サムエル記上 14:24‐52
サウルが王となり2年が経た時、ついにペリシテ人との全面戦争に突入という事態となりました。サウルの軍はギルガルに、ペリシテ軍はミクマスに集結しました。軍事力から言えば明らかにペリシテ人の方が優勢でした。サウルの兵士たちは恐れ、サウルのもとを去り始めました。ついに三千人いた兵士たちは六百人にまで減少しました。
そこでサウルはどうしたかと言うと、願掛けをしたのです。「この日、イスラエルの兵士は飢えに苦しんでいた。サウルが、『日の落ちる前、わたしが敵に報復する前に、食べ物を口にする者は呪われよ』と言って、兵に誓わせていたので、だれも食べ物を口にすることができなかった」(24節)と書かれているとおりです。つまり勝利を得るために、兵士たちに日没までの断食を命じたのです。
ここに見るとおり、サウルは全くの世俗的な人間というわけではありません。サウルはサウルなりの信心深さを持っていたと言えるでしょう。しかし、人間の信心深さというのは、必ずしも聖書の語る「信仰」と同じではありません。「信仰」とは、信じて仰ぐと書きます。単なる「信じる心」ではありません。神に向かうことです。神御自身に関心が無く、ただ「信じる心によって何が得られるか」ということにしか関心がなければ、それは信仰とはなりません。そうです、人は信心深くあっても、神御自身に関心が無く、「神が何を求めておられるか」ということに全く無関心であるということがあり得るのです。
そして、神の御心を問わない信心深さは、しばしば神の御心の実現を妨げるものとなってしまうのです。ここに見るサウルの姿は、そのような人間から出た信心深さや熱心さの問題性を浮き彫りにしていると言ってよいでしょう。
先週お読みしたとおり、サウルの子ヨナタンとその従卒が敵陣に入って打撃を与えたことにより、ペリシテ軍は大混乱に陥りました。その混乱に乗じて進軍したイスラエルの民の前に、ペリシテ軍はついに敗走するに至ります。イスラエルは追撃を開始しました。この出来事について「こうして主はこの日、イスラエルを救われた」(23節)と書かれております。聖書はサウルの軍が強かったから勝ったとは言いません。あくまでも神が与えられた勝利だったのだと語るのです。神がペリシテ人をイスラエルの手に渡されたのです。
しかし、ここで問題が生じました。兵士たちは追撃することが困難になったのです。それはサウルが兵士たちに断食をさせたためでした。皮肉なことに勝利の願掛けになされた断食が、勝利を妨げる結果となったのです。
この断食の誓いを聞いていなかったヨナタンは蜂の巣の蜜を口にして元気になりました。そして、父親の愚かな願掛けを知ってこう言います。「わたしの父はこの地に煩いをもたらされた。見るがいい。この蜜をほんの少し味わっただけでわたしの目は輝いている。今日兵士が、敵から取った戦利品を自由に食べていたなら、ペリシテ軍の損害は更に大きかっただろうに」(29‐30節)。まさにヨナタンの言う通りでした。
そして、サウルが課した誓いの問題は、ただ追撃を妨げるに留まらなかったのです。それは兵士たちが罪を犯すきっかけとなってしまったのです。彼らの誓いは「日が落ちる前」までのことです。日が落ちたとたん、兵士たちは一変して戦利品に飛びかかり、羊、牛、子牛を捕らえて地面で屠り、血を含んだまま食べ始めました。これは明らかな律法違反です。レビ記に「イスラエルの家の者であれ、彼らのもとに寄留する者であれ、血を食べる者があるならば、わたしは血を食べる者にわたしの顔を向けて、民の中から必ず彼を断つ」(レビ17:10)とあるからです。
不思議なことですが、兵士たちはサウルによって誓わされた誓いを破ることは恐れたのに、神の律法に違反することは恐れませんでした。このことから、誓いを守り抜いた兵士たちは、決して神御自身を恐れて誓いを守ったのではなかったことが分かります。彼らが恐れたの神ではなく、サウルの目であり他の兵士たちの目だったのです。
