2026年10月11日日曜日

「人間から出たものか、神から出たものか」

2026年10月11日 主日礼拝説教 

聖書:使徒言行録 5:27-42

 「彼らが使徒たちを引いて来て最高法院の中に立たせると、大祭司が尋問した」(27節)。今日の聖書箇所はそんな言葉から始まっていました。場所こそ違いますが、使徒たちが置かれているのは、かつてイエス様が置かれていたのと同じ状況です。イエス様が大祭司によって尋問された時と同じように、最高法院の議員たちの中に立たされて尋問を受けているのです。

 大祭司は言いました。「あの名によって教えてはならないと、厳しく命じておいたではないか。それなのに、お前たちはエルサレム中に自分の教えを広め、あの男の血を流した責任を我々に負わせようとしている」(28節)。――時の権力者たちが、必死で使徒たちの働きを抑え込もうとしていることがよく分かります。その背景を見ておきましょう。

「神から出たもの」が現れる教会
 当時の教会の様子は、この章の12節から16節までに短くまとめられています。「使徒たちの手によって、多くのしるしと不思議な業とが民衆の間で行われた。一同は心を一つにしてソロモンの回廊に集まっていたが、ほかの者はだれ一人、あえて仲間に加わろうとはしなかった。しかし、民衆は彼らを称賛していた。そして、多くの男女が主を信じ、その数はますます増えていった。人々は病人を大通りに運び出し、担架や床に寝かせた。ペトロが通りかかるとき、せめてその影だけでも病人のだれかにかかるようにした。また、エルサレム付近の町からも、群衆が病人や汚れた霊に悩まされている人々を連れて集まって来たが、一人残らずいやしてもらった」(12-16節)。

 一読して分かりますように、当時の教会の描写において顕著なのは奇跡的な病気の癒しです。しかし、重要なのは奇跡や癒しそのものではありません。聖書はこの描写をもって何を伝えようとしているのか。――彼らを通して神の御業が現れていた、ということです。言い換えるならば、神が行おうとしていることのために教会が用いられていた、ということです。

 今日の説教題は「人間から出たものか、神から出たものか」としました。後に登場するガマリエルという人の言葉です。その言葉を用いるならば、人々が教会に見ていたのは、「神から出たもの」であったということです。もちろん、神がこの世を愛してなさろうとしていることは、ただ病気の癒しに限ったことではありません。もっと広くまた大きなことです。私たちが「主の祈り」において祈っているように、「御国を来たらせたまえ」ということであり、「御心の天になるごとく、地にもなさせたまえ」ということです。天になっていることが地上にも実現することです。

 当時の教会を特徴づけていたのは、単なる宗教的な慣習やしきたりではなかったのです。宗教的な教えに従う道徳的な人や宗教的な善人が集まっていることでもなかったのです。そうではなく、そこに人間を通して、神のなさることが生き生きと現れていたということなのです。

「神から出たもの」は十字架の道を通る
 しかし、神の御業のために用いられることは、必ずしもこの世的な幸いや賞賛とは結び付かないことを聖書は私たちに教えています。私たちが、信仰生活において、ただ自らの喜びや平安を願うだけでなく、神の願うことが私たちを通して実現することを求めるならば、私たちは必然的にキリストの御足の跡を行くことになるのです。私たちが「人間から出たもの」ではなく、「神から出たもの」が現れることを期待し、自らを神に差し出すならば、キリストがかつて弟子たちに言われたように、自分を捨て、自分の十字架を負って従って行くことになるのです。

 実際、彼らは十字架を負って従うことになりました。多くの民衆は教会に対して好意を持っていましたが、そのような中で、彼らは新たな困難に直面することになったのです。彼らは今や、最高法院に立たされ、尋問され、脅迫されているのです。

 「あの名によって教えてはならないと、厳しく命じておいたではないか」(28節)と世の権力は従うことを求めます。しかし、彼らは言いました。「人間に従うよりも、神に従わなくてはなりません」(29節)。そして、確かにそこには神の御業が現れていました。この世の力に従わせるために設定された場所は、むしろキリストが証しされる場所となったのです。

