サムエル記下 3:1-21
3章に入りますと、ダビデが勢力を増し、サウル家が衰えていったことが簡潔にまとめられ、続いてヘブロンで生まれたダビデの息子たちが紹介されます。息子たちと言いましたが、その母親も重要です。古代世界においては、妻の数が増したことは、その家が勢力を増して確立されていくことを意味しました。つまりここに母の名、息子たちの名が記されているということは、神の約束に従いダビデ家が確実に王家となるために形成されていったことを示しているのです。
一方、それと対照的なのが、サウル家です。サウル王家には、サウルの息子であるイシュ・ボシェトが生き残っています。先々週にお読みしました2章には、軍の司令官であるアブネルがイシュ・ボシェトを擁立し、マハナイムに移って敗戦後のイスラエルを建て直すために動き始めたことが書かれていました。彼らは一旦、ヨルダンの東に移ります。そこでイシュ・ボシェトを中心としてイスラエルの意識を固め、それから再びヨルダンの西に移っていくことを考えたのです。
さて、王が死んだ場合、通常は王位継承者が先王のハーレムを引き継ぎます。しかし、イシュ・ボシェトはサウルから引き継いだ側室の一人を早くも失うこととなりました。アブネルが、サウルの側女リツパと関係を持っていたのです。これは個人的な恋愛沙汰と考えてはなりません。これは権力構造の問題なのです。すなわち、アブネルがリツパと通じ、側室の一人を奪ったことは、王国の実権を握っているのは彼であることを主張し始めたことを意味しているのです。
前回触れましたとおり、もとよりアブネルはイシュ・ボシェトを傀儡としか見ていなかったのです。自らが当然のごとく実権を握るつもりでいたのです。それは決して利己的な野心ではありませんでした。イシュ・ボシェトはサウルの子であったとしても、彼にはこの難局を乗り切る実力はないのです。ペリシテ人の支配のもとにあっても、なんとかそこで統一された王国を回復したいという願いを持つアブネルは、自ら権力を握るしかなかったのです。
しかし、そのようなアブネルのあり方をイシュ・ボシェトは快く思ってはいなかったようです。もっとも、イシュ・ボシェトが身の程を知らなければ、こうなることは避け得ないことではあったのですが、ついに彼らの間に対立が生じることとなりました。そして、やがてその対立が表面化することとなります。
その様子は次のように表現されています。「ある日イシュ・ボシェトはアブネルに、『なぜ父の側女と通じたのか』と言った」(7節)。これは不倫を咎めているのではないのです。イシュ・ボシェトが問題にしているのは、あくまでも権力の所在なのです。ここに表現されているのは、要するにイシュ・ボシェトはアブネルが実権を握ることを良しとしなかった、ということです。
心情的には理解できないことではありません。しかし、それはまた、イシュ・ボシェトが、アブネルが抱いていたほどの、イスラエルの統一や回復への情熱は持っていなかった、ということでもあります。イスラエルの未来を考えたら、ここでアブネルと対立することほど愚かなことはありません。その意味においては、ただ自分自身が王座にあることにしがみついたサウルのDNAを、確かにイシュ・ボシェトも受け継いでいたと言えるのでしょう。
アブネルは、ついにそのようなイシュ・ボシェトに見切りをつけました。この男のもとに統一王国が再建されることは不可能だと考えたのです。要するに、彼はサウル王家に忠誠を尽くすことよりも、イスラエルそのものを再建することの方が大事であると考えたのです。アブネルはダビデを王とすることを決心したのでした。彼は言います。「わたしは王権をサウルの家から移し、ダビデの王座をダンからベエル・シェバに至るイスラエルとユダの上に打ち立てる」(10節)。この「ダンからベエル・シェバまで」という言葉は、後の統一王国の範囲を示す用語です。アブネルは、ダビデという人物に王国の未来を託すことを決断するのです。
そこでアブネルは直ちに行動を起こします。まず使者を送り、契約の締結について打診します。「この地を誰のものと思われますか。わたしと契約を結べば、あなたの味方となって全イスラエルがあなたにつくように計らいましょう」(12節)。アブネルには確信があったのだと思います。「ダビデは、この提案に乗ってくる。必ず乗ってくる」と。
案の定、ダビデは一つの条件のもとに契約締結に合意しました。その条件とは、「サウルの娘ミカルを必ず連れて来るように」(13節)ということでした。というのも、サムエル記上25章に書かれていましたが、サウルはダビデが自分の命を守るために逃亡した時、ダビデの妻ミカルを、別な男に嫁がせてしまっていたからです。「サウルは、ダビデの妻であった自分の娘ミカルを、ガリム出身のライシュの子パルティに与えた」(サムエル記上25:44)。
