使徒言行録 2:22-36
先週の日曜日は聖霊降臨祭でした。聖霊降臨祭は今から約二千年前に教会が誕生したことの祝いであり、教会の宣教が開始されたことを記念する祝祭です。教会の誕生の次第は使徒言行録2章の冒頭に次のように記されています。「五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした」(使徒2:1‐4)。
この摩訶不思議な描写には聖書の強烈な主張が込められています。教会はただ人間の必要を満たすために人間が集まって作ったものではない、ということです。人間ではなく神が始めたのだと聖書は語っているのです。それは天から神の霊が降って、集まっていた弟子たちが聖霊に満たされたところから始まったのだ、と。
始まりがあるからこそ今があります。あの時、教会が誕生したからこそ、今、ここにも教会があるのです。あの時、教会の宣教が開始したからこそ、遠いこの国にも宣教がなされているのです。始まりが聖霊によるならば、今があるのもまた聖霊によるのです。この時代にこの国に教会が存在するのは聖霊によるのです。
しかし、聖霊は何の脈絡もなく天から注がれたわけではありません。聖霊が注がれるまでには、そこに至る経緯があるのです。今日お読みした聖書箇所では、その経緯が、ペトロの口によって語られています。そして、そこにこそ聖霊が天から地上に注がれたことの意味が、教会が誕生して今日に至るまで存在していることの意味が、はっきりと表されているのです。
あなたがたは十字架につけて殺した
「イスラエルの人たち、これから話すことを聞いてください」(22節)。物音を聞いて集まってきた人々に、ペトロはそう呼びかけました。そして、イエス様のことから語り始めます。「ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなたがたに証明なさいました。あなたがた自身が既に知っているとおりです」。
ペトロはイエス様のおよそ三年半に渡る宣教活動を要約します。ペトロはここではイエス様の人となりについては語りません。イエス様がどれほど優れた教師であったということについても語りません。ただ一点に集中して語ります。神がこの御方を遣わされたということです。そして、神が超自然的な仕方でこの御方を通して働かれたということです。そのようにして、ナザレのイエスが神から遣わされたことについては、神がはっきりと示されたのです。ペトロは何よりもそのことを語ります。
しかし、神から遣わされたイエスを人間はどうしたでしょうか。「あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです」(23節)とペトロは言います。神はイエスを遣わされた。それはもちろん救うためです。愛するためです。いわば神が人間に向かって、愛をもって手を差し出された。神がイエスを遣わされたとはそういうことです。しかし、人間はそのイエスを十字架につけて殺してしまったのです。
実際にイエスを十字架につけて殺したのは、けっしてこの世の悪人でも、極悪非道な人たちでもありませんでした。むしろこの世において正しいと見なされる人たちでした。その中にはサドカイ派の人たちがいました。彼らは神殿祭司を中心とした一派でした。彼らは神殿に関わっているのです。祭儀に関わっているのです。彼らは伝統的な祭儀的な宗教の担い手でした。
またそこにはファリサイ派の人たちがいました。彼らは生活のすべての領域に律法を適用して生きようとした真面目な人たちでした。律法を解釈し詳細な規則を遵守して生きようとしていた人たちでした。また、そこには熱心党の人たちがいました。ローマからの解放を求めて闘おうとしていた人たちがいました。彼らは抑圧された民衆のために命を献げようとしていた人たちです。
あの日、ピラトの官邸の前に集まった多くの群衆もまた、そのような三通りの人たちが持っていたものを、多かれ少なかれ共有していたと言えます。彼らの内には宗教的な伝統と儀式を重んじる敬虔さがあったことでしょう。定められたことを遵守して生きようとする真面目さがあったことでしょう。社会の不正に怒り、正義のために命をかけて闘おうとする情熱があったことでしょう。
そのような人々が、あの時、あの場所で叫んでいたのです。「十字架につけろ」と。人間の真の罪深さは、必ずしもあからさまな悪として表に現れているわけではありません。むしろ、宗教性の中に、真面目さの中に、正義の主張の中に、この世においては賞賛されるもの、美しいものの中に、隠れてしまっているのです。人間の内なる暗闇は必ずしも外からは見えません。しかし、その内にかくれた人間の罪深さがイエスとの出会いにおいて表に現れることとなったのです。イエス様が来られることによって、外に吹き出したのです。
