ホセア書 1:1‐2:3
今日からだいたい20回くらいに分けてホセア書を読むことにします。その表題には「ユダの王、ウジヤ、ヨタム、アハズ、ヒゼキヤの時代、イスラエルの王ヨアシュの子ヤロブアムの時代に、ベエリの子ホセアに臨んだ主の言葉」(1:1)と書かれています。そこに列挙されているユダの王は、イザヤ書の冒頭に挙げられているのと同じです。彼は、預言者イザヤとほぼ同時期に活動した預言者です。イザヤが南のユダ王国において活動したのに対して、ホセアの活動の舞台となったのは北のイスラエル王国でした。
イスラエル王国には、ホセアに先だって、アモスという預言者が現れました。彼が神の言葉を語ったのは、主に1節に挙げられていますヤロブアム(ヤロブアム二世)の治世です。それは平和と繁栄の時代でした。アモスは、そのような時代に現れ、民の罪を告発し、神の裁きを激しく語り、イスラエルの崩壊を告げたのです。そして、事実、ヤロブアムの死後、イスラエルは坂道を転げ落ちるように、崩壊への一途をたどったのでした。その時代の様子は、列王記下15章から17章に記されています。最終的に、イスラエル王国の都サマリアはアッシリアによって陥落せられ、王国は滅亡に至ります。預言者ホセアが活動したのは、まさに王国が滅亡に至る数十年、その激動の時代でありました。
しかし、アモスと同じようにイスラエルの罪を告発し、神の裁きを語りながらも、ホセアの預言の論調はアモスのそれとはまったく異なっています。その違いをもたらした決定的な要因は、彼の個人的な家庭における経験でした。この預言書における最初の三つの章において、私たちは、彼の悲しみに満ちた結婚と家庭の状況を垣間見ることになります。そこに見ますように、ホセアにとって、神の言葉を聞き、そして語るということは、単に超自然的な神秘体験の類ではなかったのです。そうではなく、彼は現実の痛みと悲しみの中で、神の御声を聞いたのです。そのような彼でなければ聞き得ない言葉を聞き、そして語ったのでした。
それでは内容に入っていきましょう。2節以下をご覧下さい。ここで「淫行の女をめとれ」という言葉だけを読みますと、既にみだらな生活をしている女性を、神があえてホセアと結婚させたように見えます。しかし、もしゴメルが淫らな女であることが初めから前提とされている結婚ならば、後に2章4節以下の怒りに満ちた告発の言葉は理解できません。これは明らかに信頼を裏切られた者の言葉です。それゆえに、ゴメルが実際に淫行の女となったのは、ホセアの結婚の後であったと考えるほうが良いようです。
ならば、2節の主の言葉は、ホセアにとって、当初、全く理解不能であったに違いありません。なぜ、自分の妻となる女性が淫行の女と呼ばれているのか、なぜ「淫行の子らを受け入れよ」などと語られているのか、ずっと後になるまで分からなかったことでしょう。ホセアは、ごく当たり前の結婚として、ディブライムの娘ゴメルをめとったのです。
やがて、そのようなホセアとゴメルとの間に子供が産まれます。最初の子供は、「イズレエル」と名付けられました。それは「神が種を蒔かれる」という意味でありまして、聖書には地名としても人名としても用いられています。その名前自体は何ら特別な名前ではありません。
しかし、奇妙なのは、続く二人の子供の名前です。ホセアは次に産まれた女の子に「ロ・ルハマ」と名付けます。それは「憐れまれぬ者」という意味です。そして、次に産まれた男の子は「ロ・アンミ」と名付けられました。これは「わが民でない者」という意味です。なぜそのような名前を子供たちに付けたのか。主がそのように命じられたからだ、と聖書は説明します。
もちろん、結論から言えばその通りなのです。しかし、人間はよほどのことがない限り、そのような無茶苦茶な名前を自分の子供に付けたりしないものです。そこで私たちはやはり考えざるを得ないのです。このロ・ルハマとロ・アンミがホセアの実の子たちではないのではないか。ホセアが受け入れるべき「淫行の子ら」とは彼らのことではないか、と。
事実、3節の「彼女は身ごもり、男の子を産んだ」という部分の原文には「彼(ホセア)に」という言葉が入っているのですが、第二子と第三子については「彼に」という言葉はありません。そして、2章6節に至って、私たちは次のような言葉に出会います。「わたしはその子らを憐れまない。淫行による子らだから。その母は淫行にふけり、彼らを身ごもった者は恥ずべきことを行った」(2:6‐7)。
このように読んできますと、神がホセアに語られ、神の命じる通りに子供たちに名前を付けたということは、それほど単純なことではないことが分かります。何も問題のないところで、あたかも占い師の言葉に聞くように、「あなたの子供にはこう名付けなさい」「はい、分かりました」と言って名前が付けられたのではないのです。ホセアは、妻の不貞と家庭の崩壊という現実の苦悩の中で、その嘆きと怒りの中で、神の言葉を聞いたのです。そのようにして、名前が付けられたのです。
