられるからである」という描写は、そのような主従の複雑な関係を伝えているのです。

 ところが、アブネルが死んだ今、彼らを取り巻く状況も大きく変わってしまいました。実質的な力を失ったサウル王家に彼らが仕え続ける理由はなくなってしまったのです。彼らはイシュ・ボシェトの家に向かいます。「小麦を受け取る振りをして」は意訳ですが、まだ王ではあるイシュ・ボシェトに近づくために様々な策を講じたことは考えられます。イシュ・ボシェトが昼寝をしている時間もまた計算の中に入っていたのでしょう。彼らは予想通り寝室に横たわるイシュ・ボシェトを殺害し、首をはねて持ち出します。ダビデのもとに持って行くためでした。

 既に述べたように、彼らの行動の背景には先祖の恨みがあります。また、今やイシュ・ボシェトという存在がイスラエルの重荷であるという理解もあります。何よりも、これから自分たちが生きていくためには新しい主君が必要なのです。その主君はダビデでなくてはなりません。ダビデに取り入るために一番の近道はイシュ・ボシェトの首を持っていくことであると彼らは考えたのです。

 彼らは夜通し南へと歩き続けます。そして、ついにヘブロンのダビデのもとに着いたのでした。彼らは言います。「御覧ください。お命をねらっていた、王の敵サウルの子イシュ・ボシェトの首です。主は、主君、王のために、サウルとその子孫に報復されました」。ところが、ダビデは彼らに報償を出すどころか、処刑してしまったのです。彼らはダビデの命令によって木にかけられたのでした。

 バアナとレカブも決して時代を読めない愚かな人々ではありません。サウルだってアブネルだってそうです。彼らは時代の流れを正確に見抜いていたのです。そして、時流に乗るために、自らの思惑に従って行動します。そして、ある意味ではほとんど彼らの思い通りに事は進んでいたのです。しかし、思い通りに事が進んでいくということは、時として恐ろしいことなのです。彼らの場合、その先に待っていたのは滅びでした。

 その一方で、ダビデは確実に王位へと近づいていきます。サウルが死に、アブネルが死に、イシュ・ボシェトが死にました。彼らを殺したのはダビデではありません。ダビデが目論んだわけではありません。そのことを聖書は繰り返し主張しています。実際、ダビデは策士ですが、彼のやっていることは、全イスラエルに対して自分の潔白を表すことで精一杯です。それ以上のことはできていません。しかし、彼は王になるのです。

 そこに、神の約束が確実に実現していくのを私たちは見ることになります。ここには、神の行為が直接的な形では出てきません。むしろ神は背後に隠れたままです。しかし、だからこそ、この物語は畏れを起こさせます。ある意味では人間にとって奇跡物語より、よほど恐ろしいとも言えるでしょう。人間の力が事を動かしていくのだと思い上がっている人間の目に、神の御手は見えません。しかし、その見えざる御手は確かに動いているのです。そして、神の望むところを実現するのです。

 さて、4節にはメフィボシェトについて書かれています。彼は後に繰り返し登場することになります。サウル王家が滅びる中にあって、ヨナタンの子孫が残っていくのです。かつてヨナタンはダビデに願いました。「また、主がダビデの敵をことごとく地の面から断たれるときにも、あなたの慈しみをわたしの家からとこしえに断たないでほしい」(サムエル上20:15)。そして、そのこともまた実現していきます。神の大きな御手は国家の行方を左右しますが、その御目は足のなえた一人の人にも注がれているのです。

2026年3月8日日曜日

「サタン、引き下がれ」

2026年3月8日 主日礼拝説教 

聖書:マルコによる福音書 8:27‐33

あなたはメシアです
 今日はマルコによる福音書の8章をお読みしました。この章の始めには、四千人の人々にイエス様がパンを与えるという奇跡物語が出ています。6章にも似たような出来事が書かれていますが、そこでは男だけ数えても五千人であったと伝えられています。このような記録は、イエス様と弟子たちを取り巻く人の群れがいかに巨大化していたかを物語っています。すなわちイエス様の宣教活動は急速に拡大していたということです。それが今日読まれた聖書箇所の背景です。

 そのように宣教の働きが拡大していく時に、群衆の意識を正確に把握することは極めて重要な課題となります。事実、弟子たちは群衆の意識を正確に捉えていました。イエス様が「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」と問われた時、彼らはすぐに答えることができたのです。リサーチは行き届いていました。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます」(8:28)。これが現時点での群衆の意識ですよ、と。

