フィリピの信徒への手紙2:19‐30
今日の箇所にはテモテとエパフロティトという二人の人物が出てきます。
テモテは小アジアのリストラ出身で、父親はギリシャ人、母親は信仰深いユダヤ人でした。そのような家庭の中で幼い頃から聖書に親しんできた彼はやがてキリスト者となりました。彼はその地域のキリスト者の中で非常に評判の良い人でした。そのような彼を、第二回の伝道旅行中にリストラに立ち寄ったパウロは心に留め、その後の伝道旅行に連れていくことにしたのです。以来、テモテはパウロの同労者として働くことになりました。フィリピの教会が誕生した次第は使徒言行録16章に記されていますが、その時にも、テモテはパウロと共にそこにいたのでした。
今日の箇所でパウロはそのようなテモテについて次のように語っています。「テモテのようにわたしと同じ思いを抱いて、親身になってあなたがたのことを心にかけている者はほかにいないのです」(20節)。そして、そのようなテモテと対比して「他の人は皆、イエス・キリストのことではなく、自分のことを追い求めています」(21節)と続けます。それはすなわち、「テモテは彼らと違って、自分のことではなく、イエス・キリストのことをを追い求めている」ということでしょう。
そのように、テモテは教会を愛している人でした。その一人一人を親身になって心にかけている人でした。そして、自分のことではなくキリストのことを追い求める人でした。パウロの言い回しに注意してください。彼はこれら二つを分けていません。教会を親身になって心にかけることと、自分のことではなくキリストのことを求めことは、異なる二つのことではないのです。
これは何も伝道者にだけ関わることではありません。私たちは「キリストのために」と言い、キリストのことを追い求めているように思っているかもしれません。しかし、もし、私たちがキリストの体である教会、キリストが血によって贖われた教会を心にかけ、愛していないとしたら、その言葉は偽りになってしまいます。その意味で、ここに書かれているテモテの描写は、私たちが常に心に留めておかねばならない姿であろうと思います。
次に挙げられているのはエパフロディトという人です。彼はフィリピの教会員でした。彼に大きな使命が託されました。投獄されたパウロのもとに贈り物を携えて行き(4:18)、しばらくの間パウロに仕えるという使命です。当時そのように外の人が囚人の世話をすることが許されていたのです。彼はローマへと長い旅をし、パウロに関して心配がなくなるまでそこに留まり、パウロの手助けをしてその使命を全うし、フィリピに意気揚々と帰るはずでした。そしてフィリピの信徒たちからも大喜びで迎えられ、そこで喜びに溢れて成し遂げた仕事の報告をするはずでした。
しかし、現実はそのようにいきませんでした。彼は病気になってしまったのです。しかも、それは瀕死の重病でした。パウロの手助けとなるべく遣わされたのに、一転してパウロの重荷となってしまいました。病のために動くに動けません。フィリピにも帰れません。そこに留まるしかありませんでした。困ったのはパウロでしょう。それは私たちが想像する以上に困難な状況だったと思います。
その病気のことがフィリピの信徒たちにも伝わりました。そのことを知ったエパフロディトはどんなに苦しんだことでしょうか。「自分の病気があなたがたに知られたことを心苦しく思っている」(26節)。それはそうでしょう。祈りをもって送り出してくれたフィリピの教会です。その彼らに、期待にまったく応えることの出来なかった自分のことが知れているというのですから、エパフロディトは居ても立ってもいられないような気持ちであったと思います。
幸い一命は取り止めました。病気は快方に向かいました。恐らくはまだ完全に治ったわけではないのでしょう。しかし、これ以上留まってもまた迷惑をかけるかも知れません。フィリピの教会から託された働きの半ばにおいて、獄中のパウロを残してローマを去ることは、無念極まりないことであったに違いありません。しかし、やはり慕わしいのは送り出してくれたフィリピの教会です。エパフロディトはしきりにフィリピの人たちに会いたがります。パウロもこの申し出に同意しました。エパフロディトを送り返すことにしたのです。
さて、そのようにパウロがエパフロディトを送り返すに当たって書いているのが25節以下です。結局はパウロの重荷になってしまったエパフロディトについて、「彼はわたしの兄弟、協力者、戦友であり、また、あなたがたの使者として、わたしの窮乏のとき奉仕者となってくれました」と書くのです。そして、次のように指示を出します。「だから、主に結ばれている者として大いに歓迎してください。そして、彼のような人々を敬いなさい」(29節)。エパフロディトは自分が歓迎されるべき人間、敬われるべき人間であるとは思えなかったに違いありません。しかし、パウロはエパフロディトのような人こそ歓迎されるべき人であり、敬われるべき人であると言うのです。なぜでしょうか。この人物を、自分との関わりにおいてではなく、神との関わりにおいて見ているからです。
それが良く現れている言葉の一つは27節です。「実際、彼はひん死の重病にかかりましたが、神は彼を憐れんでくださいました」(27節)。具体的には、病状が好転したということでしょう。しかし、神の憐れみへの言及は、それ以上のことを語っています。使命を果たし得なかったエパフロディトを神は彼を裁いてはおられない。エパフロディトは自分を責めたかも知れませんが、神は決して責めてはおられない。「神は彼を憐れんでくださいました」というパウロの言葉の中には、そのようなパウロの思いが込められているのです。
そして、もう一つは30節です。「わたしに奉仕することであなたがたのできない分を果たそうと、彼はキリストの業に命をかけ、死ぬほどの目に遭ったのです」(30節)。エパフロディトがキリストを宣べ伝えて迫害に遭い、暴徒に襲われて大怪我をして死にそうになったのでしたら、このパウロの言葉は容易に理解できます。しかし、エパフロディトはそのような形で死にそうになったのではないのです。彼はたまたま病気になって、死にそうになったのです。それを「キリストの業に命をかけ、死ぬほどの目に遭った」と表現するのはある意味では不可思議です。
しかし、パウロが方便として「キリストの業に命をかけた」という表現は用いないでしょう。彼は本気でこの部分を書いているのです。パウロはエパフロディトの中に、本当に、命がけの奉仕者の姿を見たのです。結果的には病気によって中途半端な働きに終わったかも知れません。しかし、結果はどうであれ、それでもなおエパフロディトは命がけの奉仕者だったのです。エパフロディトは確かに自分の命をキリストのものとして捧げていたからです。パウロはその事を見逃さなかった。そして、神もまたそのことに目を留めていてくださることを、彼は知っていたのです。
(祈り)
2021年10月13日水曜日
祈祷会用:フィリピの信徒への手紙 2:19~30
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