サムエル記下 8:1-18
7章におけるナタン預言とダビデの祈りから一転して、8章はダビデの戦果の報告です。内容は、周辺諸国がダビデに屈服し、イスラエルに隷属するものとなった、ということです。
まずペリシテ人。シロの聖所が滅ぼされて後、サウルの時代を通じてイスラエルを支配していたペリシテ人が、ついにダビデの支配下に置かれることになったことが、1節に報告されています。
そして、次に挙げられているのはモアブ人。これはなかなか理解することが困難な箇所です。というのも、サムエル記上22章を見ると、ダビデがサウルに追われアドラムの洞窟に難を避けていたとき、モアブの王に「神がわたしをどのようになさるか分かるまで、わたしの父母をあなたたちのもとに行かせてください」と言って、両親を託したという記事があるからです。そのように、もともとダビデは個人的にはモアブの王国と極めて親しい関係にあったものと思われます。実際、ダビデ自身にもモアブ人の血が流れているのです。曾祖母のルツはモアブ人だからです。
ですから、ダビデがただ王国の領土の拡大を目論んで、積極的にモアブに軍事侵攻を開始したということは考えにくいのです。では、どうして親戚にも当たるモアブの王国と戦うことになったのか。――このあたりの事情については、後に読むことになる10章が参考になるかもしれません。
後で改めて説明することになりますが、そこに描かれているのは、アンモン人の王が死んで、息子が王となった頃の話です。その時点でダビデの王国は相当に力を持つに至っていたのでしょう。軍事的な脅威は疑心暗鬼を生み出すことになります。
ダビデの側としては、アンモン人の王の死に際して哀悼の意を露わそうとしただけなのに、高官たちは弔問のために送られた使節をスパイと見なしたのです。その結果、それまで友好関係にあったアンモン人の王国とイスラエルとは敵対関係になり、ついには全面戦争に発展して行ったのでした
。恐らくは同様のことが、モアブとの間にも起こったのでしょう。モアブは戦わなくてよいはずの相手に、疑心暗鬼から弓を弾くことになったのです。
しかし、重要なことは、先週お読みしましたナタン預言との関わりです。「わたしの民イスラエルの上に士師を立てたころからの敵をわたしがすべて退けて、あなたに安らぎを与える」という預言が語られていました。その予言が成就したことをこの章は証言しているのです。そう考えますと、この場合にもイスラエルの平和を脅かす要因がモアブの側にあり、それを主が退けられたということが語られていると理解してよいのでしょう。
その次に挙げられている、ツォバの王ハダドエゼルおよび援軍として参戦したダマスコのアラム人との戦いについてはどうでしょう。ここにおいても、ダビデによる王国拡大のために侵略を開始したということではなく、「ツォバの王、レホブの子ハダドエゼルがユーフラテスに勢力を回復しようと行動を起こしたとき、彼を討ち」(3節)と書かれているのです。
特にアラム人との戦いについては、先に触れた10章に記されている出来事と関係しているものと思われます。後に見ることになりますが、そこではダビデが積極的にアラム人との戦いを始めたのではなく、ツォバのアラム人が敵対してきたアンモン人の援軍として参戦したことが書かれているのです。要するに戦いを仕掛けたのは彼らなのです。
加えて、ツォバの王から奪った戦車の馬の腱を切ったという出来事は、大事なことを伝えています。これはヨシュアもかつて行ったことですが(ヨシュア11:9)、ダビデがただ軍備を拡大していくことを考えていたとするならば、この行動は理解困難です。奪った馬はこちらの軍備として使えるわけですから。ですので、これらの行動は、やはりダビデが積極的には次なる軍事的な征服行動を考えてはいなかったことを示していると言えるのです。
その後、戦いの話ではなく、ヒッタイト人の王国ハマトの王が平和的に王子を遣わしたという話が出ています。ハマトの王国はツォバのさらに北に当たります。ハダドエゼルはイスラエルと戦う一方でハマトとも戦っていたのです。しかし、ハダドエゼルが敗れたとなりますと、こんどはハマトがイスラエルと国境を接することになるのです。そこで彼らは、戦争という選択肢ではなく、いち早く友好的な関係を築くという選択肢を選び取ったのでした。
そして、最後にエドム人が征服されたことが記されております。この戦いについてサムエル記は詳細を語ってはいません。しかし、この話は後々まで語り継がれたのでしょう。詩編60編はこの戦いを背景に作られた歌です。内容的には明らかに単純な勝利の歌ではなく、むしろ敗北して捕囚となった出来事を反映しています。そのことについては、後で改めて触れることにいたしましょう。
