マルコによる福音書 1:29‐39
家に来てくださったイエス様
今日の福音書朗読の最初に出てくるのは、シモンのしゅうとめがイエス様によって癒されたという話です。「すぐに、一行は会堂を出て、シモンとアンデレの家に行った。ヤコブとヨハネも一緒であった。シモンのしゅうとめが熱を出して寝ていたので、人々は早速、彼女のことをイエスに話した。イエスがそばに行き、手を取って起こされると、熱は去り、彼女は一同をもてなした」(29‐31節)。
これはイエス様の奇跡物語です。しかし、伝えられている奇跡の中では極めて地味な話だと思います。例えば、この直前には汚れた霊に取り付かれた男が解放されたという話が出てきます。その他にも、中風で寝たきりの人が癒された話、目の見えない人が見えるようになったという話、耳の聞こえない人が癒されて聞こえるようになったという話。死んだはずの娘が生き返ったという話まで出て来ます。そのような中で、「熱が下がりました」という話は極めて異質です。なぜこんな小さなことが取り立てて書かれているのでしょうか。
恐らくこの出来事が書き残された一つの理由は、それが他ならぬ「シモンのしゅうとめ」だったからだと思います。しかし、考えられる理由はそれだけではありません。これは《ペトロの家に》イエス様が来てくださったという話なのです。それはペトロにとって何よりも忘れがたい出来事であったに違いありません。
そのことは、特にマルコによる福音書において、印象深く描かれています。16節から改めて読んでみてください。今日の箇所までは一連の出来事として描かれているのです。それはイエス様の招きから始まります。シモンとシモンの兄弟アンデレが湖で網を打っていました。漁をしていた彼らにイエス様は言われます。「わたしについて来なさい。人間を捕る漁師にしよう」(17節)。その呼びかけに彼らはすぐさま応えます。「二人はすぐに網を捨てて従った」(18節)。
「網を捨てた」が意味するのは「漁師をやめた」ということです。そんな大事なことを、家族と相談せずに決めて良いのでしょうか。しかし、少なくともこの福音書では、そのように即座に、誰にも相談しないで、仕事もやめてイエス様についていったように書かれているのです。
イエス様についていった彼らは、カファルナウムの会堂で驚くべきことを目撃することになります。礼拝中に汚れた霊に取りつかれた男が叫び出しました。すると、イエス様は汚れた霊に命じます。「黙れ。この人から出て行け。」イエス様が権威をもって命じると汚れた霊が出て行きました。人々はびっくりして口々に言いました、「権威ある新しい教えだ!」と。
そこにいた誰にもまして、ペトロやアンデレは興奮したに違いありません。この御方についていくという決断は間違っていなかった!まさに権威ある新しい教えだ!私たちはどこまでもこの御方について行こうではないか!
そして、彼らは興奮してイエス様に聞いたことでしょう。イエス様、次はどこへ行かれるのでしょうか。どこまでもついて行きます!するとイエス様は言われます。「それでは行くことにしましょう――あなたたちの家へ」。それが今日のお読みした話です。
イエス様が向かわれたのは、なんと自分たちの家だった!それはもう忘れられないような出来事だったに違いありません。しかも、そこで何が起こったか。家族が神の恵みを知るようになったのです。そして、シモンのしゅうとめは「一同をもてなした」(31節)と書かれています。この「もてなす」というのは、教会でしばしば用いられる「奉仕する」という言葉なのです。つまり、シモンの家で起こった出来事は、キリストに従った人の家族がキリストの愛に触れ、キリストに仕える者とされていくことを、象徴するような出来事に他ならなかったのです。
確かに、イエス様を信じて、イエス様に従っていくということは、時と場合によっては、一旦家族を捨てるということを意味します。家族を一旦手放さなくては従えないということが確かにあります。家族が信仰に反対している場合などは、まさにそうでしょう。しかし、それでもなおイエス様に従うとき、イエス様御自身が家族に関わってくださるのです。網を捨てて従ったペトロの家にイエス様御自身が向かわれたようにです。ならば家族のことはイエス様にゆだねて自分はとにかくイエス様に従って行ったらよいのです。
キリストの御業が現れる場所に
そのように、イエス様がペトロの家に来てくださった。ここに書かれているのは、そのような出来事です。しかし、「シモンのしゅうとめ」の癒しについて書かれている理由は、それだけではありません。イエス様のなさったことが、明らかにシモンの家族の中だけに留まらなかったからです。
