2025年6月18日水曜日

祈祷会用:サムエル記上 6:1~21

サムエル記上 6:1‐21

 アフェクにおける戦いに勝利したペリシテ人は、イスラエルから神の箱を奪い、それをアシュドドに運び、ダゴンの神殿に安置しました。いわばイスラエルの神、主を捕虜として連れてきて、ダゴンの支配下に置いたのです。ペリシテ人は、神の箱を運んだり置いたりできたように、主を自分たちの自由にできると思っていたのでした。しかし、主は偶像ではなく生ける神として行動された。それが先週見たところです。

 主の御手はアシュドドの人々の上に重くのしかかり、災害をもたらしました。アシュドドとその周辺の人々を打って、はれ物を生じさせたのです。彼らは相談の上、ガトへと箱を移しました。軍事的に力を持っていた都市に送ったのです。しかし、それは単に被害を拡大させるだけでした。さらに彼らは神の箱をエクロンに送ります。

 今日の箇所を読みますと、主の箱は七ヶ月の間ペリシテの地にあったようです。七ヶ月もの間、ペリシテ人は神の箱と苦闘していたのです。いや、生ける神である主と戦っていたのです。この間、既に出てきましたアシュドド、ガト、エクロンだけでなく、ガザとアシュケロンにまで箱を送ったようです。なんとか主を支配しようとした。しかし、人の手によって支配される御方ではありません。行くところ行くところ災いが及んだようです(17節)。

 そして、ついに彼らは観念し、神の箱をイスラエルに送り返すことにしたのでした。ペリシテ人は自分たちの祭司と占い師に、どのように送り返すべきかを尋ねます。祭司たちは、賠償の献げ物と共に送り返すことを指示しました。その献げ物とは、金で造った腫れ物とねずみの模型です。それをもって、イスラエルの神に栄光を帰さなくてはならないと、祭司らは告げたのです。そんな子供じみたことを大真面目にやろうとしている姿が、この章にはなんともユーモラスに描かれています。

 さて、彼らが至った結論。まことに笑い話のような話ですが、私たちは彼らの行為をまずは肯定的に見ることができるでしょう。ペリシテ人がそのように神の箱を偶像のごとくに扱おうとも、主は自ら生ける神として振る舞われたことは既に見たとおりですが、主はペリシテ人の支配下にも、ダゴンの支配下にもないことが明らかになった時、ともかくペリシテ人たちは自分たちが間違っていたことを悟ったのです。イスラエルの主を正しく処遇せず、主に栄光を帰すことをしなかった。そのことに思い至ったのです。言い換えるならば、この災いの根本的な原因は自分自身にあることを認めたのです。それは正しいことでした。

 祭司たちの言葉に注目してください。「なぜ、あなたたちは、エジプト人とファラオがその心を固くしたように、心を固くするのか」と彼らは言うのです。イスラエルのエジプト脱出の出来事については、以前にもペリシテ人が口にしているのを見てきました。「あの神は荒れ野でさまざまな災いを与えてエジプトを撃った神だ」(4:8)。このようにわざわざ繰り返し出エジプトに関する伝承がペリシテ人の口に上るように書かれているのです。

 それは明らかにこの物語の読者のためです。読者が出エジプトの出来事を思い起こすようになるためです。この歴史物語は出エジプトの出来事を思い起こしながら読まなくてはならないということです。ファラオが心を固くして、結局は滅びていったあの出来事。後の時代の捕囚民も思い起こしながらこれを読まなくてはならない。もちろん、今これを読んでいる私たちも思い起こさなくてはならない。主の御手が重くのしかかっている時に、ファラオのように心を固くしてはならないのです。あの祭司たちが言うとおりです。

 しかし、私たちはペリシテ人たちの行為の問題性を見落としてはなりません。、彼らは祭司たちと占い師たちを呼んで尋ねました。「主の箱をどうしたものでしょう。どのようにしてあれを元の所に送り返したらよいのか、教えてください。」すると祭司たちはこう答えたのです。「イスラエルの神の箱を送り返すにあたっては、何も添えずに送ってはならない。必ず賠償の献げ物と共に返さなければならない。そうすれば、あなたたちはいやされ、神の手があなたたちを離れなかった理由も理解できよう」(3節)。

