2025年7月9日水曜日

祈祷会用:サムエル記上 9:1~27

 サムエル記上 9:1-27 

 8章は、イスラエルが王制へと移っていくことに関して、極めて否定的に描いておりました。ところが、実際に王が選ばれていく9章以下においては、王制への移行がむしろ肯定的に描かれていることに驚かされます。

 これはしばしば、もとの史料の違いによって説明されてきました。確かに、そのようなこともあろうかと思います。しかし、たとえ互いに異なる伝承からの二つの物語であるにせよ、今、私たちが手にしている聖書において、あえてそれらがそのまま並記されていることは重要です。聖書はあくまでも事柄の二面性を二面性のままに残しているのです。これは聖書的なリアリズムであると言えるでしょう。物事には確かに肯定的に評価できる側面と否定的に見なくてはならない側面とがある。その両方にしっかりと目を向けておかなくてはならないということなのでしょう。

 さて、この章にはサウルという男が登場してきます。ベニヤミン族の出身です。父はキシュという勇敢な男でした。その息子であるサウルについては、次のように描かれています。「彼(キシュ)には名をサウルという息子があった。美しい若者で、彼の美しさに及ぶ者はイスラエルにはだれもいなかった。民のだれよりも肩から上の分だけ背が高かった。」この男が後にイスラエル初代の王となる人物です。古代世界においては、美しさや背の高さは、それ自体が大きな賞賛の対象となります。なるほど見てくれだけは王に相応しい。しかし、そのような描写に続く一つのエピソードは、王となるべき人間に必要と考えられる素養を彼は何一つ持ち合わせていなかったことを示しているのです。

 こんな話です。あるとき、サウルの父キシュのろばが数頭いなくなりました。(ろばは当時においては貴重品です。キシュの家が裕福な家であったことが伺われます。)そこでキシュはサウルに若い者を一人連れて捜しにいくことを命じます。サウルが住んでいたのはギブアという町でした(10:26)。彼はろばを探し回ってエフライムの山地を越えてツフの地にまで至ります。数十キロ離れているツフまで山地を越えて三日間も探し回っていたというのは、確かにちょっと誇張が過ぎるきらいはあります。しかし、彼がツフまでやってきたということは物語の展開においては重要な意味を持つのです。ツフの地にはサムエルが住んでいる町、ラマがあるからです。

 さて、ツフの地でのサウルの振る舞いから、彼がそこに住むサムエルを全く知らないということが明らかになります。むしろ召使いの若者の方が良く知っているのです。「ちょうどこの町に神の人がおられます。尊敬されている人で、その方のおっしゃることは、何でもそのとおりになります。その方を訪ねてみましょう。恐らくわたしたちの進むべき道について、何か告げてくださるでしょう」(6節)。そう提案しているのは若者の方です。実際、サウルはサムエルに会っても分からないのです。「城門の中でサウルはサムエルに近づいて、彼に言った。『お尋ねしますが、先見者の家はどこでしょうか』」(18節)などと実にとぼけたことを本人に聞いているのです。

 これはまことに驚くべきことと言わざるを得ません。というのも、7章においてサムエルはベニヤミンの地を中心とした士師として活動したことが記されているからです。そして、イスラエルの長老たちは、ペリシテ人たちの脅威がいよいよ大きくなるにおいて、ラマのサムエルのところに集まり王を要求しているのです。そのようなイスラエルの歴史を画する出来事が起こっているというのに、サウルはサムエルという存在も知らないし、イスラエルが王国になろうがなるまいが、彼は全く無関心だったのです。

 いや、彼は政治的な事柄に無関心であっただけではありません。宗教的な事柄についても全く関心を持っていないことが分かります。サムエルは、ここで「神の人」と呼ばれていますでしょう。シロの聖所が崩壊した後、ラマには当時の中心的な聖所の一つが置かれていたのです。しかし、サウルは、神の人としてもサムエルを知りませんでしたし、今日の箇所に見るように、そこに行われている祭儀についてもまったく無知であったのです。

