2016年7月10日日曜日

「長く暗い夜が明けて」

2016年7月10
日本キリスト教団 頌栄教会牧師 清弘剛生
聖書 使徒言行録 27章33節~44節

暴風に巻き込まれた船
 パウロがエルサレムからローマに護送される途中、彼らは「良い港」と呼ばれるところに寄港しました。既に秋も深まり航海が危険な季節に入っています。そこでパウロは人々に忠告します。「皆さん、わたしの見るところでは、この航海は積み荷や船体ばかりでなく、わたしたち自身にも危険と多大の損失をもたらすことになります」(10節)。しかし、その港は冬を越すのに適していませんでした。結局、大多数の者の意見により、出航することになったのです。

 続く出来事は次のように書かれています。「ときに、南風が静かに吹いて来たので、人々は望みどおりに事が運ぶと考えて錨を上げ、クレタ島の岸に沿って進んだ」(13節)。順風です。順風が吹くと、人は「望みどおりに事が運ぶ」と考えます。しかし、往々にして事は望みどおりには運びません。「しかし、間もなく『エウラキロン』と呼ばれる暴風が、島の方から吹き下ろして来た」(14節)と書かれています。船は嵐に巻き込まれることとなりました。

 ひどい暴風に悩まされた人々は、翌日には積荷を海に捨て始め、三日目には船具をさえ投げ捨てるに至りました。そのままでは船が沈んでしまうと思ったからです。幾日もの間、太陽も星も見えず、暴風が激しく吹きすさぶので、ついに助かる望みは全く消え失せようとしていました。そのような中、人々を励まし支えたのは船長ではなく、同船していた百人隊長でもなく、一囚人であったパウロでした。

 そのような日が続き、暴風に巻き込まれ海上を漂流し十四日目となった真夜中ごろ、船員たちは船がどこかの陸地に近づいているように感じました。そこで水深を測ってみると20オルギィア(約37メートル)あることが分かりました。少し進んでまた測ってみると15オルギィア(約28メートル)となっています。船がかなりの速度で陸に近づいていることは明らかでした。しかし、暗礁に乗り上げてしまっては大変です。彼らは船尾から錨を四つ投げ込み、船が進むのを止め、夜の明けるのを待つことにしました。

長い夜を過ごして
 さて、先ほど読まれましたのは、そんな長く暗い夜が明けかけたころの船上の様子です。パウロは一同に食事をするように勧めます。「今日で十四日もの間、皆さんは不安のうちに全く何も食べずに、過ごしてきました。だから、どうぞ何か食べてください。生き延びるために必要だからです。あなたがたの頭から髪の毛一本もなくなることはありません」(33‐34節)。そして、パウロはパンを裂いて食べ始め、一同も元気付いて食事をしました。

 これだけ読みますと、助かる望みを失っていた人々の心に希望の光が差し込んできた。そんな場面に見えなくもありません。助かる望みを失っていた人々に、陸地が近づいていることが知らされました。そして待ちわびてきた夜明けが訪れました。やっと安心して食事をすることができた。人々が元気づいたのは自然のことのように思えるでしょう。

 しかし、注意深く読みますと、今日お読みしたのはそのような場面ではないのです。41節を見ると「船尾は激しい波で壊れだした」と書かれています。夜は明けたけれど、嵐が止んだわけではないのです。依然として激しい風が吹き荒れているのです。

 しかも、今日は読まれませんでしたが、今日の聖書箇所の直前にはこんなことが書かれているのです。「ところが、船員たちは船から逃げ出そうとし、船首から錨を降ろす振りをして小舟を海に降ろしたので、パウロは百人隊長と兵士たちに、『あの人たちが船にとどまっていなければ、あなたがたは助からない』と言った」(30‐31節)。船員が夜明けを待たずに船を捨てて逃げ出そうとしたというのです。何を意味しますか。船に残っていたら危ないということでしょう。

