2025年2月19日水曜日

祈祷会用: ホセア書 8:1~14

 ホセア書 8:1‐14

 本日お読みしたホセア書8章の預言は、ホセアの活動した北イスラエル王国の末期に関わっています。その歴史的状況は、列王記下17章に記されていますが、概略を述べるならばこういうことです。イスラエルの王ホシェアの治世、アッシリアの勢力が脅威となった時、イスラエルはアッシリアに貢ぎを納めて服従するという政策を採りました。しかし、その一方で、エジプト王に密使を送り、エジプトの勢力を背景にアッシリアに対抗することを企てていたのです。ところがその計画がアッシリアの知れるところとなりました。その結果、ホシェアは捕らえられ、北イスラエル王国の都であるサマリアはアッシリアに三年間包囲された後、占領されることになったのです。こうして北イスラエルは滅びていったのでした。

 9節には「アッシリアに上って行き、貢によって恋人を得た」と書かれていますから、ホセア書8章の預言が語られていた時点では、まだ王国が外面的にはアッシリアに服従している時であったと考えられます。ならば、少なくとも当面の危機は回避できたと誰もが考えていた時であったことでしょう。しかし、預言者ホセアはその時既に、イスラエルの崩壊と滅亡を預言していたのでした。

「角笛を口に当てよ。鷲のように主の家を襲うものがある。イスラエルがわたしの契約を破り、わたしの律法に背いたからだ。わたしに向かって彼らは叫ぶ。『わが神よ、我々はあなたに従っています』と。しかし、イスラエルは恵みを退けた。敵に追われるがよい」(8:1‐3)。

 ここで「鷲のように主の家を襲うもの」がアッシリアを指していることは明らかです。アッシリアが襲って来るとホセアは予告しているのです。それは実際的には政治的な策略の失敗によって起こります。しかし、失敗そのものが本質的な原因ではないと、主は言われるのです。そうではなくて、真の原因は、イスラエルが主の契約を破り、主の律法に背いたからだと言うのです。神との関係が崩壊しているゆえに、イスラエルは崩壊し、滅びることになるのです。これはこの預言書に繰り返し現れるモチーフです。

 政治的な危機に直面した時、人々はこれを政治的な事柄としか捉えませんでした。そうして、アッシリアに貢いだり、エジプトに助けを求めたりしたのです。しかし、そのようなことをしても、国は滅びるのだ、とホセアは語るのです。

 その意味するところを私たちは深く心に留めなくてはなりません。私たちもまた、この世の問題はこの世の方法において解決されるべきだと考えているものです。そして、解決する方法とそのための助けとを求めて右往左往するのです。そのような私たちは、主の言葉によって表現されるならば、まさに愚かで悟りがない鳩のようなものです(7:11)。

 本当の危機は神との関係が壊れていることであるのに、多くの場合そのことに気付きません。そのようにして、真に大切なことは棚上げにして、目の前の問題にだけ対処しようといたします。その愚かさを、ホセアの預言は私たちに示しているのです。

 もちろん、イスラエルの人々は決して神に関わる事柄にまったく無関心であったということではありません。彼らは宗教的な国民です。神殿において、宗教的な祭儀は盛大に行われておりました。彼らは言うのです。「わが神よ、我々はあなたに従っています」(2節)と。これは直訳すると「わが神よ、我々はあなたを知っています」という言葉です。しかし、神は言われます。「イスラエルは恵みを退けた」。言葉としてはいくらでも正統的なことを言うのです。神を知っているつもりでいるのです。しかし、現実の生活としては恵みを退けて生きているのです。それは神御自身を退けることに他なりません。

 さらに預言者はさらに厳しく言葉を続けます。4節以下をご覧ください。「彼らは王を立てた。しかし、それはわたしから出たことではない。彼らは高官たちを立てた。しかし、わたしは関知しない。彼らは金銀で偶像を造ったが、それらは打ち壊される。サマリアよ、お前の子牛を捨てよ。わたしの怒りは彼らに向かって燃える。いつまで清くなりえないのか。それはイスラエルのしたことだ。職人が造ったもので、神ではない。サマリアの子牛は必ず粉々に砕かれる」(8:4‐6)。

 ここに「サマリアの子牛」という言葉が出てきます。北王国の都であるサマリアに子牛の像が祀られていたことが分かります。ホセアの時代の二百年ほど前、南北の王国が分裂した当初、北王国の王となったヤロブアム一世は金の子牛を二体造り、ベテルとダンに置きました。それは、北イスラエルの人々が、礼拝のために南ユダに属するエルサレムに行かなくてよいようにするためでした。

 もちろん、最初の意図は、子牛を神として拝ませることではなかったでしょう。子牛像は見えざる神のための台座であったものと思われます。しかし、あくまでも人間的な理由からそれらが置かれたという事実は、人間中心の偶像礼拝に道を開くことになりました。やがてサマリアに子牛の像が置かれる頃には、子牛像そのものが神として崇められるようなことが起こっていたことが分かります。

