サムエル記上 13:1-23
「サウルは王となって一年でイスラエル全体の王となり、二年たったとき、イスラエルから三千人をえりすぐった。そのうちの二千人をミクマスとベテルの山地で自らのもとに、他の千人をベニヤミンのギブアでヨナタンのもとに置き、残りの民はそれぞれの天幕に帰らせた」(1‐2節)。そのように書かれていました。
サウルが全イスラエルの王となり、二年をかけて行ったこと。それは徴兵でした。周辺諸国と同じように、特に当時イスラエルを実質的には支配していたペリシテ人と同じように、職業軍人層を育て、常備軍を整備することだったのです。ヨナタンはサウルの息子です。彼は軍隊を整えて息子の指揮下に置いたのです。
それはイスラエルの民が望んでいたことでした。そのためにこそ、イスラエルの民は王を求め、王国となることを求めたのです。その背景には、ペリシテ人の支配という現実的な問題があったことは既にお話ししたとおりです。ペリシテ人に支配され弱体化すれば、他の周辺諸国も攻め上ってくることになります。11章には東の方からナハシュに率いられたアンモン人の軍隊が攻めてきたという話が出て来ました。そのように、いつ他の民族が攻めてくるか分からない。イスラエルが滅ぼされてしまうことになるかもしれない。そのような時代に人々は王を求め、強力な軍隊を持つ国家となることを求めたのです。
それまでのイスラエルにおいては伝統的にどのようなことが語られていたか。私たちは出エジプト記から士師記に至るまでの物語を思い起こさなくてはなりません。そこで語られているのは、要するに最も重要なことは、神との関係なのであり、信仰の問題なのであって、それによって敵の手に渡されるか、それとも敵に勝利するのかが決まってくるという話です。その物語において伝えられているのは、奴隷の民をエジプトから解放し救われた神であり、ギデオンが率いるわずか三百人をもって大軍と戦わせ、勝利を与えられる神なのです。イスラエルの人たちは、そのような物語を伝えられ、そのような神を信じ、従うことが求められてきたのです。
しかし、ペリシテ人の支配、そして周辺諸国の脅威という現実を前にした時に、その物語の中に立ち続けることができなくなったのです。「神に依り頼み、神に従いなさい。そうすれは大丈夫です。必ず勝てます」などという、いわば雲をつかむような話ではなくて、もっと現実的な守り、もっと確実仕方での安全の確保を求めたのです。神による奇跡的な勝利。それは物語として読む分にはエキサイティングかもしれないけれど、現実には奇跡的な勝利など要らないのです。そうではなくて、奇跡が起こらなくても勝利を得、確実に守られることの方が大事なのです。
そのような求めを民が持ったということは、私たちにも良く分かる話ではありませんか。様々な困難に直面したときに、私たちもまた言い始めるかもしれません。「もちろん信仰《も》大事だけど、現実にはそんなことばかりも言っていられないでしょう」と。
そのような民の要求から、イスラエルは王国となっていきます。サウルが初代の王として選ばれることとなりました。サムエルは民の指導者としての立場からは退くことになります。しかし、そこでサムエルはサウルとイスラエルの民にこう語り聞かせたのです。「さあ、さあ、しっかり立ちなさい。主があなたたちとその先祖とに行われた救いの御業のすべてを、主の御前で説き聞かせよう」(12:7)。確かに主は民の要求に応えられた。王を与えてくださった。だから王国にはなっていくのです。しかし、そこでサムエルあえて彼らに言うのです。神の救いの物語の中に自らをしっかりと据え直しなさい、と。
つまり、体制が変わっても、王国となっても、原則は変わらないということです。一番大事なことは、神との関係なのです。それによってすべてが決まるのです。サムエルは言いました。「だから、あなたたちが主を畏れ、主に仕え、御声に聞き従い、主の御命令に背かず、あなたたちもあなたたちの上に君臨する王も、あなたたちの神、主に従うならそれでよい。しかし、もし主の御声に聞き従わず、主の御命令に背くなら、主の御手は、あなたたちの先祖に下ったように、あなたたちにも下る」(12:14‐15)。