 彼らが用いた「賠償の献げ物(アーシャーム)」という言葉は、レビ記にもそのまま出てきます(レビ5:15)。以前学びましたように、イスラエルにも「賠償の献げ物」は献げられていたのです。しかし、意味合いは全く異なります。それをもって主に栄光を帰するのは、主を礼拝する者として生きていくためです。罪の赦しをいただいて、栄光の主と共に歩むためなのです。ところがペリシテ人はここで何をしているのか。彼らは主に栄光を帰しながら、結局は主を遠ざけようとしているのです。

 しかも、ペリシテ人たちは、これから見ますように、最後に決定的なしるしを与えられることになるのです。にもかかわらず、結局、彼らは主を遠ざけてしまうのです。それでは7節以下を見ていきましょう。

 祭司たちは次のように提案しました。乳を飲ませている雌牛二頭を車につないで神の箱と賠償の献げ物を引かせ、子牛は引き離して小屋に戻すというものです。当然のことながら、雌牛は引き離された子牛の方に向かうはずでしょう。しかし、そこでもし雌牛が自然に反してベト・シェメシュへ上っていくならば、それはもう特別なしるしとして見る他ない。それは、この一連の災難が単なる偶然ではなく、主の手によることを示すしるしとなることでしょう。

 人々はその通り行いました。すると、「雌牛は、ベト・シェメシュに通じる一筋の広い道をまっすぐに進んで行った」のです。子牛がいないので「歩きながら鳴いた」のですが、「右にも左にもそれなかった」のでした。ペリシテの領主たちはベト・シェメシュの国境まで後をつけて行きます。彼らは、確かにこの箱がそこについたことを見届けました。

 こうして、主が確かに生ける神として働いておられたこと、その御前にダゴンが倒れたことが明らかになったのです。主が自らダゴンを倒し、破壊したのだだということ、そして警告に応じなかったペリシテ人の町々に主が災いを下されたことは明らかなのです。しかし、それにもかかわらず、ペリシテ人は倒された方のダゴンを留め、主を遠ざけたのです。

 人は災いのゆえに、自分のなしたことを悔います。災いを遠ざけるために一生懸命に償うことさえします。ペリシテ人たちのしたことはそのようなことでした。しかし、悔いることと悔い改めることは異なります。悔い改めるとは、生ける神に立ち返ることです。最終的に、主と共にあることです。その意味において、ペリシテ人たちは悔いはしましたが、悔い改めることはありませんでした。それはペリシテ人の問題に留まらず、後のイスラエルの民の問題でもあったのです。それはその後の展開にも現れております。

 主の箱が帰って来るのを見たベト・シェメシュの人々はたいへん喜びました。もちろん彼らはダゴンのそばに神の箱を置くようなことはしませんでした。彼らは大きな石を用いて祭壇とし、そこにおいて主に犠牲をささげました。また、主の箱を運んだのはレビ人であり、このことについても、彼らは律法に基づき正しく事を行いました。しかし、なんと皮肉なことに、そのイスラエルの町において、ペリシテの地で起こったのと同じことが起こるのです。

 主がベト・シェメシュの人々を打たれました。具体的にどのような災いが降ったのかは記されておりません。しかし、ともかくそれは大きな打撃であり、民は喪に服しました。その原因について、聖書は「主の箱の中をのぞいたからである」と記しています。あるいは、これは「主の箱(自体)を見た」という意味かもしれせん。なぜなら、主の箱が運ばれる時、それは箱自体が見えないように、覆い隠されて運ばれることになっていたからです(民数記4:5-6,20)。恐らく、主の箱が戦場に運び出された時も、そのまま裸で運ばれることはなかったでしょうし、返される時にもそのままで返されることはなかったと思われます。しかし、ベト・シェメシュの人々はそれを(あるいは中身まで!)見たのです。

 しかし、本当の問題はその後です。彼らはこう言いました。「この聖なる神、主の御前に誰が立つことができようか。我々のもとから誰のもとへ行っていただこうか」。なんと、彼らはペリシテ人がしたことと、そっくり同じことをしているではありませんか。しかし、主の名をかたりながらも行うことは異教の民と同じであるというこの姿は、私たちの姿でもあるかもしれません。忘れてはなりません、主が望んでおられるのは、単に災いを嘆いたり自分の愚かさを悔いることではないのです。そうではなくて、私たちが立ち返って真に主と共に生きる者となることなのです。


以前の記事