サムエル記下19:41~20:22
アブサロムのクーデターは失敗に終わりました。ダビデは息子を失った嘆きの中から立ち上がり、再び王座に着くためにヨルダンを渡りエルサレムへと向かいます。国家的な危機は回避されました。しかし、その一方において既に戦後の利権争いが非常に醜い形で始まっていいたことを、私たちは今日の箇所に見ることになるのです。
一歩先に出ていたのはダビデと血縁関係にあったユダ族でした。北イスラエル諸部族が、戦後のダビデ政権とどのような関係を持っていくかについて議論がなされていた時に(19:10)、ユダ族はダビデに使者を遣わして「家臣全員を共に帰還してください」と言い送り、ヨルダン川を渡るのを直接に助けることをしたのです。
しかし、19:12に書かれていたことをここで思い起こしていただきたいのですが、実はユダ族が遅れを取らないようにと、北の諸部族の動きをリークしたのは他ならぬダビデ自身だったのです。ユダ族を王家との特別な関係に置くことは、ダビデの意向でもあったのです。戦後の政権を安定させるためには、これまで何かとギクシャクしていたユダ族の保守層との関係を良好にしなくてはならない。それがダビデの政治的な判断だったのです。しかし、ユダ族が先んじてダビデを迎えたことは、かえって新たな争いの火種をもたらすこととなりました。
「王はギルガルへ進んだ。キムハムも共に行き、ユダの全兵士もイスラエルの兵士の半分も王と共に進んだ」(41節)とあるとおり、そこにはユダの兵士だけがいたのではなく、イスラエルの兵士の半分、すなわち北イスラエル諸部族の和平推進派の人々がいたのです。そして、彼らはユダ族に出し抜かれたことを怒ったのでした。その結果、彼らの間で論争が生じます。ユダ族は自分たちがダビデの近親であるから当然だと主張しました。一方、北の諸部族は、自分たちの方が部族の数にしても多いのだと主張いたします。しかし、結局はユダの声の方が大きかったようです。
さて、この対立に乗じて権力の座を夢見たのがシェバという人物でした。彼はベニヤミン人であったと記されております。あのシムイと同様に、ダビデがサウル王家から王座を奪ったものと信じていた人なのかもしれません。彼は角笛を吹いて反旗を翻しますと、「イスラエルの人々は皆ダビデを離れ、ビクリの息子シェバに従った」(2節)と書かれています。私たちはここで、あのアブサロムの反乱におけるのと同じように、再び人々の不満が結集していくのを見ることになるのです。
しかし、アブサロムの反乱は、二万人以上のイスラエル人の血を流す結果に終わったのではなかったでしょうか。あの悲劇は、何をももたらさなかったのでしょうか。結局、私たちは、あの悲劇の結果、イスラエルの人々の内に、真の悔い改めは起こらなかったという事実を見るのです。災いが起こる。様々な形で人が死んでいく。それはまことに悲しむべきことです。しかし、本当の悲劇とは災いそのものではありません。人が悲しみや嘆きを通してさえ悔い改めに至らないということこそ真の悲劇なのです。
敗戦したイスラエルの人たちが、「我々が油を注いで王としたアブサロムは戦いで死んでしまった」(19:11)と語るのを既に見てきました。彼らはその事実が何を意味するのかを深く考えることはありませんでした。それが神に対する反逆であったのか否かを考えることはありませんでした。人々の内にあったのは、戦後をいかに有利に生きるかということだけでした。有利か不利か、得をするか損をするか、それしか考えられない。ならば、不利益を被り損をすれば、再び不満が生じるだけの話です。不満は結集して同じことが繰り返されます。同じ悲劇へと向かうのです。
さて、今回の場合、人々の心がシェバから離れるのは早かったようです。不満によって一致団結したのですから、人々の心の中には利害の意識しかありません。シェバに従うことが不利益となるのであれば、もはや従う意味がないのです。不満と怒りによって担がれた人の最後はまことに惨めです。
14節には「シェバはイスラエルの全部族を通って行って、ベト・マアカのアベルまで来ていた。選び抜かれた兵が寄り集まり彼に従った」と書かれています。この言葉がある意味ですべてを物語っていると言えます。「選び抜かれた」と訳されれば聞こえはいいですが、要するにそれだけしかいなかったという話です。