 するとイエス様は弟子たちに問われました。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」。ペトロが代表して答えました。「あなたはメシアです」。このペトロの答えには、はっきりとした自負が感じられます。私たちはあの群衆とは違います、という自負です。「『預言者の一人だ』などと言っている人々とは違います!」自分たちにはもう分かっています。この方こそメシアだ!我々が待ち望んできた救い主だ!つまり弟子たちにとっては、群衆はいまだ知るべきことを知らない連中なのであって、これからまだ真理を教えられなくてはならない人々なのです。

 人々はまだまだ教えられなくてはならない。そのようにして神の国の運動は拡大していかなくてはならない。――弟子たちは、そのための労苦ならば、いくらでも引き受けるつもりでいたに違いありません。実際、イエス様と共に旅をする宣教活動は、多くの労苦を伴うものであったはずです。押し寄せてくる群衆に対応するだけでも大変な労働です。3章には「イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった」(3:20)と書かれています。そのようなことは決して珍しくはなかったのでしょう。

 もちろん、そこに弟子たちの野心があったことは否めません。いつでも「誰が一番偉いか」と言い争っていた彼らですから。しかし、基本的には、その労苦というものは、神の国の実現のためだったのです。自分のためと言うよりは、人々の救いのための労苦だったのです。そのための労苦ならば、いくらでも引き受けるつもりでいたのです。そのような思いを込めて、「あなたはメシアです」と口にしたペトロだったのです。

叱られたペトロ
 しかし、弟子たちを代表するペトロの信仰告白に対するイエス様の反応は、極めて意外なものでした。せっかくペトロも弟子たちも「あなたは、メシアだ」と言っているのに、当のイエス様は「そのことを人々に宣べ伝えなさい」とは言いません。御自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められたのです。いやそれだけではありません。さらにこう書かれているのです。「それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた」(31節)。

 ユダヤの当局から目を付けられていることは弟子たちだって分かっています。だから行く手には困難が待ち受けていることも分かっている。しかし、それでもなおメシアの王国は実現すると信じているから、従おうとしているのです。それなのに、そのメシアであるはずのイエス様が、「自分は殺される」と言い出したのです。それはつまり、弟子たちの労苦もまたすべて無に帰するということを意味します。どんなに運動が拡大し、どれほど多くの人々がイエス様について行ったとしても、そのすべてが無に帰してしまう。イエス様が死んでしまうとはそういうことでしょう。

 「冗談じゃない!」ペトロは心底そう思ったに違いありません。私利私欲のために労苦が、すべて無に帰したとしても、それはそれである程度諦めもつきます。しかし、これが他者のための労苦であったらどうでしょう。人々の救いのための労苦であったらどうでしょう。愛の労苦であったらどうでしょう。それが無に帰するなんて、冗談じゃない! 

 こんなことを聞いたなら、もう黙ってはいられない。ペトロはイエス様をわきへ引き寄せていさめ始めました。しかし、そんなペトロをイエス様は叱りつけて言ったのです。「サタン。引き下がれ」と。これを単にペトロの背後にいるサタンに言った言葉と思ってはなりません。聖書ははっきりと「ペトロを叱って言われた」と言っているのです。

何が問題だったのか
 いったい何が問題だったのでしょう。イエス様はペトロを叱った後に、こう続けられました。「あなたは神のことを思わず、人間のことを思っている」と。ペトロは神のことを思っていなかったというのです。

 確かに人々のために働くことも、愛のために労苦することも、それは神のことを思わずともできることです。四千人の人々、五千人の人々の間を駆けめぐりながら、パンを渡していくのは重労働でしょう。しかし、そのこともまた、人間のことだけを考えていてもできるのです。

 しかし、イエス様の後についていくことは、神のことを思わなければできないのです。それはなぜか。もう一度、イエス様が何を言われたか思い起こしてみましょう。「それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた」(31節)。

  実はここで決定的に重要なのは、「三日の後に復活することになっている」という言葉です。「復活する」と能動的に書かれていますが、復活は父なる神によるのです。(ですから、マタイによる福音書、ルカによる福音書では「復活させられる」と文法的にも受け身で表現されているのです。)