 それは単に彼らの信念や勇気によって起こったことではありませんでした。彼らはもともとキリストが捕らえられた時に見捨てて逃げた人たちです。私たちと同じように人間的な弱さを持っていた普通の人々です。その彼らが今、かつてイエス様が置かれていたのと同じ状況に立たされて、キリストを証ししているのです。彼らを立たせていたのは、彼ら自身の力ではありませんでした。彼らにおいて現れていたのは、確かに「人間から出たもの」でなく、「神から出たもの」だったのです。

「神から出たもの」は誰にも止められない
 しかし、「神から出たもの」に目を向けようとしない人々は、ただ激しく怒っただけでした。「使徒たちを殺そうと考えた」と書かれています。彼らの目の前で神のなさっていることがあるのです。「神から出たもの」を本当は見ているはずなのです。しかし、神のなさることに心を向けていなければ、目に見えるのは人間の姿だけです。人間が言うこと、人間がしていること、人間の態度、お互いの力関係、上か下か、そんなことしか見えてきません。権力に逆らう不埒な輩。そうとしか見えていなければ、怒りしか生じません。

 しかし、そこに一人、「神から出たもの」に目を向けていた人物がいました。少なくとも「人間から出たもの」だけでなく、「神から出たもの」について考えることのできる人物がいたのです。彼は「民衆全体から尊敬されている律法の教師で、ファリサイ派に属するガマリエルという人」でした。後に、パウロという人物が登場しますが、パウロに律法の教育をほどこした先生に当たる人です。

 彼は言いました。「イスラエルの人たち、あの者たちの取り扱いは慎重にしなさい。」そして、テウダという指導者やユダという指導者によって、一時的に膨れ上がったけれどもやがては消えていったこの世の運動を例に挙げて、こう言ったのです。「そこで今、申し上げたい。あの者たちから手を引きなさい。ほうっておくがよい。あの計画や行動が人間から出たものなら、自滅するだろうし、神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない。もしかしたら、諸君は神に逆らう者となるかもしれないのだ」(38-39節)。

 確かに、サドカイ派の人々、大祭司とその仲間たちは、使徒たちを力ずくで捕らえることはできました。牢屋に入れることはできました。最高法院の裁きの場に引き立てることはできました。大祭司の権威をもって「イエスの名によって教えてはならない」と脅迫することはできました。それが、大祭司たちの持っている力であり、この世が教会に対して持ちうる力でした。しかし、無力な教会の内には神の命がありました。それゆえ、権力者たちは教会から神の言葉を奪うことはできませんでした。神の言葉の宣教を止めることはできなかったのです。

 実際、ガマリエルの言葉は、彼自身が考えていた以上の意味で、真実となりました。ガマリエルは「神から出たものであれば、彼らを滅ぼすことはできない」と言ったのですが、実際には存在を滅ぼすどころか、彼らの喜びすら滅ぼすことはできなかったのです。そのことを今日の箇所は伝えているのです。

 彼らは使徒たちを呼び入れて鞭で打ち、イエスの名によって話してはならないと命じたうえ、釈放しました。そのようにして、釈放された使徒たちについて何と書かれているでしょうか。「それで使徒たちは、イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜び、最高法院から出て行き、毎日、神殿の境内や家々で絶えず教え、メシア・イエスについて福音を告げ知らせていた」(41-42節)。

 「イエスの名のために辱めを受けるほどの者にされたことを喜ぶ」というのは、どう考えても人間から出た喜びではありません。人間から出たものは、人間の力によって奪うことができます。しかし、その喜びが「神から出たもの」ならば、人はそれをどのような形でも奪うことはできない。彼らの姿はその事実を雄弁に物語っていたのです。

 改めて今日の箇所全体を振り返ってみますと、そこには、非常に厳しい現実が記されているはずなのですが、悲壮感のかけらも見ることができないことに気づきます。人間的に見るならば危機的状況に置かれているまったく無力な人々なのですが、そこには神の命と力が満ち溢れ、溢れ流れて周りの人々にまで及んでいるのを私たちは見るのです。そして、「神から出たもの」を、その命の流れを、どのような外的な力も止めることはできないという事実がここにおいて語られているのです。