 そのような人間中心の偶像礼拝は、それがたとえ主の名によって行われていたとしても、主の恵みに対する真実な応答を生み出すことはありません。それによって、人々が主なる神の支配を求め、主の御心が実現することを求めるようになることはありません。そこでは人間中心の欲求や願望がかき立てられるだけなのです。

 その結果は政治的な領域にも現れました。ホセアの時代、次々と統治する王が替わります。しかし、人々はその王が神に従順であるか否かを問いません。神の御心に適っているか否かを問いません。新たに高官たちが立てられます。その高官たちが神に従順であるか、神の御心にかなっているか、そんなことはどうでもよいのです。支配者が代わって国が繁栄し、自分たちの幸福が確保されればそれでよいのです。それゆえに、「それはわたしから出たことではない。わたしは関知しない」と主は言われるのです。

 人が神を忘れて平和だけを追い求める時、決して平和を得ることはないのです。神を忘れて繁栄や幸福だけを追い求める時、むしろそれらは遠ざかってゆくのです。それは未来を開く道ではなくて、滅びへと向かう道なのです。そのように動いている王国は、確実に滅びへと向かっていることをホセアは預言したのです。

 7節以下には次のように語られています。「彼らは風の中で蒔き、嵐の中で刈り取る。芽が伸びても、穂が出ず、麦粉を作ることができない。作ったとしても、他国の人々が食い尽くす。イスラエルは食い尽くされる。今や、彼らは諸国民の間にあってだれにも喜ばれない器のようだ。エフライムは独りいる野ろば。アッシリアに上って行き、貢によって恋人を得た。彼らは諸国に貢いでいる。今や、わたしは諸国を集める。諸侯を従える王への貢ぎ物が重荷となって、彼らはもだえ苦しむようになる」(8:7‐10)。

 種蒔きの時に風が吹いていることは、当時の農法から言えば非常に都合のよいことでした。しかし、刈り取るときには、同じ風ではありますが、嵐になっていると言うのです。つまり、アッシリアに貢を納めてそれで急場をしのいだように見えるかもしれないけれど、最終的にはそのアッシリアによって滅ぼされるということです。

 人が神に立ち帰ることなくしても、急場はしのげることでしょう。その時の困難は回避できるかもしれません。しかし、やがて嵐がやってくるのです。芽は出るかもしれません。しかし、穂は出ないのです。いや、穂も出て麦粉を作れるかもしれません。しかし、それを自ら口にすることはできないと言うのです。これらすべては同じことを言っているのです。人間の罪の問題、神との関係に関わる問題を解決しないなら、目先の問題をうまく切り抜けたように見えても、最終的には滅びを刈り取ることになるのです。

 残念ながら、彼らの祭壇は、もはや神に立ち帰り、神と共に生き始める場ではありませんでした。主は、彼らの礼拝を御覧になられ、次のように語られます。「エフライムは罪を償う祭壇を増やした。しかし、それは罪を犯す祭壇となった。わたしは多くの戒めを書き与えた。しかし、彼らはそれを無縁のものと見なした。わたしへの贈り物としていけにえをささげるが、その肉を食べるのは彼らだ。主は彼らを喜ばれない。今や、主は彼らの不義に心を留め、その罪を裁かれる。彼らはエジプトに帰らねばならない。イスラエルはその造り主を忘れた。彼らは宮殿を建て連ねた。ユダも要塞の町を増し加えたが、わたしはその町々に火を送り、火は城郭を焼き尽くす」(8:11‐14)。

 罪を償う祭壇は多く作られました。しかし、罪を赦された者として神と共に生きることは、もはや彼らの関心事ではありませんでした。罪の償いの祭儀は、具体的な生活とは無縁の、形骸化したものに過ぎませんでした。国家の危機的な状況にあって、人々は競い合うようにして多くのいけにえを捧げました。しかし、それは危機の回避を求めているのであって、神との関係の回復を求めているのではありませんでした。ですから、そこで神の言葉は重んじられません。神が求め給うことが何であるかには関心がありません。人々は、神の戒めを無縁のものと見なしていたのです。

 神の言葉を離れると、献げ物も礼拝そのものも迷信となっていきます。そのような迷信的な礼拝を人々は喜び、それに満足していたかもしれません。しかし、「主は彼らを喜ばれない」とホセアは語るのです。それは裁きをもたらすものでしかありません。そのような彼らは「エジプトに帰らねばならない」とさえ言われます。それは出エジプト以前に引き戻されることを意味します。それは神の救いの恵みを無にしてしまうことに他なりません。彼らは実にそのような危機に瀕していたのです。しかし、「造り主を忘れた」イスラエルは、自分がどのような危機にあるかということに気付きませんでした。

 このようなイスラエルの姿は、教会の歴史においても、決して無縁なものではありませんでした。今でも、私たちのあり方が問われているように思います。主の十字架による罪の赦しが安価な恵みとされ、その裂かれた肉と流された血にあずかる聖餐が形骸化し、私たちの現実の生活とはまったく無縁の儀式となってしまうことはあり得ることです。「わが神よ、我々はあなたを知っています」と告白していながら、現実の歩みにおいては「造り主を忘れた」との責めを負うような信仰者であってはなりません。そのような教会であってはならないのです。


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