 イエス様が死んでしまってすべてが無に帰した時、父なる神によって復活させられるのです。その時、無に帰したかのように見えたイエス様の御業のすべてが、父なる神によって生きるのです。十字架の死でさえも生きるのです。単に「苦労が実を結ぶ」のではないのです。死んだものを、無に帰したものを、《神が》生かしてくださるのです。御子は、そのような父なる神に信頼して、また信頼するからこそ、十字架への道を歩まれたのです。

 弟子たちは、そのようなイエス様の後に従っていくのです。その歩みをイエス様は「自分の十字架を背負って従う」と表現しました。今日の聖書箇所の直後に書かれています。「自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と。

 百キロのパンを背負って人々に配るなら、その労苦は人々の感謝と笑顔によって報われることでしょう。しかし、十字架刑に処せられる者が百キロの十字架を一生懸命背負ったとしても、それで誰から感謝されるわけでもありません。十字架を背負うという労苦は、報いとは縁のない労苦です。充実感や達成感などとは縁のない労苦です。そのような十字架を背負って、わたしに従いなさいと主は言われるのです。

 当然のことながら、それは神のことを思わず、人間のことだけを思っていてはできないことなのです。人間から来る報い、人間の内から生じる喜びや充実感や達成感だけを思っていてはできないことなのです。神を思い、イエス様の復活、そして私たち自身の復活を思わなくてはできないことなのです。他ならぬ神が報いてくださること、神が生かしてくださることを信じなくてはできないのです。

わたしの後ろに回れ
 そのようにイエス様は、人間のことではなく、神のことを思って、自分の十字架を背負って、わたしに従え、と招いておられるのです。厳しい言葉ですか。いいえ、そうではありません。これは弟子たちに対する、そして私たちに対する、驚くべき信頼なのです。

 今日の説教題は「サタン、引き下がれ」となっています。しかし、原文には「わたしの後ろに」という言葉があるのです。これは「どこかへ行ってしまえ」と言っているのではなく、「わたしの後ろに退け」と言っているのです。さらには「サタン、わたしの後ろに回れ」とも訳し得る言葉なのです。

 しかし、そう考えますと、これは実に奇妙な表現だとも言えるのです。「サタン」という言葉は、もともとヘブライ語では「敵」という意味の言葉です。本当に「敵」ならば後ろに回らせてはならないのです。そんなことをすれば命とりになるからです。しかし、「サタン、敵」と呼んだペトロを、イエス様はあくまでも後ろに回らせます。そして、ペトロに、弟子たちに、さらにはそこにいる群衆に対しても、こう言われるのです。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。」

 神のことを思わず、人間のことしか思わなければ、手のひらを返したように「十字架につけろ」と叫び出す群衆なのでしょう。イエス様を見捨てて逃げ出して見殺しにする弟子たちなんでしょう。「そんな人は知らない」と三度もイエス様を否むことになるペトロなのでしょう。いや、聖書が人間を罪人として語る時、それは本質的に神に、キリストに、敵対する者であることを意味しているのです。確かに「サタン」と呼ばれても否定できない私たちではありませんか。にもかかわらず、イエス様は呼び掛けてくださるのです。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」。

 変な言い方ですが、私たちを後ろに回すことって、私たちを従うように招くことって、イエス様にとって、とてもリスキーなことなんじゃないかと改めて思うのです。私たちを教会としてこの地上に存在させることって、とてもリスキーなことではないだろうか。どんな形でキリストに敵対するか、わからない。実際、そうしてきた教会の歴史もあるわけです。

 しかし、それでもなお主は招いてくださるのです。私たちが、人間のことではなく神のことを思って従ってくると信じて招いてくださるのです。人からの報いとは縁のない労苦であっても、それを背負って最後まで従い続けてくると、主は信頼して、こうして繰り返し招いていてくださるのです。「自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と。ここからまた、共に主の呼び声に従ってまいりましょう。

2026年3月4日水曜日

祈祷会用:サムエル記下 3:21b~39

サムエル記下 3:21b-39

 ここまでのアブネルの動きを振り返ってみましょう。サウルの軍隊がペリシテ人に敗れ、サウルもその子ヨナタンも戦死しました。ペリシテ人の支配は一気に拡大し、イスラエルの王国は崩壊の危機に直面することとなりました。そこでサウルの軍の司令官であったアブネルは、イシュ・ボシェトを擁立して統一王国の再建に着手します。