そのミカルを自分のもとに戻せとダビデは要求したのです。これもまた、単にダビデがまだミカルのことを想い続けていたからであると考えてはなりません。側女もそうですが、妻に関することは、極めて政治的な意味を持つのです。ダビデが「ミカルを必ず連れて来るように」と言ったのは、これは全イスラエルに対して、ダビデがサウルの身内であることを示すためなのです。
つまり、ダビデが全イスラエルの王となったとしても、これは政変(クーデター)ではないという主張なのです。古代オリエントにおいては、通常、別の王朝が立つ時には、前の王朝が亡ぼされて次の王朝が立つのです。しかし、ダビデはサウル家を亡ぼすことによって自らが王となるという意志はなかったのです。ダビデは武力によって王位を奪おうとしているのではないことを、イスラエル全体に明らかにすることに非常にこだわっているのです。
それはまたこの歴史物語を書いた人々のこだわりでもあるのです。ダビデは決してサウルから王座を奪ったのではなかった。そのことを明らかにしたいのです。これまでにもしばしば、物語は、ダビデがサウルの敵ではなかったということを示していました。なぜ物語がこのことにこだわるかと言うと、ダビデ王家の成立ということが、まさに神の恵みの選びによることを示すためなのです。この王国の歴史は、王の力や王の軍隊の力によって成り立っていたのではなく、神の恵みの選びによって成り立っていたのだ、ということを示すためなのです。
それはもう一つの大事なことを示すためでした。すなわち、神の恵みの選びによって成立した王国が、もし滅びるとするならば、それは王や軍隊の力が弱かったためではない、と言いたいのです。それは、あくまでも神との間の事柄であるということなのです。神に背いたからこそ、王国は滅びたということなのです。
さて、先に見たように、アブネルは「わたしと契約を結べば、あなたの味方となって全イスラエルがあなたにつくように計らいましょう」と約束しました。彼はこの約束を実現させるために、イスラエルの各部族に根回しを始めます。既に、イスラエルの中にはダビデ擁立を主張する長老たちがいたようです。彼は、ダビデに対する神の約束が実現するべき時が来た、と言って彼らの意志を取りまとめます。
一方、彼はベニヤミン族の人々と直接顔を合わせて話し合います。恐らくダビデ擁立に一番反対していたのはサウルのお膝元であるベニヤミン族だったからです。彼らを直接説得するためにアブネルは動いたのです。そして、ついに彼は約束どおり、全イスラエルの意志を取りまとめ、全イスラエルの合意事項を直接ダビデに伝えるために、二十人の部下を連れてヘブロンのダビデのもとに赴いたのでした。
ダビデとの会談は終始和やかな雰囲気のもとに進められました。アブネルはダビデに約束します。「わたしは立って行き、全イスラエルを主君である王のもとに集めましょう。彼らがあなたと契約を結べば、あなたはお望みのままに治めることができます」(21節)。そして、アブネルは平和のうちに、再び北へと出発したのでした。すべてはアブネルの思い描いたシナリオどおりに進んでいたのです。
しかし、これは次週読むところですが、そのアブネルがダビデの家臣であるヨアブによって暗殺されてしまうのです。そこで、今日私たちが目を留めたいのは、このように挫折に終わるアブネルの目論みの、いったいどこに問題があったのか、ということなのです。この物語はどこに問題を見ているのでしょう。
そこで注目すべきは、アブネル自身の言動です。彼は非常に賢く振る舞います。彼は、その時代の流れを的確につかんでいた人でした。しかし、先週も見たように、彼は神の支配に思いを向けてはいないのです。際だっているのは、21節の言葉です。原文ではもっとあからさまに、次のように表現されています。「私が立ち上がり、私が行き、私が全イスラエルを主君である王のもとに集めましょう」と書かれているのです。そうして契約が締結されれば、ダビデは民を治めることができると言っているのです。これはまことに有能な人の言葉です。しかし、その有能さが彼の身を滅ぼすことになったのです。
一方、ダビデもまた同様に策士であることには変わりません。人の為しえることは何でもやります。しかし、彼は最終的に王権を打ち立てるのは自分自身であるとは思っていないのです。彼はどこまでも神の言葉のもとに身を置いているのです。彼と共に祭司と預言者がいるのです。そして、その預言者を通して、やがて彼は聞くことになるのです。「あなたの王座はとこしえに堅く据えられる」(7:17)と。