さらには「選び抜かれた兵」という部分は「ビクリびと」という読み方の方が一般的です。協会訳ではそう訳されていました。身内しか残らなかったということです。アベルはイスラエルの北のはずれです。結局、そこに追いつめられるまで、彼を支持する部族はなかったということです。20:14には、「シェバはイスラエルの全部族を通って行って、ベト・マアカのアベルまで来ていた」と書かれていましたでしょう。そうです、全部族の地を通ったにも関わらず、彼の元には実際にはダビデと戦えるだけの兵士は集まらなかったということです。「選び抜かれた兵」にせよ「ビクリびと」にせよ、実情はそのようなものだったということです。
彼が最終的に籠城したアベルの町は、追跡していたダビデの家臣によって包囲されました。町に向けて外壁の高さほどの塁が築かれ、町の陥落が時間の問題になった時、知恵ある女が町から呼ばわった次第が16節以下に記されております。
彼女はヨアブと交渉を開始します。彼女は、アベルの町について、「アベルで尋ねよ」ということわざが残っているほどに、イスラエルの伝統を保持した由緒ある町であることを指摘して、何故この「母なる町」を滅ぼそうとするのか、と訴えます。ヨアブも、アブサロムの反乱の時に見たように、もともと内戦の拡大を望んではいなかった人です。北イスラエルの古い町が滅亡することがあれば、一気に内戦は拡大することになるでしょう。それやヨアブの望むところではありません。
そこでヨアブは、ビクリの子シェバを差し出すようにと求めます。女は知恵を用いてその要求に応えました。こうしてシェバが殺されて、彼が起こした反乱は鎮圧されることとなったのです。結局、シェバはアブサロムと同じ道を辿ることとなりました。
さて、そのような反乱の経緯を記している中に、一つのエピソードが挿入されております。アマサの暗殺です。
ダビデがヨアブに代えてアマサを軍の司令官に任じた次第は19:14に見たとおりです。ヨアブは更迭されました。7節には「ヨアブの兵、クレタ人とペレティ人、および勇士の全員が彼に従ってエルサレムを出発し、ビクリの息子シェバを追跡した」と書かれていますでしょう。「彼に従って」の「彼」とは、弟のアビシャイのことです。すなわち、ヨアブの軍は弟のアビシャイのもとに置かれることとなったのです。
一方、ヨアブに代わって軍の司令官となったアマサは実際にはその務めを遂行する実力を伴ってはいませんでした。王はアマサに「ユダの人々を三日のうちに動員してここに来なさい」と命じたにもかかわらず、期日までに戻ることはできなかったのです。ユダの人々は、ヨアブに従うようには彼に従わなかったということです。結局、ダビデはアビシャイ(この時点ではヨアブの上官)に命じて自分の親衛隊を率いさせ、シェバを追跡させることになったのです。
事件は、その追跡の途上で起こりました。彼らがギブオンにさしかかった時に、王のもとへと向かうアマサに出会ったのです。そこでヨアブはアマサを殺害したのでした。剣で刺し殺した次第が詳しく書かれています。アマサはまさか自分が殺されるとは夢にも思ってもみなかったようです。
ヨアブがアマサを殺害したのは、もちろん、自分の地位を奪ったアマサに対する恨みを晴らしたということでもあるでしょう。かつてアブネルを殺したヨアブは、ここでも自分の地位を回復するためにアマサを殺したのでした。
しかし、それ以上に、ヨアブは王国の行方を案じていたということでもあろうと思います。ヨアブという男は、たとえ更迭されて弟のアビシャイの元に置かれても、お国のためなら、王のためなら、軍務に忠実であろうとする人物です。そのような彼の目から見て、実力の伴わないアマサが軍の司令官であり続けるということは、王国そのものの危機と映ったことでしょう。そして、そのように見ていたのはヨアブ一人でないことは、彼がアマサを殺害したことについて、誰一人として異論を唱える者がいなかったことからも分かります。
さて、このように、人間の様々な思惑によって、王国は動いて行ったのでした。これがイスラエルの民であり、ダビデの王国です。そうです、人間の目には、人間が王国を動かしているように見えるのです。しかし、それにもかかわらず、かつてナタンが預言したように(7:12)、王国は揺るぎないものとされていったのです。ある意味では実に不思議であると言わざるを得ません。しかし、その不思議さを通して明らかにされるのは、王国を王国たらしめているのは人間の力や知恵ではなく、ただ神の恵みであるということなのです。ですから神の恵みが離れた時、いや王国が神の恵みから自らを引き離した時、その王国は滅びていくことになるのです。それはそのまま教会について言えることです。パウロはローマの信徒への手紙においてこう言っています。「だから、神の慈しみと厳しさを考えなさい。倒れた者たちに対しては厳しさがあり、神の慈しみにとどまるかぎり、あなたに対しては慈しみがあるのです。もしとどまらないなら、あなたも切り取られるでしょう」(ローマ11:22)