 しかし、一方においてユダ族が独自にダビデを立てて王としたために、イスラエルはユダ族と他の部族との間の内戦状態に陥りました。この状態が王国再建にとって望ましくないと判断したアブネルは停戦を呼びかけ、停戦が実現します。ところがその矢先に、権力の所在の問題においてイシュ・ボシェトとアブネルが決裂することとなったのです。アブネルはついにイシュ・ボシェトとサウル家に見切りをつけ、大きな方向転換を決断します。彼はダビデを全イスラエルの王とすべく動き始めるのです。アブネルにとっては、サウル王家に忠誠を尽くし、王家を存続させることよりも、戦後のイスラエルを再建することの方が重要だったのです。

 アブネルはイスラエルの中でもともとダビデ擁立を願っていた長老たちを取りまとめ、もう一方で反対するベニヤミン族には自ら赴いて彼らを説得し、ついにダビデとの直接交渉にまで駒を進めます。そして、非常に良い手応えを得て、彼は帰路に着いたのでした。これが先週まで読んできたアブネルの動きです。

 すべては、彼のシナリオどおりに進んでいたはずでした。しかし、彼はその直後に、ダビデの軍の長であるヨアブによって殺害されてしまうのです。それが今日お読みした箇所に書かれていることです。この悲劇はいったい私たちに何を教えているのか。私たちは良く考えねばなりません。

 まず、ヨアブという人物について考えてみましょう。彼はダビデの姉ツェルヤの子、すなわちダビデの甥に当たります。彼はダビデがサウルの手から逃げ回っていた時から忠実に仕え、これまでダビデの一番近くで苦楽を共にしてきた人物です。ダビデがユダの王になるに至るまで、最も重要な働きをしてきた人物であるとも言えるでしょう。

 アブネルが去った直後に、「そこへダビデの家臣を率いたヨアブが多くの戦利品を携えて略奪から帰って来た」(22節)と書かれていることに注意してください。このように、ダビデがユダ部族の王となった後にも、職業軍人層の存続のための財源は、もっぱら周辺諸民族を略奪し支配することによって確保されていたことが分かります。つまり、ヨアブはダビデの王権が強力な基盤を得るために、身を粉にして働いていたのです。ヨアブほどダビデの王座を守ろうと真剣に考えていた人物はいなかったに違いありません。

 ところが、彼がそのような労苦から帰って来ると、サウル王家の軍の長アブネルがダビデに取り入ったという報告を耳にするのです。アブネルは猛烈に腹を立てました。そして、すぐさまアブネル殺害のために動き出したのです。

 彼がアブネルを殺すに至ったのには少なくとも三つの理由がありました。第一に、アブネルはヨアブにとって自分の兄弟アサエルのの命を奪った憎き仇なのです。戦いの中でアサエルがアブネルを追っていた時、アブネルは追うのを止めるように必死に説得したことを私たちは知っています。また、アブネルが槍の穂先ではなく石突きでアサエルの下腹を突いたのも、追うのを止めるためであったことを私たちは知っています。明らかにアブネルに殺意はありませんでした。しかし、運悪く防具のないところに石突が入ってしまった。アサエルは死にました。それは事故でした。そのことを読者である私たちは知っています。しかし、ヨアブはそのことを知らないのです。兄弟を殺したアブネルがダビデに取り入ることを見逃すわけにはいきませんでした。彼はいわば兄弟の血の復讐を遂げようとしたのです。27節に書かれているとおりです。

 しかし、状況を考えますと、動機は単なる個人的な恨みに留まりません。ヨアブにはダビデ王家を守っているのは自分であるという自負心とその使命への強い思い入れがありました。しかし、アブネルという存在がそのアイデンティティを脅かしているのです。既に見てきたように、アブネルは極めて力のある司令官でした。現実にサウル王家において実権を握っていたのは彼でした。加えて全イスラエルを取りまとめることができる、極めて優秀な政治家でもありました。そのアブネルがダビデの臣下となったなら、その軍においてもダビデの側近としても、必ず実力を発揮するようになることは火を見るより明らかです。それはヨアブにとって小さなことではありませんでした。人は自分の使命について真剣であればあるほど、その働きと地位が奪われることは耐え難いものなのです。

 そして、ヨアブにはアブネルを退ける正当な理由もありました。25節においてヨアブが言っているとおりです。すなわち、アブネルがダビデ王家に入り込むことは極めて危険なことでもあったのです。そこまで彼を信用して良いのかということです。もし悪意をもってアブネルがダビデ王家に入り込んできたとしたらどうでしょう。ユダ以外のイスラエルを束ねている彼が、もし最後の最後で裏切ったらどうなるでしょう。そんな危険な人物が王家に入り込むことは、実力を行使しても阻止しなくてはならない。ダビデ王家の未来は自分の手で守らねばならないのです。それはヨアブにとって、対外的にもアブネル殺害の正当な理由だったのです。

