ヨハネによる福音書 1:19-28
お前は何者か
ユダヤ人の宗教的社会の中心はエルサレムにありました。しかし、エルサレムから離れたヨルダン川東岸のベタニヤから一つの運動が起こりました。その中心になっていたのは洗礼者ヨハネと呼ばれる人物でした。ヨハネの影響力は非常に広範囲に及びました。マルコによる福音書には、「洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた」(マルコ1:4‐5)とまで書かれています。その影響力がいかに絶大であったかは、その後二十年ほど経た時点で遠く離れたエフェソにまでヨハネの弟子がいたことからもうかがえます(使徒19:3)。
エルサレムの当局者たちは、この運動に関心を抱いていました。いや、脅威を感じていたと言うべきかもしれません。いずれにせよ、彼らは調査の必要性を感じて祭司やレビ人たちをヨハネのもとに遣わします。調査団はヨハネに問いました。「あなたはどなたですか。」日本語ですと丁寧に訳してありますが、要するに「お前は何者だ」ということです。「エルサレムから離れて、いったい何の権威でこんなことをしているのだ。周りの連中はお前のことをメシアだと言っているようだが、本当にお前はメシアなのか。」彼らはそのように尋問しているのです。
ヨハネははっきりと「わたしはメシアではない」と言いました。すると彼らは「では何なのか。エリヤか。それともあの預言者か」と問いかけます。エリヤというのは旧約聖書に出てくる預言者の代表です。その預言者エリヤが終末における神の審判の前に再来すると信じられていたのです。その根拠は今日第一朗読でお読みした箇所です。かつて預言者マラキは神の言葉を伝えてこう言いました。「見よ、わたしは大いなる恐るべき主の日が来る前に預言者エリヤをあなたたちに遣わす。彼は父の心を子に、子の心を父に向けさせる。わたしが来て、破滅をもって、この地を撃つことがないように」(マラキ3:23‐24)。荒れ野に現れたヨハネはその再来のエリヤではないかと噂されていた。「お前は本当にそのエリヤなのか」と問うているのです。
また「あの預言者」で表現されているのは、モーセのような預言者のことです。かつてモーセはイスラエルの民にこう語りました。「あなたの神、主はあなたの中から、あなたの同胞の中から、わたしのような預言者を立てられる。あなたたちは彼に聞き従わねばならない」(申命記18:15)。ですから、人々は、約束された来たるべき人物を「あの預言者」と呼んで、待ち望んでいたのです。そのような背景を踏まえて調査団は「あの預言者なのか」と問うているのです。ヨハネはこの二つについてもはっきりと「そうではない」と否定しました。
業を煮やした祭司たちは「それではいったい、だれなのか」と問います。このままでは報告ができないではないか、と。そして、聖書の言葉のまま引用するなら、彼らの最終的な質問は「あなたは自分を何だと言うのですか」(22節)でした。ヨハネが自分を何と自覚しているかを問うたのです。それに対するヨハネの答えは非常に印象的な言葉でした。彼はイザヤ書を引用してこう答えたのです。「わたしは荒れ野で叫ぶ声である。『主の道をまっすぐにせよ』と」(23節)。今日は特にこの23節の言葉を心に留めたいと思います。
わたしは荒れ野に叫ぶ声である
ヨハネは自分自身のことを「声」と表現しました。声は文字とは違います。文字は残りますが、声は言葉を伝えて消えていくのです。その時代を考えるならば、ある意味では今やユダヤの民衆はヨハネを中心として動き始めていたと言えるでしょう。ヨハネの働きによってユダヤが大きく変わりつつありました。それはヨハネも認識していたに違いありません。しかし、それでもなおヨハネは「荒れ野で叫ぶ声」に徹したのです。声は消えて良いのです。大事なのは声が指し示している御方なのです。そのような声として生きたのです。
言い換えるならば、ヨハネは自分が何であるか、そして何でないかをわきまえている人であったと言えます。自分が何で有り得るのか、そして何で有り得ないのかを知っている人でした。そして、自分の成り得るものとして百パーセント生ききることの大切さを知っていた人であったと言えるでしょう。ヨハネは自分がメシアではないこと、救い主には成り得ないことを知っていたのです。