もう一度、子供たちに付けられた名前を見てみましょう。最初の子供はイズレエルと名付けられました。先にも申しましたように、イズレエルは地名としても聖書に出てきます。その美しい山間には、かつてイスラエルの王アハブと女王イゼベルの避暑地がありました。しかし、そこはまた血塗られた革命の舞台でもあったのです。当時、将軍であったイエフは、その地においてアハブの子ヨラムとその母イゼベルを殺し、さらにサマリアにおいてアハブの一族を全滅させたのです。こうして、アハブ王朝は滅び、イエフ王朝が誕生したのでした(列王記下9、10章)。
しかし、ホセアは、こうして生まれたイエフの王家もまた、神の裁きのもとにあることを知るのです。彼はイエフ王家の滅亡を思いつつ、自分の子供にイズレエルという名前を付けたのでした。しかし、やがてホセアは、人間の罪の問題を、単に国家と社会、聖所を中心とした宗教的な体制において見るだけでなく、最も身近な家庭の問題を通して知ることになるのです。彼は妻であるゴメルに裏切られるのです。
彼はどれほど怒り、嘆き、苦しんだことでしょう。その苦悩の生活の中に、さらに二人の子供が生まれます。先にも申しましたように、この子供たちが2節に語られている「淫行の子ら」であることは十分に考えられます。いずれにせよ、子供が生まれた時に、彼は主の言葉を聞くのです。「その子をロ・ルハマと名付けよ。わたしは、もはやイスラエルの家を憐れまず、彼らを決して赦さないからだ」(1・6)。「その子をロ・アンミと名付けよ。あなたたちはわたしの民ではなく、わたしはあなたたちの神ではないからだ」(1・8)。
人から裏切られた時には、自分を裏切ったその人、そして裏切られた自分のことしか考えられないものです。しかし、彼は怒りと嘆きによって閉塞した生活の中において、その外から響いてくる神の言葉を聞いたのです。それは単に彼を慰める言葉でも、励ます言葉でもありませんでした。彼はそこで神の怒りの言葉を聞いたのです。彼は、自分自身の怒りにではなくて、神の怒りへと心を向けさせられるのです。
自分が妻の淫行によって嘆いているのと同じように、主を離れて淫行にふけっているこの民のゆえに、主自らが怒り、そして嘆き悲しんでおられることをホセアは知らされたのでした。そこには「わたしは、もはやイスラエルの家を憐れまず、彼らを決して赦さない!」と叫ばざるを得ない神がおられるのです。そこには「あなたたちはわたしの民ではなく、わたしはあなたたちの神ではないからだ!」と叫ばざるを得ない神がおられるのです。その主の怒りと悲しみを知ったがゆえに、ホセアは主が示されるままにその子たちに驚くべき名を付けたのでした。ロ・ルハマ――すなわち「憐れまれぬ者」、ロ・アンミ――すなわち「わが民でない者」と。
ところが、2章に入りますと、そこには一転して次のように語られていることに驚かされます。「イスラエルの人々は、その数を増し、海の砂のようになり、量ることも、数えることもできなくなる。彼らは、『あなたたちは、ロ・アンミ(わが民でない者)』と言われるかわりに、『生ける神の子ら』と言われるようになる。ユダの人々とイスラエルの人々はひとつに集められ、一人の頭を立てて、その地から上って来る。イズレエルの日は栄光に満たされる。あなたたちは兄弟に向かって『アンミ(わが民)』と言え。あなたたちは姉妹に向かって『ルハマ(憐れまれる者)』と言え」(2・1‐3)。
ここにはイスラエルの回復が預言されています。明らかに、既に民の滅亡が現実となった、後の日の預言の言葉がここに入れられているのです。1章とのつながりは、明らかに良くありません。また、2章4節以下にもつながりません。しかし、この預言の言葉がここにあることは、私たちに大切なことを示しております。それは、1章の最後に見た神の叫びは決して最後の言葉ではない、ということです。裁きと断罪の宣言は、最後の言葉ではないのです。神は最終的に、そのようなロ・ルハマ(憐れまれぬ者)、ロ・アンミ(わが民でない者)と呼ばざるを得ない者たちを、あえてルハマ(憐れまれる者)、アンミ(わが民)と呼ぼうとされるのです。「わが民でない者」は、「生ける神の子ら」と呼ばれるようになるのです。神自ら、受け入れ難きを受け入れ、赦し難きを赦そうとされるのであります。
赦し難き者を赦すとするならば、自らが痛み、苦しみ、犠牲を払わなくてはなりません。ホセアの結婚における現実は、そのことをよく示しています。私たちは、このホセア書を読み進むにつれて、本来ならば到底神の民などとは呼ばれ得ない者が、その赦しに基づいて神の民と呼ばれ、憐れまれる者と呼ばれることの重みを、さらに深く知る者とされることになるのです。