これはサウルにしても同じであったようです。後に、サウルは誓いを破った者について「たとえわたしの息子ヨナタンであろうとも、死ななければならない」(39節)と語ります。サウルにとっては、兵士たちに誓わせた手前、自分がヨナタンを処分しなかった場合、兵士たちが自分をどう見るかということを恐れたのです。しかし、その一方で、血を含んだまま肉を食べた兵士たちについては、それが明らかに神に対する罪であることを認識しながらも、決して彼らを処罰しようとはしなかったのです。
兵士たちを律法に従って処罰する代わりにサウルが命じたのはこういうことでした。「お前たちは裏切った。今日中に大きな石を、わたしのもとに頃がして来なさい」(33節)。これが彼が対処として取った行動でした。大きな石は祭壇にするためのものです。聖書は次のように記しています。「こうして、サウルは主の祭壇を築いた。これは彼が主のために築いた最初の祭壇である」(35節)。
「主のために」とは、ある意味では実に皮肉な言葉です。サウルは主を礼拝するために祭壇を築いたのではなかったからです。兵士たちの飢えを満たすために肉を屠る場所として、祭壇を築いたのです。肉を屠るときには、祭壇に血を注ぎ出すことになっていたからです。このように、兵士たちも、サウルも、実際には主の御心には全く関心がなかったことがよく分かります。
さて、兵士たちが空腹を満たされると、サウルは再び追撃を試みます。しかし、ここで祭司が「神の御前に出ましょう」と勧めました。サウルはその提案を良しとします。サウルは託宣を求めました。「ペリシテ軍を追って下るべきでしょうか。彼らをイスラエルの手に渡してくださるでしょうか」と問うたのでしょう。
しかし、この時、主はサウルに答えられませんでした。これまでの流れを考えると、問題はどこにあるか明らかでしょう。問題はサウルにあるのです。しかし、サウルは自分の問題のゆえに主が答えられなかったとは思ってはおりません。兵士の長を呼び集め、「今日、この罪は何によって引き起こされたのか、調べてはっきりさせよ」(38節)と命じます。
サウルは誓いを破った者がいるから主が答えてくれないのだ、と思っているのです。サウルは主に願い求めます。「くじによってお示しください」。くじは最終的にヨナタンに当たりました。これがサウルに当たっていたら、いったいどうなっていただろうかと思います。しかし、ともかく、ヨナタンに当たることによって、サウルの誓いの問題性がさらに明らかにされることになりました。
サウルは、ヨナタンに問います。「何をしたのか、言いなさい」。ヨナタンは答えます。「確かに、手に持った杖の先で蜜を少しばかり味わいました。わたしは死なねばなりません。」こうして、兵士たちの手前、サウルはヨナタンを処刑しなくてはならなくなったのです。
しかし、考えてみてください。兵士たちが誓ったその時に、ヨナタンはその場にはいなかったのです。だからヨナタンは誓ってはいないのです。そして、蜜を食べること自体は律法に違反しているわけでもありません。恐らく、蜜を既に食べていたヨナタンは、血を含んだまま肉を食べることはなかったでしょう。
つまり、ヨナタンは、神の言葉に反して死に当たるようなことは何もしていないのです。しかし、よりによって、そのヨナタンが処刑されなくてはならなかったのです。神の御心と無関係な人間の信心深さと熱心さは、このように正しい人を殺してしまうのです。このようなことは後の時代にも繰り返し起こってきたことですし、最終的にゴルゴタの丘において、最も顕著な形で起こります。
兵士たちはヨナタンを弁護していいました。「イスラエルにこの大勝利をもたらしたヨナタンが死ぬべきだというのですか。とんでもありません。今日、神があの方と共にいてくださったからこそ、この働きができたのです」。兵士たちの勇気ある弁明によって、ヨナタンの死は回避されました。しかし、主はサウルが御自分の御心に全く関心のないことをしっかり見ておられたのです。
そして、私たちはここでやはり自分自身の姿を振り返らざるを得なくなります。私たちは、主の目にどのように映っているのでしょうか。