1章8節には、「彼は光ではなく、光について証しをするために来た」と書かれています。そのような言い方をするならば、まさに《自分は光にはなれないのだ》ということを知っていたヨハネでありました。だからヨハネは謙って光をひたすら指し示したのです。光になれない自分が無理に光になろうとはしない。光を証しするのです。今日の聖書箇所でもヨハネはこう言っています。「わたしは水で洗礼を授けるが、あなたがたの中には、あなたがたの知らない方がおられる。その人はわたしの後から来られる方で、わたしはその履物のひもを解く資格もない」(1:26-27)と。
罪ある人間はまことの光にはなれません。罪のゆえに苦しむ人間を同じく罪ある人間が救うことはできません。死によって限界づけられた人間を、同じく死によって限界づけられた人間は救うことはできません。光になれない者が光になろうとするのは不幸なことです。また、光でないものを光としているならば、それもまた不幸なことです。いつ失われるかもしれない人間や何か他のものを光としているならば、最終的に闇の中にいる自分を見出すことになるからです。
なぜ教会はキリストを伝え、キリストを信じることを勧め、そして人に洗礼を授けるのか。人間は他の人間を究極的には救えないからなのです。だから洗礼を授けて神の手に委ねるのです。キリストに結ばれて、神と共に生きていきましょう、と言うしかないことが分かっているからです。キリストにつながり続けて、聖餐を受け続けて、神の恵みを受け続け、恵みに身をゆだねて生きていきましょう、と言うしかないのです。
そのように、救いは罪に満ちたこの世界の中からではなく、外から来なくてはなりません。光は暗闇の外から来なくてはなりません。救いは神のもとから来るのです。そして、神のもとから来てくださいました。イエス・キリストはこの世に来られたのです。私たちが毎年クリスマスを祝っているように、確かにキリストは来られたのです。
しかし、キリストによる救いは、人の心の内に、またその人生の内に到来しなくてはなりません。この世に来られ救いの御業を成し遂げられたキリストは、宣べ伝えられ、そして受け入れられることが必要なのです。そこでは受ける人間の側が問題となるのです。だから荒れ野で叫ぶ声は、こう叫んでいたのです。「主の道をまっすぐにせよ」と。
主の道をまっすぐにせよ
「主の道をまっすぐにする」とは、いったい何を意味するのでしょうか。24節以下には次のようなことが書かれています。「遣わされた人たちはファリサイ派に属していた。彼らがヨハネに尋ねて、『あなたはメシアでも、エリヤでも、またあの預言者でもないのに、なぜ、洗礼を授けるのですか』と言うと…。」
ヨハネが洗礼を授けていたことが、ファリサイ派の人々にはつまずきとなった。それはある意味では当然のことでした。もともと洗礼という儀式はヨハネが考案したわけではありません。その前からありました。異邦人がユダヤ教に改宗するときに洗礼を受けたのです。それは異邦人がまことの神に従って生きようとするときに、今までの罪の汚れを洗い落として新しく生まれることを意味したのです。しかし、ヨハネはこれをただ異邦人に授けていたのではありません。むしろユダヤ人に授けていたのです。
そして、それはエルサレムの宗教的な権威、特にファリサイ派の人々には受け入れがたい行為と映ったのです。なぜなら、ヨハネの洗礼は、はユダヤ人を異邦人同様に扱うことを意味したからです。いわば「ユダヤ人であっても神の前においては罪あるものとして異邦人と少しも変わらないのだ」と宣言しているに等しかったのです。このことは、少なくとも自分たちは律法を守って清い生活をしていると自負しているファリサイ派の人々には耐え難い屈辱でありました。だから、「なぜ、どのような権威によって、そのような洗礼を授けるのか」と問い質したのです。
しかし、まさにそのような心こそが、「まっすぐにされなくてはならない道」だったのです。他人を裁き、見下し、罪に定めながら、自らを本当の意味で省みようとはしない。決して神の前にへりくだって自分自身の罪を認めようとしない。神の赦しと憐れみを必要としているのは自分自身なのだということを認めようとはしない――そのような傲慢な心こそ、まさに「まっすぐにされなくてはならない道」なのです。
「主の道をまっすぐにせよ」と、ここで引用されているイザヤ書の言葉は、もともとは罪の赦しの預言でありました。ですから、主の道をまっすぐにするとは、罪の赦しと救いの恵みを受け入れる心の準備をすることに他なりません。「主の道をまっすぐにせよ」とは、救いを受けるために、まず整えられた立派な人になれ、ということではないのです。そうではなくて、神の前にへりくだって罪を認め、自分こそが救いを必要としている罪人であると認めることなのです。そのように備えられて、初めて人は罪の赦しにあずかり、救いに与って、神と共にキリストと共に新しく生き始めることができるのです。