2025/11/23 主日礼拝説教
聖書:フィリピの信徒への手紙 4:10-20
主において非常に喜びました
フィリピの教会は、パウロの宣教の働きを積極的に物心両面から支援してきた教会でした。今日お読みした15節以下にもこう書かれています。「フィリピの人たち、あなたがたも知っているとおり、わたしが福音の宣教の初めにマケドニア州を出たとき、もののやり取りでわたしの働きに参加した教会はあなたがたのほかに一つもありませんでした。また、テサロニケにいたときにも、あなたがたはわたしの窮乏を救おうとして、何度も物を送ってくれました」(15‐16節)。
そのようなフィリピの教会ではありましたが、その後パウロへの援助においてしばらくの空白期間が生じたようです。フィリピの教会の事情によるのか、あるいはパウロとの関係が一時期悪くなったのか、その理由については定かではありません。しかし、そのようなフィリピの教会からエパフロディトという人物が獄中のパウロのもとにやってきました。彼が携えてきたのは、フィリピの教会からの贈り物でした。パウロは喜びました。その喜びこそが、この手紙を書いた一つの理由でした。
パウロはフィリピの教会にこう書き送ります。「さて、あなたがたがわたしへの心遣いを、ついにまた表わしてくれたことを、わたしは主において非常に喜びました。今までは思いはあっても、それを表わす機会がなかったのでしょう」(10節)。なんとも不器用な表現だと言えなくもありません。聞きようによっては随分な嫌味とも受け取られかねません。しかし、パウロにとっては彼らに精神的な負担をかけないための精一杯の配慮であると共に、最大限の喜びの表現だったのでしょう。彼はただただ嬉しかったに違いないのです。
しかし、ここで重要なのは彼がただ「非常に喜びました」とだけ言っているのではないということです。「《主において》非常に喜びました」と彼は言います。パウロの意識の中には、与えるフィリピの教会と受け取る自分だけがいるのではないのです。これは単なる人間の善意と感謝の話ではないのです。そこに主がおられる。これは主との関わりにおける出来事であり、パウロが現しているのは主にある信仰による喜びなのです。このことを心に留めて、その先を読んでいきましょう。
わたしを強めてくださる方のお陰で
パウロは次のように続けます。「物欲しさにこう言っているのではありません。わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです。貧しく暮らすすべも、豊かに暮らすすべも知っています。満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっています」(11‐12節)。
「習い覚えた」と訳されている言葉は、経験によって知ることを意味する言葉です。実際、パウロ自身、実に極貧の状態を経験してきた人でした。他の手紙において、彼はそれまでの生活を振り返って次のように述べています。「苦労し、骨折って、しばしば眠らずに過ごし、飢え渇き、しばしば食べずにおり、寒さに凍え、裸でいたこともありました」(2コリント11:27)。そのようなパウロが「貧しく暮らすすべを知っている」と言う時、その言葉にはまことに重みがあります。
しかし、彼は「貧しく暮らすすべを知っている」だけではありません。「豊かに暮らすすべも知っている」と彼は言うのです。それはさらに難しいことなのかも知れません。イエス様は、「自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者」(ルカ12:21)について語られました。多くを託された時、その多くを正しく用いることは難しいものです。人はしばしば豊かさの中で豊かさのゆえに罪を犯し、豊かさの中で豊かさによって神から引き離されるのです。「豊かに暮らすすべも知っている」とはまことに重い言葉です。
それだけでなく、「いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっている」と彼は言います。いったい、パウロの言うところの「秘訣」とは何だったのでしょうか。その詳細についてパウロは何も語りません。ただ一言、彼はこう言うのです。「わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です」(13節)。この言葉にすべてが言い尽くされていると言って良いでしょう。
パウロの生まれ故郷はタルソという町でした。このタルソという町は、当時のストア派哲学の中心となっていた場所のひとつであると言われます。ですから、当然パウロもまたこのストア派の哲学に馴染んでいたのです。11節の「満足する」という言葉はストア派哲学からの借用です。それは、誰の世話にもならず、何も欲しがらず、何にも関心を持たず、何にも心を動かされない、彼らの理想を表わす言葉でした。
