2026年6月17日水曜日

祈祷会用:サムエル記下 14:1~20

サムエル記下 14:1‐20

 アムノンは罪を犯しました。しかし、ダビデはこの事件を公にすることなく宮中に留めました。罪は律法違反として裁かれることはありませんでした。それゆえにアムノンもまた神に対する罪としてこれを認識することはありませんでした。

 一方、アブサロムもまた、この事件を公にすることはありませんでした。神に対する罪としてアムノンの罪が裁かれ、神の正義が貫かれることを求めはしませんでした。「いいか。アムノンが酒に酔って上機嫌になったとき、わたしがアムノンを討てと命じたら、アムノンを殺せ。恐れるな。これはわたしが命令するのだ。勇気を持て。勇敢な者となれ」(13:28)。これが最終的に従者たちに与えた実行命令です。アブサロムによるアムノン殺害は、あくまでも《アブサロムの命令》によるものであって、神の命令によるのではなく、神の正義が実現したのではなかったことが強調されているのです。

 そのようにアムノン殺害事件は、13章においては、あくまでもアブサロムの個人的な報復として描かれておりました。ところが、14章以降の展開を見ます時に、これは単にアブサロムの憎しみと怒りの現れではなかったことが明らかになってまいります。実はこれはその後も続いていきます《王位継承をめぐる争い》の一部分であったのです。

 3章2節以下に、ヘブロンで生まれたダビデの息子たちの名が記されておりました。アムノンは長男です。次男のキルアブはそれ以降出てきませんし王位継承争いの中にも入ってきませんから、若くして亡くなったものと思われます。三男はアブサロムで祖父はゲシュルの王です。(四男のアドニヤも後に王位継承争いの中で命を落とします。)ですから、アムノンを殺害することは、彼が王位継承者の筆頭になることを意味するのです。

 アブサロムはアムノン殺害後、ゲシュルに亡命します。13節を見ますと、アブサロムは亡命後、イスラエルを追放された者とされたようです。アブサロムは王位継承者筆頭であったアムノンを殺害したのですから、もはや事件はいかなる仕方でも隠蔽はされ得ません。すぐにもイスラエルにおいて事は公になりました。当然のことながら、ダビデは審判を下さざるを得なかったのでしょう。

 アブサロム自身は、この追放という処分が遅かれ早かれ解除されるものと考えていたようです。彼は決して自らの行ったことを悪であるとは見なしていなかったからです。それは後に32節において「わたしに罪があるなら、死刑にするがよい」と大胆にも語っていることから分かります。

 彼は自らを正当化することのできる理由がありました。そのような理由があることは時として非常に不幸なことです。彼は死ぬまで決して自分の罪を神の御前において認めて悔い改めることはありませんでした。そして、これは来週読むことになりますが、そのようなアブサロムが、自らを義としたまま、結局は追放処分が解除されてゲシュルからエルサレムに戻されることになるのです。そして、再び王子としてダビデの王宮に出入りするようになるのです。そのことが後のダビデ王家に、イスラエルに、いかに悲惨な結果をもたらすことになるか、私たちはこれから見ていくことになります。

 しかし、今日はアブサロム自身ではなく、彼がエルサレムに戻ることができるように動いたヨアブの行動に目を留めたいと思います。ヨアブはある策略を用いてアブサロムの呼び戻しを実現するのです。

 「アムノンの死をあきらめた王の心は、アブサロムを求めていた」(13:39)と書かれていました。アブサロムが関わる後の出来事を見ますと、ダビデがいかにアブサロムを溺愛していたかが分かります。彼が帰ることを求めたのは父の自然な心情でした。このダビデの心の動きに目を留めたのがヨアブでした。

 彼はテコアに使いを送って一人の知恵のある女を呼び寄せます。そして、喪に服しているように装い、王に架空の訴えをさせたのです。夫を亡くしたやもめの二人の息子がいさかいを起こし、一方が他方を打ち殺してしまった。そこで一族の者が「兄弟殺しを引き渡せ、殺した兄弟の命の償いに彼を殺し、跡継ぎも断とう」と言っているのだ、と訴えたのです。