 一方、私たちはアブネルにも注目すべきでしょう。私たちは彼がヘブロンまで引き返してきたことに驚かざるを得ません。しかも、彼は二十人の部下を連れていたはずなのに、彼らを離れてヨアブと共に城門の中に入ってゆくのです。これではあたかも暗殺してくれ、と言っているようなものではありませんか。なぜでしょうか。つまり、アブネルは、まさかダビデの家臣に暗殺されようとは、夢にも思ってはいなかったのです。それはたとえ個人的な恨みを持つヨアブであったとしてもです。

 そこにアブネルの驕りがあったと言わざるを得ません。その驕りとは、既に10節および21節に見てきたものです。すなわち、ダビデを統一王国の王にできるのは私以外にはいないという驕りです。ダビデとその家臣たちの未来にとって自分は無くてはならぬ存在だという自負があったのです。

 それはある意味で無理からぬことでした。実際、その後の物語に見るように、ユダ族の大多数は他のイスラエル諸部族との和平推進派であったからです。兵士たちは皆、アブネルの提示したプランが実現し、イスラエルとユダの和平が成立して、ダビデが統一王国の王となることを望んでいたのです。そこで誰の目から見ても、その鍵を握っていたのはアブネルという人物なのです。

 しかし、その自負が、その驕りが、まことに皮肉なことですが、彼の身に滅びを招いたのでした。そして、これもまた皮肉なことに、彼がいなくても、いずれにせよダビデは統一王国の王となるのです。来週読みます4章に見るとおり、アブネルの死が引き金となってイシュ・ボシェトも殺害され、結局、サウル王家そのものが崩壊してしまうことになるからです。

 さて、このようにヨアブはダビデ王家の未来を守るのは自分であると考えていた。一方、アブネルは、ダビデを統一王国の王とするのは自分であると考えていたのでした。ヨアブもアブネルもある意味では国の未来を真剣に考え、純粋な志を持って行動していた人たちだったのです。しかし、しばしばその純粋な志というものが曲者となるのです。それはまさに未来は自分たちの手にあり、自分たちが確保するのだ、という驕りともなるからです。繰り返し語られてきたように、ダビデの王座が確立されるのは、人間の力や計略によるのではないのです。それは神の約束によるのです。それは神の恵みによるのです。人によるのではないのです。

 ダビデはアブネルが死んだことを知ると、彼は公にヨアブを非難します。そして、ユダの国をあげて国葬を行うのです。葬りに際して、墓に向かって声をあげて泣きます。弔歌を詠んでこれを公にします。その日が終わるまで彼は断食します。そして、家臣にも、ヨアブとその兄弟が手にあまることを説明します。

 ダビデはアブネルの死を純粋に悲しんでこのように行っているのでしょうか。それとも政治的な意図によるパフォーマンスなのでしょうか。はっきり言って、よく分かりません。どちらであるとも言えます。しかし、そのいずれであるかは、実は大して重要なことではないのです。大事なことは別にあるからです。

 それは、ダビデが語っているように、アブネルの死について、ダビデは潔白であるという事実です。ダビデが心から悲しんでいようと、形だけの悲しみのパフォーマンスであろうと、ダビデが潔白であること自体は、まぎれもない事実なのですから。

 どうしてその事実が大事なのか。これまでこの物語を一緒に読んできた皆さんにはもうお分かりでしょう。ダビデがイスラエルの王となるのは、ダビデがサウル王家を意図して亡ぼして王となったのではないことを意味するからです。これまで繰り返し語られてきたように、これは政変によって奪った王座ではなく、あくまでも神によって与えられた王座なのです。この物語は、歴史の真の主人公は人間ではなく神であることをあくまでも語っているのです。

2026年3月1日日曜日

「キリストの兵法」

2026年3月1日 主日礼拝説教 

聖書: エフェソの信徒への手紙 6:10-20

本当の敵と戦うために
 今日の第二朗読ではエフェソの信徒への手紙が読まれました。その最後に、「わたしはこの福音の使者として鎖につながれていますが、それでも、語るべきことは大胆に話せるように、祈ってください」(20節)と書かれていました。彼は今、獄中にいます。鎖につながれているのです。