しかし、パウロが「満足することを習い覚えた」と言い、「いついかなる場合にも対処する秘訣を授かった」というのは、言葉はストア主義と同じ言葉を用いているかも知れませんが、内容は全く違うのです。彼にとって決定的に重要なことは、どのような心の状態を会得したかということではなくて、誰と共にあるかということだったからです。「わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です」。そのような御方と共に生きることこそが、彼の人生における「秘訣」だったのです。そのように神と共に生き、「わたしを強めてくださる方のお陰で、わたしにはすべてが可能です」と言い得る生活こそ、彼が習い覚えてきた生活だったのです。
あなたがたの益となる豊かな実
パウロはそのように主と共に生きる人として、同じように主と共に生きるフィリピの教会を見ています。それゆえに、フィリピの教会からの支援再開についても、パウロは「主において」喜んでいるのです。それはただ与える人々と受ける人との間のことではないのです。
最初に見ましたように、パウロは15節以下でかつてフィリピの教会が行ってきた援助について言及しています。フィリピの教会は実際、パウロの窮乏を救おうとして、何度も物を送ってくれた教会なのです。もちろん、パウロがそのことについてどれほど感謝していたか知れません。しかし、その感謝以上にパウロが伝えたかったことがあるのです。かつての支援にしても、今回エパフロディトが携えてきた贈り物にしても、これからの援助にしても、それが神の御前においてどのような出来事なのか、ということです。
彼はこう続けるのです。「贈り物を当てにして言うわけではありません。むしろ、あなたがたの益となる豊かな実を望んでいるのです」(17節)。前半は文字通りには「贈り物を求めているのではない」という言葉です。
人間と人間との関係でしか見なければ、ここで起こっているのは、《パウロの必要》を《フィリピの人々》が満たしているという出来事です。およそ援助とか支援とはそういうものでしょう。教会でしばしば行われる支援募金など、まさにそのようなものであると言えます。あるいは通常の教会の献金についても同じことが言えるかもしれません。教会の必要がある。それを人が満たす。だから必要が大きくなれば、財務部会から「献金のお願い」を呼び掛けることもあるわけです。
しかし、本当はこのようなことは全て、人間と人間との関係だけで見ていてはならないのです。実際、パウロはそうは見ていないのです。全く違った見方をしているのです。彼は「贈り物を求めているのではない」と言うのです。「必要」という観点からだけで話をするならば、「必要はない」と言い切ってしまうのです。「わたしはあらゆるものを受けており、豊かになっています」(18節)と。
もちろん、パウロは獄中にいるのですから、様々な必要はあったに違いないのです。しかし、パウロは満ち足りていると言うことができる。なぜなら、満腹していても、空腹であっても、物が有り余っていても不足していても、いついかなる場合にも対処する秘訣を授かっているからです。だから「必要」という観点から言うならば必要ない。では何を求めているのか。それは「あなたがたの益となる豊かな実」だと彼は言うのです。
フィリピの教会の人々は、確かにパウロの必要を満たすために贈り物をエパフロディトに託したのかもしれません。しかし、それを受け取ったのは、実はパウロではなかったのです。「それは香ばしい香りであり、神が喜んで受けてくださるいけにえです」(18節)と彼は言うのです。そうです、彼らは神様に献げたのであり、神様が受け取ってくださったのです。
そして、神様が受け取ってくださったのなら、本当の意味で豊かになるのは献げた彼ら自身であることをパウロは良く知っているのです。それはとてつもなく豊かな神様との関わりにおけることだからです。それは「あなたがたの益となる豊かな実」となるということをパウロは知っているのです。なぜなら、パウロは自分自身の経験からこう断言することができるからです。「わたしの神は、御自分の栄光の富に応じて、キリスト・イエスによって、あなたがたに必要なものをすべて満たしてくださいます」(19節)。献げる彼らは、献げた分だけ欠けるのではなく、主によって満たされるのです。
だからこそ、パウロはこう言っていたのでした。「さて、あなたがたがわたしへの心遣いを、ついにまた表わしてくれたことを、わたしは主において非常に喜びました」と。そこには必要としている人間と必要を満たす人間だけがいるのではありません。そこには主が共におられる。強めてくださる御方がおられ、満たしてくださる御方がおられる。教会における出来事はすべて主との関わりにおける出来事です。与えることも、仕えることも、全てそれは主との関わりにおける出来事です。それゆえに、そこには人間が人間に与える喜びだけがあるのではなく、天からの喜び、主における喜びがあるのです。