 さて、私たちは、ここに書かれている使徒たちの描写、教会の描写を、初代の教会のみが経験し得た特殊な出来事であるかのように思ってはなりません。彼らの神は私たちの神であり、彼らの受けた聖霊は私たちが受けた聖霊であり、彼らの与った永遠の命は私たちが受けた永遠の命であるからです。私たちが信仰をいただいたということはそういうことです。

 かつてこの地上に教会を誕生させた神が、今日もなお、私たちをこうして週毎に呼び集め、そして、再びこの世へと遣わしてくださいます。そして、教会において、またそれぞれの生活の場において、与えられている関わりにおいて、私たちを用いてくださいます。それはまさに「神から出たもの」がこの地上に現されるためなのです。私たちがあと何年、何十年、この世に存在するかは分かりません。しかし、それが何年であろうと、まさに神の御業のために用いられることこそが、私たちの地上に存在する意味なのです。

 この地上に置かれている信仰生活の中で、教会において、また遣わされている場において、私たちは何を見たいと願っているのでしょうか。人間から出たものでしょうか。神から出たものでしょうか。

2026年10月7日水曜日

祈祷会用:サムエル記下 24:1~25

 サムエル記下 24:1-25

 今日お読みしました話の最後はこうなっています。「主はこの国のために祈りにこたえられ、イスラエルに下った疫病はやんだ」(25節)。これと似た表現が21章14節に出て来ます。「この後、神はこの国の祈りにこたえられた」。21章前半の物語の締めくくりの言葉です。つまり21章前半の物語と今日お読みした物語はセットなのです。

 そして、その内側にダビデの家臣の話が二つセットになっていて(21章後半と23章後半)、そのまた内側に「ダビデの感謝の歌」と「ダビデの最後の言葉」とがセットで置かれている。そのような構造になっているのです。

 さて、今日お読みしました24章の物語の展開は、現代の私たちには、かなり理解困難なものと思えます。まず、主がダビデに対して「人口を数えよ」と誘われたにもかかわらず、ダビデが行うとそれに対して罰を加えられたこと。しかも、その罰を受けたダビデが死ぬのではなく、まったく無関係な七万人が死んだこと、などです。これを私たちはどう理解したら良いのでしょうか。

 この物語を正しく理解する上でまず大事なことは、この物語そのものの形を見ておくことです。実はこの話は単純ではないのです。実は大きな枠組みが一つあり、その中にもう一つの話が組み込まれているのです。それがこの話の深さとなっているのです。

 まず大きな枠組みを見ておきましょう。ここを読んですぐに気づきますのは、後半の、祭壇に関する記述が異常に長いということです。この祭壇は、「エブス人アラウナの麦打ち場」に築かれたことが繰り返し語られています。このように、特定の麦打ち場が語られているということは、取りも直さず、後々の時代の人もその場所を良く知っていたことを意味します。

 しかも、それはダビデが正当にお金を払って買い取った場所であることが書かれています。つまりそれは後々までダビデ家に属する土地となったということです。それはいったいどこなのか。歴代誌を見ますと、次のように書かれています。「ソロモンはエルサレムのモリヤ山で、主の神殿の建築を始めた。そこは、主が父ダビデに御自身を現され、ダビデがあらかじめ準備しておいた所で、かつてエブス人オルナンの麦打ち場があった」(歴代下3:1)。つまり、それはソロモンの神殿が建てられた場所なのです。つまり、この物語の大枠は、「そもそも神殿が建てられていた場所はいかなる場所だったのか」を伝える物語だということです。

 その場所は、預言者ガトを通して主が指示した場所だったわけですが(18節)、なぜそこが指示されたかと言いますと、それは御使いが立っていた場所だったと説明されているのです。「御使いはその手をエルサレムに伸ばして、これを滅ぼそうとしたが、主はこの災いを思い返され、民を滅ぼそうとする御使いに言われた。『もう十分だ。その手を下ろせ。』主の御使いはエブス人アラウナの麦打ち場の傍らにいた」(16節)。

 主が「手を下ろせ」と言われた。ストップをかけられた。それは神の憐れみです。エルサレムにその資格があるからではなく、単純に神の憐れみであった。その憐れみが現された場所、それが「エブス人アラウナの麦打ち場」であった。つまりここに書かれているのは「ソロモンの神殿が建てられている場所は、それ自体が神の憐れみを証ししている場所なのですよ」という話なのです。