そのように王国になろうがなるまいが、存亡は神との関係において決まるのです。人間が安全を確保したかのように見えても、神に逆らっているならば決して安全ではないということです。そして、まずは王であるサウル自身がしっかりと自らを救いの物語の中に据えるのか否かを問われるような出来事が起こった。そのことを今日の聖書箇所は伝えているのです。
サウルは民の求めのとおり、軍隊を組織して息子の指揮下に置きました。しかし、当然のことながら、ペリシテ人がこの動きを見過ごすはずがありません。ヨナタンのもとにあった部隊が、ついにギブアのペリシテの守備隊とぶつかることになります(2節の「ギブア」は本来「ゲバ」、3節の「ゲバ」は本来「ギブア」)。そして、その地域戦をヨナタンの部隊が制したのでした。
しかし、事はそれで収まるはずはありません。全面的な戦争に発展せざるを得ないことは誰の目にも明らかでした。サウルは全部隊をギルガルに集結させます。一方、ペリシテ軍は、イスラエルと戦うために集結し、ミクマスに陣を敷きます。しかし、19節以下に書かれているように、既にイスラエルの中には鍛冶屋さえいなかったのです。そのようなイスラエル軍に対して、ミクマスに集結したペリシテ軍は、イスラエルの人々の予想を遙かに超えて強大だったのでしょう。「その戦車は三万、騎兵は六千、兵士は海辺の砂のように多かった」(5節)と書かれているとおりです。自ら安全を求めて軍隊を持つ王国となったのですが、ペリシテ軍との明らかな力の差にイスラエルの一般市民は恐れおののいて、洞窟などに避難します。7節に見るようにヨルダンの東側に移住する者たちもいたようです。
サウルと兵士たちはかろうじてヨルダンの西側に留まります。しかし、選抜されて間もない職業軍人の志気など、たかが知れてます。彼らは次第にサウルのもとから散り始めます。王であるサウルは窮地に立たされることになりました。しかし、そこでこそサウルはまさにどこに自らを据えるかを問われているのです。ただ神に信頼して勝利を得るという士師時代までの神の救いの物語に身を置くのか否かを問われることになるのです。
そこで決定的な意味を持ったのは、サムエルとの約束でした。10章を読みました時に申しましたとおり、10章8節の「わたしより先にギルガルに行きなさい。わたしもあなたのもとに行き、焼き尽くす献げ物と和解の献げ物をささげましょう。わたしが着くまで七日間、待ってください。なすべきことを教えましょう」というサムエルの言葉は、本来13章に属します。献げ物を捧げることは、すなわち戦闘の開始を意味します。献げ物を捧げて出陣するわけです。それは祭司でもあるサムエルが行うのです。
しかし、サムエルは七日間待てと言ったのです。待つことは、しばしば行動を起こすことよりも困難を伴います。待っている間に兵士はどんどん減っていきました。15節を見ますと、七日目の時点で600人にまで減少しているのです。ここでサウルは、たとえば300人をもってミディアン人を打ち破ったギデオンの物語のようなものを信じるのか、それとも現実派路線を行くのかを問われることになったのです。現実的に考えるならば、一刻の猶予もありませんでした。
ついに、サウルは待てませんでした。自ら犠牲を捧げてしまいます。そこにサムエルが到着しました。もちろん、サウルにはサウルの言い分があります(11‐12節)。兵士たちの志気を保つのには、これ以外に方法はなかったとも言えます。しかし、サムエルは言いました。「あなたは愚かなことをした。あなたの神、主がお与えになった戒めを守っていれば、主はあなたの王権をイスラエルの上にいつまでも確かなものとしてくださっただろうに」。
サムエルは目の前の戦いについて語りません。そうではなく、サウルの王朝が存続するかどうかを語ります。そして、それは存続しないと宣言するのです。実際、サウルの王権は一代で終わり、ダビデに引き継がれることとなるのです。それはどうしてか。あくまでも、これは主に対して信頼し、従順であり続けるか否かの問題なのだとサムエルは言っているのです。
2025年8月6日水曜日
祈祷会用:サムエル記上 13:1~23
登録:
投稿 (Atom)