 ダビデは、その架空の話における兄弟殺しの息子が殺されないように計らい、この女にとって憐れみ深い裁定を下します。「王は女に言った。『家に帰るがよい。お前のために命令を出そう』」(8節)。つまり情状酌量し兄弟殺しの息子を無罪とするのです。本来ならば王の裁定は絶対ですから、これで問題は解決しているはずです。ところがテコアの女は執拗に問題を蒸し返すのです。ダビデが主の名によって誓うところに持って行くためです。そして、ついにダビデは主の名によって誓います。「主は生きておられる。お前の息子の髪の毛一本たりとも地に落ちることはない」(11節)。

 そこですかさず女はこう言って王に迫ります。「主君である王様、それではなぜ、神の民に対してあなたはこのようにふるまわれるのでしょう。王様御自身、追放された方を連れ戻そうとなさいません。王様の今回のご判断によるなら王様は責められることになります」(13節)と切り出したのです。

 つまりこの女の息子を情状酌量無罪として女が息子を二人とも失ってしまうことがないように裁定を下したのに、アブサロムを無罪としないで追放したままにして、神の民が王となるべき人を二人とも失ってしまうようなことをしても良いのですか、と言っているのです。

 ヨアブの入れ知恵によるのですが、女はあえてここで「神の民に対して」という言葉を使っています。これは「神の民に逆らって」とも訳せるような言葉です。神の民、すなわちイスラエルの人々の願いに反して、ということです。ここには民意の変化が見てとれます。アブサロムが引き起こしたのは宮廷においては前代未聞のスキャンダルだったのですから、人々はアムノンを殺害したアブサロムの追放を当初は良しとしていたに違いないのです。しかし、三年経った今、明らかにアブサロムを連れ戻そうという動きが人々の間に起こってきているのです。

 それは25節に見るように「イスラエルの中でアブサロムほど、その美しさをたたえられた男はなかった。足の裏から頭のてっぺんまで、非のうちどころがなかった」と書かれていることと無縁ではないでしょう。そもそも、人々はアムノンよりもアブサロムが王となることを望んでいたのかもしれません。

 そうしますと、ヨアブはただ単に王の心情を察して仲介の労を執ったということではなさそうです。そこにはダビデ王の死後を考えた政治的な意図が見られるのです。ヨアブはかつて自分の権力の座が脅かされることのないように、アブネルを殺害した人物です。彼にとっては、国家に安定した統治があること、そしてその国家の軍の総司令官という立場に自分が君臨し続けることが決定的に大きな意味を持っていたのです。そのためには、相応しい人物が即位せねばならず、またその即位に一役買っていることは、極めて重要なことだったのです。世論の動き、ダビデの心の変化は、ヨアブにまたとない機会を与えたのでした。

 さて、ここに記されていることは、ナタンのたとえ話と対を為しているように見えますが、本質的に異なるものとして描かれているのです。ナタンを送ったのは神でしたが、テコアの女を送ったのはあくまでも神ではなくヨアブなのです。彼女が言っているように「ヨアブが事態を変えるためにこのようなことをした」(20節)のです。

 正義の主張と共に渦巻いているのは人間の思惑と野心です。それらが人間の「知恵」によって事を動かし、そして結果として災いをもたらすことになるのです。ここに出てくるのは知恵のある女です。あのアムノンを動かしたヨナダブも「賢い男」(知恵のある男)と書かれていました。人間の知恵が災いの連鎖を生み出すという悲しむべき事実をこれらの人物は象徴しているようです。

 しかし、私たちはもう一方で、これがすべてナタンによって予告されていた一線の上を辿っていることを思い起こします。すべては崩壊へと向かっているように見えます。しかし、神の手を離れてしまっているわけではありません。神の支配の中で、やがてアムノンではなく、アブサロムでもなく、ソロモンが王として立てられることになるのです。人間の思惑や野心によって、神の救いの計画は挫折させられることはないのです。


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