 しかし、それはパウロが強いられてきた苦しみのごく一部に過ぎません。別の手紙にはこのようなことが書かれています。「ユダヤ人から四十に一つ足りない鞭を受けたことが五度。鞭で打たれたことが三度、石を投げつけられたことが一度、難船したことが三度。一昼夜海上に漂ったこともありました。しばしば旅をし、川の難、盗賊の難、同胞からの難、異邦人からの難、町での難、荒れ野での難、海上の難、偽の兄弟たちからの難に遭い、苦労し、骨折って、しばしば眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べずにおり、寒さに凍え、裸でいたこともありました」(2コリント11:24-27)。

 パウロは、これまで幾多の苦しみを味わってきました。すべて他の人間がパウロに対してしたことでした。それはユダヤ人がしたことであり、異邦人がしたことであり、盗賊がしたことであり、偽兄弟たちがしたことです。人から受けた傷は残ります。時として何年も残ります。パウロが人々から受けてきた幾多の傷跡は彼の肉体と心に深々と刻まれていたに違いありません。

 しかし、そのパウロが今日の聖書箇所においてこう言っているのです。「わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです」(12節)。「血肉」というのは人間のことです。私たちの戦いは人間を相手にするものではないのだ、と彼は言うのです。人間相手に戦っていてはならないのだとパウロは言っているのです。

 なぜパウロはそう言えたのでしょうか。――それはパウロがキリストの戦い方を知っていたからです。祭司長たちや律法学者たちは、キリストを断罪して十字架へと追いやりました。しかし、それでも彼ららはなお、キリストの「敵」ではなかったのです。キリストは、彼らのためにも祈られました。「父よ、彼らをお赦しください」と。キリストはすべての人の救いのために十字架にかかられたのです。それゆえに、すべての人間は、血肉はキリストにとって「敵」ではないのです。

 キリストが敵としていない者を私たちが敵としてはならないのです。だからパウロは言うのです。「わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではない」と。キリストが戦っていた本当の敵は別にいたのです。本当の敵とは、聖書の表現によるならば、それは「悪魔」です。それゆえにパウロは、「悪魔の策略に対抗して立つことができるように、神の武具を身に着けなさい」(11節)と語っているのです。

 パウロは特にここで「悪魔の策略」という言葉を使っています。この世界には悪魔の策略が張り巡らされているのです。いつの間にか人間同士の戦いに巻き込まれているのもその一つです。その策略がいかに巧妙であるかは、人類の歴史を見れば明らかです。人類の歴史は戦争の歴史です。誰も望んでいないのに、人類はなぜ争い続けるのでしょうか。人間相手に戦っている時点で既に悪魔の策略に落ちているのです。

 本当の敵は血肉ではありません。悪魔です。ならば悪魔と戦える強さが必要です。本当の強さが必要です。ですからパウロは言うのです。「最後に言う。主に依り頼み、その偉大な力によって強くなりなさい」(10節)。依り頼むべきは自分の強さではありません。主とその偉大なる力です。それは信仰の生活において身につけるべきものです。ですから、身に着けるべき「武具」として表現されているのです。

立って武具を身に着けよ
 ここでパウロは6つの武具を列挙しています。「立って、真理を帯として腰に締め、正義を胸当てとして着け、平和の福音を告げる準備を履物としなさい。なおその上に、信仰を盾として取りなさい。それによって、悪い者の放つ火の矢をことごとく消すことができるのです。また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい」(14‐17節)。

 「立って」という言葉から始まっていますが、これは「立ちなさい」という命令です。パウロは一つ一つの武具について語る前に「立ちなさい」と語るのです。「立つ」というのは11節に「対抗して立つ」と書かれていますように、戦いの姿勢です。「戦う」つもりで立つのです。「もう人間相手の戦いはやめた!」そう言って、そして本当の敵に向かって立ち上がることです。

 3世紀初頭に書かれた「ヒッポリトスの使徒伝承」という文書があります。それによると古代の教会の洗礼式においては洗礼の前に悪霊追放の儀式が行われていたようです。そこで洗礼を受ける者はこう宣言するのです。「サタン、わたしはおまえと、おまえの一切の虚栄と、おまえの一切のわざを捨てる」。すると司祭は油を塗りながらこう宣言するのです。「一切の悪霊があなたから離れ去りますように」。