そのように、神が伸ばされた愛の御手を人は拒絶し、神が遣わされたイエスを人は十字架にかけました。しかし、それは神にとって決して意外なことではありませんでした。ペトロは何と言っていますか。「このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡された」(23節)と言っているのです。この世に御子を遣わしたら人間は十字架につけることになるだろうということを、神は分かっておられたということです。「お定めになった計画により」とはそういうことです。
神は、人間の罪が、イエスに対する憎しみとして怒りとして、殺意として、表に現れることを良しとされたのです。外側をどんなに美しく装ったとしても、罪は厳然として内にあるのです。ですから、人間とはこういうものなのだ、ということを神はあえてこのような仕方で明らかにされたのです。
そのイエスを神は復活させられた
そのように、神はイエスを遣わされました。人間はそのイエスを十字架にかけました。しかし、「あなたがたは十字架につけて殺してしまったのです」というところでペトロの話は終わりませんでした。彼は続けます。「しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです」(24節)。
その後に旧約聖書が引用されています。それをもって何が言いたいのでしょう。旧約聖書において、既にキリストの復活について語られていた、ということです。「彼は陰府に捨ておかれず、その体は朽ち果てることがない」と。既に預言されていたということはどういうことですか。初めから神は十字架で終わらせるつもりはなかった、ということです。人間の罪深さが明らかにされて、それで終わりではないのです。神はなおも事を先に進めるつもりであったということです。
「あなたがたは十字架につけて殺してしまったのです」。――しかし、その「あなたがたは」で終わらないのです。人間がどうであるかということで全てが決まるのではありません。さらに、「神は」と続くのです。人間の罪は神が遣わされたイエスを十字架にかけました。しかし、神はその御力をもってキリストを復活させられました。人間の内には確かにいざとなったら何をしてしまうか分からない罪深さがあります。神の独り子をさえ十字架につけてしまうほどの恐るべきものが私たちの内にあるのです。しかし、神がなされることは人間の罪がなしえることよりも、もっともっと大きいのです。神の恵み深さは、人間の罪深さよりはるかに深いのです。キリストの復活において神はそのことをはっきり示してくださったのです。
そして、さらにペトロは続けます。「それで、イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。あなたがたは、今このことを見聞きしているのです」(33節)。
「聖霊を注いでくださいました」。その主語は誰ですか。イエスです。あの時、人間の手によって十字架にかけられたイエスです。人間によって拒絶され殺されたイエスです。そのイエス様が、聖霊を注いでくださったのです。
しかも、「御父から受けて注いでくださいました」と書かれているのです。その源は父なる神です。遣わした独り子を十字架にかけられるという仕方で、究極の仕方でその愛を拒絶されたあの父なる神です。その神が御子を通して聖霊を注いでくださったのです。「あなたがたは、今このことを見聞きしているのです」とペトロは言っているのです。
聖霊を注いでくださった。聖霊は神の霊です。内にいてくださる神の霊、共にいてくださる神の霊です。そして、上よりの力を与えてキリストの証人としてくださる神の霊です。「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる」(使徒1:8)。
私たちの罪は、イエス様を十字架につけて殺しました。しかし、神はそれでもなお私たちと共にいようとしてくださったのです。さらには、私たちを用いようとしていてくださるのです。キリストの証人とし、世界に向かって神の偉大な御業を語り伝える者にしてくださるのです。「あなたがたは、今このことを見聞きしているのです」。そうです、私たちもその事実を見聞きしているのです。教会が誕生したとはそういうことです。宣教が開始したとはそういうことです。今ここに教会があるとはそういうことなのです。私たちもまたその事実を見聞きしているのです。「あなたがたが十字架につけて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです」(36節)。
2023年6月4日日曜日
「人の罪と神の愛」
登録:
投稿 (Atom)