さて、ダビデの戦果として報告されている一連の戦いについて見てきましたが、私たちはこのような血なまぐさい報告を読むことを快く思いませんし、また、身近にも感じません。しかし、実は、この章は私たちの信仰生活について、極めて重要なことを記しているのです。そこで、いくつかのことを考えてみたいと思います。
第一に、ここでダビデが得た勝利は、力を付けたダビデ王国の軍事力による勝利であると記されてはおりません。二回繰り替えされている次の言葉は重要です。「主はダビデに、その行く先々で勝利を与えられた」(6節、14節)。つまり、ペリシテやモアブの征服の背後に主がおられるということです。ここに書かれていることは士師記に繰り返されていた「主の戦い」という思想の延長上にあることが分かります。
このような「主の戦い」についての思想は、侵略戦争を正当化することに用いられる危険性を伴いますが、極めて重要なことをも語っています。それは神の裁きが単に終末論的に考えられるだけでなく、歴史の中で形を取るということです。
この章における大事なポイントは、神の裁きが諸国民にまで及ぶのだ、という主張です。主は諸国民を支配する主でもあり、その裁きは全地に及ぶという教えです。その意味でこの部分はイザヤ書やエレミヤ書などの預言者の書に現れる「諸国民への預言」に相当すると見てよいでしょう。私たちは、神の支配と裁きが神を信じている人々だけに関係すると考えてはならないのです。
第二に、このダビデの勝利は、ナタン預言に続けて書かれていることを心に留める必要があります。先に触れましたように、これは7章9節以下の記述が実現したことを示しているのです。つまり、主に油注がれた王は、「敵をことごとく断」つ王なのです。この油注がれた王によって、神の民は不正を行う者に圧迫されることなく、安らぎを得るのです。そして、ダビデは事実、そのように周辺諸国を支配し、イスラエルの民に平安を与えたのです。
しかし、このこともまた、後の王国の滅亡という観点から見直さなくてはなりません。ダビデの平和はイスラエルの罪のゆえに失われてしまうのです。ダビデの王座は失われてしまうのです。ここから詩編60編のような歌が生まれることになったのです。
ところが、もう一方において、神はダビデに対して、「あなたの家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる」(7:16)と言われたのです。そこからやがてダビデの王座の回復と来るべき真の王の到来の希望が生まれます。これがメシア待望となるのです。ここに書かれているダビデの勝利は、後にイスラエルが支配された時代には、直接的に彼らの希望、メシアによる希望と結びつくことになるのです。
このことはイエス・キリストが歴史の中に登場した時の背景を理解する上でも重要です。福音書を読みますと、人々の期待とイエスの行動との間に大きな隔たりがあることを見ることができます。人々は、明らかに、政治的な解放者としてのメシアを求めていたことが分かります。その期待の背景にあったのが、ナタン預言の約束だったのです。また、それに続く、諸国民を屈服させ支配するダビデ像だったのです。
これに対して、福音書は、イエス様が苦難のメシアとして十字架に向かわれる姿を描きます。では、あの支配する王としてのメシア像は間違いなのでしょうか。それは教会から失われてしまったのでしょうか。いいえ、そのようなことはありません。王として全地を支配するメシアの姿は、依然として教会の希望の中に生き続けているのです。例えば、今日の箇所と同じように、敵を支配する王について語っている詩編110編は、繰り返し新約聖書に引用されているのです(マタイ22:44、使徒2:34以下など)。そこでは、復活したイエス様が、やがて敵を支配する王なるメシアに他ならないことが語られているのです。
まず、罪が贖われなくてはなりませんでした。メシアは苦難を受け、罪を贖わなくてはなりませんでした。しかし、苦難の姿がメシアの最後の姿なのではありません。メシアは王なのです。最後に神の正義を貫かれる王なのです。神の正義によって全地を裁かれる王なのです。この王としてのメシア像を心に抱いているか否かで、信仰生活は全く異なったものになります。このイメージを持つために、勝利者としてのダビデの姿は重要な意味を持っているのです。