 そして、もう一つ大事なことは、この話が「主の怒りが再びイスラエルに対して燃え上がった」(1節)という言葉で始まっているということです。「再び」と言うのは、先ほど申しましたように、直接的には21章前半の物語に続くからです。原文では、もっとはっきりとこのつながりが示されています。このあたりは丁寧に読まなくてはなりません。ここに出てくる「神の怒り」そのものは、ダビデが行ったことによって引き起こされたのではないのです。この怒りについては、特に何も説明はされていない。しかし、何らかの罪が神の怒りを引き起こしたということです。そこから話は始まる。その《結果として》、「主は、『イスラエルとユダの人口を数えよ』とダビデを誘われた」という話の流れになっているのです。

 要するに、こういう話なのです。理由は明らかにされていないけれども、神の怒りがあった。その怒りによって疫病がもたらされた。しかし、エルサレムは災いを免れた。それは完全に神の憐れみによってであった。その憐れみの場所に祭壇が築かれ、祈りが献げられた。疫病は完全に止んだ。神殿が建てられたのは、そのような場所だったのだ。――これが話の大枠なのです。

 そのような大枠の中に、もう一つの話が組み込まれているのです。ダビデの人口調査の話です。そして、神の怒りとしての災いは、いわば《ダビデの罪に対する裁き》という形において実現されることになる。そこにこの物語の深さがあるのです。

 「主は…ダビデを誘われた」と書かれています。この記述に抵抗を覚えるのは、現代人でも昔の人でも同じでありまして、歴代誌においては少し書き換えられています。「サタンがイスラエルに対して立ち、イスラエルの人口を数えるようにダビデを誘った」(歴代上21:1)となっているのです。どちらでも同じことです。要するに「主が誘われた」というのも、実際には、サタンがダビデを誘惑することを、主があえて許された、ということですから。事実、ダビデの王国が確立していった時に、その国力、特に軍事力を把握したいというのは、ダビデにとっては自然な心の動きだったのだと思います。しかし、そこにサタンの誘惑があったのであり、主はそれをあえて許されたのです。

 ダビデはヨアブに命じ、ヨアブは不本意ながらもダビデの命令に従い、イスラエルの民を数えます。そして、「剣を取りうる戦士はイスラエルに八十万、ユダに五十万」であることを報告します。しかし、このことはダビデの心の呵責となりました。そして、「わたしは重い罪を犯しました」と主に告白します。かつて盟友ヨナタンは言いました。「主が勝利を得られるために、兵の数の多少は問題ではない」(サムエル上14:6)。しかし、今や自分は兵の数に依り頼み、その数を一生懸命に数えている。その間違いに気がついたのです。

 そのダビデに対して、預言者ガトを通し、主は三つの災いから一つを選ぶように求めます。ダビデは三日間の疫病を選択します。「主の御手にかかって倒れよう。主の慈悲は大きい。人間の手にはかかりたくない」というのがその理由でした。その結果については、先に見たとおりです。実際、主の慈悲が現れ、エルサレムは災いを免れます。エルサレムにいたダビデの家も災いを免れたのでした。

 さて、ここで重要なことは、第一に、先にも言いましたように、主の怒りと裁きは単にダビデの罪に対するものではなかったということです。ダビデの行為に先立って神の怒りがあるのです。しかし第二に重要なことは、ダビデ自身はこの災いを自分に対する裁きとして受け止めている、ということです。それゆえに、また、自分が残されたことは、神の慈悲以外の何ものでもないことを認識しているのです。それは17節の言葉からも分かります。第三に、そのように憐れみを知る者こそが、祭壇を築き、礼拝し、祈るようにと導かれたのだ、ということです。そして、その場所こそ、祈りの家の建てられる場所となったのです。それは神殿が破壊された後に残された人々に大きな意味を持っていたことでしょう。あの場所は神の憐れみの場所だった。だから再びあの場所に神の憐れみが現されるに違いない。そして、神の憐れみによって再び礼拝する時が来るに違いない、と。そして、事実それから数百年後、神の憐れみが完全に現されたのです。御子が十字架にかけられることにおいて。


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