 洗礼を受けるということは、罪の赦しを受け、死んで甦った者として新しい命に生きることを意味しますが、「新しい命に生きる」とは、悪魔に反旗をひるがえして戦う者として生きることをも意味したのです。

 もちろん、反旗を翻したわけですから、悪魔は攻撃してくるでしょう。再び自分の支配下に置こうとするでしょう。神に立ち帰った人を再び神から引き離そうとするでしょう。教会からも信仰からも引き離そうとするでしょう。しかし、私たちはキリストの側にいるのだということを認識して立つのです。そのように立って、神の武具を身に着けるのです。

 当然のことながら、「身に着ける」のは「立った」本人です。誰かが代わりに身に着けるわけにはいきません。代わりに身に着けても意味がありません。ここで挙げられている武具はすべて、信仰をもって生きることによって身に着けるものです。信仰生活は本人が身に着けるのです。「うちの妻が熱心な信者ですから」「うちの親は敬虔なキリスト者でしたから」――関係ありません。身に着けなくてはならないのは本人です。

 しかも、武具を身に着けるのと洋服を身に着けるのでは意味合いが違います。戦いの時に初めて身に着けた武具は役に立ちません。それまで身に着けて訓練していなければ、いざという時に役に立ちません。だから、「邪悪な日によく抵抗し、すべてを成し遂げて、しっかり立つことができるように」(13節)と書かれているのです。

 「邪悪な日(悪い日)」と呼ばれるのがいつであるのかは分かりません。大きな試練の中に置かれる時であるのか、人生最後の時であるのか、世の終わりの時であるのか――いずれにせよ、それは、神の武具を身に着けて、しっかり立てるかどうかが問われる時です。そのような日が必ず来るのです。その時に、泥縄は役に立ちません。ならば「いつかその時に」ではなく、大事なのは「今」なのです。

祈ってください
 さらにもう一つのことを心に留めましょう。身に着けるべき六つの武具について語った後、パウロはこう続けるのです。「どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい」(18節)。

 人間相手の戦いならば、相手に打ち勝つために「祈り」は必ずしも必要ありません。実際、人間相手の戦いにのめり込めばのめり込むほど、人は祈らなくなります。神に語るよりも人に語ることの方が遙かに多くなるからです。

 しかし、人間相手の戦いではなく、悪魔との戦いであるならば、偉大なる主の力にせよ、神の武具にせよ、戦いのためのすべては神から来るのです。それゆえに、「どのような時にも祈りなさい。願い求めなさい」とパウロは言っているのです。

 そして、祈り、願い求めるのはただ自分の戦いのためだけではありません。悪魔との戦いであるならば、私たちは共に共通の敵と戦っているのです。ですから、他者の戦いのためにも祈るのです。「すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい」とはそういうことです。そのようにして、私たちは祈りによって、他者の戦いを助けることができるのです。そして、その助けは空間的な隔たりを超えるのです。

 実際、今日の箇所において、獄中にいるパウロ自身、遠く離れたエフェソの信徒たちに応援を求めています。「また、わたしが適切な言葉を用いて話し、福音の神秘を大胆に示すことができるように、わたしのためにも祈ってください。わたしはこの福音の使者として鎖につながれていますが、それでも、語るべきことは大胆に話せるように、祈ってください」(19‐20節)と。コリントの信徒への手紙には、もっとはっきりと「あなたがたも祈りで援助してください」(2コリント1:11)と求めています。私たちは祈りにおいて遠く離れた人々をも助けることができるのです。遠く離れた教会の宣教の働きにも参加することができるのです。これは人間相手の戦いではなく、悪魔に対する霊的な戦いだからです。

 私たちが祈るとき、私たちの人生に対して悪魔が行っていることに、少なからぬ影響を及ぼすことができるのです。他の人の人生に対しても悪魔が行っていることに、少なからぬ影響を及ぼすことができるのです。私たちが祈るとき、教会に対して、この世界に対して悪魔が行っていることに、恐らく私たちが想像もできないほどの影響を及ぼすことになるのです。なぜなら、私たちの祈りを聴いていてくださるのは神だからです。「どのような時にも、“霊”に助けられて祈り、願い求め、すべての聖なる者たちのために、絶えず目を覚まして根気よく祈り続けなさい。」そうです。絶えず目を覚まして、根気よく祈り続けなくてはなりません。これは人間相手の戦いではなく、悪魔との戦いだからです。

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