 航海のプロである船員たちは船がもはや朝までもたないと判断したのです。既に船の一部が破損しかかっていたのだと思います。実際、「船尾は激しい波で壊れだした」と書かれています。船尾は暗礁によって破壊されたのではないのです。波のために壊れだしたということは、既に壊れかかっていたということでしょう。そんな船に残っているよりは、逃げ出した方がよい。どんなに危険であっても、自殺行為であったとしても、夜中に小舟を出して逃げる方がまだ安全だと船員たちは考えたのです。

 そんな船の中で、彼らは長い夜を過ごしていたのです。激しい風と波に揺さぶられながら、いつ船が壊れるかと怯えながら、長い夜を過ごしたのです。そして、やっと夜が明けかけたとはいえ、依然として嵐の中にあることには変わらない。今日お読みした食事の場面は、そのような場面なのです。

嵐の中での食事
 そう考えますと、これはやっと安心できる状況になったから食事ができたということではないのです。希望が見えてきたから一同が元気づいたということでもないのです。彼らは不安と恐れをかかえているのです。ですからここに書かれていることは決して自然なことではありません。実に不思議な特別なことが起こっているのです。

 怯えながら長い夜を過ごした人々のただ中にパウロの声が響きます。「どうぞ何か食べてください」。食事どころではない危機的状況のただ中でパウロは「一緒に食事をしましょう」と言うのです。

 そして、パウロは一同の前でパンを取って神に感謝の祈りをささげてから、それを裂いて食べ始めました。それはユダヤ人が普通に食事をするときの所作です。しかし、そこで使われている言葉は、ある特別な食事を思い起こさせる言葉でもあります。この「パンを取り」「感謝の祈りをささげ」「(パンを)裂いた」という三つの言葉。それはイエス様が十字架にかけられる前に弟子たちとなされた最後の晩餐の場面に出て来る言葉なのです。

 パウロは、これまで幾度となく教会の兄弟姉妹と共に主の晩餐を祝い、パンを裂いてきたのです。そのように、ここでも同じようにパンを裂いて食べているのです。つまりパウロは、教会でいつも他の信仰者と一緒にしてきたことを、ここでも同じようにしているということです。パウロは教会においてキリストと共にあるように、この嵐の中の船においてもキリストと共にあるのです。人々はそこにただ囚人パウロを見ているのではありません。キリストと共にあるパウロを見ているのです。いや、パウロと共におられるキリストを見ているのです。そこで彼らもまた食事をします。パウロと共に、いや、パウロと共におられるキリストと共に食事をしているのです。だから「一同も元気づいて食事をした」と書かれているのです。それは特別なことなのです。

 それゆえに、この嵐の中で行われた食事は、キリストと共にあることがどういうことか、キリスト共にあって食卓を囲むということがどういうことかを指し示す出来事になりました。実際、そこに見るのは私たちの姿でもあるのでしょう。私たちが日曜日に集まって礼拝を行うこと、そこで聖餐にあずかるということは、こういうことではありませんか。

 私たちは嵐が吹き荒れるこの世界のただ中で聖餐という食事をするのです。時代が時代なら迫害という嵐の中で教会は食事をしてきたのでしょう。あの船の中の人たちがそうであったように、私たちも時には不安を抱えたまま、恐れを抱いたまま、ここに身を置くのでしょう。彼らがそうであったように、希望の見えないまま長い夜を過ごして、依然として希望の見えないままに、ここに身を置くこともあるのでしょう。

 しかし、そこで特別なことが起こるのです。今日お読みしたこの食事の場面には不思議な静けさと平安と希望が満ちています。まるで嵐が既に止んでしまったかのようです。現実には嵐の中で命の危険にさらされているにもかかわらず!しかし、そのようなことが起こるのです。彼らは、もはや嵐に支配されてはいないのです。風にも波にも支配されてはいないのです。夜の暗闇にも支配されてはいない。まことの主、キリストが共におられるからです。

 そこで行われるのは神の国の食事です。嵐よりも強く大きな神の支配の中で食事をするのです。だから、命の危険にさらされている人々であるにもかかわらず、「そこで、一同も元気づいて食事をした」と書かれているのです。そうです、私たちもまた、そのような主の食卓へと招かれているのです。日曜日の礼拝とは、そのような場所なのです。

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