 このように、サウルは政治的にも宗教的にも、家のろばのことほどには関心を持っていない者として登場してくるのです。恐らく裕福な家の息子であったサウルにとって、ペリシテ人の圧迫は生活を脅かすほどの切実なものではなかったのかもしれません。いずれにせよ、彼にとっては、イスラエルが王国になるかどうかはどうでも良いことでした。彼には、政治的な野心もなければ、宗教的な崇高なビジョンもなければ、イスラエルのリーダーとなる自信もなければ、戦いの経験もなかったのです。どう見ても王となる資質はまったくありません。しかし、これが神の選ばれた人だったのです。確かにそうなのです。

 ある意味で、これは聖書に繰り返し現れるテーマであると言えるでしょう。人間の目からみて弱い者、小さい者、相応しからぬ者、どう考えても必要なものがそろっていないと見える者を、主はあえて選ばれるのです。そして、主はあえてそのような人を用いられ、主の御業を現されるのです。

 その後の展開は、まさにサウルがあずかり知らぬところで、主が先回りしておられることを伝えています。主が先回りしてすべてを備えておられるのです。サウルは従者の若者の提言によって神の人に会うことにしました。しかし、手土産がありません。ところが、若者がたまたま四分の一シェケルの銀を持っていたのです。そうです。《たまたま》持ち合わせていた。そして、町に通じる坂で娘たちに問うと、ちょうどタイミング良く、サムエルがラマに来ていけにえが捧げられる日でありました。しかも、今行けば間に合うと言います。これも《たまたま》そうだっただけの話です。既に食事が始まってしまっていたら、そこには招かれた者しか入れませんから、会うこともできないでしょう。そして、なんと!彼らが町に入って行こうとした時に、最初に出会った人物が、他ならぬサムエルだったのです。

 すべて人間の目から見るならば偶然です。少なくともサウルはそう思ったことでしょう。しかし、そうではなかったことが、15節以下において明らかにされることになるのです。サウルが来る前日、主はサムエルにこう言っておられたというのです。「明日の今頃、わたしは一人の男をベニヤミンの地からあなたのもとに遣わす。あなたは彼に油を注ぎ、わたしの民イスラエルの指導者とせよ。この男がわたしの民をペリシテ人の手から救う。民の叫び声はわたしに届いたので、わたしは民を顧みる」。

 やがてサウル自身が、すべては偶然ではないこと知ることになります。彼に備えられているものがあることを順次知らされていくのです。まず、サウルは、最初に出会って尋ねた人こそ、他ならぬ神の人であることを知らされます。しかも、招かれているはずのない聖所の食事に、自分の場所が用意されていることを知らされるのです。サウルは自分のために取り分けられていた最も良い食事にあずかります。

 これら一連の出来事は、一つのことを明確に指示している象徴的な出来事であったと言えます。すなわち、彼の人生にもまた、彼の想像もしていなかったことが神の御手によって備えられていることを示しているのです。そして、次の日、彼はサムエルによって油を注がれ、主がイスラエルの民の指導者として彼を立てたことを知らされることになります。彼が求めていたのはいなくなった「ろば」でした。しかし、主がサウルのために備えていたのは、彼が求めていた「ろば」ではなく、まったく別のことだったのです。

 「人生は課題(Aufgabe)である前に神の賜物(Gabe)である」とはある神学者の言葉です。人生とは人間が建て上げていくものではなく、それ以前に、神によって備えられている賜物なのです。それが神によって賜物として備えられ与えられているゆえに、そこでまた人生が課題ともなるのです。神が与えられるものをどう受け止め、どのように生きるのかが課題となるのです。サウルは生来のものをもって王とされるのではありません。王としての人生は神からの賜物でした。しかし、同時に、そこで王としてどのように生きるかが課題となるのです。与えられた恵みにどう応答して生きるかが問われるのです。


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