2026年10月28日水曜日

祈祷会用:列王記上 2:26~46

 列王記上 2:26‐46

 これまでのところを振り返っておきましょう。ダビデの死をもって四十年にわたるダビデの治世は終わりを告げ、王座はその子ソロモンによって受け継がれることとなりました。しかし、ダビデが本当に受け継がせようとしていたのは王位そのものではなく、王の権力でもなく、神の約束であり、約束を信じる信仰と約束してくださった方への従順でありました。ソロモンを王に立てたのは神であり、王国が確立されるのも神によるものだからです。

 しかし、そのことを兄アドニヤは理解していませんでした。彼は自ら王となるために動いたのです。聖書は彼の行動を「ハギトの子アドニヤは思い上がって」(1:5)と表現しています。その企ては失敗に終わりました。彼は命乞いをして死を免れました。しかし、やはり不服だったのでしょう。アドニヤはソロモンの母に言いました。「ご存じのとおり、王位はわたしのものであり、すべてのイスラエル人はわたしが王となるように期待していました」(15節)と。そして、先王ダビデの側女アビシャグを自分の妻として求めたのです。しかし、このことのゆえに、アドニヤは命を落とすこととなりました。既に読んできたとおりです。

 そこで今日の箇所に入ります。アドニヤが結局は王に反逆する者として処刑されたことは、アドニヤを王として擁立しようとしたアビアタルとヨアブにも危機をもたらすこととなりました。

 まずアビアタルが祭司職を罷免されます。彼はダビデと辛苦を共にしてきたゆえに、死は免れましたが、故郷のアナトトに送り返されます。こうして、アビアタルの代わりに正式にツァドクが祭司として立てられることになりました(35節)。このツァドク家が、後々まで祭司の家系として残ることになります。(後のサドカイ派という名前は、このツァドクに由来すると考えられています。)

 この出来事は、表面的にはソロモンが自らの王権を確立するために政治的な敵を退けたものと見ることができるでしょう。しかし、重要なことは、聖書はこれを単に政治的な出来事と見ていないということです。27節に、「こうして主がシロでエリの家についてお告げになったことが実現した」と説明されているのです。

 このお告げとは、サムエル記上2:30、35に記されている内容のことです。これはサムエルがエリのもとに仕えていた頃の話ですから、恐らくは80年以上も前のことです。既に人々の記憶からは失われてしまったような主の言葉が、時至ってまことに不思議な仕方で実現したのだと聖書は語っているのです。なぜこのようなことが書かれているのか。――神の言葉を侮ってはならないことを教えるためです。

 今、私たちは「列王記」を読んでいます。これから次々と王が出てくるのです。王は力をもって国民を支配します。王の意向によって王国が左右されるのです。しかし、そこに繰り返し預言者が登場し、神の言葉を語ります。そして物語の展開は、神の言葉の通りに進んでいくのです。何を意味していますか。――まことの王は、地上の王ではなく、御言葉を語られる神であることを明らかにしていくのです。神が国を滅ぼすと語るなら、王がどうしようと国は滅びるのです。そのようなモチーフが、今日の箇所にも現れているのです。

 さて、アドニヤが処刑されたこととアビアタルが祭司をやめさせられ追放されたことは、ヨアブにも恐怖をもたらしたに違いありません。彼は身の危険を感じて主の天幕に逃げ込み、祭壇の角をつかみます(28節)。

 彼が恐怖を覚え、主の天幕に逃げ込んだ理由は、「アドニヤに加担したので」と説明されています。すなわち、彼の感じた危機感は、あくまでも政治的な理由によるものだったのです。しかし、聖書が繰り返し語っているように、彼が問われているのは、政治的な反逆罪ではないのです。そうではなく、「理由もなく流した血」(31節)についてなのです。つまり、これは神の律法に対する罪なのです。

 しかし、彼の行いが律法違反であり神に対する罪であることは、これまで誰からも面と向かって問われることはありませんでした。ヨアブは政治的な力を持っていたからです。ヨアブにすれば、具体的に処罰される恐れがない限り、神に対する罪は問題にはなりませんでした。それは今日、多くの人が、この世における刑罰の対象にならなければ、神によって罪に問われるかどうかはどうでも良いと考えているのと同じです。

