サムエル記上 14:1‐23
前回お読みした箇所は、サウルが全イスラエルの王となって二年が過ぎ、三千人の兵士からなる軍隊を持つ王国として体制も整えられてきた頃の話でした。当然、この動きをペリシテ人が見過ごすはずがありません。ついにベニヤミンの地に配備されていたペリシテ人の守備隊との間に衝突が起こりました。この小競り合いはイスラエルの勝利に終わったのですが、このことは必然的にイスラエル軍とペリシテ軍との全面戦争に発展することとなりました。イスラエルの民はギルガルに集結し、ペリシテ軍はミクマスに陣を敷いて両者は対峙することになります。集結したペリシテ軍については、「戦車三万、騎兵は六千、兵士は海辺の砂のように多かった」と書かれています。軍事力からすればイスラエルは圧倒的に劣勢でした。イスラエルの民は恐れおののきました。
そのような事態に際し、サウルはサムエルから、自分が到着するまで七日間待つようにと言われていました。「わたしより先にギルガルに行きなさい。わたしもあなたのもとに行き、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげましょう。わたしが着くまで七日間、待ってください。なすべきことを教えましょう」(10:8)。しかし、サウルは待つことができませんでした。サウルは自らの手で、本来サムエルがささげるべき焼き尽くす献げ物をささげたのです。
サウルにはサウルの言い分がありました。待てば待つほど兵士の数は減っていくのです。現実的に考えるならば、一刻の猶予もありませんでした。サウルの言っていることは間違ってはいません。サウルは決して、この世的に見るならば悪人ではなかったし、愚か者でもありません。現実的に見るならば賢い選択でした。
しかし、サムエルは言ったのです。「あなたは愚かなことをした。あなたの神、主がお与えになった戒めを守っていれば、主はあなたの王権をイスラエルの上にいつまでも確かなものとしてくださっただろうに」。あくまでも、決定的に重要なのは、神への信頼と従順であることをサムエルは語ったのです。私たちは、この二つの主張の間に身を置いて、これからの物語を読んでいくことになるのです。
今日の箇所は、ついにペリシテ軍とサウルの軍隊の間に戦闘が開始されたことを伝えています。サウルの軍隊は、今や600名となりました。多くの者たちは逃げてしまったからです。一方、ペリシテの軍隊は先に触れたように兵士だけを見てもそれは浜辺の砂のようでした。しかし、驚いたことに、最初の戦闘はイスラエルの圧倒的な勝利に終わったことを、この章は伝えているのです。今日はその前半を読みました。ここで私たちは特にヨナタンとサウルのそれぞれの行動に注目したいと思います。
この物語は、イスラエルの勝利がサウルの兵力とは全く関係なく与えられたことを伝えています。勝利のきっかけとなったのは、たった二名の兵士の行動だったのです。その二人とは、サウルの息子ヨナタンとその従卒です。ヨナタンは従卒に言いました。「さあ、渡って行き、向こう岸のペリシテ人の先陣を襲おう」(1節)。
人間的に見るならば、これがどれほど無謀な企てであったかを、聖書は多くの言葉を費やして描写します。
まず「ヨナタンはこのことを父に話していなかった」(1節)と書かれています。さらには、「兵士たちはヨナタンが出て行くのに気がつかなかった」(3節)と書かれているのです。つまり、彼らが危機に陥ったとしても誰も助けには来ない、ということです。
しかも、ヨナタンが渡っていこうとした渡しには「こちら側にも向こう側にも切り立った岩があった」(4節)と書かれています。わざわざ名前まで記録されています。ボツェツとは「ツルツルしている」という意味であり、センネは「棘だらけの」という意味です。つまり、そのような崖を下り、そして上らなくては渡っていけないということです。
さらに、ヨナタンは従卒にこう言うのです。「よし、ではあの者どものところへ渡って行って、我々の姿を見せよう」(8節)。つまりヨナタンは奇襲をかけようとはしていなかったということです。二人で真正面から戦おうとしている。これは無茶な話です。
