サムエル記下 9:1-13
9章は直接8章には繋がりませんが、ダビデの王権が確立されるに当たってダビデがサウル家との関わりにおいて行った一つのことが記されております。「ダビデは言った。『サウル家の者がまだ生き残っているならば、ヨナタンのために、その者に忠実を尽くしたい』」(1節)。
ここで私たちはサムエル記上で読んできた二つの場面を思い起こさなくてはなりません。一つはサムエル記上20章。ダビデがサウルによって命を狙われている事情を親友であるヨナタンに訴える場面です。そこでヨナタンはダビデのためにサウルの悪意を確認すべく動くわけですが、そこでヨナタンはダビデにこう言うのです。「…主が父と共におられたように、あなたと共におられるように。そのときわたしにまだ命があっても、死んでいても、あなたは主に誓ったようにわたしに慈しみを示し、また、主がダビデの敵をことごとく地の面から断たれるときにも、あなたの慈しみをわたしの家からとこしえに断たないでほしい」(サムエル上20:13‐15)。
「主が父と共におられたように、あなたと共におられるように」とは驚くべき言葉です。王位を継ぐのは王子である自分ではなくてあなただ、という意味だからです。また、その後に「ヨナタンはダビデの家と契約を結び」とあります。それは、やがてダビデ家がサウル家に取って代わることを前提としている言葉です。だからこそ、ヨナタンは「主に誓ったようにわたしに慈しみを示し…あなたの慈しみをわたしの家からとこしえに断たないでほしい」と言うのです。古代オリエントにおいては、王朝が交替する時、新しい王家が旧王家のものを皆殺しにするのが通例でした。ここでヨナタンが願っているのは、そのようなことをしないで欲しい、ということです。
もう一つ思い起こすべき場面はサムエル記上24章です。用を足すために洞窟に入ったサウルをダビデが殺すこともできたのに手を掛けなかったという話です。そのことを知ったサウルは声を上げて泣き、ダビデこそ王となるべき器であると認めるのです。その時、サウルはダビデに言うのです。「今わたしは悟った。お前は必ず王となり、イスラエル王国はお前の手によって確立される。主によってわたしに誓ってくれ。わたしの後に来るわたしの子孫を断つことなく、わたしの名を父の家から消し去ることはない、と」(サムエル上24:21‐22)。ダビデはサウルに誓いました。主旨は先のヨナタンとの約束と同じです。
この二つの約束のゆえに、ダビデはサウル家に仕えていたツィバを呼び出して尋ねたのです。「サウル家には、もうだれも残っていないのか。いるなら、その者に神に誓った忠実を尽くしたいが」。この章では「忠実を尽くす」という言葉が3度繰り返されています。「忠実」は、ヨナタンとの約束では「慈しみ」と訳されていました。この最後の部分は直訳すると「神の慈しみを行う」という言葉です。この「忠実」あるいは「慈しみ」と訳せるヘセドが今日のテーマです。
この表現が示すように、聖書における「忠実」とか「慈しみ」は、ヒューマニズムに基づく言葉ではありません。ダビデがしようとしていることは、単に約束を守るということではないのです。神がイスラエルに対して慈しみを示されたのは、イスラエルが優れていたからではなく、主がその約束に忠実であったからです。ですから人に対して慈しみを示すというのは、《主がしてくださったように人に対して行う》ということなのです。それがここでダビデが行っていることなのです。
さて、ダビデのもとに呼び出されたツィバが非常に恐れていたであろうことは想像に難くありません。彼の一家はサウル家に仕えていた家だからです。彼はヨナタンの子息が一人いることを告げると、すぐさまこう付け加えました。「両足の萎えた方でございます」。その息子、メフィボシェトについては、既に4章4節に記されておりました。「サウルの子ヨナタンには両足の萎えた息子がいた。サウルとヨナタンの訃報がイズレエルから届いたとき、その子は五歳であった。乳母が抱いて逃げたが、逃げようとして慌てたので彼を落とし、足が不自由になったのである。彼の名はメフィボシェトといった」(4:4)。両足が萎えていれば、軍隊を率いることはできません。そのような人物が王位を脅かすはずはないのです。ツィバがメフィボシェトの足に言及したのは、明らかに、サウル王家の再興を企てる危険人物とはなり得ないことを示すためでした。