32節以下にはこう書かれています。「夕方になって日が沈むと、人々は、病人や悪霊に取りつかれた者を皆、イエスのもとに連れて来た。町中の人が、戸口に集まった。イエスは、いろいろな病気にかかっている大勢の人たちをいやし、また、多くの悪霊を追い出して、悪霊にものを言うことをお許しにならなかった。悪霊はイエスを知っていたからである」(32‐34節)。
そのように、シモンのしゅうとめがキリストの恵みにあずかっただけでなく、多くの苦しむ人々が、福音書の表現によれば「町中の人が」、キリストの恵みにあずかることとなりました。イエス様に従ったペトロの家は、さらに多くの人がキリストを求めて訪れ、癒しと解放を経験する場所となりました。こうして、シモンの家は、ガリラヤ伝道のいわば拠点となっていくのです。
しかし、多くの人がキリストの恵みにあずかる場所となるということが何を意味するのか、私たちは聖書を丁寧に読んで理解しておく必要があります。町中の人が集まってきたのは、夕方になって日が沈んでからのことです。ユダヤの一日は日没から始まるからです。それまでは安息日でした。安息日には仕事をすることが許されていません。医療行為も律法違反です。だから日が沈んで安息日が終わると同時に人々はイエス様のもとに集まってきたのです。事情はわかりますけれど、夕暮れに夥しい人が家に集まってきたらどうなりますか。その家にとってははなはだ迷惑な話でしょう。しかし、イエス様はそこで大勢の人たちを癒し始められたのです。また、悪霊の追い出しを始められたのです。
今日と住宅事情が違います。いくつもの部屋があるわけではありません。イエス様が働いておられる限り、弟子たちだけでなく、シモンの家の人たちも休めません。恐らく、夜遅くまで人々が残っていたに違いない。しかも朝早くから人々が詰めかけているのです。「みんなが捜しています」とシモンが言っているようにです。さらに二章を見ますと、そこに書かれているのは同じ家だと考えられるのですが、「大勢の人が集まったので、戸口の辺りまですきまもないほどになった」と書かれているのです。いや、それだけではありません。ついには屋根まで破壊されるという事態に至ります。
多くの人がキリストの恵みにあずかる場所となるとは、こういうことなのです。イエス様の御業のために用いられるとは、こういうことなのです。そこには自分にとって心地よいことだけがあるのではありません。自分にとって不快なこともあるのです。我慢しなくてはならないこともある。犠牲を払わなくてはならないこともあるのです。しかし、そのようにして、他の誰かが救われ、神の恵みを知るようになるのです。
ですから、そこにはまた大きな喜びもあります。自分がキリストを知るだけでなく、キリストの救いの御業を間近で見させていただくことになるからです。キリストと共にある喜び、そしてキリストによって用いられる喜びがそこにあります。きっと後の日にシモン・ペトロは喜びをもって語ったことでしょう。あの日、イエス様が私の家に来てくださった。しゅうとめを癒してくださった。そこにいた家族が皆、神の恵みを見て喜んだ。しかし、それで終わりではなかった。私の家はその日から大変なことが始まった。家の屋根が破壊されるようなことまであった。でもそこには神の国の喜びが満ち溢れていた、と。
主は私たちをも、そのように用いてくださいます。しかし、私たちはそのことを求めているでしょうか。平穏無事な一生や家族の小さな幸せではなく、この一生が主の栄光のために用いられ、家族が新しい命にあずかり、共にキリストに仕えるようになることを求めますか。多少の犠牲を払うことになろうとも、誰かが神の恵みを知るようになることのために用いられることを求めますか。私たちが求めているのは、自分は安全な場所に身を置いて、キリストの救いの御業を遠くから眺めていることですか。それともキリストと共に働く者となることですか。
私たちの教会はどうでしょう。私たちが求めるのは、単に自分が心穏やかに快適に過ごせる教会なのでしょうか。それとも、多少我慢しなくてはならないことがあろうとも、多少の不快な出来事に遭遇しようとも、多少の犠牲を払うことになろうとも、生けるキリストの御業が豊かに現れ、多くの人が神の恵みを知るようになる教会となることでしょうか。――私たちもまた、喜びをもってやがて来る日に語れるようになりたいものです。たいへんなことは沢山あったけど、辛いこともあったし、酷い目にもあったけど、そこに確かにキリストはおられ、多くの人たちが神の恵みを知るようになりました、と。
(祈り)