これらの描写は何のために書かれているのでしょう。それはヨナタンの心の内にあるものを際だたせるために書かれているのです。つまり彼が何に基づいて行動を起こしたかということを強調しているのです。ヨナタンの心の内にある確信は、6節に言い表されています。「主が勝利を得られるために、兵の数の多少は問題ではない」。これは士師記までに繰り返し描かれているイスラエルの伝統的な「主の戦い」の理解です。主が戦われるのです。だからこそ、主との関係こそが重要なのです。いつでも求められているのは、主に立ち帰り、主に信頼することなのです。神の救いの御業を伝えるイスラエルの物語はそう語っているのです。
ヨナタンと従卒はその物語の中に、そのイスラエルの信仰の中にあえて身を置いて出発したのです。そして、この戦いを勝利へと導いたのは、サウルではなく、信仰に立つこの二人だったのだということを告げているのです。
その一方で、私たちはここにおけるサウルの行為にも目を向けておきましょう。私たちはサウルをまったくの世俗的人間であるかのように考えてはなりません。少なくとも、イスラエルにおいて、それはあり得ないことです。
たとえイスラエルでなくても、人間が危機に陥った時に、純粋に無神論者でいることは非常に困難です。サウルは、たった600人しか残らなかったという事実を前に、兵士たちに断食の誓約をさせるのです(24節)。「決して食べません、勝つまでは!」という決死の思いをもって、いわば願を掛けたのです。このような行為はこの国にも見られるものです。しかし、このような願掛けが本質的には信仰とは異質なものであることが、サウルの行為によって次第に明らかにされていくのです。
ヨナタンたちの勝利により、ペリシテの陣営に混乱が生じました。実際に何が起こったのかはよく分かりません。しかし、とにかくペリシテの陣営の中で兵士たちの同士討ちが始まったのです。その混乱は、ギブアにいるサウルの見張りにも明らかに分かりました。
そこでサウルは祭司アヒヤに命じます。「神の箱を運んで来なさい」。実は、この部分は二通りの翻訳があるのです。もう一つは、70人訳に基づいて「エフォドを持ってきなさい」とする翻訳です。恐らく、後者の方が本来の形であろうと考えられます。というのも、神の箱はこの時点では遠く離れたキルヤト・エアリムにあるからです。また、アヒヤがエフォドを身につけていたことが殊更に3節に書かれていることからも分かります。
エフォドを持ってくるのは、通常、神意を問うためです。そのエフォドの中に、詳細は知られておりませんが、ウリムとトンミムというものがありまして、それによって祭司は神の意志を告げるのです。サウルは、この時、これまでの伝統に従って、進軍すべきか否かを神に問おうとしていたのでしょう。
しかし、サウルがアヒヤに求めている間にも、ペリシテ軍の陣営の動揺はますます大きくなって行きました。こうなりましたら、現実的に考えるならば、神の意思などを問うている暇はありません。一刻も早く上って行って、一気に攻め滅ぼしてしまうのが賢明でしょう。サウロはですからアヒヤに言うのです。「もうよい」(直訳では「手を引っ込めなさい」)。
結果的に見るならば、彼の決断は功を奏しました。ペリシテ側に付いていた者たち、身を隠していた兵士たちも加わって、イスラエルはペリシテ軍を追撃することになるのです。戦場がベト・アベンの向こう側、すなわちペリシテの陣営の側に移ったということは、明らかにイスラエルが圧倒的に優勢であったことを意味します。
しかし、聖書は「こうして主はこの日、イスラエルを救われた」(23節)とこの出来事を総括します。あくまでも聖書は、主が勝利を与えられたことを主張するのです。しかも、結果はどうであれ、サウルが主に問うことを中断した事実は残ります。次に彼が問う時に、「しかし、この日、神はサウルに答えられなかった」(37節)と書かれていることは、このことと無関係ではないでしょう。信仰者が主を軽んじ、主の言葉を聞こうとしないなら、主が語ることを止められるということも起こり得るのです。