ダビデはアミエルの子マキルの家にかくまわれていたメフィボシェトを呼び寄せました。そして、彼にサウルの地所をすべて彼に返すことを約束します。さらにダビデはメフィボシェトが常に王の食卓で食事をするように計らったのでした。このことについては、サウルの子孫を自分の目の届くところに置くことがダビデの目的であったとの見方がありますが、それは当たらないでしょう。先にも触れましたとおり、メフィボシェトは物理的に王位を脅かす存在とはなり得なかったからです。ここでダビデが語っているとおり、やはりこれは単純にヨナタンとの関係において説明されるべきです。
メフィボシェト自身も、これが尋常な計らいでないことを理解しておりました。本来なら滅ぼされても不思議でないサウル家の生き残りが生かされて、しかも王の食卓で共に食事をしているのです。それは、ただヨナタンとダビデとの関係のゆえに、またサウルとの約束のゆえに、ダビデにおいて示された慈しみ(忠実)以外の何ものでもなかったのです。それゆえに、彼は驚きをもって語ります。「僕など何ものでありましょうか。死んだ犬も同然のわたしを顧みてくださるとは」。このように「慈しみ」というものは、それを受ける側(この場合メフィボシェト)に根拠があるわけではないので、そこには本来驚きが伴うのです。それが「慈しみ」を知る者の当然の反応なのです。
それは私たちにおいても言えるのです。本来罪のゆえに滅ぼされてしかるべき私たちが赦されて、生かされて、それだけでなく主の食卓にあずからせていただき、キリストの体と血とにあずかっている。それを受ける根拠は私たちの側にはないのです。それはキリストのゆえの慈しみなのです。しかし、そこにこのメフィボシェトが示しているほどの驚きがあるかと言えば、改めて考えさせられます。私たちは慈しみを本当の意味で知っているのでしょうか。
むしろ私たちは、もう一方のツィバに近いのかもしれません。彼の恐れもまた取り除かれました。ツィバの家の者たちは、メフィボシェトの召使いになり、彼に返還された土地を耕す者となったのです。これもまた、サウルの従者であったツィバの一族にとっては、驚くべき寛大な処遇であったはずです。
メフィボシェトとツィバは違います。サウル王家にもともと仕えていた者として、反逆を企てる恐れがあるわけですからいつ粛清されても不思議ではありません。そのようなツィバとその一族は、なんとダビデの王国において、もはや恐れることなく生きていくことができるのです。彼はダビデに喜びをもって約束しました。「私の主君、王が僕にお命じになりましたことはすべて、僕が間違いなく実行いたします」(11節)と。
しかし、彼は慈しみが何であるか、慈しみに与った者の責任が何であるかを理解しませんでした。彼はこの後、16章に登場します。ダビデの息子アブサロムが反乱を起こし、ダビデが都落ちをした時に、彼はダビデを迎え、メフィボシェトについて偽りの報告をするのです。「(メフィボシェトは)エルサレムにとどまっています。『イスラエルの家は今日、父の王座をわたしに返す」と申していました」(16:3)と。こうして彼は、報告を信じたダビデから、メフィボシェトに属するものすべてをツィバに与えるとの約束を取り付けてしまうのです。
やがて反乱軍が鎮圧され、ダビデが再びエルサレムに戻った時、ツィバの偽りが明らかになります。メフィボシェトは王が都落ちをしたその日から、「足も洗わず、ひげもそらず、衣服も洗わなかった」(19:25)のでした。彼はひたすらダビデの帰りを待っていたのです。そして、偽りによって奪われた地所についても、「主君、王が無事に王宮にお帰りになったのですから、すべてツィバのものとなってもかまいません」(19:31)と語ったのでした。まことに、慈しみを知るとはどういうことかを考えさせられるエピソードです。