 そのようなヨアブが、危機にさらされた時に逃げ込んだところが「主の天幕」であったことは実に皮肉です。主の天幕において礼拝されている神御自身に無頓着であった者が、災いに際して、ただ危機を逃れるためだけに、にわかに宗教的な祭儀の中に逃げ込んだのです。そのような姿はいつの時代にも目にすることだと思いませんか。

 「出て来い」との王の命令に対し、ヨアブはあくまでも「出て行かない。わたしはここで死んでもよい」と答えます。まさか聖所において処刑されることはないだろうとの計算が働いたのかもしれません。しかし、彼は律法に次のような記述があることを知らなかったようです。「しかし、人が故意に隣人を殺そうとして暴力を振るうならば、あなたは彼をわたしの祭壇のもとからでも連れ出して、処刑することができる」(出エジプト記21:14)。

 結局、ヨアブが祭壇の角をつかんでいることは、彼の救いとはなりませんでした。しかし、問題はただ彼が命を絶たれたか否かではありません。ここで心に留めなくてはならないことは、別のことなのです。――ただ危機を逃れるために天幕に逃げ込むことと、真の悔い改めとして神に立ち帰ることは異なるということです。危機を逃れるために宗教や祭儀を求めることと、神の救いを求めることは異なる、ということなのです。彼が自らの最期を予感していたのならば、本当に求めるべきは祭壇の角などではなかったのです。そうではなく、自らの罪を悔いてただ神御自身の憐れみをこそ求めるべきだったのです。

 最後に、シムイについて見ておきましょう。ソロモンの周囲で次々と人々が処刑されていく中で、シムイもまた非常な危機感を覚えていたに違いありません。確かにダビデはシムイを処刑しないと誓いました。しかし、新たな専制君主となったソロモンがシムイの行為をどう判断するかは、全く別の問題なのです。実際、事の経緯を考えれば、シムイが処刑されることは十分にあり得ることでした。

 ですから、シムイがソロモンに呼び出された時、それはある意味ではシムイにとって死刑の宣告に等しいものであったと思われます。ところが、ソロモンは、エルサレムから出ないということを条件に、シムイに手を下すことを控えたのでした。シムイは命拾いをしたのです。恐れから解放されたシムイの喜びは、「親切なお言葉です。僕は、わが主君、王の言われるとおりにいたします」という言葉にも現れています。シムイはその際に、主にかけて誓うことをしたようです(42節)。

 シムイはその約束のとおり、エルサレムに住んで多くの日を過ごしました。しかし、三年目が過ぎて事件が起こります。二人の僕が、ガトの王のもとに逃げました。奴隷を失うことは大きな損失でした。彼は禁を破って連れ戻しに行くことを決心します。恐らく、気づかれないような仕方でエルサレムを出たことでしょう。しかし、彼がエルサレムから出たことはソロモンの知れるところとなります。シムイは再びソロモン王に呼び出されます。そして、その場で処刑されることとなったのでした。

 「しかし、三年目が過ぎて」――三年という月日は、丁度、最初の感謝や喜びが失われてしまう時間の長さなのかもしれません。あるいは自分が誓ったことを忘れてしまう時間の長さなのでしょう。実際、たとえばキリストを信じて赦されたこと、本来ならば自分は滅びるはずの者だったことが意識から薄れてしまうのが、丁度、三年ぐらいなのかもしれません。あるいは、洗礼の時に、聖餐を重んじ、教会員として相応しい生活を志すと誓ったあの言葉を、いつの間にか忘れてしまっているということが起こるのも、丁度、三年ぐらいであるかもしれません。ならば、このシムイの姿は他人事ではありません。そもそも、彼がダビデによって赦された時の感謝は残っていたのでしょうか。ダビデが老年になった頃には既に失われていたことを、シムイの行動ははっきりと示していると言えるでしょう。

 人間とはまことに感謝を忘れやすいものだと思います。御言葉によってキリストによる救いの出来事を繰り返し思い起こさせていただくことが、どれほど大事なことかを改めて思わされます。

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